第七十七話 かあちゃんはおもてなしする
全員ぬっくぬくで家へと帰ってきた。
お風呂の素晴らしさについてポチくんたちやみんなが語り合ったり、寛いだり、ブラッシングしたりと楽しんでいる間に、私は夕食の用意をしてしまおう。
ユニとルーは煮込み時間が短くて済むようにと、ドングリ茸とほうれん草と卵のスープを用意してくれていた。
かまどに火を入れてもらい、ユニとルーにスープは任せてしまう。
私は空の水瓶を持って食料倉庫に向かうと、狼たちにもたくさん飲んでもらえるように豆乳をたっぷり作り、同時に作れるおからはマヨネーズで和えて乾燥ハーブを砕いて散らしてマッシュポテト風にした。
せっかくだから、狩りで手に入れたお肉も使ってみよう。と言っても時短のために魔法で燻製にしてしまうつもりだ。
味見も兼ねてシーロー、猪のバラ肉、鹿の赤身肉を二kgずつ用意し、五百g位のブロックに分ける。
塩、胡椒、ハーブ類、液糖と桜の枝を材料として、
「創造・燻製」
であっという間に出来上がってしまう。
ただし、イメージの中では数多の作業が繰り広げられていた。
調味料と水を塩分濃度十パーセントくらいにして混ぜ、ひと煮立ちさせた調味液にブロック肉を数日間漬け込む。しっかり塩抜きして、乾燥させて、桜のチップの煙でゆっくり、じっくり燻していく。
本当なら一週間ほどかかる行程を早回しのように再生させていた。
出来上がった三種類の燻製はそれぞれ薄くスライスしてマッシュポテト風おからと共に皿にのせる。
パンも切り、豆乳とスープを入れるための狼たち用の木のボウルや取り皿も作り、ユニとルーの様子を見に行った。
「モモ、スープ出来たよ」
「狼さんたちの分の鍋は風魔法で少し冷ましておいた」
「気が利くね。ありがとう。みんなで揃って食事が出来るように、今日は広間でごはんにしようか」
「いいね!」
「そうしよう」
広間の床の土を低いテーブルにして料理を並べ、みんなで一緒に食事が摂れる準備が完了した。
「あ、そうだ。ポチくんには……」
食料貯蔵庫からワインを一杯取ってきて乾杯用に用意した。他のみんなは豆乳で乾杯だ。
「これでよし! みんなを呼んでこよう」
広間に集まってきたみんなは、テーブルに並べられたごちそうに歓喜の声を上げたり、生唾を飲み込んだりしている。
「ほお! 良い匂いがすると思ったら肉に酒か!」
ポチくんも大喜びだ。主にお酒?
全員が席に着いたところで私から挨拶する。
「みんなも狼さんたちもお疲れ様でした。おかげさまで狩りも採集も大成功でした。初めての狩りを全員無事で終えられたこと、たくさんの物資や食糧を得られたこと、ポチくんたちが遊びに来てくれたことを祝しての夕食会です。狩りで分けてもらったお肉をシーロー、猪、鹿肉それぞれ燻製にしてみましたので楽しんで下さい。
ポチくん、私たちは食前、食後に挨拶をするんだ。良かったら、一緒の時だけでも付き合ってくれると嬉しいです。では、仲間と森と大地と精霊様に感謝の気持ちを込めて、いただきます」
「いただきます!!」
みんなの唱和する様子を見て、ポチくんとひなちゃんも真似して「いただきます」と言ってくれた。狼たちも「うおん」と声を合わせた。
「ふむ、これが食前の挨拶というやつか。仲間や森に感謝か……。理解したぞ」
「ありがとう、ポチくん」
それぞれの皿に料理を取り分け、豆乳とワインで乾杯して夕食会が始まった。
みんなまずは一斉に肉に齧り付く。
「美味ーい!」
「柔らかいね」
「美味しい!」
「不思議ないい香り……」
「芳ばしくて好きです!」
子供たちはみんな大絶賛で夢中になって食べている。
私もそれぞれの肉を食べ比べてみよう。
まずは鹿肉から。
赤身の燻製はキレイな桜色の断面をしていて、とても柔らかくあっさりとしていた。臭みなど全く無くてすごく食べやすい。
「うわあ、こんなの初めてだ……」
前世でも鹿肉は食べたことがあったが、もっと硬くて野性味溢れた感じだった。よおく煮込んだりしないとかみ切れなかったり、獣臭さに辟易するものもある。
この鹿肉はというと、なんか上品な味わいだ。これを最初に食べちゃってたら、あの鹿は食べられなくなっちゃいそうなほどに、まるで別物のように美味しい。
続いて猪肉。
バラの部分だけど、脂はくどさが無くて甘みを感じる。これは極上のベーコンだ。
口に入れると溶け出す猪の脂とハーブの香り。桜の木の香りも後から鼻に抜けていく。噛めば噛むほど旨味が出てくる。この噛み応えも堪らない。肉を喰っているという感じに心も躍る。
最後にシーロー。
これは未知の食材だ。モンスター肉ということもあっておそるおそる口に入れる。
シーローはモモ肉を使ってみたのだが、周囲にはしっかり火が通った茶色と、そこからグラデーションのように色が変わっていき、中はキレイなロゼ色。噛んでみると、食感は柔らかく、肉汁が溢れ出して肉の味が口いっぱいに広がる。
ほんのり野性味も感じられる。
この味は鴨肉に似ている?
いや、ローストビーフだ!
そんなにいい肉を食べたことなんて無かったけど、結婚式などで饗されるホテルのシェフの自慢の特製ローストビーフにだって勝っていそう。
あまりの美味しさに目を閉じて口の中の幸福感に集中してしまう。
じっくりと堪能し、ゴクンと飲み込んだ後に、
「はあ……」
思わずため息が漏れてしまう。
三種三様、全て違った美味しさがあり、どれもこれも極上の味わいだった。
狩りに連れて行ってくれたポチくんにお礼を言おうと視線を向けると、目をまん丸に見開いて固まっていた。
「ポチくん?」
反応が無い。顔の前で手を振ってみても瞳孔が開いたままビクともしない。
犬に塩気や香辛料、ハーブはいけなかった?!
焦りながら背中を叩く。吐き出させた方がいいだろうか。
「ポチくん?! 大丈夫?! 人間用の味付けにしちゃったから、体に悪かったかな? 具合悪くなっちゃった?」
「……がう」
ガウ?
「違う! 何だコレは! 焼いただけではなかろう?! 美味い! 美味すぎるぞ! こんな肉は食べたことが無い!!」
ポチくんが大興奮で狂乱したかのように語り出す。あまりの美味しさにびっくりして固まってしまっていたようだ。
ポチくんも以前、人間の調理した肉を口にした経験があったらしい。
「あの肉は硬くて、嫌になるほど塩辛く、決してこのようなものでは無かった! 人間の作るものなど酒以外興味が無くなったのもあれのせいだ。だが、これは……!」
あー、保存用の塩漬け肉でも食べたのかな? 塩抜きしなくちゃ、とてもじゃないけど食べられないほど塩をキツくして、硬く干してあったんだろう。
「多分、それは長持ちさせるために塩を多くして干してあったんだと思うよ。この燻製はその肉ほど日持ちはしないし、今日はすぐ食べるように作ったからね。長く保存させることを考えると、そうなっちゃうんだよ」
とにかく具合が悪いんじゃなくて良かった。
丁寧に血抜きしてあることにより臭みが無くなり、ハーブの香りや木の香りを付けることでさらに美味しく食べられるようになっている。
何より素材自体の旨さが格別なのが決め手だろう。
魔法による解体に因るところも大きいかもしれない。
ポチくんたちは必要な栄養、ミネラルや塩分も獲物の内臓や肉や血から摂っているから、血抜きは必要ないことだろうし、もちろん美味しくするための調理なんてしない。
食事は生きるための行為で娯楽じゃないからね。
「人間とは弱いだけではない、不思議なものだな……。特にモモたちは面白い。あのような温泉を作ってみたり、ただの肉もこのように変えてしまう。植物からいろいろなものを作り出したりな。モモと出会ってから驚きの連続だ。いや、楽しい! 我は楽しいぞ、モモ!」
ポチくんは本当に愉快そうに笑いながら、そう言って食事を続けた。
「この果実酒も美味かった。こっちの乳も美味いが、我はやはり酒が良いな」
今日は一杯だけだけど、今度、樽で作って差し入れしてあげよう。森でリンゴンを採って、リンゴ酒にしてあげればいいかもしれない。
夏には梅酒も作れるだろうし、大麦が穫れたらホワイトリカーを作ろう。
ウイスキーも作れるだろうけど、あまり酒精の強いお酒は注意だな。きっとポチくん、どんどん呑んじゃうだろうし。
燻製に関してはひなちゃんや他の狼たちも気に入ってくれたようだし、もちろん子供たちも久しぶりの肉を心の底から楽しんでいる。
おからのマッシュポテト風も大好評だったし、パンをスープに浸けて食べたり、肉を挟んで食べたりと、全員が美味しい食事を堪能出来た。
食事の後も、ポチくんたちと歓談して楽しい時間を過ごした。
狩りの様子を思い出しては、あの時のあの判断が良かったとか、子供たちのあの行動はいい動きだったとか、あんなことが出来るなんてすごいとか。
狩りのことだけでも話が尽きないのに、私が巣で起きた惨劇を救った話まで、まるで武勇伝のように語り始める。
「あの時のモモは凄かった……」
ポチくんの語りに一つ一つ相槌を打つひなちゃんや狼たち。ドラマチックに語るポチくんの話術も相まって、子供たちも青ざめたり、赤くなって興奮したりと、忙しく顔色まで変わっている。
「まるで、奇跡でした……。失くした脚をまた取り戻せるなどと、誰が思うものでしょう……」
涙ぐみながらのひなちゃんの言葉には、一緒になって瞳を潤ませている。
ポチくんの話は物語のように上手いものだから、もっともっとと子供たちにせがまれて、いつまでも話は尽きそうに無い。
どの話でも私を持ち上げるものだから、恥ずかし過ぎて居たたまれなくなりそうだけど、子供たちも狼たちもとても楽しそうにしているので止めるに止められない。
「ねえポチくん、もう今日は泊まっていけば?」
「いや、巣穴には獲物の肉が置いてあるからな。あまり長く留守にして、せっかくの肉を荒らされてしまいでもしたらかなわない。今日はそろそろ帰るとしよう。素晴らしいもてなしを感謝する。また我らも遊びに来るが、モモたちもたまには森へ来るがいい。一緒にする狩りは実に楽しかったからな」
「ええ、とても楽しかったわ。またやりましょう。それにお風呂にもまた来ますね」
子供たちも、そういう理由では引き止めることも出来ずに、
「ありがとう」
「お世話になりました」
「またお話し聞かせてね」
「遊びに行くね」
と思い思いにお別れをしている。
「本当に楽しい二日間だったよ。ありがとう。また遊びに行くからね」
「うむ。我らもだ。ではまた近い内に会おうぞ」
そうして、ポチくんたちは森へと帰っていってしまった。
急に喧噪が引いてしまうのは寂しくもあるけれど、みんなたくさんの経験をして充実した二日間を過ごせたので、満足げな、ちょっぴり凛々しい顔付きで狼たちを見送っていた。




