第五話 かあちゃんは魔法が使えるようになる
「モモ、片付け終わって出かける準備出来たぞ。何やってんだ?」
ジェフが近づいてきて私の足元の階段に気付き、驚いて声を上げた。
「なんだこれ! モモがやったのか?! モモ魔法使えるのか? っていうかお前、こんなこと出来るなんてホントに三歳か?!」
矢継ぎ早に質問を浴びせられる。
本当に土魔法が使えるようになったの……? 私だって私の力がわかってないんだよぉ。なんて言えばいいのかな。
答えに窮した私は、
「かあちゃんだからね。愛する子供たちを守るために究極の魔法の力に目覚めたんだ!!」
言ってから赤面するような思春期チックなセリフを堂々と吐いてみた。
引くに引けないので、ついでにドヤ顔もしといた。強引に押し切ろう。
「おおお! 目覚めたのか! スゲエ!!」
十二歳男子には効果バツグンだったようだ。
「中に入ってみようぜ! モモ!」
地下室の秘密基地感も効果バツグンだ。
二人で階段を下りてみる。
イメージ通りの十四人入っても平気そうな部屋。
壁も天井も頑丈そうだ。隅っこにトイレもちゃんと出来ている。穴だけだが。
トイレにドア付けたかったな。
開閉式は無理なので、衝立になる壁をイメージして魔力を集めてみる。
スッと魔力が抜けて、地面から壁がせり上がった。
「スゲエ! 土魔法だな!!」
二回目の成功でちょっと自信がついた。
ところが壁がトイレに近過ぎて、これじゃあ中に入れない。どうしよう。
「あれ、これじゃ入れないじゃん。モモ、一回消して作り直せよ」
「え、作り直しとか出来るんだ」
「土魔法使いなら出来るだろ、やってやって」
壁が地面へ戻るイメージで魔力を集めてみる。壁は消えた。もう一度、少し場所をずらしてまた壁を作る。
「おお! バッチリだな!」
出したり消したり出来るなら、みんな入ってから地下室の出入口を塞いじゃえば安全そうだ。
良かった。これで取り敢えずみんなを守れる。
「あ、いけねー、みんな待ってるんだった! なあ、みんなも連れて来て見せてやろうぜ!」
ホッとしながらジェフと並んでみんなの元へ戻る。道すがらジェフが言う。
「俺も火魔法なら使えるんだぜ! まだ火がつけられるだけだけど、鍛えて強い魔法が使えるようになればモンスターなんか俺がやっつけてやるから安心しろ!」
なんとなくジェフには私が焦っていたこと、不安だったことを気づかれていた気がする。私を安心させようと言ってくれた優しさが嬉しい。
「うん、ありがとう。ジェフならきっとみんなを守れるくらい強くなれるよ」
「えへへ」
照れくさそうに頬を掻いた。
みんなが集まっているところに戻ると、改めて全員で地下室へ移動した。
「うわあ、すごおい!!」
みんな興奮した様子で地下室に入っていく。秘密基地は子どもに大人気だ。
ルーシーも興奮した様子ではしゃいでいる。
「モモは土魔法が使えるんだね! まだ小さいのにこんなの作れるなんてすごい!」
マリーは、
「羨ましいです。すごいです。私も魔法使えるようになりたいです。魔法の勉強する余裕なんて村ではなかったから。魔法が使えるジェフとアンが羨ましかったんです」
「アンも魔法使えるの?」
「私は水魔法が使えます。と言ってもお水が出せるだけですが」
飲み水確保!
これなら取り敢えずなんとかなるんじゃ。小さい子を数時間も歩かせて、無理して岩山まで行かなくても良くなった。
「みんなも私も喉が渇いてるから、お水出してみてくれない?」
「でも、容れ物が……」
あ、そうか、うっかりしていた。私は一度外へ出て、土魔法で大きめの瓶とカップを十四個作り出した。瓶にカップを入れて持ち上げると地下室へ戻った。
カップを取り出して「これにお願いします」とアンの前に空の瓶を置く。
「うわあ、小さいのに力持ちですね。では、清き水よ湧き出たまえ……」
アンの手がぼんやり青く光ると瓶の中に水が湧き出し、大きめの瓶の半分程水が溜まっていく。
「ふう、ふう、わ、私の魔力ではこのくらいしか出来ないんです。ごめんなさい……」
青い顔をしてアンが言う。魔力枯渇を起こしたようだ。
「無理させてごめんね。魔力枯渇起こしちゃったね。つらいの、つらいの、飛んでけー」
私は癒しの力を使いながらアンの頭をそっと撫でた。
「あれ? ……気分が少し楽になってきました」
「うふふ。かあちゃんのなでなでのおまじないはよく効くでしょ? でもまだ無理しないで休んでて」
アンは小さな声で「不思議パワー?」とか言ってる。
アンが作ってくれた水をカップにすくい、アンへと手渡した。
「ありがとうございます。ホッとしました。ふふ、ももちゃんはいろいろ知ってるんですね。私、魔力枯渇を起こしたの初めてです。村では大人が心配して、成人前の子どもにはあまり魔法を使わせてくれないんです」
水を飲みながらアンが微笑む。
「みんなー! アンが頑張ってお水を作ってくれたよ。大事なお水だからカップに一杯ずつ飲みながらお話し聞いてー!」
みんなにカップで水を配り、自分も一杯いただきながらみんなに話す。
「みんなも疲れたろうし、頑張ってお水を作ってくれたアンも休んだ方がいいと思う。探検は明日にして、少し食べるものを集めたら、今日はここでゆっくりしましょう。ここなら動物やモンスターも入って来れないから安心して休めるよ。あ、アンはそのまま休んでいてね」
みんなも一日にいろんなことがあり過ぎて疲れていたんだろう。うんうん、コクコクと賛成してくれた。
「それからアン。おいしいお水をありがとう。ごちそうさまでした」
私がそう言うと、みんなも各々アンに
「ありがとう、お姉ちゃん」
「アンありがとう、うまかった」
などとお礼を言っていた。
感謝と挨拶は大切です。
それから、みんなもほとほと疲れていたし、今日は既に二回もお腹いっぱい食べていたから、危なくないように近場でササッと集められる分だけの食料を確保した。
地下室へ戻り、全員入ったことを確認してから入り口をしっかり塞ぐ。
ところが、入り口を塞いだら空気穴からの僅かな光しか届かなくなり、子供たちが怯えてしまった。仕方ないので夕食までは小さい窓をいくつか開けておくことにした。
どうせ日が暮れたら真っ暗なので、日暮れ前に夕食にして、その後は完全に塞いで寝てしまうことにしよう。明るいうちに、ちゃんとおしっこを済ませておくようにとみんなに注意しておいた。
◇
それからは少しのんびりして、子供たちの話しを聞いたりして過ごした。
夕食を食べ、トイレも済ませて、外がすっかり夕焼けに染まったので
「そろそろ寝る準備して下さーい」
と、準備と言ったって布団がある訳でもないけど、みんなに声をかける。
キティとピノはユニたちにお世話されていた。
そこにジェフがやって来て、
「アン見てて思ったんだけどさ。こんなすごい基地を作ってもへいちゃらって、モモって今、何レベルなの?」
と聞いてきた。
「レベル……? って何?」
「知らないのか?! 三歳だから仕方ないのか? ほら、ステータス開いてみろよ」
「ステータス……? って何?」
「え?! ステータスも知らないのか? 誰も教えてくれなかったんだな……。ほら、こうやって開くんだ。良く見とけよ。『ステータス オープン』」
私の隣に座ったジェフの顔の前あたりに、透明な板のようなものが現れた。
何? この不思議現象?!
とんでもなくびっくりした。
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ジェフ レベル3 人間 男 十二歳
HP42/42 MP25/25 火
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「俺、レベル三なんだぜ。狩りの手伝いに行った時上がったんだ。モモも開いてみろよ」
「え、ええと……ステータス オープン?」
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モモ レベル1 人間 女 三歳 ☆
HP17/17 MP9015/9015 土+ 光+ 闇+
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「あれ? モモはレベル一かあ? って何? このMP?!!!」
「うわ、私HP低っ。やばくない? これ……」
「いや、三歳なら普通だから。四歳のピノより多いと思うぞ。じゃなくて!! そこじゃなくて!! MP!! ナニコレ?! それに適性が三つも? 全部+付き?! おまえスゲーぞ、これ!!」
そうなのか。月の精霊の加護のおかげかな?
「私にもわからないよ……。ステータスって初めて見たし……。魔法だって発動出来たのはさっきが初めてで……」
「そうか! 目覚めたんだもんな!!」
目をキラキラさせてジェフが言う。そこ忘れてくんないかな?
「ずっと部屋に閉じ込められてて、何もすることなかったから、赤ちゃんの時から魔力を動かす練習ばかりして過ごしてたんだ。そればっかりやっていたからめちゃくちゃ成長したのかもしれないけど、魔法が発動したことなんて一度もなかったから……」
「そうだよな! さっき目覚めたんだもんな!! 覚醒!! ってヤツだな。スゲーな覚醒! 俺も覚醒しねーかな!」
いや、ホント、それ忘れてくんないかな? 興奮するジェフの気を逸らすために話しを変えてみる。
「ね、ねえねえ、ジェフ。この最後に付いてるマークってこれ何? 私にだけ付いてるけど」
あ、やばかったかな? まさか覚醒のマークだぁ! なんて火に油注いじゃう? 私、間違えた?
ところがジェフは落ち着いてつまらなそうに言った。
「ああ、それは仕事のマークだよ」
「仕事のマーク?」
「うん。俺はまだ子どもだから付いてないんだ。大人になって仕事して、職業特性ってのが付くとそのマークが出るんだってさ。冒険者とか狩人とか鍛冶師とかだな。モモは子どもだけど小間使いしてたし、小間使いの特性が付いたんじゃねえ? そこに盗賊とかが付くと街に入れなくなったりするから、悪いことすんなーって、いつも怒られてた」
小間使いの特性って、どうなのよ……
微妙な気持ちで顔を上げると、すっかり薄暗くなっていた。
「あ、大変! 日が沈んじゃう。窓、塞がなきゃ。ジェフももう寝る準備して。今日はこれで休んで、明日からまたいろいろ頑張ろうね」
「おお、そうだな。モモお休みー」
「お休みジェフ」
今日一日、疲れ果てた子供たちは既に眠りについているようだった。一応、全員揃っていることを確認してから、私は全ての窓を塞ぎ、地下室は真っ暗になった。いろいろ考えなきゃいけないことはあるんだけど、私も思った以上にクタクタだったみたいで、すぐに眠ってしまった。
◇
「ウォーン! ウォーン!」
どのくらい眠っていたんだろうか。
大きな音に驚き飛び起きたが、地下室の中はまだ真っ暗のままだった。
「ウォウォーン! ウォーーーン!」
また獣の遠吠えの声が響き渡る。
「ひっ!」「きゃあ!」「うぇーん」
子供たちも遠吠えに気付き目が覚めたようで、騒ぎ、泣き出してしまった。
ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ
天井の上を何かが走り過ぎていく音がした。
少し間をあけて、もっとたくさんの群れが走っているようだ。
ズズン、ズズン、ズズン、ズズン、ズズン、
足音というより地響きのような音がだんだんと近づいてきて、先ほどの足音を追いかけるように唸り、遠ざかっていく。
「ジェフ、起きてる?」
「お、おお。今のなんだ? モ、モンスターか?」
「わからないけど……そうだと思う。ちょっとだけ火の魔法で灯りをつけてくれない?」
「わかった。長くは持たないぞ。猛き炎よ、火の恩恵を分け与えたまえ……」
ジェフの手がぼんやり赤く光る。ジェフの手の平の少し上に小さな火の玉が現れた。
天井や壁の様子をざっと確認したが、亀裂が入ったり崩れたりしているところは見当たらず、地下室の強度には問題なかったようでホッとした。
それから、怯えきった子供たちに向かい、笑顔を作り、明るい声で元気づける。
「大丈夫! もう遠くに行っちゃったみたいだし、この部屋もびくともしてないよ。かあちゃんがみんなを守るから、安心して」
それからぐっと優しい声音にして「安心して眠って大丈夫……」と繰り返した。
みんなの顔色を見ると少し落ち着いた様子だった。
「ジェフありがとう。もういいよ。魔力キツいでしょ?」
「ハアハア、うん……ごめん……」
少し呼吸が荒くなったジェフに癒しの力を込めて背中をポンポンと叩く。ジェフも少し楽になった様子で、床に腰を下ろし炎を消した。再び闇に包まれる。
「ううぅ、真っ暗、怖いよぉ……」
「ぐすん、ぐすん」
キティとピノの声を頼りに、暗闇の中二人の元へ近づき抱きしめる。
「大丈夫……かあちゃんがいるよ……。安心して眠っていいよ。怖くなんかないよ……」
優しく頭を撫でながらそう言うと、二人の体から力が抜けていく。それから私は子守唄を歌った。
かわいい かわいい いいこたち
いとしい いとしい あなたたち
ゆっくり ゆっくり おねむりよ
やさしい たのしい ゆめをみよ
ままの だいじな いいこたち
ゆめの なかでも あそぼうよ――
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ…………
私オリジナルの息子たちにも歌っていた子守唄だ。
眠そうなティナの声が聞こえる。
「ままってなあに?」
「かあちゃんのことだよ」
「ふふ、なんかモモとにてるね……」
ベルも眠そうにムニャムニャしながら、
「……もっと、おうた、うたって」
と言った。だから私は何度も何度も繰り返し歌う。
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ…………