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第七十五話 かあちゃんは狼の巣を後にする


 ぼんやりと眠りから覚めた私は、何かに包まれているようでぬくぬくに暖められ、そのゆるゆるとした気持ち良さにまた微睡みそうになっていた。


「目覚めたか? 良く眠れたか?」


 頭上から聞こえる声に顔を上げると、目の前に大きなポチくんの顔があった。


 気が付けば、ふっかふかの毛皮に抱かれている。


「ポチくん、一緒に寝てくれてたの?」


「モモはあのまま眠ってしまったからな。ヒトには洞窟は寒かろうと思ってな」


「うふふ。すごくあったかいし、気持ちいい」


 ふかふかのポチくんの毛皮に顔を埋めて、柔らかさと暖かさを味わう。


「子供たちも良く頑張ったから、皆すぐにぐっすり眠ったぞ」


 ふと見回すと、みんなも狼たちと寄り添い、ぬくぬくと眠っている。


 こんな包み込まれるような温もりは久しぶりだ。少しだけ、デイジーに抱かれて眠りに就いていた幼い頃を思い出した。


 なんだろう。胸の奥がキュッとする。


「……ポチくん、ありがとね」


 ちょっぴり甘えたい気分になり、ポチくんの温かいお腹にスリスリと顔を擦り付けた。


「ふふ。まだ眠いのであろう。もう少し眠るといい。皆が起き出したら起こしてやろう」


「うん……、ありがと……ポチくん」


 温もりに包まれて微睡む。

 守ってくれるものがいる安心感が胸いっぱいに幸せを満たす。


 ふかふかの感触に身を委ね、再び意識を手放した。




「…………モ。……モモ」


 誰かが呼んでるなあ。

 でも気持ち良くて起きたくないなあ。


 なんていつまでもグズグズしていたら、ベロンッと顔を舐め上げられた。


「ひゃあっ!」


「モモ、もうじき昼だぞ。皆も起き出しているぞ」


 いつまでも寝ぼすけな私をちょっぴり乱暴に起こしてくれたポチくん。


「おはようポチくん。起こしてくれてありがとう」


 もう昼なんだ……。

 たっぷり寝たはずなのに、まだ眠気の残る目をゴシゴシと擦り、ぼんやりする頭を覚醒させる。


 普通に朝起きたおうとくう、キティとピノを除いたみんなも、余程疲れていたのか、今しがた起き出したところだそうだ。


 キティとピノは朝から存分に狼たちに遊んでもらったようでご満悦だ。


 おうとくうも、


「今日の卵はひな姐さんにあげたの!」

「朝ごはんに美味しく食べてもらったよ!」


 と嬉しそうに話してくれた。


 しまった。

 朝ごはんのこと忘れてた。何も持ってきてないや。


 取り敢えず、今回はこれでお(いとま)して、森の広場に戻ろうかな。あそこになら採った果実がある。


 起きた子供たちと相談してみよう。



「みんなおはよう。と言ってももうじき昼らしいけど。昨晩は頑張ったからね。初めての狩りの成功おめでとう。それで、うっかりしてたんだけど、朝ごはんの食材の用意してくるの忘れてました! ごめんなさい。森の広場に戻ってごはんにしようと思うんだけど、いいかな?」


「ええ?! もう帰るの?」

「でもお腹空いた」

「まだドングリ茸も探さなきゃだしね」

「うーん、もう少しポチくんや狼さんたちと遊びたかったけど……」

「また来れるよね?」

「仕方ないか」


 そんな訳で、みんなでポチくんたちにお礼を言おう。


「ポチくん、今回は本当にお世話になりました。ありがとう。まだ食糧を探したいし、私たちの朝ごはんは森の広場にあるから、そろそろお(いとま)しようと思うんだけど。慌ただしくてごめんね。また、みんなで遊びに来てもいい?」


「なんだ、(せわ)しいな。遊びにはいつでも来るといい。また共に狩りもしよう。夜が辛いなら昼間でもいいぞ。お主らとの共闘は実に楽しかった。それに車を引くというのも面白かったぞ」


「荷車は置いていくから、また次回の狩りの時にも使おうね」


 ひなちゃんや他の狼たちとも各々お別れを言おうとしたのだが、


「モモ様! 広場まで荷車を引いていってはダメですか?! 私も引いてみたいんです! お願いします!」


 ひなちゃんに珍しく激しいお強請りをされてしまった。お別れを寂しがっていた子供たちからも、


「運んでもらおうよ」

「もう少しだけ一緒にいたーい」

「モモ、お願い!」


 と援護射撃が入る。


「うん、わかったよ。じゃあ、お願いしようかな」


 となると、ひなちゃんにもハーネスを作ってあげなきゃいけないな。


 ぐっすり眠らせてもらったので、MPは満タンになっているから問題ないし。早速、作ってあげよう。


 ひなちゃんの首廻りや胴廻り肩の高さなどを良く見ながら、一番しっかりしたシーローの革を材料に、


創造(クリエイト)・ハーネス」


 と魔法で作り出す。革製のハーネスには荷車の持ち手に繋げる革ベルトが付けてあるので、ハーネスをひなちゃんに装着させて荷車と繋ぐ。


「モモ様、ありがとうございます! 嬉しい!」


「きつかったり、痛かったりするところは無い?」


 ひなちゃんの引く中くらいの荷車には、昨晩獲った肉や革もすでに載せられている。二百kg近い荷を載せた車を引くひなちゃんは、


「いいえ、全然!」


 すごく楽しそうにしている。


「何ソレ! いいな、いいな!」

「すごおい! くうもソレで引きたい!」


 ハーネスを着けたひなちゃんを羨ましがるおうとくう。期待から爛々と光る四つの目に真っ直ぐ見つめられてしまった。


「おうとくうには家に帰ってから作ってあげるからね」


 ハーネスには革だけじゃなく、金具も付いているので、ここで作るとMPが嵩む。家で鉄鉱石も材料にして作った方が消費MPを抑えられるんだ。


 ……でも、二羽のガーーーン!! と効果音が聞こえそうな顔を見てしまった。


 二羽ともワガママは言わない。

 言わないが、無言で潤んだ瞳を見開き見つめている。声に出さずとも抗議の気持ちがひしひしと伝わってくる。


「ああ……仕方ない。広場に着いたら作ってあげるから」


「やったー! 嬉しい!」

「かあちゃん大好き! ありがと!」


 現金なものだ。


 それじゃあ、そろそろ出発しようかと、別れの挨拶のためポチくんへ振り返ると、ポチくんは自分のハーネスを咥えて待機していた。


「ポチくん?」


 尻尾をブンブン振り回しながら、ハーネスをひなちゃんの引く荷車に載せたポチくんは、


「我も行くぞ。岩山まで荷車を引いて行こう。見送りだ。広場にはまだ荷車があったであろう?」


 ワクワクした顔で当然のように主張するポチくんと、それに喜ぶ子供たち。遠慮するような雰囲気ではすでになくなっている。もうお願いしちゃおう。


「わかったよ。ありがたく見送ってもらいます。そうだ! 岩山の下の川原に温泉を作ったんだ。せっかくだから入っていってよ」


「わああ、いい考え!」

「気持ちいいよ。入ってって!」


 子供たちはまだしばらくお別れをしないで済みそうな様子を感じ取り、はしゃいでいる。



 昨晩、荷車を引いた狼もちゃっかり自分のハーネスを咥えてきた。


「うおん!」「うおん!」


 それを見て、他の狼たちが声を上げている。


「わかった、わかった。お前は昨晩引いたであろう。交替だ。今日は別のやつに引かせてやれ。他の者はまた次回。順番だ」


 ああ、他の子も引きたかったのか。


 狼たちの体格はあまり差が無いので、一つのハーネスを使い回しても大丈夫だろう。


 リーダーであるポチくんの決定には素直に従うらしく、昨晩引いた狼は残念そうにしながらもあきらめ、指名された別の一匹が喜んでいる。


「じゃあ、みんなで行こうか。広場で食事にしたり、採集もしながら帰るけどいいかな?」


「もちろんだ。それなら、我らも一緒に食事にしよう」


 昨晩のポチくんたちの戦利品から、早く食べた方がいい猪と鹿のモツの入った容器を荷車に載せていく。


 半日も放っておいたけど大丈夫なのかと心配したが、寝落ちする前にかけた滅菌の魔法と聖域の効果があったらしく、モツは新鮮なままの状態を維持していた。


 私たちの分けてもらった大量の肉も聖域の中なら傷まないで保管出来るんだろうか? 冷凍出来れば安心だけど、それは無理だし。聖域の中とはいえ、生肉の常温保存はどうなんだろう。逆に熟成されて美味くなったりするのかな?


 でも、大切な食糧で冒険するのはちょっと怖い。燻製にしたり、塩漬けにした上で保存した方がいいよね。


 帰り道で燻製用のチップも集めてみよう。クルミ、リンゴ、……サクラってあるのかな?


「ポチくん、この森に春になると木が丸々薄い桃色の花の塊になっちゃうような木ってあるかな?」


 ポチくんは少し考えて、


「……うむ、あるぞ。案内するか?」


「ぜひ! お願いします」


 これは楽しみだ。



 ポチくんに先導してもらい、広場の方向へ向かう。


 広場までもうすぐ、という辺りでポチくんが足を止めた。


「この木だ」


 鼻先で指した木には幹に凸凹があり、斑点模様がある。

 私の知ってる桜の幹とちょっと違うなあ。


「春には薄い桃色の花が咲く。まあ、桃の木だ。夏には甘い実を鈴生りに付けるぞ。この辺り一帯が甘い匂いに包まれる」


 桃でした。


 夏には桃が食べられるのは非常に嬉しいけど、今探してるのはこれじゃない。


「桃は桃で大好きだからすごく嬉しいんだけど、これとは別の種類の木は知らない?」


「これではないのか? ではあちらの木か? 花は甘い匂いがする。だが、あれは濃い桃色の花が咲くぞ」


 近付いて確認してみるものの、多分これは梅かなあ。幹には割れ目があり、ザラザラしている。


「残念だけど、これも違ったや。花には匂いが無くて、白に近いくらい薄い桃色の花が咲く木なの。こんもりするくらい花が付いて、実はすごくちっちゃな赤い実。幹が横にシマシマ模様が入ってる感じの」


「あれではありませんか? 森の出口の」


 ひなちゃんが何か思い当たったようだ。


「おお! あれか! その木なら多分、森の出口の辺りの木がそうだ。春になるとあの辺りはたくさんの花で埋め尽くされてな。地面にも薄い桃色の花びらが舞い落ちて、桃色の敷物のようになるのだ。存外に綺麗な景色だぞ」


「それだ! きっとそれだと思う。帰りに寄ってみたいんだけど、案内してくれる?」


「もちろんだ。帰りがけに寄れる場所だ。今の季節は枯れているがな」



 春には満開の桜が楽しめるのか。

 梅も桃もある。また春の楽しみが増えた。


 春になったら、みんなでお花見に来れるかな?


 お弁当をたくさん作って持って来よう。ポチくんにはお酒も用意してあげよう。

 お肉も手に入れられるようになったし、唐揚げに卵焼き、ああ、おにぎりが無いのが残念だ。



 そんなことを考えていたら、お腹がぐぐうと低い音を立てた。


 昨日の焼き芋パーティーから何も口にしてないもんね。みんなのお腹もペコペコだろう。


 まずは広場に向かいごはんにしよう。


 お腹の泣き声に急かされるように、少しばかり早足で歩き出した。




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