第七十四話 かあちゃんは解体に挑戦する
解体のシーンがあります。
苦手な方はご注意下さい!!
「運びやすいように、さっき手に入れた魔法で解体しちゃってもいいかな?」
「モモの新しい力というやつだな。やってみてくれ」
解体を始める前に、土魔法で大きめの容器をいくつも作っておく。
タライのようなものやバケツのようなもの。不要になる部分を埋めるための穴も掘っておいた。
シーローにも容器にもまとめて清浄、浄化、治癒をかけて滅菌した。
さて、いよいよ新しい魔法を使ってみよう。巨大な獲物を改めて見上げて、……覚悟を決める。
それこそ魔法なんだから、魔法のようにポンッと全てが食材や資材になってくれたなら嬉しいところなのだけど、大前提として魔法を使うにはイメージが大切。行程を端折って結果だけを得ることは出来ない。
いきなり全部を解体しようものなら、逆にイメージが追いつかず難しくなってしまうのだ。
慣れればそれも可能かもしれないけれど、初めての今回は順を追って解体していく方が無難だ。
……ということは、つまり、覚悟が必要ってことなんだ。
まずは、傷みの早い内臓だけを抜き取ってしまおうと、お腹の中がキレイに抜き取られることをイメージして、初めての解体をする。
「解体・新鮮な内臓」
両手の平に集めた魔力が青い風を帯びて、仰向けにされたシーローの腹へと飛んでいく。
テレビで見た手術のメスを入れるシーンのように、スッと一筋の切れ目が、肛門から胸へと伸び腹を割くと、パッと開かれた。
魔力により腹の中からズルズルと引きずり出された色鮮やかな内臓が宙に浮かび、作っておいた容器の中へと収まる。
ゴクリ…………。
自分で刃物を持ち、握る手に伝わる感触に怯えながら腹を開くよりは、腕を突っ込み、熱いほどの温度を感じながらお腹の中を掻き出すよりは、ずっと、ずっと楽ではあるのだろうけど、
――なかなかに衝撃的な光景だ。
生々しいその戦利品にこみ上げるものをぐぐっと抑えつけても、私たちは震えながら目を逸らしてしまうが、ポチくんたちは歓喜に溢れている。
「モモ、モモ! これはすごいな!」
興奮したポチくんは、巨体ゆえに大量のモツを分け合おうと言ってくれるが、さすがにまだそこまで肝が据わっていない。
子供たちも同様なようで、青い顔をして遠慮している。
「き、今日はポチくんたちだけでどうぞ」
粛々と辞退させていただいた。
新鮮な内臓には栄養たっぷりとは理解しているけども。最高のごちそうを分けてくれようという気持ちはありがたいけども。
獲れ立ては無理。今はまだ無理。
傍らではグロ注意なお食事シーンが始まるが、ちょっと見ていられなかったので、解体の方に集中しよう。
子供たちも刺激的過ぎるその光景には背を向けて、こちらに集中していた。それでも逃げ出す者がいないことには感心してしまう。
次に皮を剥がしてみる。
今裂いたお腹の皮の切れ目から一枚皮が剥がされるイメージ、敷物になってそうな、でろーんと大きく広げられたヌメ革を思い浮かべながら、
「解体・革」
魔法を発動すると、伸ばした手から青い風が斬撃となって飛び、いきなりスパーンと頭と尾、四つの蹄が落とされたことに仰天する。
私が声も出せずに硬直している間にも、新たな青い風が腹から足先へ、首へと切れ目を伸ばし、みるみるうちにキレイに皮が剥かれていく。
宙に浮いた皮を魔力の光が包み、輝きが消えた後には、鞣しなどの処理が施された一枚革が出来上がっていた。そのままふわりと移動し、畳まれて地面に置かれる。
「うわ、すごいな……」
これが最適な処理ってことかな。
ただ生皮が剥かれるだけじゃないんだ。脂肪を落としたりの鞣しや洗浄、ピンと張って広げての乾燥や揉んだりして柔らかくするという、時間も掛かる上にしち面倒臭い作業が完璧に仕上がっている。
ありがてー!
処理に関しては私は詳細にイメージしてなかったのに。完成品を思い浮かべたのが良かったのかな?
体格から予想出来るように、厚みのある硬い革だけど、処理が施されたおかげで使いやすそうだし、保存も問題なさそう。
ほくほくして振り向くと、タライの中には頭部などが収められていた。
……こうやって美味しいお肉や、便利な素材を手に入れられるってことなんだ。いつまでも怖がっていちゃダメだよね。
気合を入れ直して解体中のシーローに向き直る。
そうは言っても、この状態でもまだ正視し辛い感じなので、脂肪や腱、筋を取り去り、背骨から半身にすることで、なんとなく食肉っぽくなってきた。
「ほお、我らの分とモモたちの分とわけておいてくれたのか」
お食事タイムが終わったらしいポチくんが、枝肉となったシーローを見て嬉しそうにそんなことを言う。
「いや、私たちじゃこんなに食べきれないし。革ももらうから、ここから少し分けてもらえれば充分だよ」
「我らとて一番美味い内臓を譲ってもらったのだし、あそこにあった頭や骨、筋や脂ももらえるのであろう? 遠慮せずに持って行け」
いやでもこれ、半身の肉だけでも絶対百kg以上ある。
猪や鹿もまだあるんだし、これは多すぎるだろう。ポチくんたちの方が断然体も大きいんだし。
ポチくんたちはアバラや大腿骨など付けっぱなしでいいと言うので、半身はそのまま、もう半身からはモモ肉、ロース、バラなど部位ごとに精肉させてもらい、ブロック肉で五十kg程を分けてもらえることになった。
解体の魔法で部位ごとに精肉する際に、私たちの分の肉は血抜きがされ、筋や骨などが取り除かれ、すっかり扱いやすい肉にされている。
「ホントにこんなにいっぱいいいの?」
「滅多に口に出来ない肉なのだ。思う存分味わうといい」
せっかくの好意なので、これはありがたくいただこう。
解体現場をキレイにして、後は運ぶだけなんだけど、山を下りるまでの道では荷車は使えそうにない。森の中から蔓を集めて、狼たちの背中に括り付けさせてもらうことになった。
帰り道も、私たちは多少手こずりながら山道を進んでいく。川との間が開けてきた辺りで木を切り、荷車を作り、背負ってもらっていた荷物を載せ終えた。
「これは我らが引いていこう」
ポチくんがそう言ってくれるので、先程手に入れたシーローの革から狼のサイズでハーネスを作り出し、装着して引いてもらうことにした。
なぜだかハーネスを着けられた狼はこの役をとても気に入ったようで、すごく嬉しそうに楽しそうに重い荷車を力強く引いてくれてる。
そして、他の狼たちの視線が羨ましそうだ。
「これは……! 何とも心躍る! モモ、我にもアレを作ってくれ!」
何かが心の琴線に触れたようで、ポチくんがワクワクした様子でそんなお強請りをしてきた。
「猪の肉を解体して運ぶ時にね」
そう言って約束して、地図作成で記録した猪を埋めた場所を目指し来た道を戻る。
地図によるとこの辺りだ。他の動物に荒らされた様子はない。
猪を埋めた穴を掘り返し、穴の底を少しずつ上げていくことにより、水もろとも地面へと持ち上げた。
黙祷を捧げてから、先程と同じように内臓から取り分ける。タライに入れたまま持ち帰るとのことなので、傷みやすい内臓は特に丁寧に滅菌しておく。
続いて皮を剥ぐ。毛足の長い猪の毛皮は、毛もブラシや刷毛、筆などに使えそうだ。
脂肪などが取り除かれて、半身の枝肉二本になる。巨大猪の枝肉も一本百五十kgくらいありそうだったので、ロース、バラ、モモを五十kg程わけてもらって、残りはポチくんたちに渡すことにした。
解体現場を片付けると、約束通り荷車を作り、解体した全てを積み込む。
ポチくん用にハーネスも作って装着させてあげると、子供のようにはしゃいで荷車を引いている。
犬ぞり? 本能?
よくわからないけど、喜んでくれているので良かった、良かった。
しかし、私はかなりのMPを使ってしまった。金具を使うハーネスに一気にMPを持っていかれてしまったんだよね。
非常に羨ましそうに期待の目で見つめられているけど、ひなちゃん含め他の狼たちには、
「今日はもう無理です! また次の時に!」
と閉店を宣言したのだった。
その後、最初の狩り場まで戻り、鹿肉も同様に処理して枝肉にしたが、もう充分な肉をもらっているので、革と十kg程の赤身肉をわけてもらうに留めた。
鹿の革は柔らかで手触りが良く、これなら衣類にも使えそうだ。
鹿肉は二台の荷車に分けて載せられた。片付けまで済ました私は、もう魔力枯渇ギリギリで、さらに荷車を増やすことは出来なかった。
ふらふらと足取りが覚束ない私は、ひなちゃんの背に揺られて狼たちの巣穴まで戻ったのだった。
◇
「ただいまー」
荷車二台にたくさんの肉を積んだ私たち一行が洞窟へ帰ると、
「おかえりなさい! みんな無事ですか?! ももちゃん大丈夫?」
心配していたのだろう、起きて待っていてくれたのかアンが洞窟の外で迎えてくれた。ヤスくんを抱いてパタパタと駆け寄ってくる。
「うん、みんな無事だよ。獲物もいっぱい! 私はただの魔法の使い過ぎだから心配いらないよ。アンこそ、ずっと外で待っててくれたの?」
「いえ、ヤスくんがみんなが帰ってくるって教えてくれたので」
「かあちゃん! オイラちゃんと気配を探ってたぞ。何にも来なかった。キティたちは寝てるし、大丈夫だったよ。かあちゃんたちの気配で帰ってきたのがわかったから迎えに出たんだ!」
「そっかぁ。ヤスくんありがとう。ご苦労さまでした。アンもありがとうね。おかげでいっぱいお肉や革を手に入れられたよ。もう安心して休んで大丈夫だよ」
私もアンとヤスくんの顔を見たら、ホッとして急に疲れが出てきてしまった。
「……少し休んでもいいかな? ちょっと疲れちゃったみたい」
ひなちゃんの背中から下ろしてもらい、お礼を言う。
あらら、立ってるのもしんどいかも。
「ずっと気を張っておったのだろう。休むといい。我らも休むとしよう」
「ええ、ここは安全ですから。ゆっくり休んで下さい。モモ様ありがとうございました」
「俺たちも寝るよ。さすがに疲れた」
「荷車だけしまっておきますね。ももちゃんは先に休んで下さい」
……そうだ。……お肉。
もう一度、滅菌だけはしておかないと。
「……清浄、浄化、……治癒」
と魔法をかけたところで魔力枯渇を起こしてしまった。
うわあ、ホントにギリギリだったんだなあ……。
なんて、ぼんやり考えながら意識を手放す。
誰一人怪我も無く、無事に初めての狩りを終えて帰って来られたことへの安心感に包まれて、
私は一人、先に眠りに就いてしまった。




