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第七十三話 かあちゃんはモンスターを仕留める

狩りのシーンがあります。

苦手な方はご注意下さい。


 休憩がてらの反省会を終えた私たちは川沿いを上流へ、さらに北へと進む。


 だんだんと川べりの開けた土地が狭まっていき、木々が増えていく。足元も木の根の障害物だけではなくなり、勾配もきつくなってきた。


 山に入ったということか。


 狼たちには苦もないのだろう。しかし私たちにはそうではない。


 狼たちが軽々と飛び越えていくちょっとした段差を這うようによじ登り、ボコボコとした地形の木々の間を足元を見極めながら少しずつ進んでいく。

 感知を続けながら、足を滑らせた子を支えたり、できるだけ通りやすいルートを探しながらの道程は体力も精神力もすり減らす。


 子供たちも同様で、強がりを言う口数も減ってきて、疲れの表情が滲み出ていた。


 先を行く狼たちとの間隔も開いてしまうことが多くなり、その度、足を止めて私たちを待ってくれている。


 これ以上は限界か……。


 私がリタイアを口に出そうとした時、前方の景色が少し変わった。



 小さくはあるが土の地面が剥き出しの平らな広場になっており、そこだけが木も生えていない。左手には流れを早めた川が、右手はさらに鬱蒼とした森が続いている。


 そして、前方はそびえ立つ崖。

 これは私たちには絶対登れない。


 取り敢えずここで小休止して、子供たちに回復(リカバリー)をかけて落ち着かせる。


「ここから先を進むのは厳しいかな」


 ポチくんたちには申し訳ないがこれ以上は無理をさせられない。来た道を戻ろうと相談していた時、上方で感知にかかる動物がいる。


「崖の上に大型の反応がある。鹿かな? でも、三m以上ありそう。ポチくんくらい大きいかも……。岩のところで休んでいるみたい。立ったままでじっとしてる」


「ほお、大型の鹿か。狩り甲斐のある相手だ」


「でも、あそこに近付くのは難しいよ。どうするの? ポチくんたちだけで行く?」


「……我らで背後から追い立てて、この辺りまで誘導しよう。モモたちはこの広場に罠を張ってくれたら、後は隠れておれば良い」


 鹿のおおよその位置を伝えれば、ポチくんにも感知出来たらしく、


「……これは! 上等な獲物を見つけてくれたものだな!」


 獰猛な笑みを浮かべて俄然張り切りだした。


 確実に仕留めたいと、追い立てた時に逃げるルートを予測して作戦を立ててくれる。


「貴奴は逃げるのが得意だ。急な断崖絶壁でも難なく移動出来る脚を持っているからな。我らで囲み追い込めば、このルートで崖を下り降りて来るであろう。こことここに落とし穴を。川の向こうへ逃げ込まれると厄介だ。ここら辺一帯に痺れ罠を設置出来るか?」


「わかった」



 早速、バズとベルが落とし穴を、ティナが痺れ罠を設置する。


「穴は我でも落ちるくらいの大きめにした方が良いぞ」


「大きさと深さは五mくらいにしようか」


 落とし穴の位置をポチくんに確認してもらう。


「鹿が掛かったら、他の罠はすぐ解除するつもりだけど、一応ポチくんたちが掛からないように気を付けてね」


「うむ、気を付けよう」


 何しろあまり大きくない広場なので、五mの落とし穴を二つも設置したら、かなり足場が少なくなってしまう。


 痺れ罠の範囲は川の縁一m幅を七mの長さに。川の縁で跳躍する時にこの辺りを踏み込むだろうからとポチくんの指示だ。


 私たちは広場の外側で隠れていて、もし罠の範囲から外れて逃げようとした場合には牽制して森側に逃げられないように足止めをすればいい。


 ひなちゃんはこちらに残ってくれるので、彼女も逃がしはしないだろう。


「我らが囲み終えたら、吠え立てて追い込む。我らの声が聞こえたら、十数える間もなくここまで降りてくるだろうから、備えておれよ」


「はい!!」


 ポチくん指揮による作戦が始まる。



 ポチくんたちは右手の森から山を登り、鹿の上方へ回り込み崖下に追い立てるために、静かに、だが素早い動きで移動していった。


「みんな、魔力を集中させてすぐに対応出来る準備をしていてね。三m以上の鹿ってかなりの巨体だから、崖から降りる勢いで現れたらすっごく怖いと思う。私もひなちゃんもすぐにフォロー出来るようにしてるから、怖くても落ち着いて動けるように頑張ろう」


 重機が崖から落ちてくる程の恐怖だろう。子供たちは動けなくなる前提で準備しておいた方がいい。


 一応、ジェフとコリーの立ち位置を指示し、ルーとマリーには私の近くにいてもらう。


 今回は散開せずに、ある程度まとまった状態で待機している。狼たちの邪魔にならないように、かつ、獲物を逃がさないフォローが出来る立ち位置だ。

 それにまとまっていてくれた方が守りやすい。


 ヘラジカのような巨大生物が来るんだろうか。

 想像し、ぶるっと震えがくるが覚悟を決め身構える。


 みんなの障壁(バリア)にさらに魔力を送り守りを堅くし、ルーシーとユニには崖と反対の方向へ向かい風を吹かせてもらい、待ち伏せしているこちらに気付かれないようにした。



 準備は出来ている。


 ポチくんたちの合図を待つこの数分が永遠のように長く感じる。


「……ウォーン!」

「ウォン! ウォン!」


「……! 来るよ! 構えて!」

「はい!!」


 崖の上から石や岩をまき散らしながら巨大な気配が近付いてくる。


 ドガッ、ドガッと蹄が岩肌を蹴る音が大きくなり、遠目にも巨大な影がすごい勢いで落下するように崖を降りて来た。


 もちろん、ただ落ちている訳じゃない。巨体は速さと華麗な身のこなしで崖を降りきり、地面を蹴り、こちらへ向かって来る。


 ジグザグに跳ねるような変則的な動きのせいで、ベルの罠の脇を上手く避けられてしまい素通りされたが、


「ジェフ!」

「おう!」


 地面に的を作り、火の球(ファイアボール)を当てたことにより、驚いた鹿はルートを変え、バズの落とし穴に吸い込まれた。


「マーク!」

「目を瞑って! 輝き(シャイン)!」


 穴の中に落とすようにマークが目眩ましを放つが、一瞬早く、鹿は並外れた跳躍力で穴から飛び出してきた。

 すでに何もいない穴の中で光が弾ける。


「え?!」「ウソ?!」


 予想外の出来事に、みんな驚き固まってしまっている。


影牢(シャドウ)!」


 マークの輝き(シャイン)を光源として出来た濃い影がスルスルと伸び、鹿を捕らえる。


 私たちの傍にいたはずのひなちゃんは、一瞬で姿を消し、鹿を縛り上げるその影から現れると喉笛に喰らい付いた。


 すでにポチくんたちの群れも崖を降りてすぐそこまで近付いてきている。


復旧(リターン)! 罠解除(リリース)!」


 罠の解除もギリギリ間に合い、影に縛られながらも暴れる鹿を何とか抑えつけているひなちゃんの元へポチくんたちが駆けつけた。


 初めは激しく暴れていた巨大な鹿も十二匹の狼たちに取り囲まれてしまえば為す術も無く、


 ――少しの後、沈黙し動かなくなった。



「ウオォーーーン!!」


 ポチくんの勝ち鬨が上がる。


 その声に、固まっていたみんなもハッとして動きを取り戻した。


 子供たちはまだ震えてはいるが大丈夫そうだ。


「ひなちゃん! 大丈夫?! みんなも怪我してない?」


 ポチくんたちに駆け寄り確認するが、負傷した者はいないようだ。

 ひとまずホッとする。


「モモ様がかけて下さった魔法のおかげだと思います。少し蹴られましたが何ともありませんでした」


 ひなちゃんが深々と頭を下げる。


「良かった……。ちゃんと動きを止められなくてごめんね。ひなちゃん一人に頑張らせちゃった」


「何を言うか。充分な働きだったぞ。これはシーローというモンスターだが、跳躍力と速度がこの巨体のくせにずば抜けて高い。見つけることすら困難な上に、運良く見つけても大概逃げられる。それに、巨体から繰り出される蹴りは並みの狼には耐えられるものではない。熊ですら一撃で倒されるのだぞ。まあ、あいつらは知能も低く、動きが愚鈍だからな。ともあれ、我らだけでは狩れなかったであろうよ。モモたちと共に挑めたからこそだぞ。誇れ」


 少しばかり熊に対するディスが混ざっているようにも聞こえたが、このモンスターを仕留めるのはかなり困難で、見つけられたことすら僥倖であるようだ。


 その上、このシーローはとても美味いのだそうだ。


 今日の狩りは大金星だと、ガッハガッハと大きく笑うポチくん。

 あまりの嬉しさに遠吠えしてしまったらしい。


 ひなちゃんも狼たちもとても喜んでいる。全員無事だし、そんな珍しいモンスターを倒せて良かった。



 やっと心に達成感と安堵が広がってきたところで、改めて件のモンスターを見てみる。


 鹿かと思ったが、鹿よりもずんぐりとした体型。耳の間に真っ直ぐな黒い角がやや頭の後ろに向かって二本生えている。体毛は灰色で、顔と首の廻りの毛だけが白くフサフサしていて、ひなちゃんの喰らい付いた箇所から出血し赤く染まっている。


「これは……、カモシカ?」


 前世で山の中でうっかり鉢合わせしてしまい驚いたことがある。それはせいぜい一mちょっとの大きさだったが、これはモンスターと言うだけあり、とんでもない巨体だ。


 最初の鹿もかなりの大きさでビビってたけど、あれがかわいく見える程だ。


「解体して運ぶしかないよね」


「せっかくの上物だ。内臓はこの場で喰ってしまっても構わぬか?」


「もちろん。内臓は頑張って仕留めたポチくんたちでどうぞ」


 獲れ立ての内蔵の生食にはさすがに抵抗がある。ただ、自分たちの対峙した獲物(モンスター)を子供たちにも見ておいてもらいたかったので、ポチくんに少しだけ待ってもらいみんなの元へ急ぐ。


「みんな、少しは落ち着いた? さっきの鹿だと思ってたのは、シーローっていうモンスターなんだって。解体しちゃう前に、ちゃんと見ておいた方がいいと思う。歩けるようなら見に行こう」


 ……モンスター、とざわつく子供たちに回復(リカバリー)をかけてあげながら、みんなを促し倒された巨大カモシカの元へ連れて行く。


「ひっ」「うわあっ」「で、でかい」


 一言感想を言えたなら良い方で、殆どの子は黙りこくっておそるおそる巨体を見つめていた。


「さっきの鹿や猪もだけど、私たちのために犠牲となってくれた命だよ。目を背けず、糧となってくれることに感謝し、祷りを捧げよう」


 各自その場で跪いたり、頭を垂れたり、手を合わせたりしながら、感謝と鎮魂の祷りを捧げる。


 …………。


 静かに顔を上げたみんなを見渡す。


「……この巨大なモンスターと対峙した自分を誇って、次の狩りに繋げるか。狩りをすると言うことの怖さと尊さを実感し、心に刻んだ上で、狩りから遠ざかるか。どちらを選んだとしても、今日のこの経験はみんなの糧となり、また強く成長したと思う。身も心もね。

 これから、このシーローを解体するから、その間少し休憩していてね。見たい子は見ていてもいいけど」



 一部始終を見守っていたポチくんが理解出来ないといった風に語る。


「お主らは変わったことをするのだな。生きる為に命を奪うのは自然なことだ。また、奪われるのも必然。そうして世界は回っておる」


「そうだよね。頭ではわかっているんだけど……。私たちは弱くて、奪われるばかりな側だったから、奪うことに慣れてないの。


 ……でも、強くなる」


 ポチくんは、わかったのかわからないけど、ふふっと小さく笑い、


「お主らは強いぞ。これからも強くあれ」


 と言葉をかけられた。



 みんなは頷くだけだったけど、その場を離れる者はおらず、みんなの見守る中、解体を始めた。



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