第七十話 かあちゃんは初めての狩りに出る
狩りのシーンがあります。
苦手な方はご注意下さい。
楽しいパーティーの時間と、楽しいブラッシングの時間を過ごし、日もとっぷりと暮れたので、今はみんな洞窟の中に入っている。
お昼寝したって日が暮れれば眠くなってしまうおうとくうはもう限界っぽい。
「ひなあねさん、かあちゃん、もうダメ……」
「あねさん、かあちゃん。もう寝るよ……。また明日ね」
狼たちの塒の片隅に丸くなった二羽が、なんとかおやすみの挨拶だけして寄り添うように眠った。
「エミューリは夜に弱いからな。仕方のないことだ」
「ええ、かわいいですね」
ポチくんとひなちゃんが慈しむように優しい声音で話している。
「ポチくんたちは昼から起きてても大丈夫なの?」
「我らは昼間起きていられない訳ではないぞ。夜に強いから夜の狩りを選んでいるだけだ」
「夜の方が獲物を獲りやすいですからね。私は特に」
体色は闇のように黒いのだし、今では影に潜めるひなちゃんに夜の狩りは打って付けなのか。
ポチくんから群れのみんなにも先程の狩りの作戦が伝えられて、打ち合わせをする。
「モモたちが罠を張ってくれたら、我らは後方に回り逃げ道を断つぞ。我らが後方に陣取れば獲物は罠の方へと逃げるであろう。足止めがかなったならば狩るのは簡単だ。もしや、獲物がモモたちの方に襲いかかるやもしれぬ。ひなはモモたちに付いていて対処してくれ」
「わかりました。モモ様もこの子たちも必ず守ります」
それから、私たちが使う魔法も一度見てもらって、攻撃魔法は威嚇のために地面を狙うから、当たらないように気をつけて欲しいこと、私たちは全員初めての狩りなので、思うように動けないかもしれないことなどを伝えた。
「足手まといになっちゃうだろうけど、よろしくお願いします」
「我らが付いておるのだ。恐れずとも大丈夫だ。ともに狩りを楽しもうぞ。明日には肉が喰えるぞ?」
優しく緊張をほぐそうとしてくれる。
「みんな、緊張し過ぎて暴走しないでね。初めてなんだから、何も出来ずに終わっちゃっても仕方ないんだから。一人で突っ走らない! これだけは絶対守って。落ち着いてさえいれば、後はポチくんたちが何とかしてくれる」
「おお、任せておけ。仔狼とて同じだ。数を重ねてだんだんと上手くなるものだ。案ずることはない」
みんな真剣な面持ちでコクコクと頷いている。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
月も随分と昇ってきて、そろそろ狩りに出る時間ということなので、スリーパー、マフラー、軍手も身に付け、出掛ける準備をした。
アン、キティ、ピノに、
「留守番をお願いね。いってくるね」
と声をかける。
「みんな、気をつけて。全員無事で帰ってきて下さいね」
「良い子で待ってるお」
「ポチくん、みんなをお願いします。いってらっしゃい」
ヤスくんにも、
「みんなのことをお願いね。もしも、何かが近付いてきたら、何でもいいから魔法をいっぱい使ってくれればわかると思う。大急ぎで帰ってくるよ。強い敵でも結界が守ってくれるはずだし、狼さんの塒を襲うようなやつはいないと思うけどね」
「任せておけよ。かあちゃんのいない間はオイラがばっちり気配を探っておくから。いってらっしゃい」
洞窟も広場も覆うように聖域を使ってから外に出る。
「あまりここから離れ過ぎないように、北の狩り場へ向かおう」
と言うポチくんに従い、みんなでさらに北を目指すことになった。
「ちょっとだけ待って」
出発する前に、狼たちと子供たち全員に、スタミナや疲れを回復する回復や自然回復力を上げる魔法、聖なる癒しをかける。障壁は一人一人の体に沿うように強度強めで。気配を消す潜伏、お互いを認識し合っている仲間以外からは見つかりにくくなる。それから、子供たちには暗視の魔法を。これで暗い森の中でも歩き回れる。最後に捜索と感知強化で自分の感知能力も上げた。
「これで大丈夫かな? みんな見えてる?」
みんなが頷くのを確認して、
「準備出来たよ。ポチくん、お願いします」
「うむ、では行こう」
突然かけられた魔法に少し驚いたようだったけど、効果がわかり納得してくれたようだ。
しばらく、川沿いを上流へ進むと、山が近付いてきた。
「山から水場へ降りてくる動物がいるのでな。ここからは注意して行くぞ」
「はい」
みんなで小声で返事する。
少し進むと、早速感知に動くものを感じた。
「ポチくん、右手の山から川へ向かって近付いてくる反応あり。数は一。三十数えるくらいで姿が見えると思う」
「わかった。モモたちは川への通り道に罠を張ったら、少し離れろ。初めてだからな。様子見で良いぞ。我らは二手に分かれて挟むぞ」
「うおん!」
「ルーシー、ユニ、風を山から川へ向かって吹き下ろすように吹かせて。山の方に匂いがいかないように」
「わかった!」「うん!」
二人は風よで上手いこと風を操る。
「バズ、ベル、ティナ。相手の大きさはおおよそ二m。今はそんなにスピードを出していない。気付かれないうちに罠を張ろう。設置のサイズは二m。深さ三m。ティナも反応するサイズは三mくらいの円に。場所はこことここ。痺れ罠はここら辺で」
「了解」「やってみる」「任せて!」
まだ獲物の姿を目にする前なので、緊張はしてるが練習通りに設置出来ている。
「だんだん近付いてきたよ。みんな離れて。多分獲物はシカ。結構大きいから、出てきたらちょっとビックリするだろうけど、落ち着いてね。仲間に魔法を当てないことだけ気をつけてくれればいいからね」
マリーは私の傍で見ていてね、と近くに呼び寄せる。
ジェフ、マーク、コリーはいつでも魔法が撃てる状態で待機してくれているし、ルーも手には魔力を集めている。
「あと五秒くらいで来るよ。静かにして、落ち着いてね」
心の中でカウントダウンする。
山からピョンピョンと跳ねるような動きで近付いてくる動物が一体。
…三、……二、……一。
木の間からガサガサッと音を立てて、大きな鹿が飛び出してきた。
キレイな跳躍で1つ目のバズの落とし穴を飛び越えてしまう。
だが、その先、着地する地面にはベルの落とし穴が設置されている。
何も知らずに優雅な足取りで前肢が地面に触れると、瞬時に穴があき、崩れるようにもんどりうって穴に落ちる。
「よしっ!」
誰かが思わず声を上げた。
――まだ早い。
鹿には跳躍力がある。穴に落ちた衝撃で脚でも挫いていれば抜け出せないが、野生動物の強靱さを楽観視は出来ない。
前世では、道路に飛び出した鹿が自動車と接触事故を起こすことはよくあった。大概、自動車の方が大破して、当の鹿はそのまま逃げてしまうこともあるんだ。
「マーク!」
私が声を出した瞬間に、
「輝き!」
眩しい光の玉が鹿に向かって飛び、顔の前ではじけた。いい反応だ!
私は穴に近付き、目眩ましを受けて動きの止まった鹿めがけ魔法を撃つ。
「麻痺」
そのまま、鹿は身動きが取れなくなった。
「ポチくん、お願い!」
周囲の木の陰から狼たちが現れる。
あ! いけない!
咄嗟に気が付き、バズの落とし穴を復旧で埋め、ティナの痺れ罠に罠解除をかけて解除する。間に合って良かった。
飛び出してきた狼たちは落とし穴を取り囲み、切り込み隊長のような一匹が穴へ飛び込むと、身動きの取れない鹿の喉笛に牙を突き立て、自身の体を回転させることによって大きく喰いちぎる。暗闇の中に鮮血が舞う。あっという間に鹿を仕留めてしまった。
「すごいぞ! モモ! こんなに楽な狩りは初めてだ!」
興奮気味のポチくんに褒められる。
が、こちらは全員、緊張でガクガクだ。
子供たちは既に狩りが終わったことにも気付いていないかもしれない。
「……あ、はああああ」
私も返事も出来ず、これでもかという大きなため息を吐いたら、力が抜けてへたり込んでしまった。
「……よくわからないうちに、終わった?」
「なんか……、上手くいったみたいでよかった……」
途切れ途切れに呟く声が聞こえる。
目の前で繰り広げられた惨劇の恐怖と、誰も怪我なく狩りが終幕した安心感から体に力が入らない。
足が震えて、歯の根が噛み合わない。頭が回らない。
「はははははは! 初めてとは思えぬ程、上出来であったぞ!」
なんとかみんなを見回すと、同じように全員へたり込んでいる。ポチくんの高らかな笑い声に、やっと狩りが終わっていることに気が付いたという様子の子もいる。
「して、この獲物はどうするか?」
ポチくんに問いかけられるけど、まだ思考が追いつかない。
「い、いつもはどうしてるの? この場で食べちゃうの?」
それだけ捻り出すのがやっとだった。
「持ち歩いて狩りを続ける訳にはいかぬからな。群れの一匹が先行して巣へと持ち帰るか、腹が減っていればその場で喰らってしまうな」
今は焼き芋を食べたのでお腹は空いてないそうだ。
「このままにしておけば、山犬などが血の臭いに誘われてやって来て荒らされてしまう」
そりゃあそうだよね。肉が落ちてたら盗られちゃうよね。
ポチくんと話しているうちに呆けていた頭がやっとはっきりしてきた。
「誰かに持ち帰ってもらうとしたら、その後はみんなが戻る朝まで巣穴に置きっ放し?」
「そうだな。持ち帰った者がそのまま見張りとして残り、みんな揃ってから我が分配して食べるのだ」
このまま朝まで放ったらかしたら、血生臭くなって私たちには食べられなくなっちゃうな。
川に運んで水に沈めて冷やしておくのがいいんだろうけど、それでも山犬に荒らされちゃうのかな?
……どうせなら。
「ポチくん、試してみたいことがあるんだけど、やってみてもいい?」
「ふむ……。モモはまた何かおかしなことを考えておるのだな? ふふ、やってみるといい。お主らが獲ったようなものだからな。この鹿は」
前世では、季節になると近所のおっちゃんが猟銃担いで山に入るような田舎に住んでいた。
街の中には○ラペチーノで有名な某コーヒーチェーン店がある程度には栄えていても、近くの山の中には鹿や猪が闊歩している。夜になれば住宅街の道路を歩く狸やイタチもよく見かける。そんな場所だ。
そのおっちゃんの言うことには、仕留めた獲物は血抜きよりも冷やすことが大事だと聞いた。
「さっさと冷やしとかねえと菌が増殖して肉の味が落っちまうもんでな、ほんなんまあず食えたもんじゃねえら」
なんて息巻いていたのを思い出す。あの時はそんな話を聞かされても……なんて思ってたけど、おっちゃんありがとう! 今、役に立つよ。
要は冷やして、菌を増やさなければいいんだ。
ポチくんも許可してくれたし、上手くいくかわからないけど、やってみよう。




