第四話 かあちゃんは加護の力を手に入れる
あれから私たちはお互いのことを話しあった。
今、ここにいる子供たちは私を含め十四人。最年長でも、まだ十二歳の男の子三人だ。ついで十歳の子が四人。男の子一人と女の子三人。
十歳や十二歳ともなれば、それなりに働き手となると思うのに何故今回のメンバーに入れられていたのか? と思っていると、何か通じたのか、
「俺ら四人はよく食うから放り出されたんだ」
と告げられた。成長期の男子がよく食うのは当たり前だと思うが、それを食わせてやれない環境を作ったのは父だ。
「ごめ……」謝ろうとして遮られた。
「もう謝るなって言ったろ。なんだよ、その顔。ここにいればこれからはいっぱい食えるんだ。俺らラッキーだよな?」
「おう! 食うからにはいっぱい働くぜ!」
うんうん、そうそうと男の子たちが笑う。
打ち解けやすい雰囲気のリーダー格、私が最初に話しかけた男の子がこげ茶の短髪にこげ茶の瞳をしたジェフ。
ジェフより少し明るい髪色と瞳をしたやる気満々、張り切り屋のマーク。
二人より一回り大きな体に似合わず、優しく温和そうなバズ。
そして兄貴分たちに付いて回るのが楽しくて一緒になってやんちゃしてるけど、本当は少し臆病なのを隠そうとしてる十歳の男の子、赤髪のコリー。
あんな辛い経験をしてきたのに明るく笑ってくれる良い子たちだ。
十歳の女の子たち三人は強く優しい心を持っていた。
気丈で明るく元気なルーシーは赤茶色の髪を頭の後ろの高い位置で結んでいる。
茶色の髪をおさげにしたマリーは頭が良さそうだ。いろいろなことを考えているなあという印象。
肩までの黒髪の少女がアン。おっとりとおとなしそうに見えるが、小さい子たちのフォローをさりげなく出来る気配り屋さん。
この後、彼女たちが当たり前のように言った言葉に私は強いショックを受ける。
「私たちは高く売れるからって」
「私たちみたいな十歳以下の小さな女の子は性奴隷として貴族様に人気らしいです」
「あっちにいる女の子たちはまだ九歳と八歳と六歳なので、なんとか守ってあげたいと思ってました」
「そうそう。私たちの方がお姉さんなんだから。あんな小さな子たちに手を出させる訳にはいかないよ!」
あんな小さなって自分たちだってまだ十歳……
こんな小さな子どもに高い金を払って悪さをする奴らがいる。身の毛がよだつ。歯の根が合わずカチカチと音を立てた。
こんな森に飛ばされて、先行き不安だとしても守られて良かった。
改めて心を決めて彼女たちと向かい合う。
「私があなたたちを守るって決めたから、そんな恐ろしい覚悟は二度とさせない。穏やかで楽しく安心して暮らせるようにするから」
それから女の子たち全員を一人ずつ優しく、ギュッと抱きしめながら、もう大丈夫、怖かったね、安心して、と耳元で囁いて回った。強張っていた心が溶け出すように、みんなポロポロと泣き出した。
今まで泣けなかった子たち。安心したんだろう。
実は私はこっそり、使えるようになったばかりの月の加護の癒しの力を彼女たちの心に掛けていた。
こういう女の子の心の傷は絶対残しちゃ駄目だ。いつかこの子たちも愛する人と出会い、結ばれる日が来るだろう。その時に小さな傷が彼女たちを苦しめるかもしれない。僅かな傷口も潰しておきたかった。
九歳のユニとルーは村では良くお手伝いしていたということで、手先が器用らしい。八歳のベルとティナはお転婆だ。六歳のキティはおしゃまさん。もう一人の四歳の男の子ピノにお姉さんぶりたいらしい。ピノは村で一番年下だからか甘えん坊。女の子たちに囲まれて過ごしている影響もあるのかもしれない。必ず誰かにくっついている。
四歳から十二歳まで十三人の子供たち。愛情たっぷり注いであげるからね。
とはいえ、愛情だけじゃ腹は膨れない。
今は秋の実りがあるけれど、しばらくすればこの森にだって冬は来るのだろう。今だって夜になれば肌寒くなると思う。日が暮れるまでに少しは寒さを防げる寝床を確保できればいいんだけど。
◇
午前中いっぱい、みんなといろんな話をしていたので今は太陽が真上に上がっている。
お昼は自分たちで集めてみると、子供たちは果物や木の実などを採りに行った。
朝食べたものに村でも馴染みのある実があったので、探すのは大丈夫! と胸を叩いて出かけていった。お留守番は寂しいのかピノまで付いていっている。
だから私は今、一人でこれからのことを思案しているところだ。開放されたというユニークスキルというのも検証してみないと。
加護の力の方は、いつの間にか教わったかのように、何が出来るのか、どう使えばいいかが理解出来ていた。
月の精霊の加護。
癒し、慈しみ、幸せを分かち合える力。
癒しの力。
心や体の傷、病気を癒すことが出来る。疲れや体力の回復、ストレスや状態異常も治せるようだ。
上手く扱えるようになれば、植物の成長促進や土壌改良、水の浄化、空気清浄なんかも出来るようになるそうな。
ただ、これらを行うには魔力(MP)を消費するみたい。赤ちゃんの頃から鍛えていたから、私にはかなり多目の魔力があることを感じられる。それにしても限りはあるのだ。無尽蔵に使える力ではないということ。
ところが、解説天使こと太陽と月の精霊たちが『とても大きい力』と念押ししていただけのことはある。
慈しみの力。
私が誰かを何かを愛しいと思う程、守りたい、愛したいと思う程、温かいパワーが漲ってくる。
実際に体力(HP)や魔力(MP)が回復しているようだ。ある程度の瞬時回復と常時回復速度アップの効果があるらしい。
愛しい子供たちが十三人もいる今、私の回復速度はかなり上がっている。
ただし、魔力枯渇という極端に魔力が減った状態になってしまうと(具体的にはMP総量の残り一割を切ると)回復速度がだだ下がりしてしまい、回復には時間がかかるようになる。魔力枯渇は体にも負担がかかるため、倒れたり、寝込んだり、意識を失ったりする。一晩寝れば復活するんだけどね。
私が屋敷でやっていた魔力操作練習睡眠法は、どうやら魔力枯渇を起こして気絶していたってことみたいだ。
枯渇するまで使って満タン充電するのは、子どものうちの魔力鍛錬としては最適みたいだけど。
それから、幸せを分かち合える力。
私が幸せだなあって感じてる時に幸せの拡散効果があるらしい。特に笑顔に顕著な効果があり、私の微笑みパワーには安心感と幸福感を与える力があるんだって。
何それコワイ。
宗教なの? 聖母様なの?
オーラ出ちゃってんの?
なんかちょっと引くわーって感じだけど、私がニコニコしていれば子供たちが安心してくれて幸せだって言うんだから甘んじて受け入れます。
ポジティブにかあちゃん頑張ります。
逆に憎んだりする感情は良くないらしい。
負のパワーが拡散してみんな不幸になっちゃうなんてことはないみたいで、そこはホッとしたけど、憎んだり恨んだりってパワーに私、弱いらしい。
憎まれたり恨まれたり、じゃなくて、私自身が憎んだり恨んだりする気持ちね。そういう気持ちになると精神力がゴリゴリ削られていくみたい。
自分が制御出来なくなって、思考能力や判断力も落ちていく。
ハイ。経験しました。わかります。
あの時は開放前だったけど、加護の影響はあったんだな。
慈愛の人は、人を憎んだりしちゃいけないって戒めなんすかね?
でも、私は聖人君子じゃなくて、ただのかあちゃんだから誰も憎まずになんていられないと思う。特に子供たちに手を出すような輩には抑えられないかもしれない。
まあ、ここにはクソ馬鹿ダメ親父はいないから、心穏やかに笑顔で暮らしていけると思います。
ホント、この世界にいるっていうモンスターって、ああいう人間のことじゃないかと思うよ。
モンスター……モンスターがいる世界……
ハッ!!
子供たちだけで森に出しちゃったけど、ここって大丈夫なの?!
いや、大丈夫じゃないよね。
私の馬鹿。どうしよう!
早くみんなを集めなきゃ!
気持ちばかりが焦って、何していいのかわかんないよ!
私が一人ジタバタと慌てふためいていると、ぞろぞろと森から子供たちが帰ってきた。
「モモ、一人で何ジタバタしてんだ?」
「ジェフ!」
振り返り全員の無事を確認する。
「マーク、バズ、コリー、ルーシー、マリー、アン! ユニ、ルー、ベル、ティナ、キティとピノも! みんな揃ってるね。どこも怪我してない? あああ、良かったあぁぁ」
「なんだよ、心配性だな、かあちゃんかよ」
「かあちゃんだよ! みんな私の子どもなんだから心配するよ。……おかえりなさい、みんな」
ホッとして微笑むと、一番小さな三歳児に『私の子ども』と言われて面食らっていたみんながニヤッとした。
「ただいま-!」
「果物も木の実もいっぱい採れたよ!」
「ちっちゃい子たちも頑張ってくれました」
「でぃんごんいっぱいとったんだお」
ルーシーとマリーが報告してくれる。ピノも手伝ってくれたらしい。みんな誇らし気にニコニコしている。
「ホントだぁ! いっぱい採れたね。すごいね。頑張ったんだね、えらいねぇみんな。ありがとう」
と、私もニコニコする。
誉められて嬉しそうにする子たちや、ちょっと照れて赤い顔をしてよそ見する子もいる。
本当にみんな無事で良かった。
みんなが集めてくれた果物や木の実でお昼にし、ピノたちと、
「この果物でぃんごんっていうの?」
「正しくはリンゴンです」
「でぃんごん!」
などと話しをしていた。ピノかわいい。前世のリンゴに似た実だった。名前も似ているなんて、なんか面白い。
なんて思っていたらジェフに、
「それにしても、モモ、なんであんなに心配してたんだ? 朝、モモだって一人で集めてたじゃん」
と、聞かれた。
「私、見たことないけど、ここは森だからモンスターが出たらどうしようって思って」
と、普通に答えてしまった。
「モンスター……」
一斉にみんな青ざめてしまった。
みんな村からあまり離れたことがない。もちろん私も。全員がモンスターのこと失念していたらしい。
「――こんな深そうな森だもんな。
きっといるよな……モンスター」
ジェフが呟く。
「やっぱりいるんだ。モンスター……」
私も呟く。
いけない、いけない。不安にさせてどうすんの私。目いっぱいの笑顔を作って、
「でも大丈夫! 私が、かあちゃんがみんなを守るって言ったでしょ!」
と、虚勢を張ってみる。加護の力が発動してみんなもホッとしたようだ。
「半日いるけど一匹も出ないんだし、ここら辺はいないのかもしれないぜ」
と、ジェフもみんなを安心させようと言ってくれた。
――いないのかもしれない。でも絶対とはいえない。ううん、いると思って行動しなきゃ。
日が暮れたら活発に動き出すタイプかもしれないし。やっぱり最優先で少しでも安全な塒を確保しなきゃ……
私はもう一度、目いっぱいの笑顔を作って不安を煽らないように注意しながら言った。
「そうだね! でも一応行動する時は、みんなで固まって動くことにしよう。はぐれないでね。お昼も食べたし、午後は少し探検してみようか」
私は午後の予定を考えるからと、みんなに後片付けをお願いして、その場を少し離れた。
そうして一人考える。
洞窟みたいなのが見つかれば入り口を木かなんかで塞いじゃって一応安全確保出来るかな? そんな都合良くいけばいいけど……
少し離れたところにあった一際高い木に身体強化の力で登ってみる。
高いところから見回すと、割と近くで森は抜けられるようで、その先には草原と林が広がっている。周囲には低い山、高い山、さらに遠くには聳え立つ険しい山々が連なって見えた。
一番近くの小さい緩やかな山の麓に小さめの岩山が見える。しかも側には川も流れている。
おお! これはラッキー。あの辺に穴ぐらでもあれば、水場と塒が確保出来る。
割と近くとはいえ、小さい子たちと歩くなら、あの辺まで数時間はかかるだろう。穴ぐらを探す時間も考えれば、秋の夕暮れまであまり余裕はなさそうだ。急いだ方がいい。
最悪、見つからなかったら木の上? でも小さい子たちを木の上には寝かせられない。落っこちたら大変だ。ああ、もうどうすれば……!!
私の加護の力で、あの時女子高生が言ってたみたいな結界とか作れたら良かったんだけど。異世界甘く見てたかな? スキル大事! ってあんなにみんな言ってたもんね。ちゃんと私も守れるスキルもらっておくべきだったかな……。
スキル……!!
そうだ、スキル! ユニークスキルっての手に入ったじゃん。
確認してなかった。なんか守れるやつだといいんだけど。どうやって確認すればいいんだ?
「守れ!」
「結界!」
「バリア!!」
取り敢えずいろいろ叫んでみるけど何も起きない。
守る系の力は無いってことかな? 役に立たない……。
「そうだ、穴ぐらを見つけるじゃなくて穴ぐらを作るってのもありだ。書斎の本で勉強した土魔法みたいに。魔法は一切使えなかったけどさ」
土属性の魔法書で見た上級土魔法による魔法建築を思い出した。
あの子たちの中に土属性の適性が高い子っていないのかな? 聞いてみようか。
適性があったとしても、あんな小さい子たちに使えるんだろうか。私、知識だけは詰め込んであるから教えられるかな? 自分で使えないんじゃ無理かな? せめて初級土魔法の掘削でも穴くらいならあけられるかな?
ああ、私かなり焦ってる。また頭の中ぐるぐるしてる。ダメダメ、落ち着いて。なんかわかんないけどスキルは手に入れたんだし、もしかしたら穴が掘れる力かもしれない。ダメ元で一回やってみるか。
一度きちんと心を落ち着けて考える。
魔法の本には『魔法を扱うにはイメージが大切』って書いてあった。
私は木から降りて、広げた両手の平を地面に向けて魔力を集め、目を瞑り集中した。
「地面に穴を掘って穴ぐらの家を作りたい」
声に出して言ってみる。
そして、地面に穴があき、階段が出来て、地下室を作る、そんなイメージを出来るだけ細かく練っていく。
二人ずつ並んで下りられるくらいの幅の階段。十四人が横になれるサイズで、少しでも落ち着いて眠れるようにフラットな床の地下室。もしも上をモンスターが通っても崩落しないように頑丈に固めた壁と天井。空気穴もあけて、隅っこに小さなスペースとその真ん中に更に深く小さめの穴をあけてトイレも作る。
こんな感じかな?
と考えた瞬間、両手からぐぐっと魔力が抜けていくのを感じた。
驚いて目を開くと、
――そこには地下室が出来ていた。