第六十話 かあちゃんは作戦を考える
訓練を始める前に、畑に成長の魔法をかけておこう。
三面に種蒔きが終えられた畑を前にして、ふと思い付いて、二枚分の麦の蒔かれた畑にまとめて一度に成長の魔法を使ってみる。
二アールの畑が柔らかく温かな光に包まれて、麦の芽が出て成長していく。スクスクと元気な青い麦が広い畑いっぱいに広がった。壮観だ。
ここで消費MPを確認してみると、二千だった。
やっぱり。
一枚ずつだと千五百ずつかかるけど、まとめて魔法をかけた方が消費MPを抑えられる。
その後、大豆畑に成長の魔法をかけた時は千五百だった。緑の枝が生い茂り、ところどころに紫の小さい花が咲いていてかわいらしい。枝豆が生っているものもある。
この景色はいつも私たちを元気にしてくれる。
「じゃあ、広場に行って訓練しようか」
「はい!!」
みんなも青く茂る畑の作物に励まされ、元気良く返事をした。
広場へ向かう時、バズと消費MPのことを話した。
「そうか、同じ作物を育てれば消費MPを抑えられるんなら、一面ずつバラバラに作るよりも、今日は小麦、明日は大麦って毎回一種類に絞って作った方が効率良いね。わかったよ。これからはそういう風に計画していくよ」
バズも理解が早いなあ。それだけ畑に一生懸命になってくれてるってことだよね。
「バズにすっかり任せ切っちゃっててごめんね。いつもありがとう」
「楽しくて、好きでやってるんだから謝らないでよ。任せてくれて嬉しいよ」
ハハハッとバズに笑われてしまった。
そうだね。私たちは楽しんで仕事が出来ている。
これは嬉しいことだな。
広場に集まったみんなに今日の訓練について説明する。
「明日の刈り入れが上手くいけば、明後日には狼さんのところに行って初めての狩りに参加させてもらうことになります。だけど、いくら初級魔法が使えるようになったと言っても、闇雲に魔法を撃てば狩りが出来る訳じゃない。だから、作戦を立ててその練習をしなければいけません」
真剣に語りかけると、みんなの真剣な目が集まる。
「その前に、お留守番を担当してくれるアン、キティ、ピノに練習して欲しい課題を出すね」
アンには魔力操作の上達のために、球の形を矢に変えて的に当てる訓練を。矢が放てるようになったら、壁を覚えてもらいたい。
万が一、留守番中に何かあった時のためだ。狩りに出る間は聖域を張っていくから心配ないと思うけど、使えるようになっておいてもらえればありがたい。そう伝えると、
「頑張ります!」
と両手を拳に握りしめて言ってくれた。
キティには、捜すの魔法を覚えてもらいたい。これは気配感知の初歩のようなもので、気配を隠している生き物を探知出来る。
結界の端っこで外へ向かって魔力を放出することにより、草むらに隠れている虫たちの気配を見つけて欲しい。
これが出来るようになると索敵に役立つし、中級の感知が使えるようになった時のための練習になる。
「虫さん隠れてるのね? よーし、見つけてみる!」
キティもやる気を出してくれた。
ピノには攻撃系ではない風の刃を練習してもらう。攻撃にも使えるけど、これは斬ることに特化した魔法だ。訓練すれば木を切り倒したりも出来る。
大きめの薪を用意して、
「球を撃つみたいに集めた魔力をイメージで風にして。その風の早さで、この薪に穴を開けるんじゃなくて切り刻んで欲しいの。この太い薪が、火起こし用の細い薪になるように練習してみて。ちょっと難しいかもしれないけど頑張れるかな? 上手になったら一緒に林に木を切りに行こうね。ドングリも拾おうよ」
「モモ、ドングリ欲しいの? わかった! 一緒に行ってあげう。がんばって練習する!」
三人がそれぞれの訓練を始めたので、改めてみんなに向き直る。久々のウサギゴーレムの登場だ。
魔力を籠めて、スピード型にイメージして起動する。ピョンピョンと素早く跳ね回る土ウサギ。
「固定されている的なら狙いやすいけど、こうして勝手に動き回る相手に攻撃魔法を当てられると思う? じっくりとイメージを固めている間に逃げちゃうかもしれない」
実際、狼たちの狩りの対象はイノシシや鹿、熊などの大型動物だろうから、的としては当てやすいかもしれないけど、すごいスピードと重量で迫ってくる獣の恐怖と緊張の中では、上手く魔力を集めることすら難しいだろう。
その辺りを説明して理解してもらった上で作戦を伝える。
「今回の狩りは狼さんの狩りにお邪魔させてもらうんであって、やっと攻撃魔法を覚えたばかりの私たちじゃ殆ど役に立てないと思う。それどころか焦って味方に当ててしまって怪我させたりしたら大変だからね。
だから、私たちは狼さんたちが上手く狩りを出来るようにサポートをメインにしたいと思う」
みんなが真剣な表情で真っ直ぐこちらを見ている。
ジェフなんかはちょっと残念そうだけど、自分の力を過信したりはしない。
「今回の作戦の中心になるのは闇属性のティナ、土属性のバズとベル」
いきなり指名された三人はビクンと体を強張らせた。
「私ももちろん頑張るけど、ティナには罠を覚えてもらって、バズとベルの落とし穴とともに相手を足止めして欲しい」
作戦を聞き、緊張した面持ちで頷く。
「それから光属性のマーク、もし獣が向かってきたら輝きで目眩ましをお願い。マリーは今回は攻撃には参加しないけど、もし自分が襲われそうになった時には輝きで怯ませること出来るかな? 出来そうだったらやってみてね。無理はしなくていいから。私も対応出来るようにしておくつもりだからね」
マークとマリーがコクコクと頷く。
「火属性のジェフとコリーは牽制をお願い。動物は大抵火を怖がるから、逃げてしまいそうになった時や向かってきた時、火の球を地面に向けて撃って。当てようとしなくていいからね。動きを操れればすごいけど、逃がさないようにしたり、足止め出来れば充分だから」
「わかった、地面だな。それならなんとか出来るかも」
「うう、が、頑張るよ。魚とりだと思って」
魚相手なら動きを読んで追い込むのも得意なんだけどなぁとコリーがぼやく。
「水属性のルーも、もし牽制出来ればジェフやコリーと同じく地面に水の球を当てて罠の方に誘導して欲しいけど、無理しないでいいからね。それよりもジェフとコリーが撃った火の球が森の木や草を燃やして火事になると大変だから、二人に付いていて火が残ってしまった時には水で消して欲しい。出来るかな?」
「牽制は出来るかわからないけど、火を消すのは頑張るよ」
「風属性のルーシーとユニには、風よを使って欲しいんだ。動物は鼻がいいからね。私や狼さんが気配を探って近付く時、反対方向に風を吹かせて私たちの臭いを相手に悟られないようにして欲しい」
「わかった」
「そのくらいなら出来そう」
みんなの役割を説明した上で作戦の手順について話す。
「私や狼さんが気配や魔力を感知して獲物を探す。風魔法を使って気付かれないように近付く。向こうが気付いた時に襲ってくるであろうルート上に罠を設置して誘い込む。この時、もし先に気付かれたら、輝きで目眩ましして時間を稼ぎ、急に襲われないようにしたり、こちらに気付いて逃げ出そうとするなら、逃げるルート上に火の球を撃ち込んだりする。上手く罠にかかったら私が麻痺の呪文で行動阻害するから、ここからは狼さんたちに任せようと思う。
無理や無茶、深追いはしないで自分の安全第一でね。まだ今回は初めての狩りなんだから、だんだんと慣れて、出来ることを増やしていくつもりでね。特に相手が群れの場合はどこから攻撃されるか予測がつかないから、逃げること、守ることを一番に考えて。一応、障壁は張っておくつもりだけど、どこまでもつのかわからないから過信はしないでね」
何かの時には全面的に狼さんたちに任せ、従うことを約束してもらった。
もしも、どうしても攻撃を当てなければならないような事態になった時には、顔か足を狙って時間を稼ぐこと、倒そうなんて絶対に考えないで逃げて欲しいとお願いした。
「では訓練を始めるけど、何事も経験を積んでから。魔力の訓練や畑仕事と一緒だよ。いきなり上手くいくことなんて無いって思って」
「はい!!」
みんな真剣に聞いてきっちり返事をしてくれた。
まずは自分の使う予定の魔法の練習だ。
大きな獣を目の前にしてビビっちゃっても、狩りの緊張感に縮こまっちゃっても、自然に発動出来るように、頭に体に覚えこませる。
時間が無い中で新しい魔法を覚えるよりも、今使える魔法を成熟させて活かした方が良い。
そんな中で新しく魔法を覚えなければならないのがティナだった。
私はティナと一対一で罠の魔法を練習する。
まずはティナのイメージしやすい罠を考えよう。
「落とし穴も罠だけど、ティナは罠って言うと何を思い付く?」
「えーと、美味しいものを置いとくでしょ? それを取ろうと思って近付くと網とかがあって捕まっちゃうの」
「ふんふん、なるほど」
道具が必要なのは、小さいものならまだしも、大仕掛けはイメージが難しいかもしれない。
「他には? いろいろ考えてみよう」
「うーんと、じゃあ、トゲトゲを置いて、走ってきたら足に刺さって痛くて動けなくなっちゃう!」
「すごいの考えるねー」
マキビシか。ティナは忍者を目指しちゃうのか? んー、何気に似合うかもしれない。
「どんどん思い付くね。すごいや。他にもまだある?」
ティナの発想はすごい。元々いたずらっ子なところがあるのかもしれない。ちょっと困っちゃうような罠が次々に出てくる。
ネバネバが足にくっついて歩けなくなっちゃうとか、ペンキが顔にかかって目が開けられなくなっちゃうとか。胡椒でくしゃみが止まらないとか、コントみたいな罠が溢れ出てくる。
「あとはー、ビリビリ罠。そこを踏むと痺れて動けなくなっちゃうの」
地面が凍ってて転んじゃうのもいいなあ、なんて後から後から出てくる。
この子に罠の魔法教えて大丈夫かな? ちょっと怖くなる程の才能だよ。
「いっぱい考えたねー。じゃあ、その中で一番お気に入りでイメージしやすいやつにしようか。あんまり道具がいらないやつの方が使いやすいかな?」
うーん、としばらく考えた上で決めたのが、
「よし! ビリビリ罠にしよう。モモが使うマヒ? もビリビリでしょ? お揃いにしよう!」
ということでビリビリ罠に決めて練習を始める。
「罠は先に置いておいて、誰かが踏むと発動するタイプの魔法なんだけど、やってみた方がわかりやすいかな? ビリビリはうんと弱くするね」
説明しながらティナに罠の魔法を見せる。
「手の平に魔力を集めて溜めるところまでは一緒だね。ここでイメージを。踏んだら体全体がビリビリする。足が痺れた時みたいに。三つ数えたら治る。置く場所は……ティナの右側一mの地面。罠のサイズは直径三十cmの円形」
ビリビリの感覚やかかっている時間も考えてから場所を決めて発動するんだよ、と補足説明しながらティナの横の地面に気持ちを集中して手を向け、
「罠」
呪文を唱える。ティナの隣の地面がぼんやり紫に光ると、その光は薄くなり罠が設置された。
「ほんのり紫に光ってるところがあるでしょ? そこを踏むとビリビリになるよ。すぐ治るけど踏んでみる?」
ええっ? という顔を一瞬だけしたけど、意を決したように、
「うん。踏んでみる」
と言って一歩足を出す。ティナの三歩目が罠を踏んだ。
「う、うわあ。ビリビリするう。変な感じ、あああ、あ、治った」
ふふふっ面白ーい! と楽しんでいる。
「私もやってみる!」
と早速手の平に魔力を集め出す。
「踏んだら体がビリビリする。さっき感じたくらい。三つ数えたら元に戻る。場所はモモの隣」
ふふふっと笑いながら、
「罠」
私の隣に紫の光が飛んできて、ぼんやりと薄くなった。
「モモの番だよ! 踏んで、踏んで」
ううう、そう来るよね。
「よし、わかった。踏んでみる!」
片足を上げ、罠にゆっくり足を下ろす。地面に足が触れた途端、
「うわあっビリビリする、痺れる、ふにゃあ。あ、治った」
あはははは、面白ーい! とティナは大喜び。楽しさ故にコツを掴むのが早い。早過ぎる。もう次の魔力を手に溜めていて、頭の中にはしっかりイメージが出来てるらしく、
「罠!」
自分の手前一mのところに罠が設置された。
「ベルーッ! ちょっと来て来てー!」
「なあに-?」
憐れ何も知らないベルはパタパタと走ってティナに近付いた。そして走っていたが故に紫の光は跨がれてしまい発動されなかった。
「あれれ?」
「何? どしたの?」
「ここの紫のところ踏むとビリビリして面白いから呼んだんだけど、飛び越えちゃった」
「え? ここ?」
躊躇なく罠を踏むベル。
「あああ、痺れちゃった。ビリビリして動けない。ナニコレ、あ、治った」
あはははは、と二人して大喜びで笑い合う。
「ね、面白いでしょ?」
「うん。面白ーい!」
何でも楽しんじゃうんだね。
「罠の大きさ、発動範囲のイメージを少し大きくするといいかもね。ここから、ここら辺までの丸の中を踏むと痺れるとかって」
とアドバイスすると、やってみる! と早速チャレンジ。そして慣れたもので発動が早い。この魔法、ティナに合ってるんだろうな。
そして、また憐れな犠牲者が。
「ジェフ、ジェフ! ちょっと来て!」
「面白いよー!」
二人に呼ばれた気のいいジェフは、
「お? なんだ、なんだ?」
と駆け寄ってくる。
まあ、教えてあげない私もひどいと思うけど。ティナの練習のために犠牲になってもらおう。
ごめん、ジェフ。
一m程の範囲が薄く紫色になっている地面に何も知らないジェフが足を踏み入れる。
「あたたた、なんだコレ? し、痺れて動けない。ビリビリして、タタタ、な、なんだよ、コレ?」
さっきよりちょっと強く長くしてみた、とティナが耳打ちしてくる。
「ううう、ビリビリしてて……、あ、治った」
ジェフはケロッとして、
「これがティナの罠の魔法か? すごいな!」
とティナを褒めている。
「……ジェフ、すごいね。懐が広い。ちょっとカッコいいよ」
思わず褒めてしまったら、な、何だよ、と照れてしまった。
「ティナ、上手だしすごいけどイタズラに使っちゃダメだよ。狩りの練習だからね」
一応、釘を刺しておく。ちょっと面白くて調子に乗っちゃった自覚があるのか、
「はあい、ごめんなさい」
と素直に謝っていた。
それからも練習を続け、大きな獣相手だと弱いビリビリは効かないかもしれないからと威力も効果時間も上げていった。
さすがに誰かで試す訳にはいかないので、実際の効果はわからないが、息をするようにスムーズに発動出来るようになっている。優秀過ぎてコワイ。
ティナと一緒に落とし穴の練習をしていたベルも、楽しんで練習していたおかげか、穴の大きさも設置位置も自由自在。
「ティナが痺れさせたところに」
「ベルが落とし穴を開けてドーンッ」
なんて複合技まで出来るようになっている。
他の子たちも、自在に風の向きを変えられたり、狙ったところに魔法を撃てたり、輝きを凝縮してより強い光をピンポイントに放てたりと、かなり操作が上手くなっている。
バズだって穴の大きさも設置もスムーズに上手く出来ているのだけど、
「落とし穴の扱いはベルには負けちゃうなあ」
と笑いながらぼやいていた。
それから、私を獲物と見立ててのシミュレーションなどもやってみて、
「実際にはこの半分も力が出せないと思って。焦らないで落ち着いて動けるように頑張ろうね」
と訓練を締めくくった。




