第三話 かあちゃんは子供たちのかあちゃんになる
眩しい光が消えた後、私は子供たちとともにどこかの森の中にいた。
何が起きたのか、ここはどこなのか、答えられる者はいない状況で、それでも私がしっかりしないと、と立ち上がった。
月の加護の力なの……?
と一瞬思ったが、そうであっても、違っても、今現在の私には特に力が溢れていたり、出来ることが増えていたりといった様子はなかった。
悩んでいるより動こうと、まず、みんなを見渡す。そこにいるのは成人前の子供たち十三人だけで、みんなただ呆然と佇んでいた。
とにかく気を強く持たなきゃと、私は一人、辺りを調べてみるが、村の大人たちはもちろん、周囲には他に人っ子一人いない。
今いるここは鬱蒼と樹木が生い茂る森の中に小さく開けた場所で、その周りには小さな赤や紫の実をつけた灌木や、撓わに実を付けた果樹も数多く立ち並んでいた。
秋の森の中は実りが豊かで取り敢えずの空腹は満たせそうだ。
お腹が空いてちゃ落ち着いて考えられないからね。本当は温かいものを食べさせてあげたいけど。
まずは子供たちを落ち着かせなければという思いで、気弱になりそうな心と体を奮い立たせて、周辺からそれなりに結構な量の果実や木の実を集めた。動いていないと挫けそうになるしね。
一言も喋る気力すら無さそうなみんなを集めて座らせて、一人一人の手に食べ物を配り、残りは真ん中に山にしておいた。
まずはお腹が満ちるように収穫した果物などを食べさせよう。
私が一つかじって見せるとみんなも無表情で食べ始める。次第に手が口が早く動くようになり、みんな夢中で食べ出していた。
少しだけ心配だったのは食べられるものかどうかだったが、旧館の書斎で読んだ植物薬草図鑑を思い出し見覚えのあったものを集めたので、なんとか大丈夫だったようだ。
少しはお話し出来る程度には落ち着いたかな?
もう一度みんなの顔を見つめ直し、声をかけてみることにした。
まずは比較的気力を取り戻せたように見える年長風の男の子だ。周りの子にも聞こえる声で話しかける。
「何が起きたかは私も分からないけど、みんなのことを教えて欲しいの。お話し出来そう……?」
不安を与えないように背中に手を置き、そっと擦りながら、出来るだけ優しい声で語りかけてみる。
見知らぬ子に急に話しかけられたことに戸惑いつつも彼は答えてくれた。
「あ……ああ。お前ちっちゃいのに凄いな。一人でこんなに集めてきてくれて。俺、久しぶりに腹いっぱい食ったよ……」
その言葉に呆然と光を失った目をしていた子供たちのうち、数人が顔を上げこちらを見る。
「ああ。本当だ。お腹がいっぱいだ……」
「うん。こんなに食べたの初めてかもしれない」
「こんなに小さな子がこれを用意してくれたのね」
「私の方が大きいのに……私、何も出来なかった」
「ぼ、僕……僕の方が大きいし、男なのに……」
「オレだって……立ち上がる気力も起きなかった……」
この中では年上に見える子供たちがポツリポツリと話し出した。他に四人の小さい女の子たちが更に小さい男の子と女の子の二人を守るように一塊になって震えていた。
「こ、これから、どうすればいいんだ……?」
最初に話しかけた男の子が呟く。
私にだってどうしたらいいかなんて分からないけど、『これから』という言葉が出たなら取り敢えずこの子は大丈夫だろうと感じた。
「うん。私にも分からない。でも、この森は食べ物がいっぱいあるし、みんなで力を合わせて切り抜けるしかないと思う。……みんな、おうちに帰りたいよね」
口に出してから不用意なことを言ってしまったと悔やんだが、子供たちの反応は予想外だった。
生きているのも辛い、ひもじい村での生活。親に捨てられたという悲しみ。
取り敢えずお腹いっぱい食べられる今の状況。
村に帰りたいと言う子供はいなかった。
だが、小さい子供たちは不安と寂しさで震えて寄り添い集まっている。これからどうすれば、という不安は拭えずにいた。
そんな中で私にはまず、やらなければいけない大事なことがあった。
徐にみんなの真ん中に立ち、真面目な顔で見つめてから、
「みんな、本当にごめんなさい。みんなを、村の人たちを苦しめていたのは私の父です。私は……領主の娘なの……。謝っても許してもらえるなんて思ってないけど、それでも、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
一人一人に向かい合い、罵られることも覚悟の上で、心から謝罪を口にした。
みんな困惑した顔をしている。
やっと思考が追いついたのか、年長風の男の子のうちの一人が、
「お、お前等が贅沢したせいで……!!」
と、拳を握り締め、怒りを込めて立ち上がった。
女の子たちが、
「ダメだよ、領主様のご家族にそんなこと言ったら……!」
「そうだよ。他のみんなまで酷い目に遭わせられるよ!」
と男の子を止める。
「も、申し訳……ありません……お許し……ください」
震える声で謝り、懇願する者まで出てきた。
「ち、違うの。謝らなきゃいけないのは私の方だから……」
そこに最初に話しかけた年長の男の子が割って入ってきた。
「お前、本当に領主の娘なのか? そんな粗末なボロを着て髪もボサボサ、手も荒れて、領主の家族がそんな恰好の訳ないだろ? 村でだって、お前なんて一度も見たことなかったぞ。あのワガママヤローは毎日のように来てやがったけど」
「なあ、みんなそう思うだろう?」と振り返り同意を求める。他のみんなも「そう言われれば」と訝しんでいる。そこで私は、
「改めて自己紹介からさせて下さい。私はモモ。三歳です。私は父にも母にも兄にも一度も会ったことも無いけど、確かにあいつらの家族なの。あんな奴らが家族なんて本当に嫌だけど、私にはどうにも出来なかった。
私は生まれたその時に女の子はいらないと放置され、使われていない旧館で使用人に育てられました。ずっと部屋に閉じ込められていて、今年、三歳になってからは小間使いとして扱われる代わりに屋敷内限定で部屋を出ることを許されました。村のみんなの酷い暮らしのことも最近やっと気づけたんです。
領主はみんなを守るものの筈なのに、何も出来ず、守れずごめんなさい」
「そんな、酷い……!」
「たった三歳で小間使い……?」
「この小さな女の子が……俺たちを守れずごめんなさいって……」
しばらくザワつき、何事か相談しあった後、あの男の子が代表して言った。
「モモ? お前の言うことはわかったよ。でもな、俺たちはあの地獄のような場所から逃げ出せた……んだよな? ここにはクソヤローはいない。
モモ、お前もあそこから逃げ出せたんだ。これからはごめんなさいなんて言うな。みんなで力を合わせてこの森で生き抜いてやろうじゃんか。俺たちはこれからは仲間だ。クソヤローのことなんか関係ない。
モモはたった三歳だけど、俺はさっきお前になんか力と勇気を貰ったんだってわかったぞ? 俺バカだから上手く言えねーけど、ここでみんなで一緒にがんばろーぜ!」
いきなり認められたようで驚きと戸惑いの中、みんなを見るとコクコクと頷いている。
嬉しかった。子供だけでこんな森の中で、何をどう頑張ったら生きていけるのかなんて分からないままだったけど、そんなこと些細なことに思えちゃう程みんなから温かいパワーを貰っている気がする。
そうだ……前世でも子供たちからパワーを貰って何でもなんとかしてきたっけ。
――なんとかなる。なんとかしてみせる!
「これからは私がみんなのお母さんになる! みんなは私が守って見せる!!」
微笑みながら力強くそう宣言した。
「ははは。えらいちっちゃいかあちゃんだな。でも、なんかモモの笑顔見てるとホッとするっていうか落ち着くっていうか。ホントにかあちゃんみてーなんだよな!」
彼が明るく笑いながらそう言ってくれた。みんなもうんうんと頷き、私を受け入れてくれた。
――小さな、小さなお母さんが生まれた瞬間だった。
『ユニークスキル開放』
頭の中に声が響いた。
守る者、愛する者、慈しむ者を得たその時、月の加護によるチートスキルもまた産声をあげた。
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US「慈母の溢れ出る愛」
月の精霊の加護による開放条件が満たされた時、
開放されるユニークスキル
慈愛の力からあらゆるものを創り出せる。
創造時MPを消費する。
材料となるものを用意することにより、消費MP
を抑えられる。
称号 慈母
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