第五十四話 かあちゃんはイメージの大切さを教える
私たちが家に戻ってきたのは、まだお昼前、十一時くらいだと思う。
畑の株掘りの方も終わっていて、バズたちは後片付けをしているところだった。
私たちも木材を片付けようかと思ったけど、せっかく雨に強いヒノキの木材だ。このまま、これで調理場に屋根をつけてしまおう。
先に少しだけ調理場を充実させよう。
今、四台あるかまどを二台増やして六台にする。私とユニとルーで二台ずつ使えるようになる。
それに合わせて、調理台も長さを伸ばした。
これらを屋根で覆えればいいので、壁はいらない。
お風呂の建屋を作った時を参考に、土魔法で土台を作る。そこに六箇所に柱を建て、梁を渡し、家の入り口を含めて家の壁から緩やかに傾斜した屋根がつくようにイメージして一気に作り上げる。
「これで雨でも調理場使えると思うんだけど、どうかな?」
昼食の用意をしていたユニとルーも、思わず手が止まって唖然としてる。
「モモ、すごいね……」
「……うん。これなら家から濡れずに調理場まで来れるよ」
「よーし。パン焼き窯も作ってみようかな」
その場にいたユニ、ルー、マリー等に、村のパン焼き窯について聞いてみるも、高温の作業なので子供はやらなかったということで、
「こう、石を組んで出来ていて」
「下で薪を焚いて上でパンを焼くの」
「まずは薪をどんどんくべて温度を上げて、火が落ち着いてからパンを焼くんです」
という情報くらいしか手に入らず、窯の内部構造について知っている子はいなかった。
「うーん。取り敢えず私の考えた窯を作ってみるから、使いながら勝手の違うところとか直していこう」
まずは調理場の外れの一角の地面を、土魔法で耐熱性のあるしっかりした土台にする。
昨晩書いた設計図もどきをよく見て、数字とともにイメージする。
かまくらが出来上がり、上下に仕切られ、入り口が一回り小さくニュッと伸び、伸びた部分に煙突が付く。
石造りの部分の完成形を思い浮かべつつ、耐熱性、蓄熱性もあるパン焼き窯のイメージをする。
下で薪をくべ庫内温度が上がり安定する。上に鉄板にのせたパン生地を入れて、パンが膨らみ、香ばしいパンが焼き上がる光景も。
「創造・パン焼き窯」
土が変形していき、私の構想通りの石窯が出来上がる。アラスカのエスキモーの家みたいだ。
さらに、クリスタルと鉄鉱石を使う。
クリスタルが幅六十cm、長さ二十cmくらいの、厚さもある程度あり、透明で歪みの無い耐熱ガラスになる。その周りに鉄枠が。鉄部分も高温に耐えられるように焼き入れされた鋼で作られ、さらにそれはただの長方形ではなく、上の部分は窯の入り口の湾曲に沿った丸みを帯びた扉となる。
細かいところまでしっかりイメージする。
イメージの中の鉄扉には、上に把手が付き、下部は蝶番で止められ、手前に引くと窯の出し入れ口になる。
閉めた時に扉を留めておくための金具までイメージ出来たところで、その扉が今作った窯の上段、開口部に設置されるように、
「創造・耐熱扉」
と魔法を使うと、上段には狙い通りの鉄製ガラス付きドアが付いていて、ちょっぴりおしゃれな感じに仕上がった。
他のみんなも集まってきて、初めのうちは興味津々といった様子で私が窯を作っていくのを見ていたのだが、今ではしんと静まり返り、誰も口を開く者はいない。
熱効率重視でこんなにデカいかまくら型にしてしまったけど、やっぱり変だったのかな?
みんなが呆然としている間にも、さらに鉄鉱石で九十cm×六十cmの鉄板、両端に持ち手を付けたものを三枚と、一m程の長さの火かき棒と灰かき棒を作った。
そうだ、ミトンも必要だな。
倉庫に行き、中綿の入ったキルティング生地で出来たミトンを三つ作った。
ミトンを持って石窯の前へ戻ると、止まっていたみんなが動き出していて、
「なんだコレ?!」
大騒ぎになっていた。
「あの、私、パン焼き窯がよく分からなくて……。ここの下のところに薪を入れて火を焚いて、この上のところに、この鉄板を入れてパンを焼けばいいかな、と考えたんだけど……。全然間違ってた?」
おそるおそる聞いてみると、間違っているとかではなくて、見たことの無い形に度肝を抜かれただけだったらしい。
村の石窯は四角く石を積んだものの周りを粘土で固めたような感じだったようだ。
扉とかは無くて、焼く時は大きい石で蓋をしていたらしい。
天井を丸くすることで、温められた空気が上手く動いて温度を上げやすいこと、窯の出来、不出来がわからないので、中を覗きながら焼けるようにしたかったからガラス付き扉を作ってみたことなどを説明する。
なんとなくわかるような、わからないような、といった雰囲気で、
「使ってみなくちゃわからないよな」
「見たことの無い形だけど、モモが考えてくれたんだから上手くいくさ」
と言ってもらえた。
下で火を焚いて、上で焼くという原理は同じようなので、なんとかなるという結論だ。
「この鉄板に生地をのせて、ここから入れて、焼き上がったらこれで引っ張り出して」
と説明するとイメージが湧いてきたようだ。
ジェフが、
「ここの横んところに穴をあけておくと火が点けやすいぞ」
と教えてくれる。
薪を窯の中央に入れて、手前からだけ火を点けるより、薪の置かれる辺りの横に小さな穴をあけておいて、前と左右、三箇所から火を点けるらしい。
なるほど。やってみよう。
薪が置かれる辺りのかまくらの下部に土魔法で小さな穴をあけた。
「他には? 何か気付いたことがあったら教えて」
ジェフ、マーク、バズ、コリーが相談しあって、
「粘土を塗らないと雨で水が染みちゃわない?」
と教えてくれる。窯が濡れると温度が上がりにくくなってしまうので、粘土で包むという話を聞いたことがあるらしい。粘土を塗っておけば火事も防げるとか。
「家の壁にも塗るよ」
「石灰と何かを混ぜていたような」
「ワラを入れてなかったか?」
石灰とワラというと……、
「漆喰か!」
なるほど、塗っておいた方が良いのかもしれない。
倉庫から石灰石、ワラ、それと防水性を上げるために油も持ってきて、窯全体を漆喰でコーティングするイメージで、
「創造・漆喰塗装」
と魔法を使えば、石窯はほんのりクリーム色に変わった。
「気付いてくれて良かった。ありがとう」
他にも何かある? とみんなを見回すと、ユニとルーが自信なさげに声を出す。
「あの、窯のことじゃないんだけど……」
「この鉄板なら、一度に二枚入りそうだよ」
パン焼きにワクワクして、いろいろいじって調べていたようで、窯の中に鉄板二枚を入れてみせてくれた。
「一枚入れたらこの棒でちょっとずらして」
「それから、もう一枚を隣に並べれば……、ホラ」
「あ、ホントだ!」
そうなると、窯一台でも一時間で六枚分を焼けることになる。一時間で九十個ってことは、村で半日で五百個焼いていたのも可能な話だ。
熱がどのくらい上がるか、どのくらい保てるかが残りの問題ということか。それに作業自体に慣れないとスムーズに回数を熟すのも難しいだろうし。
取り敢えず、鉄板をあと三枚増やしながら、
「……明日、朝から焼いてみようか」
私の提案にみんなが絶叫する。
「パン!」
「焼いて! 焼いて!」
「やってみましょう!」
「頑張ろう!」
キャーッの声の中にも、やる気満々な言葉が混じる。
「失敗するかもしれない。バズ、大切な麦を実験みたいに使っちゃうけどごめん」
「何言ってんだよ。これからのための大切な実験だ。僕たちが頑張って麦を増やしているのは、これからのためだよ。しまっとくためじゃないんだから。失敗なんて気にしないで、どんどん試していこう」
麦ならこれからも増やしていくんだから任せといて、と笑顔でバズが胸を叩く。
うちの子たちはみんな本当に格好良くて頼り甲斐がある。
「わかった。ありがとう。頑張ろうね!」
ユニとルーに振り向くと、
「今夜はパン生地作りだね」
「頑張る! 明日はパン!」
満面の笑みでやる気を出している二人がいた。
「その前にまずはお昼だね」
「もうすぐ出来るから」
二人は昼食作りに戻っていく。
「豆乳って全部使った?」
「お昼には一つだけ使って、もう一つはヨーグルトにしちゃったよ」
「わかった。パンにも使いたいから、また作っておくね」
食料倉庫で今朝と同じように壺二つ分の豆乳とおからを作り、一つの豆乳には塩とオレモン汁を少し加えて、
「創造・バター」
と魔法を使う。蓋をした容器をひたすら激しく縦に振って、水分と脂肪分が分離するイメージだ。
壺の中には白くてモロモロした、日本の牛乳を使ったバターより柔らかい感じのバターが出来ていた。
ミルクにバター、塩、砂糖、卵。そして小麦粉。美味しいパンを作ってみせるぞ、と息巻いたところで大切なものを忘れているのを思い出す。
あぶない、あぶない。
土魔法で広口瓶のようなものを作り、清浄と浄化をかける。アンを呼んで、キレイな水を作り出して入れてもらう。そこへ干しぶどうをドサドサと入れて、
「創造・パン酵母」
ドライイーストなんて無いのだから、パン酵母を作っておかなくちゃ。
出来上がった酵母を清浄、浄化をかけてキレイにした別容器に移し、小麦粉を少し加え、こちらもキレイにしたスプーンで混ぜる。
このまま朝方まで置いておけば、三倍程に膨らんでパン種が出来ているはずだ。これで美味しいパンが作れたら、ユニとルーにも作り方を教えてあげよう。時短で魔法を使っちゃったけど、普通に発酵させても作れるものだからね。
お昼には、ユニとルーが用意してくれたフルーツ豆乳とおからのパンケーキを食べて、いよいよ午後は初級魔法の訓練だ。
みんな、パンへの期待も相まってテンションが上がっている。
「では、初級魔法の訓練を始めます。初級魔法は生活魔法より大きな魔力を小さくまとめることが大切です。初級魔法を発動するための魔力が分散してしまっては魔法の威力は上がらないし、イメージや魔力を集中させられないと思った結果は得られません。
この先、中級魔法を使うことになった時にも、この応用でより大きな魔力を集中させて、小さくまとめ操ることになるので、魔力量、魔力操作の両方が必要になります。とはいえ、みんなもう充分初級魔法が使えるだけの魔力量と魔力操作が身に付いていると思います。それを集中させることが出来れば、驚く程上達するでしょう。
ただ、私がパン焼き窯を作っちゃったせいで、みんな少し浮き足立っちゃってるよ。それでは集中は出来ません。心を落ち着けて穏やかに。力み過ぎずに。そしてイメージを大切に。この三点に注意して、楽しく訓練していきましょう」
「はい!!」
真剣で元気な返事だ。少しは落ち着いたかな?
「大きい魔力を集中させてイメージ通りに発動するのには球の魔法が一番合っていると思うので、まずは全員、球の魔法が使えるようになりましょう。ジェフ、この間の訓練覚えてる? やれる?」
「もちろんさ。発動こそさせてないけど、イメージと操作の練習はあれからも続けてるぞ」
ジェフにお手本になってもらい、前回、ジェフに教えたイメージをおさらいする。
「じゃあ、順番にゆっくり、みんなに見せてあけてね」
みんなには少し離れてもらって、広場の真ん中に土魔法で的を作った。
「まず、手の平に魔力を集めるんだ。ぼんやりと集まってきた魔力を固めていく。泥団子を作るみたいに、フワフワしそうな魔力をギュッと固めて集めるイメージをする」
ジェフの手の平の上に魔力の光が集まってきて、丸く固まり出す。
「片寄ったり、歪になったりしないように、ぐるぐる渦を巻いて中心に向けて集まってくるイメージだ。力任せに固めようとしない。中心へ中心へと自然に集まってくって想像するんだ」
ジェフの手の平にはどんどん魔力が集まってきているが、ジェフの肩の力は抜けていて力みはない。
その辺をよく注意して見るように、みんなに伝える。
「よし、充分に集まったから、次は発動だぞ。この球をあの的に当てるんだけど、投げつけるんじゃないんだ。動作は発動のきっかけになるだけだ。飛ばすのも当てるのも魔法の力、イメージの力でやるんだ。だから、集中して細かくイメージする。
この手の平の魔力は、ツバメのように早く、真っ直ぐに、あの的の真ん中へ飛んでいく。吸い寄せられるように的に当たって貫通する」
的の中心を集中した眼差しでジッと見つめ、ふう、と一つ息を吐いてから、
「行くぞ」
と呟いた。
みんなの真剣な目もジェフと的に集中している。
「火の球」
ジェフが的へ手を向け軽く手首を返すと、魔力は赤く光り、ヒュンッと的へ向かっていく。イメージ通りツバメのように。吸い寄せられるように的の中心へ当たり、そのまま突き抜けて地面に当たって爆ぜた。
ワアーッと大歓声と拍手に包まれる。
「すごい! ジェフ、完璧!」
「へへっ。上手くなっただろ? 魔力を暴走させないように、イメージで自然に操るんだ。力で押さえつけようとすれば暴れるからな。動きと結果をハッキリとイメージしてやれば、魔力は逆らわずに言うことを聞いてくれる。
どんなスピードで、どんな軌道で、どこに当てるか。当たったらどうなるかまで、きちんと頭に浮かべてから発動するんだ。慌てず、力まず、楽しんで、だよな? モモ」
「うん! すごいよジェフ。わかりやすかったし、無駄な魔力も全然なかった。頑張ったんだね。カッコいいよ!」
みんなに一頻り褒め囃され、照れたジェフは、
「モモに教わった通りにやっただけだよ」
と笑った。
「みんなもわかった? 無駄な力を入れないで、集中してイメージして操作すると、魔力も無駄に分散しない。完璧なお手本を見せてもらったから、頑張って練習しよう。
まずはジェフがやったように、キレイに魔力を球にする練習。それが出来るようになったら、イメージをしっかり考える練習。頭の中に映像が浮かぶくらいイメージ出来たら発動してみよう。
出来るようになった子から、次のステップに進んでいくから、まずは魔力を集めて固めることが出来たら声をかけてね」
「はい!!」
ジェフと二人で、一人一人にアドバイスの声をかけながら見ていく。
「まだ力が入ってるぞ」とか、「焦らないで落ち着け」とか。
立派な先生だ。
「アン、大丈夫? 怖くない?」
攻撃魔法を怖がっていたアンを心配するが、
「大丈夫です。ジェフの完璧な魔力操作カッコよかったです。私もああいう風に出来るようになりたい。
イメージや操作が上手くなれば、回復の魔法が使えるようになった時にも、上手く扱えるようになると思うから。私は傷つけるためじゃなく、助けるためにこの訓練をしているってわかるから、怖くないです」
ちゃんと理解してくれているね。
また少し、アンが大きく見える。
傍で練習していたマリーも、
「いい考え方。私も見習います」
とやる気を出していて、ジェフに「力むなよ」と言われていた。
みんな毎晩、魔力操作の練習を頑張って続けていたし、ジェフのお手本が素晴らしかった上に、わかりやすかったので、順調に魔力を固められてきている。
「ねえ、モモ。イメージがちゃんと出来てれば、真っ直ぐじゃなくても飛んでいって当てられるの?」
「ヒュンッて飛ばさなくても、ゆっくりでも穴があく?」
ベルとティナが面白いことを聞いてきた。
「やって見せようか?」
広場に三つの的を縦に並べて、
「手前から一つ目と二つ目の的は避けて、三つ目の的を狙うよ」
と宣言すると、みんなの視線が集まった。
手の平に魔力を溜めて、
「スピードはゆっくり、ふわふわと風に流されるように。右側から一つ目の的の横を通り、間を通って二つ目の的の左を過ぎる。三つ目の的の真ん中に当たると同時に爆ぜて、的には穴があく」
みんなにもわかりやすいように口に出しながら、頭の中に行程と結果を思い浮かべ、イメージが出来たら、
「光の球」
手の平の上で黄色く輝く魔力をそっと押し出す。
魔法の球は風船のように、風に飛ばされるタンポポの綿毛のように、ふわふわと空を泳ぎ、一つ目と二つ目の的を避けて、三つ目の的の中心へと吸い寄せられていく。
的に触れた瞬間、ポンッと軽い音がして、その軽い音とは裏腹に的にはしっかり穴があいていた。
おおお! と響めきの声が上がった。
「こんな集中力も時間もかかる攻撃、実際の戦いでの使い処があるかはわからないけど、イメージの力はちゃんと作用するよ。イメージの大切さがわかってくれたなら、出来るだけ細かく、鮮明にイメージする練習をしてみてね」
ジェフが私の隣に立つと、
「やっぱ、まだモモには敵わねーよなー」
とちょっぴり悔しそうにしているが、表情はとびっきりの笑顔だった。
みんなも魔法の可能性を目の当たりにしたことで、さらにやる気を出してくれた。
一時間半程の訓練時間で、全員が魔力をキレイな球にすることも、イメージを詳細にすることも出来るようになったのだった。




