第五十三話 かあちゃんは自分の姿を確認する
朝になり、みんな起きだす。
心なしか、みんなの顔色が良くなったように見える。温泉に入って、血行が良くなったからかな?
「おはよう、みんな」
「おはようございま……す?」
朝の挨拶をした途端、女の子たちがざわつく。
「モモ? なんか可愛くなってるよ?」
ルーシーに言われ、
「みんなもだよ。温泉に入って元気になったからじゃない?」
マリーには血行についても説明する。
「なるほどです。清潔にするだけでなく、体を温めることで健康になれるんですね」
「でも、それだけじゃないと思う!」
「モモ、髪ツヤツヤ!」
ユニとルーにも言われて思い出す。
「あー、髪の油を作ったから試してみたんだっけ」
ぐっとザワつきが大きくなる。
昨晩作った櫛と油をアンに渡し、使い方を説明する。
「油をつけ過ぎても肌に詰まって逆に良くないから、ほんの少しでいいからね。毎日もやり過ぎだと思うからほどほどに、だよ」
さっそくユニとルーからアンに髪を梳いてもらってる。
ツヤツヤになり、指通りが滑らかになった髪の感触にとても嬉しそうだ。
「どうかな?」
「可愛くなった?」
「うん、すっごく」
えへへっと照れ笑いして、
「朝ごはんの用意してくる!」
と跳ねるように飛んでいった。
他の子たちも順番に髪を梳かしている。みんな、嬉しそうだな。
私は朝食までの時間で鳥部屋掃除だ。
「おう、くう、おはよう。疲れはとれた?」
「かあちゃん、おはよう。今日も元気だよ」
「おはよう! おうちにいると元気出る!」
二羽も朝から明るい挨拶を返してくれた。
部屋の掃除と羽毛集め、卵も集めさせてもらう。
小麦粉も重曹も卵もある。ふわふわのパンケーキとか焼いてあげたいなあ。
卵を片付けに食料倉庫へと行くと、ユニとルーが果物を集めていた。
「あ、モモ。朝は果物でいいかな?」
「うん、もちろん」
「そうだ、またヨーグルトとか作りたいから、豆乳とおから作っておいてもらおうかな」
「あと、小麦やリネンの粉とかも」
粉類はユニとルーが見てるところで作っておいた方がわかりやすいので、今ここで作ってしまおう。
まず、土魔法で六個の壺を作って、壺二個分の豆乳と一個にはおからを作る。残りの壺には、十kgの麦を小麦粉に変え、サツマイモから片栗粉を取り、リネンも一部を粉にした。
それぞれの壺に麦、芋、リネンの絵を刻印で入れて区別がつくようにしておく。
小ビンのような蓋の出来る容器も作り、リネン油も少しだけ搾っておいた。
「リネンの油は栄養があるけど、すぐに酸化……質が悪くなっちゃうんだ。だから、少しずつ絞るから足りなくなったら言ってね」
昨日手に入れた重曹も蓋の出来る小さめのポットを作り、入れておく。
「似たような粉のものがいろいろあるけど、わかるかな?」
「うん、確認してたから大丈夫」
「いろいろ作れそうでワクワクするね」
本当にいろいろなものが集まって良かった。嬉しいことだ。私も料理もしたいな。
「いつも二人に任せっきりで申し訳ないけど、その内に時間作って私の知ってることも教えるからね。そうだ! パン焼き窯の作り方も考えてみたんだ。作ってみようね」
大喜びする二人に、後で相談にのってね、とお願いした。
朝食を食べながら、昨晩考えた窯のことをみんなにも話す。村でのパン作りのことも聞いてみたい。
「村ではどうやってパンを焼いていたの?」
「村の中に共同のパン焼き窯があるんだよ」
「週に一回、パン焼きの日に村中の人のパンを焼くんだ」
パン焼きの日には各家庭からパン生地と燃料を出し合い、持ち回りでくるパン焼き係は半日パンを焼き続けるのだそうだ。
五人家族なら三十個のパンが配られる。これが一週間、六日分なので、一人一日一個のパンが食事なのだそうだ。
ここ数年は、その一日一個のパンすら毎週は食べられず、全部の家庭がパン焼きに参加出来る訳ではなかったらしい。
だいたい週一回、五百個くらいのパンを、朝から昼まで焼き続けるということだ。
一週間保存のきくパンは固く焼き締められていて、水やスープに浸けたりして食べる。
それでも、たまに食べられるパンはごちそうで、だからこそ今もみんなパンを楽しみにしているんだ。
「そう言えば、私もパンなんて殆ど食べたこと無かったなあ」
朝、蒸かし芋をちょっぴり貰い、夜はくず野菜か豆が少しだけ入った薄いスープ。昼は無しだけど、たまに固いパンの欠片が貰えた日は、今考えればパン焼きの日だったのかもしれない。
そんな話をしたら、みんながどんよりとしてしまった。
「モモ……、本当に領主の娘だったのか?」
「私たちよりひどい……」
「……小間使いもしてたんですよね」
「苦労……、したんだな」
「いやいや、気にしないで。今、すっごく幸せだから」
そうだよな、そうね、とちょっと涙ぐむみんな。
「……さて! 今日も午前中頑張って働こう。午後は魔法の訓練だね。では、ごちそうさまでした」
無理やり話を終わらせるしか無さそうな雰囲気になってしまった。片付けて仕事に移ることにしてしまおう。
窯の構造についてみんなの意見を聞けなかったけど、半日も焼き続けて一日に五百個も焼けるという情報は手に入れた。そこまでの火力はいらないから、なんとかなるかもしれない。
ともかく、午前中はお風呂の方を完成させてしまいたい。昨晩作ったタオルを持って川原に行こう。今日もヤスくん、おうとくう、マークが手伝ってくれる。
タオルをおうとくう用のどでかタオルで包んで、マークと半分ずつ背負う。こうすれば荷車無しで行けるので、おうとくうにまた背中に乗せてもらえた。
気持ち良かったけど、下りはちょっと怖い。ジェットコースター気分だった。時折ふわっと浮くのでお腹の奥がきゅうっとなる。マークは楽しそうにケラケラ笑っていたけど、私はおうにしがみついていた。
今日作るものは、棚、カゴ、桶、イス、足拭きマットなどなど。余裕があったら作ってみたいものもあるが、まずは棚からかな?
マークには川原の葦を刈ってもらって、おうに運んでもらう。くうには丸太の移動をお願いする。今は一つ目のお風呂の前にある丸太を、各お風呂の前へ移動してもらう。ヤスくんは監督。
その間に一つ目のお風呂の脱衣所に棚を作ろう。
格子状の九マスの棚を南側の壁に設置する。一マスの大きさは幅が六十cm、高さと奥行きが四十五cmくらい。ここに五十cm×四十cmくらいの脱衣カゴを入れる予定。
ついでに、脱衣所の真ん中と北の壁側に一・五mくらいのベンチ。
おお、なんか脱衣所っぽくなってきた。
葦が運ばれてくるまでに桶とかも作ろう。
湯桶と、真ん中に穴のあいたイスを五個ずつ。
それから、作ってみたかったものを一つ。
樽の底に小さい穴をたくさんあけて、スライド式の底をさらに付けたもの。それを洗い場の南の壁の一mくらいの高さのところに付けたい。
樽の中にお湯を入れておいて、スライド式の底をずらせば、小さな穴からお湯が降ってくるイメージで魔法を使う。
「創造・シャワー」
非常に簡易的なものではあるけど、なんちゃってシャワーが作れた。
それを間を空けて五箇所設置する。
それぞれの前に五組の桶とイスを置く。
うんうん、なんとなく洗い場っぽい。
湯船からもお湯を汲んでも使えるように、湯船の側にもあと五組、桶とイスを増やしちゃおう。一度作ったものだから、五組まとめて作り出せる。素晴らしい。
「うわあ、お風呂っぽくなった!」
ウキウキしながら脱衣所に戻ると、マークとおうが葦を運んできてくれていた。
「結構刈ったけど、あとどのくらい必要?」
大きい荷車にたくさんの葦が載っている。
「マーク仕事早い! この短時間でこんなに?!」
「身体強化使えばあっという間だよ。モモだってもうこんなに作ったの?」
魔法ってすごいよね(なあ)と言い合いながら、洗い場の方も見てもらう。
「マーク、この桶でお湯を汲んで、この樽に入れてくれない?」
私も別の桶で一緒に汲むけど、樽の上まで背が届かないのでマークに入れてもらう。
桶に五、六杯くらいのお湯が入った樽は、重さで軋んだり、ぐらついたりはしなかった。
底板を少しずつずらしていくと、シャワーのように上からお湯が降る。
「こうすれば頭を洗う時とか楽かと思って。汲むのが面倒だけどね」
マークは驚いて、感心して、
「よくこんなの考えつくなあ」
と褒めてくれた。
底を戻せばお湯は止まるけど、入れっぱなしにしておけば冷めてしまうので、使う度に自分で入れなきゃいけない。
給湯パイプをここまで通せばいいのか? と、ふと思ったけど、この高さまで水を持ち上げることって出来るのかな? ちょっと考えてみようか。
取り敢えず、それは後回しにして、マークの運んできてくれた葦でどのくらいのカゴが作れるのか先にやってみよう。
さっき棚に入れるイメージをしていた脱衣カゴをまずは一個作ってみる。
縁の下に前後左右、持ち手用の穴をあけて持ちやすくする。深さは二十cmくらいかな?
「創造・脱衣カゴ」
出来上がったカゴを棚に入れてみると、いい感じ。あと五個作って棚の六マスにカゴを入れた。
それから足拭きマットを二枚。浴室への入り口の浴室側、脱衣所側に一枚ずつ敷く。
ここで水気を拭いてから脱衣所に入ればビチャビチャにならない。
ここまで作ったら、荷車にいっぱいあった葦が半分くらいになってしまった。
「マーク、同じくらいの葦をもう一回刈ってきてもらってもいいかな?」
了解ー! と引き受けてくれたので、残りの葦は隣の脱衣所に下ろしてもらって、再度葦刈りに向かってもらった。
さて、じゃあシャワーのパイプのことをちょっと考えてみようかな。
まずは土魔法で、南の壁よりの水路からお湯を引くパイプをコの字のように、一度上へ曲がり、樽の上の位置で水平になり、壁の端でまた下へ曲げるように作ってみた。
パイプの先は排水溝に繋げる。
樽シャワーの上の部分でパイプを枝分かれさせてみるけど、やっぱりお湯は出ない。この高さまで上げるなら、ポンプ的なものが必要だよね。
高い位置にタンクを作り、そこにポンプで吸い上げたお湯を溜めてからパイプへ流せばいけるのかな?
でも、ポンプの構造なんてわからない。私がイメージ出来ないものは作れない。がっくり。
パイプは取り敢えず放置。当初の予定通り手で汲むことにしよう。また何かいい方法がないか模索してみるしかないね。
なんというか、ガッカリ感で終わるのは悔しかったので、脱衣所に戻るともう一つ作ってみたかったものにチャレンジしてみることにした。
腰カゴから取り出したのはクリスタルと鉄鉱石。
まずはクリスタルでパン焼き窯にも使う板ガラスを作れるかどうか試してみる。
B4くらいの薄く歪みの無い平らなガラスをイメージして創造を使う。
これは大成功!
向こう側がキレイに見える歪みの無い板ガラスが出来た。パン焼き窯にも使えそうで、まず一安心。
今度は鉄鉱石を同じサイズの薄く歪みの無い平らな板に。表面はピカピカに磨き上げられたものをイメージして創造する。
こちらも成功。
私の顔が映るくらいピカピカの鉄板。
私ってこんな顔してたんだ……。
水にぼんやりと映った姿しか見たことなかった。当然だが、生前の面影などどこにも無い。普段、自分の姿形を見ることなど殆ど無いので、違和感をさほど感じてなかった。
こうしてじっくり見ると、自分は小さい子供で、前世の岸桃子では無いのだと実感してしまう。
黒髪、黒目であったことが救いだった。日本人顔ではなく欧米的な造りではあるが、これが今の自分、と飲み込むことが出来た。金髪碧眼だったりしたら、なかなか馴染めないだろうと思う。
ここへ来てからは、食生活が改善されたし、昨日お風呂に入ったおかげで多少見れるようにはなったのかもしれないが、それでも頬は痩けて貧相な面構えだ。
試しにニッコリ笑ってみると、まあ、可愛くないこともない。元々、仕事ばかりで顔色は健康的とは言えない白さだったし、幸薄い感じの印象は前世に近いかもしれない。
笑顔にしていれば子供特有の愛らしさが有り、自分のことじゃなければ、「お人形さんみたい」くらいの評価はしちゃいそうだ。
でも、落ち込んでいたり、悩んでたりなんて顔は、「そりゃみんなも心配するよね」と納得いく顔つきをしている。
うん、もっと元気出していこう。
この鉄板に板ガラスを重ねて、額のように木で枠を作って一体化させる。
「創造・鏡」
出来上がった鏡は、北側に置いたベンチの前の壁にはめ込むようにした。
上手く出来たと思う。
少し離れた位置から鏡を覗くと、全身が映って見えた。
鏡の中の私は驚くほど小さかった。
身長は一mも無いだろう。見える範囲からも想像は出来たけど、体も手足もガリガリで、他の子供たちに比べても華奢だ。
自分が三歳なんだと実感するが、日本の三歳児よりもかなり小さいだろう。もっと体力もつけて、肉や魚も食べないと。
子供たちにだって栄養をつけてあげたいよ。みんなしっかりしてるし、良く働いてくれてるけど、まだ成長期なんだ。
自分の目線が低いから、あまり気付けてなかったけど、みんなももっと大きくてもおかしくないはずだ。
改めて現実を突き付けられた。
ポチくんたちに連れて行ってもらう狩りでは、絶対頑張ろうと心に決める。
鏡の下の壁にカウンターのように一枚板のテーブルも作ると、すっかり脱衣所らしくなった。
今出来る中で私としては完璧。
後は簡単だ。隣の脱衣所へ行き、最初に作った隣の部屋を思い出しながら、完成形を創造していけばいい。
棚を、カゴを、ベンチを、鏡とテーブルを、マットを作り、マットの一枚はお風呂場側へ。そちらでも桶をイスを、シャワーもどきを作る。パイプは作らなくていいや。
後の二部屋でもカゴとマット以外を作ってしまう。
材料にした丸太は、余った分は木材として残ってくれたので、これは持ち帰るようにまとめておこう。
木材をまとめていると、マークたちがまた葦を運んできてくれたので、残り二部屋のカゴとマットも作り、これで出来上がりだ。
余った葦でムクロジを入れておく小さなカゴも作れた。
今日もこちらの湯温が低い方のお風呂を使うんだろうから、高温のお風呂の方から脱衣カゴを三つ取ってきて、女湯の棚には九つの脱衣カゴが入った。ムクロジのカゴとともに、タオルを男湯、女湯に分けて置いておけば、今度こそ完成。
マークたちにも、もう一度中を確認してもらった。
何より驚いていたのは、鏡……というより、鏡に映った自分たちの姿にだったけど。村にはこんなの無かったということだ。
それなら、みんなも改めて自分の顔をじっくり見るのは初めてだよね。揺れる水面じゃあ、ちゃんとなんて見えてないし。
内緒にして後でお風呂の時にみんなも驚かせよう! なんて、マークたちとちょっとした悪巧みをしながら、残った木材を荷車に載せて、私たちは家へと帰ったのだった。




