第四十八話 かあちゃんはとっておきに狂喜乱舞する
「ヤスくんがいろいろ教えてくれたし、みんながめちゃくちゃ頑張ってくれたから大収穫でね。持ちきれないから一度戻ってきたんだよ」
荷車にいっぱいに積まれた綿花に鉱石、木材、薪、野草にシナモン、木の実。
みんなが、おおーっと喜んでくれて、私たちも褒められた。
ルーたちが昼食を用意してくれてる間に、みんなにも手伝ってもらって手早く倉庫に荷物を下ろした。
手を洗って居間に戻ると、ルーたちの作ってくれた料理がすでに並んでいる。
みんなで席に着いて、いただきますの挨拶をし、昼食になった。
昼食は生姜の効いた豆のスープと、トマトの炒め物だった。
お腹の中からポカポカと温まるスープ。さっぱりしたトマトを油で炒めてコクを出したものは、塩とハーブで味付けがされていてとても美味しい。
「今日は探索の予定だったのに、こんな美味しいお昼にありつけて幸せだあ」
と言ったら、みんなにクスクス笑われてしまった。
お昼を食べながら、バズに午前中の進み具合を聞くと、
「みんな力もついたし、作業にも慣れてきたから、一番大きい畑の種蒔き終わっちゃったよ」
いい笑顔で答えてくれた。
「あんな大きな畑、半日で種蒔き出来ちゃうんだ。みんな、凄いなぁ……」
予定よりも畑作業の方は、早く進められそうだ。
「私たちは午後も探索に出るけど、バズたちはどうする?」
「まだ肥料がいっぱいあるから、他の畑も土作りだけしちゃおうと思ってる」
「コリーが残るなら、俺も午後は探索に出てもいいか?」
「急ぐ仕事じゃないからもちろんいいよ! ルーシーもペパの乾燥終わったんだから行っておいでよ」
「え? いいの?」
「大丈夫ですよ。小さい子たちも良い子でお留守番できますし、畑仕事もちゃんとお手伝いできますから」
午後はジェフ、マーク、ルーシー、マリー、私の五人とヤスくん、おう、くうで出掛けることになった。
キティとピノ、ベルとティナも行きたそうにしてるのがバレバレだけど我慢している。
「湖の方に危険が無さそうか調べてくるから。大丈夫そうなら、また今度みんなで行こうね」
「やったー!」
「湖! 楽しみ!」
「おるすばんへーき」
「うん、モモやくそくね」
昼食を終えて外に出ると、種蒔きの終わった畑へ向かう。
せっかく頑張ってくれたんだから、早速成長の魔法をかけてあげよう。
みんなが見守る中、跪き、祈りを捧げ、呪文を唱えると、緑の芽が出て空へ向かってぐんぐんと伸びていく。
広い畑に力強く、上へ上へと伸びゆく麦の姿は壮観だった。
一面の麦が、まだ青い実をびっしりとつけ、ザワザワと揺れる。
誰もが、ただじっと見つめていた。
心に染みる美しさだった。
「なんと言うか、力を分けてもらったね……」
「うん」「はい」とあちこちから聞こえる。
「よし! 午後も頑張ろうね!」
気合を入れ直して動き出すことが出来た。
空にした荷車を引いて五人と三匹で川上へと進む。
新しく作った橋にジェフとルーシーは驚いていた。
「すげえな。こっちも繫げたんだ」
「正面の岩山でヤスくんが岩塩を見つけてくれたんだよ」
「丸太運ぶの大変だったでしょう?」
「おうとくうが運んでくれたんだ」
動物組の素晴らしい働きに目を丸くしていた。
「お前らすっげーな」
「えらいねえ!」
褒められたヤスくん、おう、くうはえへへと照れていた。
橋を渡り、ヤスくんに案内されて茶色の草原を目指して歩く。
そこを越えれば湖ということだ。
十分程歩くと、視線の先には茶色い草原とその向こうの湖が見えてきた。
少しずつ近付いていくと、茶色い草原だと思っていたものが、ビー玉のような茶色い実をびっしりつけた草むらだということがわかってきた。
ポコポコついていて、とても可愛らしい。
「かわいいね」とみんなを振り返った時、マークが走り出し草むらへ飛び込んでいった。大きな声でこちらを呼ぶ。
「モモ! 早く来て! これリネンだよ!」
「リネン?」
マークを追い掛け草むらへ入る。
辺り一面、小さな丸い実のついたリネンが広がっている。
「この実がリネン? 食べられるの?」
「モモ、リネンはすごいんだ! 茎からは繊維が取れる。この丸い玉の中には小さな種が入っているんだけど、炒って粉にすればパンに入れたり、料理にも使えるし、種から油も搾れる」
「うわあ、それはすごいね!」
なんと万能! マークによると、リネンの繊維で作った布は柔らかく、服や寝具にも使うらしい。綿を知らなかったのは、こっちを使って暮らしていたからなのかな?
そんな万能植物がこんなにたくさん!
「もう種が弾けちゃってるのも多いね」
カラカラに乾いたビー玉のような実を一つ採り、指で割ってみると、中からは金ごまのような小さな種が十粒程出てきた。
この草は私の腰くらいの丈なので五、六十cmくらいだ。胡麻の木は一m以上に育つはずなので別のものだと思う。それに、こんな玉じゃなくて莢が生るし。
「夏には一面、紫の花が咲いていたんだろうなあ。そりゃあキレイなんだぞ。でも朝の内しか咲かないんだよ。乾燥した土でも育つから村外れでも育ててた」
ここが一面の紫の花で埋まるのか……。
その光景を思い浮かべて、ふと気が付いた。
「あ、リネン! 亜麻か!」
これが亜麻なら、なるほど柔らかい布が作れる。亜麻仁油やシードも健康食品で聞いたことがあるし。
でも地球で言うなら、亜麻は寒冷地で育てられる植物。午前中に採った綿は暖かい地方で作られてたはず。
ここの気候、風土がよくわからない。やっぱり異世界の植物は似て非なるものってことなのかな?
そう言えば同じ森の中でもリンゴンとオレモンが並んでいたりしたし。
理屈はいいか。私もあまり詳しい訳じゃないし、素直に喜ぶのが一番!
「マーク、教えてくれてありがとう。これで服が作れる。お布団も。お料理にも使える。やったね!」
マークとハイタッチしてると、みんなも追いついてきた。
「あ、すごい! リネンですね。こんなにたくさん!」
マリーは大喜びしてるけど、ジェフとルーシーははてな顔で、
「リネンってこんな実じゃないじゃん」
「小さい粒々だよね」
なんて言ってるので、丸い実を割った種を見せると、
「あ、リネン!!」
多分二人は食べ物としてのリネンにしか興味なかったんだろうな。
こういうところにも性格が出てて面白い。
「さあ、みんなで刈るぞ!」
マークが仕切ってくれて草刈りだ。
一応、鎌も持ってきていて良かった。まあ、無ければ作るけどね。
ザクザクとリネンを刈っていき、三つの荷車いっぱいに積んだけど、リネンの草原はまだまだ広がっている。
「すごいね……。夏にはここが全部紫の花で埋め尽くされるんだ。見てみたいな……」
「見に来ればいいさ! 夏になったら」
マークがニカッと笑ってそう言う。
そうだね。楽しみが増えたなあ。
ここで私たちは、のんびり楽しく暮らしていくんだもんね。冬のことばかり気にしていたけど、春も夏も来る。
この恵まれた自然の中で、子供たちと幸せに暮らしてく。悪くないなあ。
「楽しみだね」
みんなで来年の夏に思いを馳せた。
リネンの草原に荷車は置いていくことにして、草むらを抜けて歩いていくと、程なく湖の畔に着いた。
感知で探っても、こちら側には危険な生物はいなそうだ。ヤスくんの言う通りだな。
湖に近付いてみると、底が見えるほどのキレイな水を湛えている。水面が日の光をキラキラと反射させていて美しい。
しかも、ここら辺は浅瀬のようで、小さい子たちを連れて来ても危なくないだろう。
「夏にはリネンの花を見に来て、ここで泳いでもいいね」
みんなもうんうんと夢を膨らませている。
魚も泳いでいるのが見える。
「コリーが喜ぶね」
ルーシーが笑顔で言う。
「かあちゃん! かあちゃんも水浴び好きか?」
ヤスくんが聞いてきた。
「うん、水が冷たくなかったら入りたいくらいだよ」
と答えると、
「よーし! じゃあ、オイラのとっておきに招待してやるよ!」
と、湖から流れ出す、もう一本の川の方へ引っ張っていかれる。
「ほら、みんなも早く! こっちだよ!」
ヤスくんにこっち、こっちと導かれて、もう一本の川の入り口付近で、少しだけ川幅が狭くなっているところへ連れて行かれた。
「ほら、あれだよ」
川の向こう岸には小さい池のようなものが見える。こっち、こっちとヤスくんは川をピョンッと跳び越えて行ってしまう。
「ヤスくん、私は跳び越えられないよ。とっておきの良いものってあの池?」
「そうだよ。頑張って跳び越えておいでよ。温かい水の池なんだ。水浴び出来るぞ。オイラ、あの池に入るの大好きなんだ!」
――温かい……池?!
遠見の魔法を使って池を見る。
ああ、水面からは湯気が上がっている。
温泉? 温泉なの?!
ああ、あっちに渡りたい。とにかく渡れたらいいか。
私は逸る気持ちに任せて土魔法で川に橋を架ける。
ここには丸太がないので強度が心配だけど、今はとにかく渡りたいので仕方ない。
川の真ん中に橋脚を作り、補強して橋を渡す。しっかり強化したので、おうとくうが渡っても大丈夫なはずだ。
一応、欄干も作っておこう。急拵えだけど、しっかりした橋を渡せたと思う。
「みんな、行こう!」
私は思わず駆け出した。ヤスくんも早く、早くと呼んでいる。
「モモ、待ってよ」
みんなも走って追いついてきた。
池の畔に立ち、そっと手を入れてみる。
じんわりと懐かしい温もりが染み入ってくる。
四十二度くらいかな? ちょっと熱めだけど、露天風呂には丁度良い温度じゃないだろうか。
ザッパーンと水柱を立ててヤスくんが飛び込んだ。
「かあちゃんも水浴びしろよ。温かいぞ」
ヤスくんに誘われる。
入りたい。めっちゃ入りたい!
おうとくうまでザバーンと入っていった。
「うわあ、温かい」
「はああ、気持ちいい」
「だろ? 気持ちいいんだよ」
ああ、入りたい!
「……ルーシー?」
「え、何? モモ。真剣な顔して」
「まだ魔力ある? 乾燥の魔法、使える?」
「ああ、ヤスくんたちを乾かすんだね。帰り道、冷えちゃうもんね。大丈夫。まだ魔力いっぱいあるよ」
「俺の熱気も使えるぞ。俺も今日はほとんど魔力使ってないから」
「ありがとう!! じゃあ、大丈夫だね!!」
私もザッパーンと飛び込んだ。
ああ……、気持ちいい……。
とろける……。これはとろけてしまう。
ふにゃあと緩んだ顔の私を見て、
「モモ……」
とみんな呆れてる。
だが、この誘惑に勝てるはずがない。三年ぶりのお風呂なんだ。
「ヤスくーん、最高だよ。素晴らしいよ。本当にありがとうー」
「いやいや、かあちゃん、めちゃめちゃ喜んでんな。そんなに気に入ってもらえてオイラも嬉しいよ。これは最高だよな」
「最高だよー」
おうとくうも、ふはーとか声を漏らしている。
うんうん。声出ちゃうよね。これは。
「あー、ムクロジの実、持ってくれば良かった。頭洗いたい。体も。今度、絶対持ってくる。絶対また来る。ここは最高だ!」
周りを気にもせず、独り言全開で私がブツブツ言ってる姿を、ポカンと呆れて見ているみんな。
その時、ルーシーが、
「私も入る!」
とドボンと入ってきた。
「うわあ、温かい。気持ちいい。たまんなあい」
私たちの気持ち良さげな雰囲気に我慢出来なくなったらしい。
「たまんないよね」
「うん、最高ー」
「お、俺も入る!」
ジェフも入ってきた。
「うはあ、これは……、あったけー、すげえ、気持ちいい……」
あー、ジェフもとろけてる。
「うー、私も入ります」
「ええ?! じゃあ俺も」
結局みんな入ってきて、「うふう」「はああ」と全員とろけた。
「今度、みんなで来よう。ムクロジや着替えも持って」
「うん、絶対みんな喜ぶぞ」
「もう少し近かったら毎日来たいよ」
みんな温泉の虜のようだ。
ヤスくんありがとう、ありがとうと代わる代わる感謝している。
「あー、家にも欲しいなあ……」
「あの……、モモちゃん?」
一人静かにしていたマリーが話しかけてくる。
「あの、見当外れかもしれませんけど……、もしかして、川原の水が、あそこだけちょっと温かかったのって、これのおかげです?」
「マリー!!」
バッとマリーの両手を握る。やっぱりマリーは凄い!
「マリー、すごいよ! きっとそうだよ」
びしょびしょのまま、マリーに抱きつく。
「モモちゃん?」
ここから流れた温水が、あんな下流まで温かいとは思えない。きっとあの川原にも温泉が湧いているところがあるんだ。きっとそうだ。そうであって! お願い!
私が興奮してそのことを話すと、
「じゃあ、あの川原にもこれがあるのか?」
「え? そんなのあったっけ?」
とみんな半信半疑だ。
「多分だけど、川原の地下にこの温かい水があるんじゃないかと思うんだ。川原を掘ったら出てくるかもしれない。うう、あったらいいなあ。マリー、気付いてくれてありがとう。探してみるね!」
「えへへ、モモちゃんがそんなに喜んでくれて嬉しいです」
マリーが笑顔でそう言う。私も満面の笑顔だ。
「川原だったら近いから毎日でも入れるな」
「うわあ、それはいいね。私も毎日入りたい」
「ホントか? 毎日入れるのか?」
「おうも入る」「くうも」
「明日にでも探してみるか。これなら、冬も温まれそうだよな」
「うん、そうしよう! 明日、探そう!」
みんなも気に入ってくれてるし、明日は温泉探しだ。感知とかもバリバリ使って絶対見つけよう。
それから、充分温まって温泉を堪能してから、順番に上がり、ジェフとルーシーに乾かしてもらった。
「服のまま水浴びしちゃダメだよね」
とルーシーが苦笑しながらみんなに乾燥をかけてくれる。
「この温かいお湯に入ることをお風呂って言うんだけど、お風呂は本当は裸で入るんだよ。それで石鹸で頭も体もキレイに洗うの。気持ちいいよー」
川原に温泉を見つけることが出来たら、男湯と女湯を作ろうと思うと言うと、子供たちはちょっと恥ずかしそうに、「裸かあ……」とか言いつつも、
「楽しみだね」
「頑張って見つけよう」
と賛成してくれた。
すっかり乾かしてもらった私たちは、ポカポカのまま、リネンがいっぱいに積まれた荷車を引いて家へと戻っていった。
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今月から、火、木、土、日の夜11時に
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