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第二話 かあちゃんは絶望する

2018/9/24 文章の挿入位置を間違えていたので修正しました。


 それからも私は毎日、厨房でお手伝いを続けていた。


 相変わらず誰も私に話しかけたりはしないけど、家族にすら相手にされていない私は、無害なただの小間使いと認識されたようで、使用人たちは平気で私の前でも噂話などするようになっていた。

 三歳児になんて何を聞かれても解りはしないと思ったんだろうけど、私は全てに聞き耳を立てていた。


 ダメ領主の父の名はアシド、世間知らずなお嬢様だったという母レンダ。バカ親のせいで民たちの暮らしはかなり厳しいらしい。たくさんの文句や愚痴を耳にした。

 兄のセルは今六歳ということで、その兄が生まれてから子供に湯水のようにお金を遣い、贅沢が加速して、更に民は苦しくなったらしい。


 贅沢に慣れて育った兄は、村の中で横暴に振る舞ってはみんなを困らせているようで、子供たちが怪我をさせられたり、物を取り上げられたりなんて日常茶飯事で、取り上げた物は欲しかった訳でもないので、壊したり、川に捨てたりしているそうだ。


 村のみんなは食うに食われぬような暮らしで、栄養状態も悪く、子供が生まれても弱って死んでしまう。だから産めない、育てられない。今の村には六歳以下の子供は殆どいないということだ。


 後から後から悪口が、嘆きが聞こえてくる。


 会ったこともない自分の親が腹立たしい。なんでそんなバカが領主なんてやってんだ? 村に子供が増えなければ領地のお先真っ暗だということは、政治なんて分からない私にだって分かる。


 子供は国の宝だし、領民がいるから税が集められて暮らしていけるってのに、民を弱らせて、子供が増えなくて、将来どうなるか考えないのか? 


 腹が立って、腹が立って、でも三歳の私にはどうしようもない。私がもう少し大きくなるまで領民たちはもつのだろうか。


 こんなダメバカの領主家なんてさっさと滅んでしまえばいいと思うけど、民たちが救われないのが申し訳ない。


 ふと、太陽の加護を貰った彼のことを思いだした。

 彼がここに生まれていたら、彼の力ならみんなをこの不条理な苦しみから救えたのだろうか?


 月の精霊の加護。

 人を癒し、慈しみ、愛を幸せを分かち合える力。


 私には領民たちを癒すことも救うことも出来ない。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 その年は、冬の冷害と春の異常な日照りにより、作物の出来が悪かった。


 急場を凌ごうと水魔法の使い手が頑張ったようだが、なんとか飲み水の確保が出来ただけマシなくらいだったとか。


 それでも民たちは少ない作物をせっせと育てていたらしい。


 そんな時に今度は逆に暴風雨からの長雨が追い打ちをかけた。水は少なすぎても、多すぎても害になる。


 刈り入れ時期に雨が続いたせいで、少なかった作物は更に少なくなってしまった。


 それでもバカ領主は税を毟り取るだろう。


 今年の冬を越せない者が多く出るかもしれない。民たちは悲愴な思いに暮れていた。



 ◇



 やはり、強突く張りのダメバカ領主である父は、こんな状況になっても民の心配など露ほどもせず、自分の身入り、税金不足の心配ばかりしているらしい。


 そんな父も憎らしいが、加護持ちの筈なのに何も出来ない自分にも腹が立つ。


 せめてもっともっと勉強しなきゃ。税や経済のことも調べてみよう。



 書斎の本に載っていたことなので、現在とまったく同じではないかもしれないが、現王であるヴァンガード=リゲル=プレシード王が即位後に制定した税制がわかった。

 治世が今尚続いているからには、余程の何事かがなければ変革はないものと思える。国の経済状況に応じて、臨時の上下はあるかもしれないが。


 プレシード国の税制は農民とそれ以外の国民で異なる。


 街に住む市民、職人、商人、兵士などには通常、人頭税、地代、相続税、十分の一税(教会税)などがかかり、別に通行税、関税、売上税、ギルドによる徴税などがある。

 これらは大概、貨幣によって支払われている。


 これら以外の細かい徴税に関しては各領主に一任しており、地方によって多少の差はあるようだ。


 そして農民の税だが、農民は基本、租として作物での納税となる。

 もちろん例外もあり金銭で納めることも可能だが、この国の農民はほぼ麦を育てているので、麦での納税が殆どだ。


 税率は四公六民といって、収穫の四割を領主に納め、領主が直属の大領主へ、そして国へと納められる。

 この中には、相続税だけは別となるが、他の人頭税などの諸々の税は含まれている。

 また、兵役や土木工事などで賦役があった場合には、租を減らしてもらえる。


 麦の収穫倍率が約四倍であるので、四分の一(ニ・五割)の麦は来年の種麦となり、約一割を自らの食料とし、残りニ・五割が農民の収入となる。


 余程の大農家でもなければ大儲けとはいかないが、自給自足に少しの収入があれば大きな不満も出ず、皆それなりに幸せに暮らしているようだ。

 まあ、善政と言って良いと思う。

 偉そうに言ってみたが本の受け売りだ。


 かあちゃんに最も身近なのは消費税だったんだもん。こんなの全部は難しいよ。


 難しいけど、あのダメバカが卑劣で愚かで浅ましいのは良く分かる。

 あいつの略取している税は非道いものだった。


 あまりの非道さに、度々みんなの噂話にあらゆる面での酷評があがるので、かなり詳しくダメバカの人でなしな遣り口を知ることが出来てしまった。


 まず、税率が七割。はいダメ。


 税を七割も取られたら、種麦を抜いたら〇・五割しか残らない。収入なんてもちろん無しの、食べる分すら普通の半分だよ?! 


 ダメバカの言い分としては、人頭税、地代、関税などの税と賦役を免除()()()()かわりに税を七割払えと。


 まず、国の税制では端から人頭税や地代など払う必要ない。

 ヤツが村から出ることも禁止しているから、外の街へ物売りに出たりすることもなく、関税とか通行税とか関係ない。

 ここには国の直営地も無く、昨今、戦争の予兆もまるで無いようだし、ヤツは税だけ毟り取っておいて公共事業をする気などさらさら無いので、賦役なんて元々無い。

 生活必需品の用意などもしてないし、商人の手配もしない。教会も無い。


 領主としての仕事など何もせず、貪り略奪するだけのクソ馬鹿野郎だ。


 領民たちは苦しみ、嘆き、絶望している。

 領主というだけで気分を損ねれば罰せられる恐怖から、抗うことすら封じられているのだから。

 どんなに辛くとも言われた通りにするほかないのだ。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 そんなことを知ってしまってからというもの、鬱々とした気分でお手伝いをしていた。

 連日、領民の窮状を、嘆きを耳にする度に、まだ見ぬ父への憎しみが恨みが増幅していく。心の中を薄暗い空気が侵食していく。

 日に日にどんよりとした気持ちに囚われていく。


 そんなある朝、とんでもない話を耳にしてしまった。


 あのダメバカは、今年の僅かな作物では満足いく税を徴収しきれないから、村の働き手にならない小さな子供たちを税として徴収し、奴隷として売り払うという悪魔の計画を企てているらしい。


 恐ろしい……。

 異世界にはモンスターがいるって言ってたけど、私の父がモンスターなんじゃなかろうか。

 思えば元夫もそうだった。守らなければならないはずの身内にすら、平気で虐げることを選択する。己の楽しみにしか興味を持てず、人の辛さや苦しみを慮る心を持たない。自らの幸せのために家族ですら平気で捨てられる男。

 子供たちを平気で傷つける夫が、父が憎らしい……。




 無慈悲な天災による凶作で春小麦の収穫は四割減だったらしい。


 例年の六割しか収穫がない中から七割の税を取られてしまったら来年の種麦が足りない。普通の領主ならこういう時は税率を下げたり、良い領主なら更に食料援助をしてくれる場合もあるかもしれない。


 だが、あのダメバカにそんな期待は微塵も出来る訳がない。領地のことも、民のことも、欠片も考えていない言葉を口にしてしまった。


 このことを話している彼は、あまりにも悲惨な領民の様子に、今年の税をなんとか少しでも案配してもらえないかと、床に額を擦り付け、処罰も覚悟の上で上申したのだという。


 するとヤツは、グフグフといやらしく笑いながら「良い考えがある」と言ったのだそうだ。


「私だってこのままじゃいけないと頭を悩ませていたのだよ。いろいろと情報を集め、より良い施策をするために、あの手この手で知恵を絞ったのだ」


 当然、ゲス野郎がいくら腐った脳みそを絞ろうと、蛆虫のような考えしか出ない。


「凶作なので特別に租は五割で許してやる。かわりに子供を奴隷に売り、その金を私に寄越せば良いのだ。秋に買い取りに来てもらうように奴隷商の手配はできている。小さい子供は高くても買う奴がいるらしい。十人も売れば金貨百枚にもなるかもしれないと聞いた」


 ヤツの目がキラリと光り、


「口減らしにもなるから丁度良いだろう」


 高笑いしていたと、おぞましいものを見る顔で使用人が話している。


 吐き気がする。

 空っぽの胃から何かが込み上げてくる。

 頭が沸騰して倒れそうになる。


 何も出来ないじゃ駄目だ。

 倒れている場合じゃない。

 時間が無い。

 秋までに私がなんとかしなければ。



 どうすればいい?

 どうすればいい?

 何が出来る?

 何をすればいい?



 憎らしい……。恨めしい……。



 ひたすら頭の中を巡る。

 考えろ、考えろ。こんな横暴は許せない。救う力が無くたって、私は何もせずにいて良い訳がない。私の父なんだ。私が止めなければ。たとえ■■してでも。


 ……?!


 …………そうだ。爪弾き者でも領主家の一員である私が、こんな悪夢のような話は終わらせなければいけない。親から子を取り上げて金にするなんて、私は絶対許せない。

 でも、どうやって? 魔法も使えない、戦い方も分からない三歳児の体の私に出来るの? 魔力の補助を使えるから普通の三歳児よりは力もあると思う。時間だけはいくらでもあったから、もっと小さい時から体力作りくらいはしてきたし。でも子供の力の範疇に過ぎない。何も無い部屋だったから武器を手にしたこともない。

 上手くやれる自信はない。でも失敗出来ないんだ。


 秋まで。まだ少しだけど時間はある。計画を立てて確実にやらなければ。


 私は今すぐ取り掛かることを決めた。


 まずは魔法だ。繰り返し練習しても一向に発動することなかったけど、魔法を使えるようになれば可能性が上がる。魔法で少しでも弱らせてからなら……。

 勉強の時間は全て魔法に充てよう。


 お手伝いは減らしちゃ駄目だ。唯一の情報源。常にアンテナを張っていたい。


 夜、部屋に戻ってから体も鍛えることにする。腕力、脚力、スタミナをつける鍛錬を今まで以上に必死に続けよう。


 少しの時間で事を為すために取り乱してはいけない、などと冷静にこれからの事を考えているつもりでいる私だったが、頭も心も既に漆黒の闇に囚われてしまっていた。



 ◇



 そうやって考えつく限りのことをして、秋までの短い時間足掻き続けたけど、なかなか成果は上がらなかった。


 自分なりに体を鍛え続けたけど、師もおらず、武器も無く、三歳の体のトレーニングではそうそう上達するものではない。魔力補助の身体強化はだいぶ上手く使えるようになったけど、この程度で上手くやれるとは思えない。


 もっと酷いのは魔法だ。


 ひたすら魔法書を読み耽り、何度も何度も繰り返し試し続けたけど、一度として発動することはなかった。

 魔法の知識だけはめちゃくちゃ詰め込んだ。魔力量もだいぶ上がったと思う。魔力のコントロールも見違える程上手くなった。


 でも、それでも、全く発動しないのだ。


 全ての属性の基礎の基礎。生活魔法と呼ばれるものですら全く使えなかった。



 ――そして



 何の見通しも立たないまま、とうとうその日が来てしまった。



 朝早くから子供たちが村の広場に集められ、奴隷商に売られてしまう。


 その前にあいつをやらなければいけないのに、私が失敗したらどうなってしまうのだろう。


 夜明けとともに私はこっそり厨房から包丁を持ち出し屋敷を抜け出した。三十分程かけて見つからないように気をつけながら村へ着いた。


 まだ早い時間にもかかわらず、広場には人が集まっている。


 私は包丁を構え、やらなくちゃと一歩踏み出す。手がぶるぶると震えている。



 ……。




 私はそこから一歩も進めなかった。


 知らないのだ。


 ■■したい程憎らしいアイツの顔も姿も声も、私は知らない。


 見れば服装や態度できっと分かると思っていた。


 でも、間違ったら?

 見知らぬ父じゃない人を刺してしまったら?



 ――――――――ああ。



 私には誰も助けられない。


 愕然としてへたり込み、声を出さずひたすら泣いた。


 私は間違っていた。

 甘かった。


 なんて恐ろしい考えに囚われていたんだ。


 自らを包む靄を振り切るように頭を振ると、本当の気持ちが浮き彫りになる。


 ■■したいんじゃない。

 私は助けたいんだ。


 広場に寄る辺なく佇む、恐怖に震える子供たちの表情が目に入る。


 とにかく今、あの子たちを助けたい。


 絶望に沈んだ顔、痩せ細った体。周囲の大人たちへの信頼も希望も失くしてしまったのか、泣き叫ぶこともせず、助けを求める声もなく。

 居場所を失くした寂しい瞳をしたあの子たち。


 子供たちと目を合わせないよう、俯きながら、遠巻きに囲むように集っている村の大人たちも、同じ絶望を湛えている。


 心を埋め尽くしていた闇が霧散していき、憎しみで曇っていた頭がハッキリしてきた。


 助けなければ、助けたいという強い思い。

 私があの子たちを愛し、慈しみ、心を体を癒すんだという決意にも似た強い強い思い。


 助ける!

 助ける!

 助ける!!!


 この子たちを私が助ける!!!


 すぐさま立ち上がり、広場の土でできた地面を踏みしめ、ただ我武者羅に、私は駆け出した。


 子供たちの集団に辿り着き、両手を開き守るように抱きついた。




 ――その時、頭の中に声が響いた。


 ――『加護開放』




 自分を含め、その場の子供たちを強い光が包み込み、光とともに私たちは――――――――。




 忽然と姿を消した。




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