第四十一話 かあちゃんは魔法を披露する その二
「畑の方が一段落したら新しい広場に集まろうね」
と声を掛け、それぞれ仕事に戻る。
私も一度、畑に向かい様子を見ることにした。
乾燥の終わった麦を見て、
「これってこのまま保管するの? 麦と藁に分けるの? それとも粉にしちゃった方がいいの?」
と聞くと、
「藁から外して麦粒の状態で保管して、使う時に粉にするのがいいんだけど……」
との答え。脱穀の道具が無いことで困っているようだ。
今は魔法を使って脱穀しちゃおう。
「じゃあ、魔法でやっちゃうよ」
「モモ……」
「今は、ね。冬の間に勉強して、来年はみんなで脱穀が出来るようにするから。粉にするのも、ね」
「うーん……、仕方ないか。悪いけどお願いするよ」
革手袋で擦ったり、棒で叩いて脱穀するって言ってたっけ。他に専用の道具もあるのかもしれないな。
「粉にするのは石臼?」
「うん。でも、使い方はわかるけど仕組みがわかんないな」
うーん。私もなんとなくはわかるけど……。
「まあ、冬の間じっくり研究しよう。ね」
魔法を使って大麦、小麦、それぞれを藁と麦粒に分ける。
麦粒は葦袋を用意しておくと直接袋へと入っていく。
大麦は今回量が少ないので、前に採ってきた分とともに次の種麦にするということで、物置にしまってもらう。
小麦はだいたい四kgくらい収穫出来た。二kgは種として、もう二kgは今日の夕食に使っていいと分けてもらった。
刈り入れの終わった麦畑も掘り起こしておく。穴はバズたちが掘って、株をさらって入れておいてくれることになった。こうしておけば寝る前に肥料にしておいたり、畑を作り直しておいて次の日に畑仕事に取り掛かれる。
今日は……。
大分MP使っちゃったからなあ。明日からは言われた通り程々にしよう。
もらった麦を持って調理場へ戻る。
ユニとルーはこちらを手伝ってくれることになった。
「あ! 麦!」
「パンを焼くの?!」
「ごめんね。今日はパン焼き窯までは作れないや。だから、今日はうどんにしよう」
「うどん?」
うん、日本食だもんね。知らないね。
「麺はわかる?」
「めん?」
「長くてツルツルッと食べる」
「???」
麺を茹でて食べるっていう食文化が無いのかな? 水だって貴重だから、そんな勿体ないことしないのか。
「作ってみようか。気に入ってくれるといいんだけど」
土魔法で大きなボウルを四個作る。
まずは麦を粉にしなくちゃ。
二kgの麦を粉に変えると四分の三くらいの量に減ってしまう。それを四つのボウルに分けた。
「なんで小麦粉が白いの?!」
え、小麦粉って白くないの? 私も漂白まではしてないから、やっぱり手作業での脱穀、籾摺りだと皮が取り切れないんだろうな。
そのあたりを説明すると、小麦粉って白かったんだねー、と感心してた。
その白い小麦粉の三つのボウルに塩水を少しずつ足していき、捏ねていく。一塊になるくらいまで捏ねたら少し休ませる。
固く絞った布巾に包み、清浄をかけた足で踏んでいく。
生地が広がったら畳んで、また踏み踏み。また生地を休ませては踏み踏み。しばらく繰り返したら、後は夕食まで寝かせておく。
二人はパン生地は捏ねたことがあるらしいけど、うどん踏みは理解出来ないらしい。
「よく踏むとコシが出て美味しくなるんだよ」
「麦踏みならしたことあるけど、小麦粉踏みは初めてだよ」
残り一個のボウルは、後で天ぷらに使うつもりなので布を掛けてとっておく。
さて、うどんの準備が出来たら、私たちの仕事は保存食作りなんだけど、漬け物をやってみようか。調味料が揃ったので、やっと手を出せる。
木で大きな樽を作り貯蔵室に運び、清浄と浄化をかける。
ユニとルーと三人がかりで干した白菜モドキを漬けていく。
洗った白菜モドキの根元に十字に切り込みを入れて、互い違いになるように底に敷き詰める。
軽く塩をふり、干しドングリ茸の薄切り、赤唐辛子、皮付きのオレモンスライスを散らす。
その上にまた白菜モドキを敷き詰めていく。
それを繰り返して樽の中にギッシリ白菜モドキを入れていく。
九割くらいの高さまで入ったところで、醤油、リンゴ酢、液糖を混ぜたものを上からかけて、樽より一回り小さい板を載せ、さらに土魔法で作った大きな重石を三個載せた。
最初は漬けた白菜モドキの二、三倍の重さ、水が上がってきたら、だんだん軽くしていくので後で調節しやすくしたんだ。
「ふーっ、重労働だったよね。二人ともご苦労さま。後は上手く漬かるかどうかだけど……。今回の味を見て、美味しく出来てれば残りも漬けていくようにしようね」
リンゴ酢や液糖、ドングリ茸で漬け物なんてしたことない。ちょっぴり不安だなあ。
「楽しみだよねー。早く出来ないかな」
「手順は覚えたから、上手く出来たら、お留守番の時に残りもやっておくね」
「私も! 焼き栗ももう作れるよ」
本当に良い子たちだね。ありがとう。ちょっと泣きそうになっちゃった。この子たちの前向きで頑張り屋さんなところには、いつも元気をもらう。
「せっかくだからジャムも作ってみようか」
キャーッと声を上げて喜ぶ二人。
「甘いんでしょ?」
「楽しみにしてたんだよ」
とワクワクしてる。
一人一つの鍋に二人はそれぞれ好きなベリーを入れ、私は皮を剥いてザクザク切ったイチジクを入れた。
畑仕事中のジェフを呼んでかまどに火を入れてもらい、果物から水が出てくるまでぐつぐつ煮ていく。水が出てきたところで、少しのオレモン汁と液糖は果物と同じくらい入れる。
焦げないように混ぜながらそのまま煮ていると、とろみがついてくる。アクも丁寧に取りながら、さらに二、三分煮たら火から下ろす。
問題は保存なんだけど、密閉出来るビンなんてもちろんここには無い。
しかし、ここには魔法がある。
土魔法でビン代わりの筒状の容器と蓋を三十個ずつ作り、魔法できれいにする。サイズは一度で食べきれるように小さめだ。
熱いうちにそれぞれ小分けにジャムを詰めていく。
詰め終わったらもう一度、ジャムも容器も蓋も、私たちも空間もまとめて清浄と浄化をかけて、ばい菌なんてなくしてしまう。
要は、菌が増えるから傷んじゃう訳で、菌に触れなければ傷まない。出来るだけ縁のギリギリまでジャムを詰めて蓋をしたら、溶接するように土魔法で閉めてしまう。
冷蔵庫は無いけれど、聖域の中だし、ここからこの容器の中に菌が増えることはないだろう。
詰めきれず、少し残ったジャムは土魔法で小鉢を作って入れておいた。今日の夕食のデザートに使おう。
でもその前に、三人でちょっと味見。
「まだあっついからね。冷ましてね。今は少しトロッとしてるだけだけど、冷めるともっとドロドロになるんだよ」
スプーンで掬って、ふうふうして冷ます。ぱくんと口に入れると、
「んまぁーい」「甘ぁーい」
二人してほっぺを押さえてふるふるしている。それからしばらく空を見上げ感動を反芻しているようだった。ほぉ、とため息を吐く。
「……こんなに甘くて美味しいもの、初めて食べた」
沈黙を破ったのは二人同時。
台詞まで一緒だった。それがおかしくて三人で笑った。
「糖分、甘みが多いと傷みにくいんだよ。果物と同じくらい入れるといいんだ。液糖はサツマイモから作れるから遠慮しないで使ってね。ただし、甘いものの食べ過ぎは体に悪いから、一日に摂る量は程々に」
今日は特別だからね、と説明する。
作り置いたジャムは使うたびに一本開けて使い切るようにすれば日持ちするだろう。
パンにつけたり、ヨーグルトに入れたり、と楽しく話しながら後片付けをした。
畑仕事のみんなもジャムを煮た甘い匂いにくんくんしている。作業ももうすぐ終わりそうだ。
私たちは白菜モドキを漬けて空いた干し台に、新たに白菜モドキやアケビの皮などを干しながらみんなを待った。
畑の方が片付いたみんなも集まってきた。疲れたみんなのおやつに梨を剥いて、新しく作った広場へ向かう。
「みんな、お疲れさまでした。ありがとう。こっちが新しく作った広場だよ。これからは向こうの広場は畑を増やして畑エリアにして、こっちは訓練や遊び場にしようと思ってます」
みんなで広場に腰を下ろして、梨を食べながら話す。
「毎日、魔法の訓練頑張ってるよね。ああいう風に昼間は体も鍛えられると良いと思うんだ。この広場からあっちの畑をぐるっと回って周回すれば、走り込みでスタミナがつくと思うし、身体強化を使ってヤスくんと追いかけっこするだけでも魔力と体の両方を鍛えられます。ヤスくん、よろしくね」
「おお、任せとけ!」
ヤスくんがニカッと笑う。
「それから、今、四方に小山を作ってあるけど、あれは滑り台っていうもので、山のところをよじ登ってツルツルのところを滑り降りる遊びだよ。他にもだんだん遊べるものを増やしていこうと思います」
小さい子たちから、「やったー!」とか、「早く遊びたい!」とか声が上がってるが、
「遊ぶ前にちょっと見て欲しいんだ。この前言った攻撃魔法を披露したいと思います」
大きい子たちも「やったー!」とか声を上げてる。
「ジェフとアンは多分もう使えると思うよ」
「ええ?!」「もう?!」
二人はびっくりしている。
「うん、頑張ってるからね。他のみんなも二、三日したら使えるようになるんじゃないかな? だから今日は、攻撃魔法についてちょっと教えるね」
みんな自分たちも使うんだとなると、急に真剣な表情になった。
「どの属性の攻撃魔法にも、球、矢、壁、支援、槍、爆撃、嵐の魔法があります。後の方がより強く、難しく、MPの消費も大きいです。
そして、初級の攻撃魔法より中級、上級と強力になります。まずは初級魔法の一番最初、球から順番に見せるね。離れて見ていてね」
みんなが私を中央に残し、外側の方へ離れていく。
準備はいい? 行くよ、と前置きしてから、
「光の球」
手の平の上に黄色い光の玉が現れ、その手を頭上に挙げて振りかぶるようにして飛ばす。
地面に着弾するとパンッと光が爆ぜて、地面には小さい穴があいた。
「おお、これが使えるようになるのか……?」
「すごい……」
村で攻撃魔法が使えたのは狩りに出る狩人さんくらいだったということで、実際に見たことがあるのは手伝いをしたジェフぐらいだと言う。
「次に光の矢」
手の平から光の矢が飛び出して地面に突き刺さる。
「あ、この間、獣を追っ払った魔法だ」
「そうだよ。私は戦ったことが無いから、この間はなんとか追い払うので精一杯だったけど、きちんと狙って当てられれば倒すことも出来るだろうね。数の多い群れが相手だと、また戦い方が変わるんだろうけど」
みんなだって戦ったことなんて無い。
でも、これから狩りをしていくなら、きちんと考えて戦えるようにならないといけない。
何より、自分を、仲間を守るためには知っておかなければいけない。
私も覚悟を決めないとな。
「次は光の壁」
私の目の前に、文字通り光の壁が現れた。
「これは防御の魔法だけど、ジェフたちの火魔法だと火の壁が出るから防御かつ攻撃にもなる。敵が突っ込んできたらダメージがあるから」
ジェフとコリーがうんうんと頷いている。
「次に光の支援」
私の体を淡い黄色い光が包む。
「これは支援魔法。敵からの光属性ダメージを和らげたり、こちらの光属性魔法の効果を上げたり、後は属性特性の効果を付与する。光属性なら、アンデッドへの効果や耐性が上がったり、魔法攻撃に少し強くなったり」
「火属性は? どんな特性?」
「私が火属性が無いからちゃんとはわからないんだけど、攻撃力が上がるとかだったと思うよ。ジェフが初級魔法を使えるようになったら特性が付くはずだから、そしたら調べてみようね」
「よし、わかった! 頑張るぞ!」
この魔法は仲間にもかけられるから、覚えるといろいろな場面で使えるよ、と伝える。
「次は、……出来るかな? 光の槍」
光の矢より太く長い、まさしく槍が現れて、ズドン! という音とともに地面に深く突き刺さった。
シーンと静まり返るみんな。
そして、私自身も迫力あるその光景に呆然としてしまった。
「つ、強え……な」
「うん……、俺らもアレが使えるようになるの……か?」
「ち、ちょっと怖かったね」
うん……、私もちょっと怖かった。ちゃんと練習しなきゃダメだな。
「えっと、これより上の爆撃と嵐があるんだけど、まだ私が練習してないし、どんだけ威力があるのか、ちゃんと制御出来るのかわからないのでやめておきます……」
みんなもこちらを見てブンブンブンと首を縦に振った。
「一応、他の属性だと闇の球、砂の球」
左右の手の平に紫の光の玉と茶色い光の玉が現れて、えいっと投げると地面を少し抉って消えた。
「それから、中級魔法になると威力が上がるので、輝きの球」
手の平の上には輝く光の玉が現れて、地面へ飛ばすと、ドンッ!と音がしてさっきより大きな穴があいた。
続けて、
「岩の球」
と唱えると、私の手の平の上の茶色い光が岩石に姿を変え、地面へ投げると、ドンッ! と着弾するとともに砕けて飛び散った。
「誰も当たらなかった?! 怪我してない?!」
慌てて確認すると、離れて見ていてくれたので欠片が当たった子はいなくてホッとする。
「……こういう風に中級になると威力が大きく、制御も難しくなります。使えるようになっても気を付けて使いましょう。……私もちゃんと練習するまで気を付けます。ごめんなさい」
ペコリと頭を下げ謝ると、
「ぷっ、クスクス」
みんなから笑いが洩れる。
「ふふ、でも気を付けましょうね。仲間まで傷付けたら大変ですから」
アンが苦笑しつつも真剣な声音で言うと、
「ああ、早く覚えたいけど、きちんと使えるようにするよ。訓練頑張ろう」
ジェフも真面目な顔で言う。
「うん、特に火魔法は強力だからね。山で使ったら火事になるかもしれないから。大きな魔法を使う時、気を付けてね」
「火事……、そうか。うん、わかった。まずは狙いやすそうな球と矢だな。確実に狙った場所に当てられるように練習しなきゃな」
「うん! 練習頑張ろうね。みんなもすぐだからね」
「はい!!!」
みんなから気合の入った返事が出た。
「闇のとくせー? はどんななの?」
ティナに聞かれる。
「あ、そうか。闇と土は教えられるね。
闇は状態異常攻撃……毒とか麻痺とかね。それに強くなるのと、物理攻撃、魔法じゃなくて殴ったり蹴ったりっていう力の攻撃ね。それに少し強くなるよ。
土は会心率と植物補正だから、たまに出る特別効く攻撃が出やすくなるのと、植物系のモンスターに強くなる感じかな。支援ではね。植物補正は普段の農業にも補正があると思うから、バズにぴったりだね」
なるほどー、とみんなが納得する。バズも嬉しそうだ。
「後は本で読んだ知識になるけど、火は攻撃力が上がるとか、風は素早さが上がるとか、水は運が上がるとかだったと思う。この辺はみんなで調べていこうね」
「では、お勉強の時間はこれで終わり!」
と言うと、キティとピノは、
「ヤスくん、遊ぼー!!」
と駆け出して行ったし、ティナとベルは早速近くの小山によじ登っていた。
他のみんなもキティたちを追いかけたり、滑り台を試してみたりと楽しそうだ。
こういう時間もいいなあとしみじみ思った。
子供は元気に遊ばないとね。




