第四十話 かあちゃんは物作りに夢中 その二
畑ではバズたちが麦の刈り入れと乾燥に精を出していた。
「調子はどう?」
声をかけてみると、みんないい笑顔で振り返る。
「うん! 順調だよ!」
魔法を使っての乾燥は有効だったらしい。
少し刈り入れては乾燥して、と徐々に進めているらしいが、みんな毎日の訓練で魔力操作に長けてきているので魔力も今のところ問題なさそうだ。
魔法で乾燥させると手早く、しっかりと乾燥出来るとのことで、順調に作業は進んでいる。
ピノも頑張ってくれている。
「ピノは魔法の使い方が上手いの。いい感じに風を流してくれて大活躍だよ!」
ルーシーに褒められて鼻をピクピクさせて嬉しそうだ。
「ピノもちゃんとできたお!」
「うんうん。すごいね。ありがとうね」
頭を撫でると、えっへんと胸を張って笑顔を見せてくれる。
ピノ以外の小さい子たちは、昨日収穫した畑の根などを片付けていた。ヤスくんもこちらを手伝ってくれていて、みんな楽しそうに一生懸命働いている。
「ヤスくんもみんなも頑張ってるね。ありがとう」
声をかけると、とびっきりの笑顔で、任せてよ! と返ってくる。
どちらもバズがしっかり監督してくれてるようで安心だ。
「モモは? 作業は進んでる?」
「手伝うことある?」
「せっかく頑張ってるところ邪魔して悪いんだけど、ジェフ、かまどに火を入れてくれない?」
「なんだ、そんなことかよ。お安い御用だぜ」
「お昼の準備? 手伝おうか?」
ルーが言ってくれる。
バズからもこちらは大丈夫だからと言ってもらえたので、ルーには手伝ってもらうことにした。ユニは乾燥役なので手が離せない。
「それじゃあ、みんなも頑張って。必要なものがあったら遠慮しないで言ってね」
調理場に向かい、ジェフに火を入れてくれたお礼を言うと石焼き鍋を火にかける。
「今日のお昼は焼き芋?」
「ううん。栗を焼こうかと思って。小石を集めるの手伝ってくれる?」
ルーと二人、近場で小石を集め、鍋に入れて温めておく。
食料倉庫から栗を運び出し、土魔法でナイフを二本作って栗に切れ目を入れていく。
「切れ目を入れないと爆ぜちゃうから、怪我しないように気をつけてね」
「わかったよ、任せて」
ルーはナイフ使いが上手く根気もある。
爆ぜないようにナイフの先をちょっと突き刺して切れ目を入れるだけなのだが、数が多いから非常に面倒な作業だ。それをルーは嫌な顔一つせず、黙々とナイフを刺し続けている。
大量の栗の下ごしらえが終わると、液糖の瓶を差し出す。
「じゃーん。ルー、ちょっと舐めてごらん」
蓋を開け、中の液体を見せると、ルーは人差し指をちょんとつけてから口に含む。
「……! 甘ーい!」
ふにゃっとした笑顔になり、ほっぺを押さえて身悶える。
「これってお砂糖?! 作れたの?!」
うんうん、嬉しいよね。私だって嬉しい。
「うん! 他にも調味料をいろいろ作ってみたから、後で説明するね。お料理がもっと楽しくなっちゃうよー」
「うわあ、楽しみー!」
液糖を絡ませた栗を、ちょうど良く熱せられた石焼き鍋に投入する。
土魔法でサラダサーバーより大きいようなフォークを作り出し、小石と栗をザラザラと混ぜる。
森で作った時、お芋の蜜が絡んだ栗は焦げずに美味しく焼けていたので、液糖を絡ませてみたんだ。
これで上手くいけば、貯まった栗も焼き栗にして保存出来るかもしれない。このお昼はそのお試しでもある。
それからサツマイモを持ってきて、太めのスティック状に切っていく。
「お芋も切ってから焼くの?」
「これは油を作ってみたから揚げてみようと思って」
「うわあ! 油も?! 揚げるってどうやるの?」
村では油も貴重品だから、揚げ物なんて知らないんだろう。
「多めの油で焼く……煮る? んだよ。後で一緒にやってみようね」
初めての調理法にルーはワクワクしていた。
こちらも大量に切ったお芋は塩水に漬けておく。栗の鍋を時々かき混ぜながら作業を進める。
今度は大豆を取ってきて、土魔法でボウルとピッチャーをいくつか作り出した中へおからと豆乳に分けて作り変える。
「すごい! 魔法だとあっという間だね」
ルーが感心している。
「今日はこのまま飲み物で出すけど、今度ヨーグルトの作り方教えてね」
「もちろん! これならいつでも簡単に作れるからいいね」
おからは夕食の時に使うとして、後は栗が焼ける頃にお芋を素揚げしていけばいい。
「広場を広げたいんだけど、その間、栗を混ぜるのをお願いしてもいい?」
「大丈夫。時々これで混ぜるだけでしょ?」
ルーに頼むと引き受けてくれたので、焼き上げるまでの時間にもう一仕事してしまおう。
今は三十m四方の広場に調理場と干し台や物干しが置かれ、畑が作られている。だんだんと畑を増やしてこちらは畑と作業の場所にしたい。
だから、運動場と言うか遊び場と言うか、そういう目的の広場を増やしたかった。
今ある畑用の広場の東隣に、さらに三十m×五十m程の土地を広げる。
畑の方も含めて周囲をぐるっと廻れば、一周二百mくらいになるから、走り込みの訓練にも使えるだろう。
こちらの地面は転んでもいいように、あまりガチガチに固めないようにする。岩山を切り出した壁の部分は崩れないようにしっかり固めておく。
落ち着いたら遊具とかも作ってあげたいな。
今はせめてものという程度に、四方に小山を作って、斜面を滑り台のように滑り降りて遊べるものだけ作っておこう。小山をよじ登って滑り降りるだけでも少しは楽しめるだろう。
今日のようにいろんな道具が増えれば物置も手狭になるだろうから、干し台をしまう部屋を遊び場側に別に作れれば干し台の数ももっと増やせるな、などと考えながら調理場へ戻ると、焼き栗がいい感じに焼けてきたと告げるような、甘く芳ばしい匂いがする。
「ルー、ありがとう。そろそろお芋を揚げようか」
「モモー、甘くていい匂いがしてたまんないよー」
ルーが涎を垂らしそうな顔で栗を混ぜている。
栗の方は火から下ろし、後は熱せられた石で焼いていける。
かまどにはさっき作った中華鍋を三つ並べ、貯蔵室から油と醤油を持ってきて多めの油を火にかける。
塩水から上げ、水分を拭き取ったお芋を温まった油に入れていく。
「油がはねるから気をつけてね」
ジュワーッと良い音をたてるお芋をじっくり揚げていく。
土魔法でバットを作り、油を切る準備もしておいた。
美味しそうな黄色く揚げられたお芋を、土魔法で作った菜箸でつまんではバットへ取り上げていく。
「うわあ、モモ器用。そんな棒二本で上手く掴むねえ」
箸を知らないのでそんなことで褒められたりする。
「慣れれば簡単だよ」と言うと、「私も使えるようになりたい!」と拳を握り締めている。
うんうん、練習しようね。
きれいに揚がったお芋を一本、真ん中から割ってみると、ふわっと湯気が上がり中まで黄色く色付いていた。
ルーと半分ずつ、ちゃんと揚がっているか味見してみる。
「はふっはふっ、お、おいひーい」
熱々のお芋はホクホクして甘くて、上手に揚がっていた。
「うん、良く出来てる。この調子で揚げてくよ」
大量のサツマイモスティックを次々と揚げていき、油が切れたお芋は鍋に入れて液糖と少しのお醤油を混ぜたものに絡ませていく。
なんちゃって大学芋だ。
ルーも恐々、揚げ物初体験をしていたけど、だんだん手慣れてきている。料理の感覚とか感性が飛び抜けているよね。
お芋を素揚げしただけの油はまだまだきれいなので、全て揚げ終わった後は火から下ろし取り置く。夕食にもまた使おう。
「みんなー! 一休みしてお昼にしようー!」
畑にいるみんなに声をかけると、ちょうど乾燥が終わったところだと言う。いいタイミングだった。
畑から戻ってきた子たちが、新しく付いた扉に気付き、おーっとかうわーとか声をあげてた。
みんなが手や顔を洗いに行っている間に、お芋と栗をお皿に取り分ける。栗はまだ熱々で素手では触れないので、トングを作った。軍手も欲しいね。
カップには豆乳を注いでもらい、戻ってきた子たちが運んでくれる。全て運び終え、みんなで席に着く。
「みんな、午前中は大活躍だったね。ご苦労さまでした。私もいろいろ作ることが出来たよ。扉は見てくれたよね」
「おお! すっげーな、あれ」「見た、見た」
「ありがとう。他にも調味料を増やしたりしました。その中の一つ、液糖……お砂糖の仲間だね、を使ってお昼を作ったよ。食べてみて下さい。では、仲間と森と大地と精霊様に感謝して、いただきます」
「いただきます!」
甘い匂いに待ちきれなかったようで、みんな次々に手を出す。
「あっついから気をつけて!」
「あちちっ!」遅かった。
「はふはふ、甘ーい!」
「あっちーけど美味い!」
「栗は切れ目のところからパカッと割れるから」
まだ熱いので手拭いで包んでぐっと力を入れると皮がきれいに剥ける。
みんなも真似して栗を剥くと、
「わあ、簡単に剥けた」
「ポクポク美味しーい」
疲れた体に甘いものは格別らしく大好評で良かった。
「このお芋と豆乳の組み合わせはすごく良い!」
「早く他の調味料も見たいよー!」
ユニとルーは興奮してる。
ヤスくんも最初はマリーに栗を剥いてもらってたけど、コツをつかんで自分で剥けるようになってる。
だんだんみんな無言になり、黙々と栗を剥いては口に放り込んでいる。
「午後の予定は……」
うん、今は話し掛けてもダメだね。私も食べよう。
大学芋は水飴のようなトロッとした感じにはならなかったけど、甘い液糖とちょっぴり香る醤油の風味が絶妙で、思わずパクパク食べてしまう。胸につかえそうになるが、豆乳でぐぐっと流し込む。豆乳の香りが醤油の香りと混ざり合いなんとも言えない美味しさだ。
栗も甘く、芳ばしく、いくらでも食べれてしまいそう。焼き立ての甘栗って止まらないね。こりゃ、無言になる美味しさだわ。
時々、豆乳を飲むとパサつきそうな口の中がまろやかになり、また次に手が伸びてしまう。止まらない。
みんなで夢中で食べた。
お皿が空になり、お腹もくちくなったところでやっと、
「ふーっ、美味かった」
「甘いの、すごいおいしかったの」
「美味しかったねー」
「とろけちゃいそうでした」
みんなの口から言葉が出るようになった。
お茶を飲みながら午後の予定を話す。
「畑の方はどんな感じ?」
「乾燥までは終わったから、後は片付けたり、収穫した麦をしまったりだよ」
「魔力は大丈夫だった? 麦はもう食料に回せそう?」
「俺たちは大丈夫だぜ、なあ」
「うん、まだ余裕あるよ」
「麦は種としてはまだまだ増やしたいけど、せっかくの収穫だから半分くらいなら食べてもいいんじゃないかな? これからどんどん増やしていけばいいんだし」
「うわあ、それは嬉しい! みんなも魔力の使い方上手くなったもんね。すごいねー! じゃあ、今日の夕食は麦を使わせてもらおう。頑張ってくれたみんなに美味しいもの食べてもらわなきゃ」
やったー! 麦だー! とみんな大喜びだ。今はお腹いっぱいなはずなのに、それとこれとは話が別みたい。
「今日は大きい畑一枚分の小麦だったけど、もっと増えても乾燥出来るかな?」
「俺は魔力はまだまだいけるけど」
「私は半分くらいは使っちゃった」
「オレもだ」
「私も」
「ピノへーきだお」
「みんな訓練頑張って毎日成長してるから魔力量もどんどん増えてくし、だんだんと増やしていけばいいのかな? ピノはすごいねー」
「うん、それに刈っちゃった麦はすぐ乾燥させなきゃいけないけど、魔力が足りなくなりそうならそこまでにして、次の日に続きを刈るようにすればいいんだから大丈夫だよ」
「訓練と遊び場用に広場を広げたから、畑や干し台も増やそうかと思ったんだけど。麦用の物干しも増やした方がいいかな?」
「……モモはまたそうやって無理をする! だんだんと様子を見ながら増やしていけばいいんだよ。今日だって結構いろいろ作ってくれたでしょ? モモの方こそ魔力大丈夫? 無理してない?」
う、バズに言われてしまった。
「う、うん。結構使っちゃったかな……? アハハ。でも平気」
「平気じゃありませんよ。ももちゃんは魔力量にまかせて頑張り過ぎるとこありますから。いろいろ作ってくれるのは嬉しいですけど、ゆっくりでいいんですからね」
アンにも言われてしまった。みんなも、そうだぞ! 無理しちゃダメ! と口々に言う。
「わかった。ありがとう。みんな優しいね」
素直に反省して程々にしよう。
「でも、だんだんと作ってくから、欲しいものは言ってね」
「ごちそうさま」をして昼の片付けをし、午後の仕事に入る前に作った物を見てもらう。
昨晩作った櫛、ホウキ、魚取り網、農具に調理器具、ハサミ、明日持って行くカゴ、ドア、そして地下室と調味料の数々。
みんなそれぞれ興味のあるものに食いついて、うわあ! と声を上げる。
「こんなにいっぱい作ったのか……」
「ホント、モモは……」
ジェフとルーシーは呆れ顔だ。マークとコリーも苦笑してる。
「この大きなブラシは狼さん用。中くらいが人用、小さい櫛はヤスくん用なんだ」
「嬉しいです。みんな、後で髪を梳かしてあげますね」
アンと女の子たちが喜んでいる。ヤスくんも。
「こっちのホウキが外用で、こっちは中用だよ」
「コリー、この魚取り網使えそう? 今度使ってみて、使いづらいところを直していくから。感想教えてね」
「このハサミは重くって。こっちので羊毛を集めたいと思ってるんだ」
「この小さいカゴはキティとピノのだよ」
「油に液糖、塩、酢。これは醤油と味噌。ワインも作ったから、いろんな味付け出来ると思うんだ。調理器具も増えたけど、他にも必要なものは言ってね」
「バズ、農具の調子はどうだった? 直すところある?」
次々に説明を続けていくと、
「はあ……」
バズとアン、マリーまで苦笑交じりでため息をついた。
「反省、してませんね」
「モモが楽しそうだから、仕方ないね」
「無理はしないで下さいね」
…………。
ごめんなさい。
程々に頑張ります。




