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第一話 かあちゃんは異世界に生まれ落ちる



 暗い場所に私はいた。


 その時は水に浮いているような不思議な浮遊感と、ザーザーという波のような、なぜだか安心できる音が響き、とても心地良かった。


 ある時、部屋が狭くなった感覚があり、それは定期的に続いた。


 不意に、強い力に流されるように、狭い、狭いトンネルへと押しやられた。


 そのキツい程のトンネルの中を少しずつ(にじ)り進んでいるのだが、とにかく辛い、苦しい。体が潰されてしまいそうに狭いものだから、息もできない。


 早くここから出たくて、ほぼ一定の間隔で波のように押し寄せる強い力に抗わないように、体を少しずつ回転させながら先へと進む。


 もうダメ、苦しい。肺も押し潰され、空気がからっぽ。これ以上耐えられない、と思った時、一際強い力に押し出され、明るい空間へと飛び出した。


 思わず叫び声をあげた自分の声に驚く。


「おんぎゃあー、うんぎゃー!」


 声をあげたことにより、肺の中が空気で満たされ、いろいろな感覚が働きだす。


 思い出した……。私は転生したんだ……。


 今までの一連の出来事に合点がいった。私、二人出産しているからね。


 そう、出産。


 ――私は今まさに異世界に産まれ直したんだ。



 ◇



 どのくらい時間が経ったのか。私は今、多分ベッドに寝かされている。


 産まれたての赤ちゃんだけど、前世の記憶そのままの私は妙に冷静だった。


 本当に赤ちゃんから、お母さんから生まれるところからやり直すんだ……。


 何しろ、生まれたばっかりで、目もまだよく見えない、喋れない。体も上手く動かせない。耳は聞こえるので近くに誰かいるのはわかるが、何が出来る訳でもない。


 今の私に出来るのなんて、考えることだけなのだ。だから、ゆっくり今の自分を理解しようと思うんだけど、それすらもいまいち上手くいかない。


 ……眠いんだ。


 ちょっと考えごとをしていると、すぐ眠くなる。


 そういえば、赤ちゃんって、三時間毎にお腹すかせては、おっぱい飲んじゃ寝てたっけ……


 自分の子育てを思い出して、諦めた。


 まだ体力がなさすぎる。一カ月程はお腹がすいて泣いて、お尻が気持ち悪いと泣いて、なんとなく不快を感じて泣いて、おっぱい飲んで寝るの繰り返し。

 せめて少しは長く起きてられるようになるまで、赤ん坊として、赤ん坊らしく過ごすしかなさそう。


 そうやって一日の殆どを寝て過ごし、少しずつ私は成長していった。



 ◇



 目が見えるようになり、あーあー喃語が喋れるようになり、寝返りが打てるようになり、一人でお座りが出来るようになり、少しは考えごとが出来るくらいには起きていられるようになった頃、半年程の時間が過ぎていた。


 そうして周りの様子を窺ったり、考えごとが出来るようになったことで、気付いたことがいくつかある。


 まず一つ目は、いつも私のお世話をしてくれる女性。

 おっぱいをくれるから当然母親だと思っていたデイジー。彼女は乳母だった。

 現代日本で思われがちの『メイドさんはメイド服』ではなかったので気付けなかった。


 簡素な生成のブラウスに草色のスカート、黄ばんだエプロンを着けていて、茶色い髪を頭の後ろでまとめていた。


 最初、私はこの人が母かと思ったのだが、話しかける内容が、


「ももお嬢様、お腹すきましたね」

「ももお嬢様、キレイキレイしましょう」

「お嬢様、お着替えですよ」

 などなど。


 母親が娘をお嬢様とは呼ばないよね。


 ちょっとショックだった。


 だって、生まれて半年経つのに、私は彼女しか見たことがない。


 母にも、父にも、いるのか知らないけど兄弟や親戚、お客様も。

 誰も私に会いに来ない。


 私の世界は、この小さなベビーベッドのある部屋と、デイジーただ一人なのだ。


 お嬢様と呼ぶ乳母がいるからには、そこそこ良い家に生まれたんだろう。

 でも、そこそこだ。

 私のいる部屋はとても簡素だし。


 たった一つの窓の外には、伸び放題の木が視界を塞いでいて、灯りは夜の授乳の時に点ける蝋燭一つだけ。

 昼でも薄暗いこの小さな部屋には、いつも私がいる古ぼけたベビーベッドと食事に使う小さなテーブルと椅子が一つ。クローゼットやタンスなんてなくて、隅に木箱が一つ。私の着替えやおむつなんかがしまわれている。

 絨毯どころか床に敷物一つ敷いていなくて、剥き出しの木板のままだし、もちろん子供用のおもちゃなんてものありゃしない。


 きっと貧乏領主か何かであろう。


 会話の出来ない今の私が推測出来るのはせいぜいこのくらい。まあ、追々調べればいいし。


 二つ目。

 先ほどのデイジーのセリフより、自分の名前がモモであることがわかった。


 なんという偶然!


 私の前世の名前は桃子。

 天の意思様の粋な計らいなのかしら?

 おかげで違和感なく、モモ、と呼ばれて反応出来る。お嬢様には慣れないけど。


 三つ目。

 そんな訳で、まだまだ何が出来る訳でもない私は、自分を観察するくらいしかやることがなかった。


 握って開く、振り回すがせいぜいの小さい手。鏡を見たことがないから顔形はわからない。元気にジタバタ動く足。

 現代日本と比べちゃいけない、あまり肌触りの良くない簡素なベビー服。手が出るところが開いていて、前合わせの布を巻きつけられてる程度のものだ。


 外見で観察出来るのなんてこんなわずか。と、なると、自分の内側に興味が移る。

 そう、発見してしまったのだ。暇を持て余していた私は、自分の中を巡る何かを。


 きっと、これが魔力。


 まだ魔法は使えないけど、それに気付いてから私は、注意深くその力を感じることに精を出し、少しずつだけどその力を集めることも出来るようになった。

 寝返りやお座りの時に、その力がほんの少し補助してくれてる気がする。


 どうせ他にやれることなんて無いんだから、この力を使う練習を続けていれば、そのうちハイハイ出来るようになりそう。

 きっと普通より早めに、おしゃべりやあんよも出来るようになる。


 もうしばらくは、これを頑張ろうと思う。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 甘かった。


 一歳になり、ヨチヨチ歩けるようになり、食事だっておっぱい、離乳食を経て人並みなものを食べれるようになっても、私の行動出来る範囲はこの部屋の中だけだったし、デイジー以外を目にすることはなかった。


 ちなみに、私の食事はお芋の蒸かしたのとか、少しのくず野菜や木の実。豆のスープが付くことがたまにあるくらい。

 やっぱりウチはあまり裕福じゃないっぽい。



 ◇



 一歳半、二歳と、だんだんお話も上手になり、わざと辿々しい感じでデイジーと会話するようになっても同じだった。


 ここには絵本なんて無いし、デイジーにせがんで話してもらう妖精や勇者なんかが出てくるお伽話くらいしか娯楽も無いし、情報も得られない。


 魔力らしきものの操作ばかり上手くなっているが、相変わらず魔法は使えない。


 使っているところを見たこともないので、使い方もわからないのだ。


 このままじゃ詰まらなすぎる。


 何かもうひと頑張りしてみよう。


「お話に出てきた魔法ってなぁに?」

「お父さん、お母さんってなぁに?」

「ここのお外はどうなっているの?」


 などなど、デイジーが辟易するくらいに質問責めにしてみた。


 毎日、毎日、繰り返すうちに、少しずつデイジーから話しを聞くことが出来るようになった。


 最初ははぐらかされていたけど、一年掛けて少しずつ聞き出した話や、デイジーが私が寝ていると思ってうっかり呟いちゃった愚痴、口を滑らせた少しの真実を組み合わせて考える。



 我が父という人は、地方の領主であるらしい。見栄っ張りで金遣いが荒く、自分たち以外に金を掛けるのが大嫌いなケチ野郎。

 民たちから毟り取った金で贅沢しているらしい。


 百パーセント真っ黒、悪徳領主だった。



 私には兄がおり、父と母は兄だけを可愛がっており、産まれたての私が女だった時点で興味をなくした。

 一応、将来、政略結婚などに使えるからメイドに育てさせてはいるけど、私にはできるだけお金をかけたくないし、別に顔も見たくないからこの部屋に閉じ込められてるみたい。



 もうすぐ、春になると私は三歳になるんだけど、そしたら乳母のデイジーは解雇されるらしい。


「三歳にもなれば自分の世話は自分でやれ。メイド代がもったいない」という考えらしい。


 三歳の誕生日からは、この屋敷の中だけなら行動範囲が増えるみたいだけど、デイジーとお別れしなければいけないのが悲し過ぎる。デイジーはもともと、三歳になるまでの契約なんだって。


 そうなると頼れる人は誰もいなくて、自分で厨房に行って食べる物を分けてもらったりして生きていかなきゃいけないらしい。


 夜中になると「お可哀想に……」とデイジーは毎晩泣いている。


 追い出される訳じゃないならなんとかなるとは思うけど、やっぱり寂しいよ……。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 春がやってきて、三歳の誕生日がきてしまった。


 デイジーは泣きながら私を抱きしめて、


「お守り出来なくてすみません。モモお嬢様に精霊様のご加護がありますように……」


 と言って、去って行った。


 精霊様の加護か……。

 あるけどこんな状況なんだけど。


 デイジーが去ったあと、私もしばらくは泣いていたけど、そんなことしていられなくなった。


 日が昇る頃起きて、誰かが着古したズタ袋のようなワンピースに自分で着替え、井戸に行き顔を洗い、髪を整え(最近やっと髪が伸びて自分が黒髪であることがわかった)、それから厨房へ行く。


 何かしらお手伝いをすることで少しの食べ物を与えてもらえることになっていた。


 私をお嬢様と呼ぶ者はいない。扱い辛い存在のようで、話しかける者もいない。


 蒸かし芋のみの少しの朝ごはんを食べたら、昼のお手伝いまではあまり人の目に触れないように、皆の邪魔にならないように過ごす。

 最初のうちは部屋でぐずぐず泣いていたけど、ある日、昔、父が書斎に使っていたという部屋を見つけた。


 今は家族たちは見映えのいい新館の方で暮らしていて、私のいるここは古臭い旧館らしく、お客様なんてもちろん来ないし、使用人の住まい兼、仕事部屋兼、物置みたいな扱いだった。


 旧館の書斎だった部屋には古くてボロいけど本が何冊もあった。

 新館の方には豪華で立派に見える本を揃えているんだろう。


 私は空いた時間はここで魔法の本や植物やモンスターの図鑑、この国の地理や制度なんかの本を読み勉強していた。

 三歳だけど翻訳先生のおかげで本が読めたのはラッキーだった。


 おかげで私は、生まれたここがプレシード国の南西にあるザイル村という場所だということ、一カ月が三十日で十二カ月あり、一年が三百六十日であること、私は春生まれだけどそれで春が誕生日なのではなく、厳しい冬を越した春にみんな一律に年をとることなど、いろいろを知った。


 昼も厨房に行って、薪割りや水汲み、荷物運びなどのお手伝いをする。基本、昼ごはんはもらえないが、たまに固くてパサパサしたパンの欠片を貰える時もあった。


 その後はまた勉強して、夕もお手伝いして少しのくず野菜と豆の入った味の薄いスープで食事をとり、井戸からタライに水を汲んで部屋まで運び、体を拭いて着ていた服を洗い干してベッドに潜る。


 眠るまでは魔力を操る練習を続ける。ずっと続けているとそのうち力が抜けたようになって、いつの間にか眠れるのだ。


 独りぼっちの真っ暗な部屋で眠る寂しさはこうやって乗り越えた。


 そうして、また朝が来て、同じ毎日の繰り返し。


 生きること、学ぶことに一生懸命で、私はいつの間にか泣かなくなっていた。

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