第三十六話 かあちゃんは新しい家族を紹介する
朝、目覚めると、胸に小さな温もりを感じ、昨日のことを思い出した。
私が身じろいだせいで起こしてしまったようだ。
まだ寝惚け眼のおサルに、
「ヤスくん、おはよう」
と声をかけると、
「……ああ、かあちゃんだ。……おはようってなんだ?」
だんだん頭がはっきりしてきたようだ。
「朝の挨拶だよ」
「そっか、おはよう、かあちゃん」
良く出来ました、と頭を撫でると嬉しそうにする。それをジッと見つめる視線。
「キティおはよう。早いね」
キティはおサルが気になって早く目覚めてしまったらしい。
「モモと寝てたの? おサルさんさみしかったの? あ、おはようモモ」
「夜、目が覚めちゃったみたいでね。一緒に寝たの。おサルさんの名前はヤスくんだよ」
「ヤスくん、おはよう。私はキティ。一緒に遊ぼ?」
「キティか。おはようキティ。これからよろしくな」
「……! ヤスくん、おしゃべりできるの?!」
「え? キティにもわかるの?」
どうやら博愛は周囲のみんなにも効果があるようだ。これは嬉しい。
「ヤスくんは家族の一員になったから、お話し出来るようになったんだよ」
「すごい! 嬉しい! ヤスくん、仲良くしてね」
はしゃぐキティに戸惑いながらも、ヤスくんも嬉しそうだ。
「ヤスくん。抱っこしてなでなでしてもいい? ダメ?」
「え? し、しょうがねえな。少しだけだぞ」
恥ずかしそうにキティの膝の上に乗る。
そっと抱えて背中を撫でるキティと、ちょっと照れながら気持ちよさそうに受け入れてるヤスくん。仲良くなれそうだね。よかった。
「あー、キティいいな」
どうやらみんなも起きだしたようだ。
「みんなおはよう。新しく家族の一員になってくれたヤスくんです。仲良くしてあげてね」
「ヤスくんお話し出来るんだよ。頭良いんだよ。ね、ヤスくん」
キティに促されヤスくんも挨拶する。
「あの……、家族になりました。これからよろしく」
うわあ、と喜ぶみんなと自己紹介を交わしていく。
「ジェフだ。にーちゃんだぞ。よろしくな」
「ピノだお」
「ジェフにーちゃん? ピノ? オイラはヤス。よろしくな」
順にみんなと言葉を交わし、少しずつ打ち解けていく。
「……これも精霊様のお力なんでしょうか?」
少しあきれたようにアンに言われた。
「ふふ、そうだね。精霊様のおかげだね」
二人で目を合わせ、ふふふと笑い合う。
「やっぱり精霊様は素晴らしいです。ありがとうございます」
祈りを捧げるアンの隣で私も一緒に感謝する。
「私はマリーよ。よろしくね。ヤスくん、おうちの中を案内しましょう。ついてきて下さい」
マリーも嬉しそうだな。
「マリーねーちゃん頼む!」
ヤスくんがマリーの肩に跳び乗ると、目をまん丸にしてからふにゃっと笑った。
みんなでぞろぞろと、ここがご飯を食べるところ、こっちがトイレと顔を洗うところ、と家の中を進んでいく。
洗面所ではみんなで顔を洗って見せ、使い方を教える。
教えられたヤスくんはトイレや洗面所を理解したようだ。
ホントすごい頭良いね。みんなの名前とかもそうだけど、教えればどんどん吸収していく。猿が森の賢者って呼ばれるのも頷ける。
食料倉庫に入ると、果物や木の実に目を輝かせていた。
「ここが食べ物を貯めておくところ。これから冬が来るから、ここにいーっぱい食べ物を貯めたいの。ヤスくんも手伝ってね」
ルーシーに言われて、少し考えたヤスくんは、
「わかったよ、ルーシーねーちゃん。冬は食べ物が減るから先に集めておくんだな。オイラも頑張るよ」
いや、ホント理解力すごいね。
「あ、これ! この前くれた美味い実だ!」
梨を見つけたヤスくんがはしゃぐ。この辺には無い実なんだそうだ。
「こっちもオイラ知らない。これ何?」
「こっちは梨。これはアケビだよ、これも甘ーいよ」
ルーが教える。
「今日の朝ごはんは梨とアケビにしようか」
ユニが言うと、ヤスくんの瞳がキラキラと輝く。それが微笑ましくて、みんなも賛成した。
朝ごはんの果物も運びつつ、資材倉庫にも案内する。
「なんでこんな草や木を集めてんだ?」
「これは、いろんな道具を作ったり、火をつける燃料にしたりするんだ」
「畑に使ったり、布を作ったりもするんだよ」
マークとバズが説明する。
「道具……、畑……、燃料……。わかんねーな。マークにーちゃん、バズにーちゃん、教えてくれるか?」
「ごはんを食べたら、いろいろ見せてやるよ」
居間に戻って席に着く。
果物を切って戻ってくると、みんなもカップに水を用意したりしてくれていた。
「こういう風に座ってみんなでごはん食べるんだよ」
「こうやってカップにお水汲んで飲むんだよ」
ベルとティナも教えてあげてるようだ。
「そうだ。ヤスくんのイスやカップも作らなきゃね」
土魔法で赤ちゃんが座るような小さなテーブル付きの背の高いイスと、ヤスくん用の小ぶりなカップを作ると、
「汲んできてあげる!」
ピノが走っていき、水を入れて持ってきてくれた。
ヤスくんはいきなり現れたイスに目をまん丸にしていた。
ヤスくんを抱き上げ、イスに乗せて、目の前のテーブルに水と果物の載ったお皿を置く。一応、みんなと同じようにスプーンとフォークも小さめのを作ってきて並べた。
ヤスくんはすぐに手を出そうとせず、みんなの様子を窺っている。
みんなも席に着き、食前の挨拶をする。
「みんなおはよう。家族が一人増えて、今日も良い一日になりそうです。今日の予定は畑のお世話。私とコリーは鉱石の採掘に行く予定です。進み具合で余裕があれば、午後は林に行ければいいと思うけど。みんな、今日もよろしくね。では、家族と森の恵みと精霊様に感謝して、いただきます」
「いただきます!!」
「いただきますってなんだ?」
「ごはんを食べる前の挨拶ですよ。用意してくれた人や、実りを育み分けてくれた森や大地、それから力を与えてくれ、いつも守ってくれる精霊様にありがとうの気持ちを籠めて言うんですよ。美味しいごはんを今日もありがとうございます。大切にいただきますねって」
アンが丁寧に説明してくれると、ヤスくんは、
「いただきます」と真似した。
ちゃんとわかったようですごい。
それから、私が口を付けだすのを見届けてから、自分も食べ始める。
「うまい、うまい」と梨を食べるヤスくんを見て、みんなもほっこりしながら果物を食べる。
みんながスプーンを使ってアケビをほじって食べているのに気付いたヤスくんは、自分のスプーンを見つめると、ぐっと握って真似してアケビをほじった。
クリーム状の熟れた甘いアケビを口に入れ、
「うわあ、これもうまい!」
とびっくりしている。
一発でスプーンが使えるヤスくんに私はびっくりだ。
「ヤスくん、すごいね。本当に頭が良いんだね。スプーン使えるんだ!」
「オイラ、かあちゃんに名前をもらってから、なんかいろんなことが良くわかるようになったんだ。だから、もっといろいろ教えて欲しい!」
あ、名付けの力か! たしかポチくんが大きな力を得たから更に強くなるって言ってたっけ。ヤスくんは更に頭が良くなったのかな? すごいね。
ヤスくんにごちそうさまも教えて食事を終え、片付けをして外に出る。
一日で麦は金色に色付き、重そうに頭を垂れていた。
干し台を物置から出してきて並べたりしながら、みんなでヤスくんに道具や畑のことなんかを教えている。
私は採掘の準備で、荷車やネコ車、腰カゴに葦袋、水筒などを用意していた。
「これが畑。食べ物を自分たちで育てて増やすのか。これが道具。草を取ったり、運んだりしやすくなるように作ったんだな。こうやって干したら食べ物が長持ちするんだ」
ヤスくんはどんどん知識を吸収しているようだ。私が袋を見せて、
「草や木から布を作って、こういう袋や私たちの着ている服、寝る時に掛けた肌掛けなんかを作るんだよ。木はあそこにあるかまどにくべて燃やすことで温かくて美味しいごはんを作れる。冬になったら家の中で火を焚いてお部屋を暖めるのにも使うからたくさん集めるんだよ」
「そっか。冬は寒いからこういうのであったまるのか」
「この布じゃ寒いから、もっと温かい布を作りたいんだ。ヤスくん、羊って知ってる? モコモコの毛皮の生き物なんだけど」
「モコモコ……わかる! 知ってる!」
おお、これは! 良い情報が聞けそうだ。
「モコモコの動物も、モコモコが生えた木も知ってるぞ!」
「さすがヤスくん! 名助手だね。今度教えてね!」
「へへっ、任せとけ!」
モコモコが生えた木はよくわからないけど、繊維質の木なら使えるかもしれない。やったー!
「モモ、午前中僕らは芋と大豆の収穫と麦の刈り入れをしているよ。昨日収穫した芋と大豆の畑に次の麦の種蒔きもしたいんだけど、採掘に行く前にお願いしてもいいかな?」
「もちろんだよ、そうしよう。麦の種蒔きを終えてから別行動にしようね。バズ、畑のこと任せちゃうけどお願いね」
「小さい畑には大麦を、大きい畑には小麦を増やしてみるつもりなんだ」
とバズに気合が満ちている。
まずは葦袋を持ってきて、物干し台に干してあった小麦と大麦を藁と麦の実に分けなくちゃ。
魔法を使うと、藁は大きな葦袋に、麦の実はそれぞれ小さな袋に分かれて収まった。
倉庫に行き、肥料用とサツマイモの保管用のオガクズを作り、袋詰めにしておく。
いよいよ木材の量が心許ない。林に行く時は、年長組に同行してもらって、大変だけど多めに木材を集めよう。
オガクズを持って畑に戻ると、みんな集まっていた。みんなに見守られる中、さっそく取り掛かるとしよう。
まずは大豆畑と芋畑だった畑の傍に穴を掘る。それから頑張ってくれた畑を掘り返し、それぞれ残った枝や根、蔓などを集め、穴に入れていく。これはみんなも手伝ってくれたので手際良く出来た。
オガクズを足したそれぞれの穴の前で跪き、小麦、大麦がすくすく育つ様をイメージしながら、
「食べられない枝葉も我々の糧に……」
と祈りつつ魔法を発動させる。
「大地よ、その慈しみをもって、我らにお恵みをお与え下さい」
穴が光を放ち、肥料が出来上がった。
次に畑に向きあい、またそれぞれの作物が育っていくイメージをし、
「実りを与えてくれた大地にまた麦を育てる力を……」
と祈りを捧げてから呪文を唱える。
「大地よ、その慈しみをもって、癒しをお与え下さい」
空から降り注ぐ癒しの光を受け、掘り返された土地はまた肥沃な畑へと戻っていく。
ふう、と一息つき、精霊様に感謝する。アンもその場で跪き、祈りを捧げている。
私たちの姿を見て、子供たちも口々に「精霊様ありがとう」と感謝していた。
その一部始終を見ていたヤスくんは、しばし考えていたようだったが、私の隣にやってきて真似するように手を組み、目を瞑ると、「ありがとう」と心を籠めて呟いた。
「ヤスくん……」
目を開けたヤスくんは、じっと私の目を見つめてから、
「ここには守り神様がいるんだな。いただきますの時言ってた精霊様が恵みを与えてくれるんだ。うん、わかった。幸神様のお話しだ」
「幸神様って?」
ヤスくんが小さい頃、お母さんに繰り返し聞いたお話しだそうだ。
幸神様は山の神様で、山に恵みを与えてくれる。山に住むおサルたちの守り神だそうだ。
幸神様は欲張りを嫌うので、慎ましく暮らし、みんなに優しくするものには恵みを与えてくれる。欲張ったり、冷酷な行いをすると、幸神様の使いの虫が見ていてバチが当たるという話しだ。
「だから、いつもありがとうの気持ちを忘れずに、優しい心を持ちなさいって……」
少し寂し気な遠いどこかを見る瞳をしてそう言った。
「……そうだね。ヤスくんのその優しい心が私たちを引き会わせてくれた。幸神様とお母さんにも感謝しなきゃね。……ありがとうございます」
「うん、かあちゃん、幸神様ありがとう」
ヤスくんは二カッと笑うとピョンピョン跳ねてみんなの元へ戻っていった。
「幸神様か……」
人間の間にもそんな話しがあって、みんなが優しくなれればいいのに。
さて、ここからはまた力を合わせて作業だ。
肥料を畑の土に混ぜ込み、種麦を蒔いていく。バズが上手く仕切ってくれて、畑に幾筋もの麦が蒔かれていく。水を撒いたら種蒔き終了だ。
私はまた、それぞれの畑の前に跪き、
「この麦たちの成長をお導き下さい……。我らに日々の糧をお与え下さい……」
と祈りながら、空へぐんぐん育つ青い麦を、金色の実をたわわに蓄える麦畑をイメージする。
「大地よ、その慈しみをもって、子らをお導き下さい」
柔らかく温かな光に包まれた畑からは麦の芽が出て、すくすくと空へ向かい伸びていく。
元気な命が詰まった緑の麦畑。見ているだけで力が湧いてくるようだ。
「すげぇな、精霊様の力って。こういうの、ただの草や食べ物って思ってたけど、命ってやつを感じた」
素直な感想を述べるヤスくんにみんなも同意した。
「だよな」
「じーんとくるよね」
「感謝して食べようね」
肥料作りからの全ての行程で精霊様の力を実感出来た子供たちは感動しきりだった。
「ありがとう、モモ。後は任せて。他の畑の収穫を進めておくから。今日の麦も元気いっぱいで嬉しいや。やる気が出てきちゃうよね」
バズもウキウキと嬉しそうだ。
「じゃあコリー。後はみんなに任せて、鉱石のあったところ調べに行こうか。鉄が出るといいなあ」
「うん、今度はオレの出番だ。荷物の準備も出来てるし、すぐに行けるよ」
「かあちゃん、どっか行くのか? オイラも行ってもいいか?」
ヤスくんもついてきてくれることになった。ついでに付近のことや、気が付いたことを教えてもらえるとありがたい。
「助手さん、期待してるよ! コリーもね。頑張ろう!」
「もちろん!! 任せとけ!!」
二人の重なった声が頼もしい。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい!!」
二人と一匹は山の南側の岩肌を目指す。




