第三十五話 かあちゃんは家族を増やす
いつもよりずっと水瓶の数が多かったし、おサルも背負っていたので坂道はきつかったけど、ここ数日で大分体力もついていたようで、身体強化の力を使うことで問題なく家へと辿り着いた。
おサルは背中に隠れるようにへばりついている。
私が仲間と認めたからか、結界内へは難なく入れた。
近くにいたアンとマリーを呼び、小声で説明する。
「川原におサルがひとりぼっちで寂しそうにしてたから連れてきたよ。今は背中に隠れてる。いきなりみんなが大声を上げたり、近寄ってきたら怖がらせちゃうと思うから、説明してきてくれる?」
背中を覗き込んだマリーは、
「……!!」
声を堪えて驚いた後、蕩けそうな顔をした。
「おサルさん、誰もあなたをいじめたりしないからね」
「大丈夫ですよ。怖がらないでね。わかりました。みんなに説明してきます」
後から覗き込んだアンも微笑みながらそう言って、二人してみんなの元に駆けていった。
しばらくすると、遠巻きにみんなが集まってきた。みんな喜びを隠せずとびっきりの笑顔だ。
ちゃんと説明し同意を得ているらしく、大声を出す子は一人もいないし、距離をとって怖がらせないようにしてくれてる。
私の肩越しにチラチラッとみんなの様子を見ていたおサルも、びくびくしながらも肩から降り、みんなの前に姿を現した。
「キキッ……?」
『ここに入ってもいいのか?』
「うん、気に入ってくれたならずっといていいよ」
と頷いてみせる。
「みんなも急に手を出したりするとびっくりするから、仲良くなるまでは気をつけてあげてね」
マリーが一歩だけ前に出ると、マリーの後ろからヒョコッと顔を出したキティが、
「キティだよ。おともだちになってください」
驚かさないように優しい声と笑顔で話しかける。
ピノも遠くから、
「ピノだお。なかよくちてね」
と近寄るのを我慢して、そっと声だけかけた。
『なんでみんな楽しそうなんだ? よくわかんないけど、ここにいても誰も怒らないし、追い出さないんだ……』
「モモ、夕食の用意が出来てるけど、おサルさんはどうする?」
「今日はスープだよね。スープはどうかな、具だけ冷ませば食べれるかな? というより家に入れるかな?」
私は水瓶のうち四つは広場に置いて、二つを載せた荷車を引きつつ、「おいで」とおサルに手招きしてみた。
『どこか行くの? 待って、オイラも行く!』
おサルは急いで背中に引っ付いてきた。そのまま家の中へ入ってみる。
『なんだここ。洞窟か?』
荷車をしまい、水瓶を左右の洗面所に一つずつ運んでいく。その間もおサルは不思議そうにキョロキョロしながらも背中に引っ付いていた。
『くんくん、なんかいい匂いがするぞ』
居間へ向かうとおサルも食べ物に気付いたようだ。
一緒にテーブルに着くのは難しいだろうな。
壁の上の方に棚のように穴を開けて、そこに少しワラを敷いた。
ルーがスープの具を冷ましておサルのお皿に載せて持ってきてくれたので、その穴に置き、おサルを穴に移す。
みんなも一部始終を固唾を呑んで見守っている。
『何これ? 食べていいの?』
おサルがこちらをジッと見てるので、笑顔でコクンとすると、おそるおそる口に入れた。
『なんだこれ? うまいぞ! 柔らかいし、うまいぞ!』
おサルが食べだしたので、私も手を洗ってきて席に着いた。
みんな大きい声を出さないで静かに待っていてくれた。
「ハプニングがあって待たせちゃってごめんね」
みんなニコニコしながらブンブンと首を横に振る。小さな声でキティが、
「おサルさんが来てくれて嬉しい」
と言うと、みんなもうんうんと頷いていた。
「遅くなっちゃったけど私たちもごはんにしようか。今日もおいしそうな食事を作ってくれたユニとルー、一日頑張ってくれたみんな、大地と森と精霊様に感謝して……、狼さんやおサルさんに出会わせてくれたことにも感謝して、いただきます」
「いただきます」
心持ち小さめの声でみんなも声を合わせる。
「あんまり気を遣いすぎても慣れないから、いつも通り楽しくごはんにしよう。私たちが楽しそうにしてる方が緊張しないかもしれないし」
といつものようにごはんを楽しむ。
今日のスープは、白菜モドキに野草がたっぷり、豆とお芋も入っていて本当に具だくさんだ。
「今日のスープもすごく美味しい! 具だくさんで味も染みてて、疲れが吹き飛ぶよ。ユニ、ルーありがとう」
白菜モドキの優しい味の出汁は、体に染みわたるようでホッとする。
「古くなりそうな野草を使っちゃおうと思ったの」
「野草をいっぱい食べるなら、モモの作ってくれたこれがいいと思って」
ああ、森で最初に作ったスープか。まだ一週間程しか経ってないのにいろいろなことがあり過ぎて、懐かしく感じるのが不思議だ。
そうして、午前中の仕事を頑張ってくれたみんなを労ったり、明日からの予定を話したりしながら、美味しいスープを食べ進んでいると、もう食べ終わったのか、おサルがこちらを気にしている。
『みんなも同じおいしいやつ食べてるんだ。……同じの分けてくれたんだ。群れみたいで……嬉しいな……』
それだけ伝わってくると、お腹いっぱいで眠くなったのかワラに包まって寝てしまったようだ。
眠れるなら大丈夫だろう。よかった。
「おサルさん、眠れたみたいだよ。よかったね」
「あ、ホントだ」「かわいいね」
食後のお茶を飲みながら、川原でおサルに会った時の話しをする。
狼の気配に自分だけ逃げ出してしまったので、みんなを心配していたこと。どうも一人で暮らしているらしいこと。それから、同じご飯を分けてもらえて喜んでいたこと。
「ここを気に入ってくれたらいいね」
みんな温かい眼差しでおサルを見つめ頷いた。
ほのぼのとした食後の時間をゆったりと過ごした。
夕食の片付けと、今日からいっぱいある干し台の片付けを手分けしてこなし、寝る準備を整えてから、今夜も魔法の練習が始まる。
みんながおサルを起こさないようにと気を遣い、うるさくない訓練をしたいと言うので、身体強化の練習や魔力循環で魔力操作を黙々と鍛えることになった。
おサルの登場はみんなの庇護欲を刺激したようで、いつもより更に真剣さが増しているように感じた。そのおかげもあって、どんどん魔力操作が上手くなっていく。すごいね。
眠る前には、光属性のマークとマリーにはみんなに清浄をかけてもらうことで、水属性のアン、ルーと風属性のルーシー、ユニ、ピノも一緒に手拭いや肌掛けなどの洗濯をしてもらうことで眠りについた。生活魔法の発動も上手くなってる。
闇属性のティナとキティは潜むで気配を隠す練習を、土属性のバズとベルは穴、粘土の練習をして眠る。
火属性のジェフとコリーは熱気を使ってくれたので居間を暖かくして眠れる。
私も慈しみの力で回復した分の残りMPで何か作って眠ろうと思う。
味噌の残りが少ないと言ってたから、それを作ればちょうどいいかな。
土魔法でバズとベルの練習痕を直すついでに、壺を一つ作る。
今日収穫した大豆を壺の半分程まで入れて、創造を使って味噌を作ろうとした時、目を覚ましてしまったのか、もぞもぞしてるおサルに気付く。
起きたら見覚えのない場所で心細かったようだ。そっと近付き笑顔を見せるといろいろ思い出したのかハッとした表情をする。
手を差し伸べるとキッキッと鳴きながらしがみついてきた。
大分懐いてくれたのかな? 博愛の魔法を使ってみようか。
私の笑顔で安心してくれてるようだし、いけそうな気がする。
「博愛」
おサルが愛しいと気持ちを籠めて、もっと仲良くなりたいと願いを籠めて、魔法を使う。
「かあちゃん……」
しがみついているおサルの言葉が理解出来た!
「うん、かあちゃんだよ。お話し出来る?」
「……!!」
びっくりして目を見開いたおサルが、
「かあちゃんの言ってることがわかる!」
と声を上げた。
「うん。今日から私がおサルさんのかあちゃんになったんだよ。ここにいるみんなのかあちゃんだから、この子たちとは兄弟だね。どう? 仲良く出来そう?」
「かあちゃん? 兄弟? オイラの……?」
「そうだよ。ここにいるのが嫌じゃなければ、今日からこの群れの仲間、家族だよ。どうかな? 林に住む方がいいなら無理にとは言わないけど」
「林……。林は寒い。ここはあったかい」
「気に入ってくれた? それならずっといていいんだよ」
「でも! オイラは仲間なんていなかった! みんな……オイラなんかあっち行けって追い出すんだ。……だから!」
「大丈夫。これからはかあちゃんが守るよ。みんなもおサルさんのことが大好きだよ」
「……なんで?」
この子も林の中、たった一人で辛い毎日を強く乗り切ってきたんだろうな。笑顔を向けると強張った体が少し解けたように見えた。もう大丈夫だよ。
「うちの子たちを、私を、心配してくれてたでしょう? お薬を分けてくれたでしょう? ありがとうもちゃんと言える優しい良い子だってみんなわかってるよ。だから、あなたと仲良くなりたいって思うんだよ」
「……オイラ。ここにいてもいいの?」
「大歓迎だよ。子供たちもみんな喜ぶよ」
ホッとしたようなぎこちない笑みを浮かべて、「いいんだ」と呟く。
周りを見回し、眠る子供たちを確認して、
「みんな寝ちゃってる。オイラもここで寝ていいのか?」
まだ少し不安そうに聞いてくるので、もちろん、と床に寝転がり肌掛けをめくり、
「一緒に寝ようか?」
と言ってみると、するすると懐に潜り込んできた。
「一緒に寝るとあったかいな」
そうだね、と頭から背中へとそっと撫でてあげると目を細めた。
「オイラ、ちっちゃい時はかあちゃんとこうやってくっついて寝てたよ。かあちゃんの背中に乗っかっていつも一緒だった。でもいつの間にか一人だった」
おサルがぽつぽつと話すので静かに耳をかたむける。
「気が付いたら、あそこの川原にいたんだ。知らないところだったし、群れのみんなはいないし。他の動物たちはオイラを追い出そうとするから」
少し俯き悲しげな顔をする。一人、上流から流されちゃったのかな。
でも、と表情を無理に明るくさせながら、
「この辺りには食べ物もいっぱいあったから一人だってへっちゃらさ。もう林やこの近くのことは何だって知ってるんだぜ。薬の場所だって、敵がいて危ない場所だって教えてやるよ」
自慢気に強がりを言うおサルを撫でながら、
「それはすごいね。かあちゃんはこの辺のこと、まだよくわからないから、今度教えてね」
と言うと、「しょうがねーなぁ、任せとけよ」と嬉しそうにする。
「かあちゃんたちは、か、家族だから、オイラのとっておきのいい場所も教えてやるよ」
と照れたように言う。
「うわあ、とっておきかあ。楽しみにしておくね」
えっへんと胸を張るようにした後、急に黙り俯く。
「どうしたの?」
おサルはまた不安そうな瞳でこちらを見る。
「ここのみんなは……、みんな毎日いろいろ一生懸命やってるよな。……ちっちゃいやつらも」
「うん、そうだね。私たちはここに来たばかりで、何も持ってなかったから、冬に備えて用意してるんだ。食べ物や冬を暖かく過ごすためのいろいろを見つけないといけないから、みんなで頑張ってるんだよ」
「オイラ……、何も出来ない。でも、何でも知ってること教えるから、役に立つから、追い出さないで!」
びっくりした。そんなこと思ってたんだ。状況を理解して居場所を作ろうと必死なのが伝わってくる。
「おサルさんはいろんなこと知ってるし、頭も良いんだね。そういう情報を教えてくれたり、必要なものを探してくれたり、助けてくれる仕事を助手って言うんだよ。おサルさんのここでのお仕事は私の助手だね。これからよろしくお願いします」
そう言ったら安心したみたいだ。
「よかった。オイラにも仕事があるのか。群れのために頑張るよ」
「うん、頼りにしてるよ! でも、一つだけ覚えておいて欲しいんだけど、誰であれ役に立たない子を追い出すなんてことは絶対にないからね。そんなこと心配しなくても大丈夫だから。一人では出来ないこともみんなで力を合わせれば出来るものだし。家族は一緒にいてくれるだけで幸せになれるものだよ。おサルさんももう家族でしょ?」
おサルのもともと赤い顔がさらに赤くなる。
「そ、そうだよ。だからオイラだって家族のために頑張るからな!」
うんうん。照れてる子供はおサルだってかわいい。
「そうだ。おサルさんじゃおかしいから、名前を付けようね。うーん、助手と言えば……やっぱりヤスだよね。うん。あなたの名前はヤス。ヤスくんだよ」
「オイラに……、名前……。オイラはヤス」
魔力の抜ける感覚とともにヤスくんの体がほんのりと光に包まれる。
「力が……。かあちゃん、ありがとう」
魔力枯渇ギリギリで薄れそうになる意識を気合で保って、
「さあ、今日はもう寝ようか」
と言うと、
「うん。かあちゃん」
とすり寄ってきた。
「おやすみ、ヤスくん」
「おやすみってなんだ?」
「寝る前に言う挨拶だよ。ゆっくり休んで明日またいっぱい頑張ろうね、ってこと」
「そっか。おやすみ、かあちゃん。これでいいか?」
「うん。おやすみ、ヤスくん。また明日」
ヤスくんはニヤッと笑って安心したように眠りについた。
精霊様、こんなかわいい仲間を私たちに会わせて下さってありがとうございます。
明日の朝、目を覚ましてからの子供たちの笑顔も楽しみだ。
私ももう限界。眠るとしよう。
「ここは聖域なりて」
腕の中の温もりを感じながら、意識を手放した。




