第三十四話 かあちゃんは明日からのことを話し合う
「ただいま。何事もなかった?」
「おかえりなさい。狼さんたちはどうでした?」
送ってもらえたおかげで、夕方の早いうちに家へと帰り着けた私たちは、お茶を飲みながら話しをする時間がとれた。
狼さんたちの様子を話し、みんなにも安心してもらおう。
「……それでね。狼さんたちと友達になれたんだよ。リーダーの白い狼さんはポチくん。お嫁さんの黒い狼さんはひなちゃんだよ」
「モモが名前を付けたら魔力枯渇ギリギリでぶっ倒れそうになったから、俺らも全員、狼の背中に乗せてもらって送ってもらったんだぜ!」
ジェフが自慢気に言うものだから、みんな、
「えー、ずるい」
「私も狼さんに会いたかったのに」
「ピノも乗る!」
と大騒ぎになってしまった。
そりゃ、なるよね。わかります。
「はいはい。今度、狼さんたちのところにお泊まりで遊びに行く約束してきたから、その時にお願いしてみようね。狼さんたちが焼き芋を気に入ってくれたから、焼き芋パーティーをするんだよ」
そんなことを言ったら、
「わーっ!」「やったー!」
「いつ行くの?」「明日?」
と更に大騒ぎが加速してしまった。
「狼さんも治ったばかりだし、私たちもやることいっぱいあるでしょ? だから、少しだけ待ってね。早く冬の準備出来るように頑張るからね。ごめんね」
「私もいっぱいおてつだいするから!」
「ピノも!」
誰よりも大乗り気なキティとピノがやる気を出したのを見て、
「そうだね」
「みんなで力を合わせて冬の準備頑張ろう」
とみんなもわかってくれた。
「そうだ。おサルさんは? 今日も来た?」
「ああ、それが。ついさっき来てたんで果物をあげようかと用意しているうちにいなくなっちゃってたんです」
「おサルさん、帰っちゃったの……」
マリーとキティが残念そうに言う。マリーも結構おサルのことが気に入ってるんだね。
ちょうど私たちが帰って来た頃ということなので、もしかしたらポチくんたちの魔力に気付いて逃げたのかもしれない。
可哀想なことしちゃったかな。なかなか頭の良い子だったから、感知とか鋭いのかもしれないな。
「明日、また来てくれるといいね」
それから、明日から冬の準備としてやりたいこと、やるべきこと、その他にもみんなが思ってること、欲しいものなどもいろいろ話しをした。
ジェフは早く狩りがしたいと言う。
「あと何日か訓練続けると、攻撃魔法が使えるようになると思うんだよね。みんなの成長、早いから。武器も無いし、戦い方もわからない以上、せめて魔法で少しでも対処出来るようになってからの方がいいと思わない?」
「……うん。確かにそうだ。今の俺じゃ手伝いどころか足手まといだ。わかった。訓練頑張って少しは役に立てるようになってからだ」
マークは探索に行きたいと言う。
「食料が畑のおかげでなんとかなりそうなら、防寒や燃料とかの冬の準備も考えてかなきゃ」
「うん、そうだね。物作りの材料の木材も減っちゃったから林にも行かなきゃいけないし。それ以外の場所にも役に立つものがあるかもしれないもんね」
バズは畑に力を入れたいと言う。
「僕も探索は行きたいけど、畑の方も進めたいんだよね。だから、当分は僕はここに残って、畑の方を進める係ってことにさせてくれないかな?」
「なるほど、班分けしてそれぞれ作業を進めるのか。あまり分散するのは良くないけど、家班と外班を仕事によって分けるのはいい考えだね」
「今日、班で分かれて作業したでしょ。みんな自分の出来ることを頑張ってた。ああいう風にしたいんだ」
コリーは鉱石を掘りたいと言う。
「バズは土魔法で採掘が出来るようになるんでしょ? そしたら、鉱石を掘る時だけでも手伝って欲しい。鉄が見つかれば農具やハサミや鉈なんかの道具を作ってもらって、もっと仕事が捗ると思う」
「うん、もちろんだよ。僕にやれる仕事なら任せてよ」
……なるほど、道具か。となると先に鉱石掘りかな?
「コリー、いい意見ありがとう。土魔法は私、バズ、ベルだね。今は私しか採掘は使えないから、バズとベルも使えるようになったらちゃんと採掘に行くことにして、先に私で掘れる分だけでも採掘してきて必要なものは作れるようにしよう」
ルーシーは攻撃魔法が、マリーは回復魔法が使えるようになりたいと。
「ジェフが狩りに出るなら私も行きたい。だから私も魔法の練習頑張る!」
「私も攻撃は少し怖いけど……、回復役や補助役なら出来るかもしれない。だから、もっと訓練頑張ります」
アンは生活についていろいろ考えていた。
「暖かい服も必要ですし、冬に寒くなっても体を拭けるようにお湯を用意出来る方がいいですよね。家の中でかまどや暖炉を使えるように出来ませんか?」
「そうだよね。服は絶対必要だからね。どうしても材料が手に入らない時には考えがあるけど、繊維に丁度良い材料を探してみる。村では冬にどんな服を着てた?」
「羊や山羊の毛を織った物や、編み物、後は動物の毛皮の上着とかです。中の服はこのままで、外に出る時には上に暖かいものを重ねます。部屋の中では暖炉をつけたり、毛布を被ったりして寒さを凌ぎます」
うーん、やっぱり暖炉か。
「わかった。羊は前に見かけたから探してみよう。あと暖炉は空気の問題があるから……、煙突を付ければいいのかな? これも考えてみるね」
ユニとルーはやはりと言うか食事関係だ。
「調味料とか香辛料を増やしたいです! あとモモの作ってくれたお味噌がもうあと少しになっちゃった」
「麦が穫れるなら、パン焼き窯が欲しいの」
「ああ、そうか。調理場も屋根付きにして、窯も作らなきゃね。香辛料になるものは探してみよう。調味料もね。何か特に欲しいものがある?」
「ハーブかな?」
「寒くなるからジンジャの根っ子があるといい」
神社? ジンジャーかな? 生姜に似たものだろうか。
「見たらわかる?」
「うん」
「いつも採ってたから」
「じゃあ、探しに行こうね」
ベルとティナは麦があったところに行ってみたいらしい。
「麦があったなら他にも何かあるかもよ!」
「ハーブだってあるかも! お宝発見! してあげるから」
「そっか。麦ばっかり気にしてたから周りは見てなかった。危険な気配はなかったから、今度行ってみようか」
「やったー!」「探検! 探検!」
すごく嬉しそうだ。
ずっとお留守番ばかりしてきたから、つまんなかったよね。たまには外に出なくちゃね。
キティとピノは、「私も行きたい!」「ピノも!」と言ってから、「でも……」と言い淀む。
「どうしたの?」
「おサルさんがきたとき、だれもいなかったらさみしいお」
「うん。せっかく仲良くなったのに……」
おサルさんも一緒に行ければいいのに、と言う。優しいね。
今日作った博愛の魔法、おサルにも通じたら話しが出来るんだけど……。
「僕が畑しながら留守番してれば大丈夫だよ」
バズがそう言ってくれた。
「おサルが来たら、何かあげればいいんでしょ? みんなは出かけてるから、明日また来いよって言っとくよ」
キティとピノもパァッと明るい顔になる。
「明日、おサルさんが来たら私も言っとこう。こんどお出かけするからねって」
「そおだね!」
夕食はユニとルーが具だくさんスープの用意をしてあって、後は火を入れて煮込むだけとのことなのでお任せした。
コリーがかまどに火を点けている。上手くなってるね。
私は年長組と明日からの作戦会議だ。
先程の要望の中にも家ですること、外に出ること、双方あった。
「前に挙げてもらった欲しいものも結局まだ作れてないし、やることたくさんあるなあ。何から手を付けていこう」
「さっきの話しからすると、鉱石からかな。道具作るにしても、材料に何が使えるかで作れる物も変わるんでしょ?」
「材料も不足してるって言ってたし、林も行くべきだね」
「林へ行くなら、お茶が少なくなったので茶の葉もお願いします」
ルーシー、マーク、マリーから適切な答えが出る。
「欲しいものを作るのは後回しで大丈夫です。暖炉やパン焼き窯も冬までに用意出来ればいいですし」
「畑はすぐにでも始めたいな。畑の収穫量を予測出来れば、食料集めにも目途が立つだろうし」
アンとバズの言うことももっともだ。
「そうだね。まずは、外に出ることは鉱石、林。家では畑を同時に進めようか」
「留守番組の子たちと畑は僕に任せてよ。みんなは採取と探索に出ていいよ」
「私も残ります。畑にはお水が必要ですし、小さい子たちの面倒見てますね」
バズとアンは家に残ると言う。
「魔法の訓練は力を入れたいけど、日々の積み重ねだろ? 空いた時間にも自主練するから、今まで通り夜の訓練は頼む」
ジェフがそう言うと、ルーシーとマリーもコクンと頷く。
「わかった。みんなに初級魔法の実力まではつけて欲しいと思うから、夜の訓練で頑張ろう。中級まで使えるようにしたい子は各自の頑張りってことで。必要なら別に練習時間も作るね」
みんな今でも充分に頑張っているからすぐだと思うけどね、と笑うと、みんなも笑顔になる。
「じゃあ、鉱石と林が終わったら探検に行くの?」
コリーが聞いてきた。みんなもちょっと期待した顔になってる。
「お留守番組のみんなもずっとここにいるだけじゃつまらないだろうしね。さっき言ってた麦のあったところまで、小さい子たちも一緒に探検に行こう。何か見つかるかもしれないしね」
やったー! とコリーが喜ぶ。みんなでお出かけは楽しみだよね。
「その後はまだ行ってない辺りも探索してみようね。狼さんのところへ行くのはその後かなあ」
合間に保存食作りもやっていこう。
「じゃあ、だいたいの方針が決まったし、夕食の前に水を汲んでこようかな」
みんなもそれぞれ訓練をしたり、畑の様子を見たりと、早速やりたいことに取りかかるらしい。
私は荷車に水瓶を載せて川へ向かう。畑にも水を使うから、多めに用意しておきたいな。
家に戻り子供たちと触れ合ったことで、また少しMPも回復していたので、水瓶を四つ増やして荷車に載せられるだけ汲み帰ることにしよう。
水を汲んでいると、川原にポツンと座り込んで水の流れを見つめているおサルがいた。
「読心」
なんだか寂しそうに見えて心を読んでしまった。
『あいつらは群れの仲間がいていいな……。オイラはなんでひとりぼっちなんだろう。今日も一番小っちゃいヤツいなかったな。出掛けてたのかな。
……さっき、とんでもなくデッカい狼の気配がしたけど、あいつら大丈夫だったかな。オイラ一人で逃げちゃったし……。見に行ってみようかな?』
どうやら、この子はハグレ猿のようだ。たった一人で生きていくのは大変だろうに、私たちの心配までしてくれてるみたい。やっぱりちょっとひねくれちゃっただけで根は良い子なんだろうね。
私は怖がらせないようにそっと近付き、おサルから少しだけ距離をとった場所に座る。
それでも、やっぱりびっくりさせてしまったようで、おサルは全身の毛を逆立て、フーッ! と威嚇の声を出した。
『何だ! お前! いつの間に! ここは狼が来るかもしれないんだぞ! チビが一人でいちゃダメだ! 早く群れへ帰れ!』
歯を剥いて怒っている風を装ってるけど、心配してくれてるよ。優しい子だね。
そっと手を差し伸べて、優しくニッコリと笑いかける。
おサルは最初、引っ掻く素振りを見せたが、実際には手を出しては来ない。
何も食べ物も持ってないし、どうやって仲良くなろうか。
と、考えてたら、コツンと石が頭に当たった。
「痛っ!」
思わず声を出してしまうと、おサルが困ったような顔をしている。
『ご、ごめんよ! 当てるつもりじゃなかったんだ。群れへ帰そうと思って。どうしよう……』
「大丈夫だよ、おいで」
笑顔で手を拱いてみる。
おずおずと少しだけ近寄ってきた。
「怖くないよ。もっと近くにおいでよ。意地悪しないよ」
『何で笑ってるんだ? 怒ってないのか?』
「怒ってないよ。大丈夫。仲良くなろうよ」
『頭から血が出てるぞ。ごめんな。どうしよう』
一mくらいまで近付いてきたおサルがビクビクしながら私の顔を見ている。手で触ってみると、石がぶつかったところが切れてしまったようだ。
「癒し」
自分に魔法をかけてみせる。
「ほら、もう治っちゃった。痛くないよ。心配いらないよ」
『え? すげーこいつ。何だ今の?』
魔法をきちんと見たのは初めてだったようで驚いている。
近くに来たのでよく見ると、おサルもあちこち小さい傷を作っている。一人で林で暮らしてたら生傷も絶えないんだろうね。
「癒し」
おサルにも魔法を使う。ほんのり温かい柔らかな光がおサルを包むと、小さな傷は消え去った。
またニッコリ微笑む。
『何だこれ? お前がやったのか? ……もうどこも痛くねえ』
怪我が治ったことに驚くおサルに癒しの力を使いながらそっと触れる。
ビクッと身を縮めたが、私が微笑んでいるのを見て、ホッと力が抜けたようだ。
「一人でいるなら一緒においで。子供たちも喜ぶし、きっと仲良くなれるよ」
そっと抱き上げ、首の後ろに回して背中に掴まらせると、
『かあちゃん……』
大人しくぶら下がってくれた。
『ああ、オイラ、覚えてる……。ちっちぇー時はこうやってかあちゃんにくっついてたっけ。懐かしいな……。寂しいな……』
私は水瓶を荷台に載せ、おサルを背に負ったまま、家への坂をえっちらおっちら登っていった。




