第三十三話 かあちゃんは狼と仲良くなりたい
今日の森行きは狼たちの様子を見に行くのが目的なので、荷物は持たず身軽に行くことにした。
身体強化や魔力補助を用い早足で移動することで、一時間程で森に着くことが出来た。
森の中は特に気を付けて周辺の気配を気にしながら進むが、何事もなく、すんなり狼たちの洞窟まで辿り着けた。
洞窟の少し手前で、
「もう大丈夫だとは思うけど、私が様子を確認するまでは、またここで待っていてね」
とみんなには待機してもらい、私も一応、障壁を張ってから洞窟へと向かった。
それにしても、この辺、本当に他に動物がいないな。
洞窟の入り口に立ち、中に向かって、
「狼さーん、具合はどうですか? 入りますよ」
と声をかけると、白い狼が入り口までやって来た。
「読心」
『モモ殿、よく来てくれた。我の家族は回復したぞ。皆が礼を言いたがっている。入ってくれ』
白い狼は足取りもしっかりして魔力も落ち着いている。大丈夫そうだな。
後に続いて中に入ると狼たちが整列していた。全員が伏せて頭を低くし、目を瞑っている。
「まだどこか調子悪いの? 大丈夫?」
私が聞くと、
『皆、平伏しておるのだ。我もお主に忠誠を誓おう』
と白い狼も黒い狼の隣に並び同じポーズをとった。
「えっ?」
『我が群れ、十二頭は全てモモ殿の配下となる』
『私どもをお救い下さりありがとうございました。今後はあなた様の手足となることをお許し下さい』
白い狼と黒い狼がそう言うと、
「ウォーーーン!!!」
『ありがとうございました。今後はモモ様のお心のままに』
他の狼たちも続く。いや、いや、いや。
「待って、待って。仲良くしてくれるのは嬉しいけど、配下とか違うから! 心を通わせられたならもう仲間、友達だよ」
白い狼と黒い狼は顔を見合わせる。
『トモダチ……とは?』
上下関係で群れを作る獣の世界には、仲間意識はあっても友達という感覚は無いのだろうか。
「友達だよ。同じ群れではないけれど、お互い協力しあって助けあって仲良くしよう。どっちが強いとか、どっちが偉いとかじゃなくて、私は狼さんたちが好きだから仲良くなりたい」
『それが友達か?』
「うん。大好きで、一緒にいると楽しくて、ずっと一緒にいたい、もっと仲良くなりたいって思ったら友達。ケンカしても、また一緒に遊びたいって思うのが友達」
『ふむ、では我らは友達だ。だが、お主には恩がある。せめて礼は受け取ってもらいたいのだが』
「うん、ありがとうの気持ちは受け取ったよ。何かあったら助け合うのは普通でしょ。恩とかじゃないよ。それより、うちの子たちが外で待ってるんだけど。みんな狼さんたちのこと心配してたんだよ。連れて来てもいい?」
『ううむ……。礼についてはまた考えよう。あの子らが来ておるのか。皆にも紹介しよう。連れて来てくれ』
狼たちの様子も元気そうだし、聖域がきちんと働いてくれたようだ。みんなを呼びに行き、戻ってきた。
そろり、そろりと遠慮がちに中に入る子供たちは、十匹のフォレストウルフと大きな白と黒の狼を見るとピキッと固まった。
「大丈夫だよ。みんな友達になってくれたから」
『ふふ、畏れるなと言うのは無理か? だが、我らはお主らの味方だ。友達というのになったのだ。仲良くしてくれ。我が群れの狼たちと我が番だ。よろしく頼むぞ』
通訳し、私たちも順番に自己紹介してから、一応もう一度、不調は無いか聞いてみる。
みんな、もうすっかり元気を取り戻し、今晩には狩りに出られそうだという。
「良かったよ。お腹も空いてるよね。今日は何も持ってきてなくて」
『おお! 昨日もらった芋は美味かったぞ!』
『はい。今まで食べたことのない味わいでした』
狼たちは当然、調理などしないので、焼き芋は初めてだった。
気に入ってくれたようで嬉しい。火を通すと甘くなることを教えると、是非また作って欲しいと頼まれた。
「家にはまだ他にも小さい子たちがいるの。みんなも狼さんたちに会いたがってるんだよ。私たちの暮らしが落ち着いたら、みんなで遊びに来てもいい? その時は焼き芋パーティーをしようよ」
私がそう言うと、狼さんたちも喜んで賛同してくれた。
そうして和気あいあいと話しをするうちに子供たちも大分打ち解けてきて、通訳しつついろいろと話せるようになった。
「俺、強くなりたいんだ。狩りを手伝わせてもらえないかな」
ジェフがそんなことを言い出す。
狩りの手伝いか。
罠を仕掛けたり、魔法で援護したり出来るかな?
白い狼にジェフの言葉を伝え、私の考えも提案してみると、少し考えてから、
『ならば、礼とは言えぬが、共に狩りをして獲物を分け合おう。これならどうだ?』
と言ってくれた。
「ありがとう。皮や肉も欲しかったからすごく助かる!」
『我らは皮はいらぬ。全て譲ろう』
それからいろいろ相談して、基本、狩りは夜ということなので、焼き芋パーティーの時に泊まりがけにして一度合同で狩りをしてみようという話しになった。
ただ、私たちも家を構えたばかりで冬に向けて準備をしなければならないこともあり、少し先になりそうだと告げる。
畑作りや家の周りの探索などもやってしまいたいし、保存食作りを進めないと次の採集も出来ない。
何より、狩りに参加するなら、それなりの心構えと準備をしなければいけない。
「五日か十日か、ちょっと決められないけど、また遊びに来るよ。みんなの体調もすっかり大丈夫か心配だし。何かあったら、東の川の上流にある小さな岩山にいるから呼びに来てくれていいよ。怪我を治したりは出来るからね」
それからもしばらく、いろんな話しを続けた。
私が黒い狼にも撫でさせて欲しいとお願いすると、
『モモに触れられるのは気持ち良いぞ』
と白い狼が口添えしてくれて『是非に』と許可を得た。
背中の長い毛をツーッと撫でると、白い狼よりコシのある艶やかな体毛がサラサラとして心地良い。
しばらくその感触を堪能してから、首廻りのふわふわとした毛をモフる。モフモフ。
おでこの上のあたりをワシワシすると、後ろ足がつられてピョコピョコ動いてしまうのがかわいい。
あごの下もカリカリしてあげると、気持ち良さそうに目を細めている。
白い狼が羨ましそうにしてて、こちらもかわいい。
コリーも羨ましそうで、
「モモ、オレも撫でたい! 触っていいか聞いて」
とうずうずした顔で言う。
白い狼に聞いてみると、フォレストウルフたちが子供たちの周りに集まり、横たわる。
『皆もやってみて欲しいと言っておる。撫でてやってくれ』
とのお許しが出た。
コリーがおずおずと背中を撫でる。
「うわあ、やっぱりふかふか。気持ちいい」
「ずるいぞコリー」
「俺だってやってみたい」
「わ、私も! 私も触っていいですか?」
「僕だって」
みんな触ってみたかったんだね。
「狼さんたちも触られたことが無いから撫でてみて欲しいんだって。みんなもやってあげて」
嬉しそうにそっと手を伸ばし、おお! 気持ちいい、あったかい、と撫で回す。狼たちも初めての経験を楽しんでいるようだ。
黒い狼を堪能したので、羨ましそうにしている白い狼も撫で回す。
痒そうなところは強めにガシガシしてあげると、むぅーというような呻き声が洩れてしまってかわいい。
ちょっと恥ずかしそうなのもかわいい。
白い狼を撫でながら聞いてみる。
「前も今日も、森の中で全然他の動物を見ないんだけど、狩りは大丈夫? 食べ物足りてる?」
気持ち良さそうにしていた目を開き、狼が答える。
『ふふ、前にも言ったであろうが。この辺りには我らを畏れて他の動物は近寄らぬ。お主らが食べ物を求めに入っても、せいぜいハグレの奴に出会うくらいだろう。尤も、お主らが来る時には我が守る故、近寄る阿呆は居らぬだろうがな』
この辺りは深い森と連なる山々のちょうど境目なので、わざわざ狼の住むこの地に来ずとも、森には他に豊かな実りがいくらでもあるらしい。
小動物や草食動物が水場に集まり、それを狩る肉食動物もそちらへ行く。
ここから北にも、南にも、深い森は続いていて、そちらには、そういった動物たちがたくさんいるらしい。
この地はどちらの狩り場にも行ける中間地点なので、狼たちには都合の良い場所なのだそうだ。
『しかもモモ。お主らと出会えたのは僥倖だ。この地に居を構えたのは間違いではなかった』
「ありがとう。私も心強くて優しい友達が出来て嬉しいよ。これも精霊様に感謝しなきゃ。これからも仲良くしてね。よろしくね」
首にギューッと抱きついてそう言うと、狼も嬉しそうに、また目を細めた。
みんなも存分にモフモフを堪能出来たらしく、満足気にしているので、今日のところはそろそろお暇しようと思う。
「また帰りが遅くなるとみんなに心配かけるし、今日はそろそろ帰ろうか」
みんな残念そうだったが、
「また来るから」「またね」
とお別れの挨拶をしていた。狼さんたちとも大分仲良く打ち解けられたようだ。
「白い狼さんも、お嫁さんも、今日はありがとう。すっごく楽しかった」
挨拶しながら思う。白い狼さんって面倒くさいな。
「白い狼さんって名前は無いの?」
『ハハハ、お主は本当に変わったことを言うな。我はお主らの言うところのモンスターであるぞ。名前など持つ訳がない』
「うーん。呼びにくいから名前を付けてもいい?」
『何? お主が名付けてくれると言うのか? お主が良いなら我としては有り難く受け入れるが、本当に良いのか?』
「もちろんだよ。何がいいかな。狼の名前なら……ルーはうちの子にいるし。ヴォルフ……、ロボ……」
狼がワクワクしたとても嬉しそうな顔で、
『ほお、なかなか格好良くていいではないか!』
「でも、うーん。やっぱりイメージとしてはポチ。うん、ポチだよね。これからもよろしくね! ポチくん」
えー……、という思念とともに、あからさまにガッカリした顔をするポチくんかわいい。
やっぱりポチにして良かったと思った時、ずるっと力が抜ける感じがしてポチくんがほんのりと光を纏った。
『何故、格好良い名が他にもあったのにポチなのだ……。うう……、腑に落ちんがお主が気に入ったのなら仕方ない。我はポチだ。よろしくな、モモ』
うふふ。我はポチだ、だって。
かわいい。たまんない。
「お嫁さんはひなにしよう。私の故郷にある可愛らしいお嫁さんのお人形のことだよ。よろしくね、ひなちゃん」
『わ、私にまでよろしいのですか?! ありがとうございます!』
『お主! モモ、大丈夫なのか?!』
え、何が? と聞こうとした瞬間、ひなが光を帯び、またずるっと力が抜けてふらついた。
えっ? どういうこと?
『お主は……、もしかすると知らずに名付けたのか?』
『ああ、モモ様、大丈夫ですか? 私にまで力を与えて下さったから』
「力を……与える?」
ナンデスカ? ソレ?
『名付けとは力を与えることであるのだぞ。お主から大きな魔力が我へと分け与えられた。
名という力を得、我は更に強くなれるであろう。感謝するが、こんなに大きな魔力を分け与えてモモの体は大丈夫なのか?』
『私も大きな力をいただきました。こんなに力をいただいても意識があるなんて、モモ様はすごいのですね』
理解が追いつかない頭でMPを確認すると、残りのMPが千をほんの少し超えただけ。魔力枯渇ギリギリだ! ヤバかった。
「うう……ふらふらするけど大丈夫だよ。けど、今日はもう帰るね。また遊びに来るね、ポチくん、ひなちゃん」
『ああ、いつでも来ると良い。待っておるぞ、モモ』
『モモ様、お気をつけて』
ポチもひなも他の狼たちも、揃って並んでしっぽをパタパタと振っている。
ああ、かわいい。仲良くなれて良かった。
この子たちを守れて本当に良かった。
そう思ったら、少し回復して気分が楽になった。
慈しみの力か……。動物でも愛しい子なら効果があるんだな。
――その時、頭の中で声が響く。
『他種族への愛により、月の加護の力が上がりました。ユニークスキル、US慈母の溢れ出る愛のレベルが上がりました。創造の力が更に開放されました。魔法の創造が出来るようになりました。読心を材料とし、博愛の魔法が作れます。魔法を作りますか?』
え、はい。
思わず返事してしまった。
『材料読心を発動して下さい』
「読心?」
目の前が白くなり、クラッとした。
『オリジナル魔法、博愛が創造されました。心の通った他種族同士での会話が可能となります。この魔法は発動した相手にパッシブです』
それだけ言うと、頭の中の声は沈黙してしまった。
迂闊によくわからない魔法なんて創り出してしまったけど良かったのか?
いや、ポチくんと会話出来るんだもん。これで良かったんだ。
また助けてもらったのかな? 精霊様、ありがとうございます。
せっかく回復したMPはまた千ちょっとになっちゃったけど。
気を付けて帰らないとヤバいな。
『本当に大丈夫なのか? モモ。何を呆けてブツブツ言っておる。ええい、心配だから途中まで送って行くぞ』
なんと! 帰りは狼さんたちの背に揺られて帰ることになった。
私のことを気遣い、かなりスピードを緩めて安全に移動してくれているとのことだが、さすがフォレストウルフ。森の中だってスイスイと素早く進んで行く。いつもよりすごくゆっくりだって言ってるけど、私たちが三十分はかかる森の入り口まで、十分とかからず到着してしまった。
「ありがとう。ポチくんたちだって病み上がりなんだから、ここまででいいよ」
私はそう言ったのだが、『せめて岩山の見えるところまで』と、もう少し送ってくれた。
二十分も行けば、すでに岩山はそこに見えていた。
「本当にありがとうね。助かったよ」
『何を言う。我らの台詞だ』
私たちは笑い合い、「またね」と挨拶を交わし、狼たちは森に帰っていった。




