第三十二話 かあちゃんは冬支度をする
今朝は爽やかに目覚めた。
今日は大急ぎで出掛けなくてもいいので気持ちもゆったりだ。
取り敢えず顔を洗って外へと出る。
秋の朝の風は少し冷たいが気持ち良かった。
せっかく久々にみんなで朝ごはんなので何か用意したかったが、私一人では火が点けられない。
いつかライターみたいな魔法道具を作れたらいいな。
火が使えないのでせめてもとリンゴを切ることにした。ウサギさんに切っていく。キティが喜ぶ顔が目に浮かぶ。
今日はまず何をしようか。
だいぶ食料が貯まってきたので、干し野菜やドライフルーツを準備したい。
畑のサツマイモと大豆も収穫した方がいいだろうし、昨晩作った畑には何を作ろうか。やっぱり麦かな?
朝食の時にみんなと話そう。
そんなことを考えながらも包丁を動かし続けていたので、すごい量のウサギさんが出来てしまった。そうだ。アケビの皮も干したいのでアケビも食べてもらおう。
ふんふんと鼻歌交じりにフルーツを切っていると、みんなも起き出してきた。
「おはよう。今日もいい天気だね」
「おはよう」
「おはようございます」
「今日はモモ、なんだか元気だね?」
ここのところ早朝から出歩いていたから、久しぶりののんびりした朝を楽しんでいるし、何より昨日のうじうじした自分を吹っ切れたからね。今日の私はやることいっぱいでも、なんか心に余裕があるのだ。
ついつい大量に切ってしまったリンゴとアケビを居間に用意していると顔を洗ったみんなも揃ったので、今日の予定を話す。
「おはよう、みんな。今日はやりたいことがいっぱいあるので、午前中は三つの班に分かれて作業してもらおうと思います。
冬用の干し野菜と干し果物作り班、大豆とサツマイモの収穫班、新しい畑作り班に分かれます。ごはんを食べながら、午前中どの班で仕事がしたいか、畑には何を作ったらいいか考えましょう。
お昼前くらいには私たちは森に出掛ける予定です。午後はお留守番よろしくね。
それでは、仲間と森と精霊様に感謝して、いただきます」
「いただきます!」
「わわわ、ウサギさんだあ!」
思った通り、キティが一番に嬉しそうな声を上げた。みんなも、かわいいね、面白い! と喜んでくれてる。
ユニとルーは、
「モモはこういうことも知っててすごい!」
と褒めてくれる。
ちなみに、切り抜いた皮はちゃんと干してあります。お茶に入れてもいい香りだし、無駄に出来ないからね。
朝食を食べながらの話し合いで午前中の班分けは、私とユニ、ルー、キティ、ピノが干し物班、ジェフとコリー、ルーシー、アンが収穫班、マークとバズ、マリー、ベル、ティナが畑班に決まった。
畑についてはバズが中心になって考えてもらう。
「やっぱり麦かな?」
と私が聞くと、
「収穫の終わってるトマトの小さい畑で試してみてからでもいいかな? それで様子を見てからにしない?」
とバズが意見をくれる。
みんな麦には期待しているので、慎重に行きたいと。
そのあたりは、全員一致でバズの指揮に従うと決まった。
他に今育てられるのはサツマイモと大豆。トマトは保存が難しいので、あまり作り過ぎては無駄にしてしまう。野菜が作れたらいいんだけど、種も無いしね。
というわけで、昨晩作った畑にはサツマイモと大豆を二枚ずつ、トマトの畑に麦を試験的に育ててみる、と決まる。
種としてのサツマイモと大豆を手に入れるために、収穫班と畑班は共同で手伝いあうことも決まった。
畑班は土作りをしたら収穫を手伝い、種の分が採れたら種蒔きをする。
収穫班は収穫が終わったら他の班を手伝う。
要領がいいと思う。
ちょうど果物も食べ終わったので、各班分かれて仕事を始めよう。
最初だけ私は各班の手順などを確認したり、教えたりしたいので、その間に干し物班が朝食の片付けをしてくれることになった。
まず、収穫班に葦で作った袋を渡し、大豆、芋の蔓と葉っぱ、芋を分けて入れてもらうように頼んだ。
畑班は、昨晩作った肥料を土に混ぜてから種蒔きをしてもらうので、まずは土作りから。畑に関してはバズの方が詳しいので指揮はお任せする。種蒔きが終わったら魔法を使うので呼んでくれるように伝える。
みんなが土作りを始める中、バズにはトマト畑の後始末から畑を作るまでを見てもらう。魔法農業を説明しておきたい。
「残った茎葉を掘り返さなきゃいけないから、掘削を使うよ」
と魔法で土を掘り起こす。畑の傍に穴を掘り、抜いた茎葉をそこへ貯めるのを手伝ってもらう。穴の魔法は、もうバズも使えるからね。
「まずは肥料を作る魔法。これにオガクズを混ぜて肥料に出来るか試してみたいんだ。サツマイモの蔓や葉っぱも食べきれない分は肥料にしてみようと思ってる」
バズは神妙に私のすることを注視していた。
トマトの茎葉を入れた穴に、倉庫で作ってきたオガクズを入れる。
穴の前に跪き、
「食べられない茎葉も私たちの糧に……」
と祈りを籠め、麦がスクスクと育つ様をイメージして魔法を発動する。
「大地よ、その慈しみをもって、我らにお恵みをお与え下さい」
穴の中の物が光り輝き、ちゃんと肥料になってくれた。
ホッとしてバズを見ると、固まっている。
「これが精霊様のお恵みだよ。S級の土魔法だから、大地……土の精霊様のお力だね」
「……これが。すごいね。精霊様、ありがとうございます」
肥料を作る手間暇を知っているバズは感動していて、固まったままだけど進めよう。
「次は畑作りの魔法。トマトを育ててくれた畑の土が疲れていると思うから、また元気な畑になってもらおう」
畑のふちに跪き、
「今度は麦を育てます。頑張ってトマトを育ててくれた大地を癒して下さい」
と祈り、やはり麦が元気よく育つイメージをしながら、
「大地よ、その慈しみをもって、癒しをお与え下さい」
と魔力を流し込む。
癒しの光が地面に降り注ぎ、掘り返された畑はきれいになった。
「今作った肥料も、この畑も、麦がスクスク育つイメージと祈りを籠めてあるからね。元気な麦が育ってくれるといいね。こっちの畑も肥料を混ぜて土作りをして、種蒔きが終わったら呼んでね。成長の魔法をかけるから」
「今のも土の精霊様の……?」
「そうだよ。だから、感謝しながら作業しようね」
荒らした畑が瞬時に再生される奇跡のような魔法を目の当たりにしたバズは、まだ夢見るような顔をしていたけど、私も保存食作りに取りかからなければならない。
後は畑班のみんなに任せて、私は干し物班へ。
「お待たせ。お片付けありがとうね。こっちも始めよう。まずは干し台を全部出してきてくれる? 私は野菜や果物を取ってくるから」
十二台の干し台をユニたちに任せて、荷車で倉庫から食料を運び出す。
柿、イチジク、ぶどう、ベリー、ドングリ茸、白菜モドキと、朝食にも使った傷がついて傷みやすそうなリンゴを持ってきた。
すでに数日干し終えて、いい具合に乾燥したドングリ茸、白菜モドキ、干しぶどうは倉庫にしまおう。
倉庫の壁に土魔法で棚を作り、干しドングリ茸と干しぶどうは浅めの木箱を作って入れ、棚にしまった。木材も少なくなってきたから、また伐りにいかないと。
白菜モドキは漬け物にするつもりだが、今日はそこまで手が回らないと思うのでこれも棚にしまっておく。
外へ戻ると、ユニとルー、キティとピノは、言われなくても白菜モドキとドングリ茸を空いた干し台に並べてくれていた。
「うわあ、ありがとう。先に始めてくれてたんだ」
「これは並べるだけだから」
「私たちでも出来るよ」
「ドングリ茸なら重くないから」
「ピノもできう!」
「ありがとう。二人もお手伝い上手なんだね。すごく助かるよ」
空いている干し台に干布を敷いたものを二台用意して、
「ドングリ茸が終わったら、これにぶどうとベリーを並べてくれる? 潰れないように、重ならないように、平らに広げて欲しいんだけど」
とキティとピノにお願いすると、
「任せて!」「できう!」
と元気良く返事してくれた。
私も一緒に白菜モドキを六台の干し台に並べ終え、倉庫にある白菜モドキの半分が干せた。
ユニとルーと共に調理場へ行き、果物を切っていく。
アケビの皮は細切りに、イチジクは半分に切る。リンゴは半分にした後スライスする。切り終えたらまた干し台へ並べていく。地味でしんどい作業だ。
数日干したら回収して、空いたところに残りの野菜と果物を順時補充して干していくことになる。
冬越しの保存食を作り終えるのはいつになることやら……。考えたらイヤになりそうなので、ひたすら手を動かした。
「お砂糖があったらジャムにしたり、お酒があったら漬けたりも出来るのに」
私がぼやくと、
「お砂糖はすっごい高いから、村にもほとんど無かったよ」
「ジャムってなあに?」
そうか。砂糖は高級品なんだ。
どうせここでは買うことは出来ないんだし……。
作るしかないな。
材料は……サツマイモ? 確かサツマイモでんぷんから異性化糖が作れたはず。所謂、果糖ぶどう糖液糖というヤツだ。
これは試してみる価値があるな。ジャムにして煮詰めるなら丁度良いし。
今日の二枚のサツマイモ畑を収穫したら、少しお砂糖作りに回してもらおう。
「ジャムはね。果物をお砂糖で煮詰めて作るの。すごく甘くすると傷みにくくなるから、保存出来るんだ」
「すごく甘いの?!」
「食べてみたいなあ」
「今度また作れるか試してみようね」
さて、後は柿だけど、採る時にヘタに枝が残るようにして取ってきてある。まずは皮を剥こう。
「ねえ、モモ。この実は村の近くにもあったけど食べられないよ」
「齧ると渋ーいんだよ」
おそるおそるユニとルーが聞いてくる。
「うん、そのままだとね。干すと甘くなるんだよ。元々甘い柿もあるけど、干し柿にするなら渋い柿でいいんだ」
温めておいたり、お酒に漬けても渋みは抜けるけどね、と言うと二人はびっくりして、
「これ、甘くなるの?!!」
と声が揃った。
五個の柿を剥いたところで、倉庫で細い紐を作ってくる。
「こうやって枝のところに巻き付けて紐で縛って、五個くらいで一本になるようにするんだよ。これを何日か吊しておくと、粉が吹いて甘くなるよ」
「やってみる!!」
ユニとルーが初めての干し柿作りにやる気を出した時、畑班から声がかかった。
「ちょっと畑の方に行ってくるね。これは見本にしてね」
後を二人に任せて畑へ行く。
キティとピノは、ぶどうとベリーをせっせと並べていた。頑張ってくれてる。
畑に行くと、全ての種蒔きがすでに終わっていた。
「何度も呼んだら、あっちの仕事にならないと思って」
バズが気を利かせてくれたらしい。みんな考えて動いてくれてるな。
「ありがとう。おかげで向こうも大分進んだよ」
水もちゃんと与えてくれてあると言うので、それじゃあ始めようか、と跪こうとすると、
「待って。みんなも見た方がいいと思うんだ。精霊様の恵みを実際に見て、ちゃんと感謝した方がいい」
バズにそう言って止められた。
そこで他の班のみんなにも手を止めてもらい、集まってもらった。
「土の精霊様の力をお借りして、作物を育てていただきます。みんな、しっかり見ていてね」
まずは、小さい麦の畑の前で跪き、
「我々の糧となる、この畑の麦が元気にスクスクと育ちますように……」
と祈りながら、ずっしりと実り頭を垂れる金色の麦畑の、あのキラキラと輝く美しい風景をイメージする。
「大地よ、その慈しみをもって、子らをお導き下さい」
祈りを籠めた魔法を発動すると、畑を優しい光が包み込み、温かな輝きに満ちる。
何も無かった土から芽が出て、みるみるうちに空へ、空へと成長し、緑色の実がギッシリついた麦畑となった。
「ああ……、精霊様」
アンはその場に頽れるように跪き、祈り始めた。
ルーシーやマリーも涙を浮かべている。
「ああ、奇跡だ」
「俺たちは守られているんだ……」
「……うん」
男の子たちも感動している様子だ。
ユニとルーは、「ありがとうございます」と目を瞑り呟いていた。
小さい子たちはあまりのことに止まってしまっていたが、
「わーい! 麦だ! 精霊様ありがとう!!」
と大喜びではしゃぎ出した。
そんな中、バズがそっと近寄ってきて、
「モモ、ありがとう。僕がこれを育てられるようになるまでよろしくね」
と私を労ってくれた。そして、
「土の精霊様、そして月の精霊様、ありがとうございます。まだしばらくお力をお借りします。どうか僕らを見守って下さい」
と感謝の祈りを捧げた。
みんなの高揚が鎮まるまで、これもまた美しい緑の麦畑を見つめながら、私も精霊様に感謝した。
素晴らしい力をお与えくださってありがとうございます。私も、この純粋な子供たちの瞳を曇らせないように導いていきます。どうか見守って下さい。
みんなが落ち着きを取り戻してから、サツマイモと大豆の畑にも祈りを籠め、魔法を使った。
サツマイモ畑は一面の緑に覆われ、白いラッパのような、内側だけほんのり紫色をした可愛らしい花が咲いた。
「キレイ……」
ほう、とため息が洩れる音も聞こえてくる。
大豆畑は緑の枝がスクスク育ち、かわいい丸みを二つ三つ膨らました枝豆が鈴生りになっている。薄紫の小さな花をつけているものもあった。
「かわいいね」
「兄弟が並んでる」
「いっぱいあるから家族だね」
微笑ましい感想が聞こえてきて顔がほころぶ。この幸せにもう一度感謝を。
畑班は収穫班を手伝いに行き、私たちも干し柿作りに戻った。
どんどん皮を剥いていき、紐で縛っていく。
量があるので皮を剥くだけでも結構大変だ。五個ずつ縛っていくのも案外手間がかかる。
しばらくすると、大豆の収穫に手こずっていたみんなも、ようやく全て終わったということで、干し柿作りを手伝ってくれた。人手が増えたことで干し柿作りも順調に進んだ。
麦を干したような物干し台を土魔法で作り吊していく。後は雨に濡らさないように気をつけていればいい。
これで午前中の予定は全部こなせたかな?
……キティとピノが、まだせっせとぶどうとベリーを並べていた。もうすぐ終わりそうなので、最後まで任せよう。
少しの後、やり遂げた二人は良い笑顔をしていたよ。
日も大分高くなっている。
私たちはそろそろ森へ出発しないといけないので、お昼も簡単になってしまった。
みんなで梨とトマトに齧り付く。
力を合わせて大仕事をやり遂げた後に、外で丸かじりする果実は、なんだかとっても美味しく感じられたんだ。




