第三十一話 かあちゃんは魔法を披露する
私たちが洗面所に寄って手や顔を洗ってから居間に行くと、みんなはすでに揃っていて魔法の練習を始めていた。
ジェフとマリーは身体強化を。
他の子たちは魔力操作を。
そして、小さい子たちが四人揃って私の前にきちんと並ぶと、
「モモ、見て! せーのっ!」
と手の平の上の魔力を光らせて見せた。
「え、すごい! みんな出来たの?」
「私たち昼間もちゃんと練習してたもんね」
四人とも嬉しそうに自慢気に胸を張ってみせる。
「えらいなあ、すごいなあ。魔力の流れもスムーズだし、よく頑張ったんだね」
みんなキャッキャッとはしゃぐ。
見ると、魔力操作の練習をしている面々も、お互い教えあったりしてすごく上達している。もうアンも身体強化の訓練に混ざっていた。
私は少し考え、みんなの前に立つとパンパンと手を叩き注目を集めた。
「みんな毎日すごく練習頑張ってるね。魔力操作も随分上手くなっているので、全員、身体強化の練習に移ろう。これからは魔法を使う練習もしていきたいと思います」
うわあっ! と全員が沸き立つ。
「でもその前に、今日は私の魔法を見てもらおうかな? 火、風、水の魔法は使えないけど、こんなことが出来るようになるんだよって、みんなに実際にわかってもらおうと思います」
そう言うと更に沸き上がり、キャーッという声も出ていた。
「まずは土魔法からね。地面をちょっといじるので、少し離れて見ていてね」
と言うと、真ん中をあけ、ぐるっと輪になりみんなが座った。
「いくよ。まずは、泥、粘土、穴」
床を泥にし、粘土を作り出し、穴を掘った。
「それから、罠にも使える落とし穴」
見た目は床なのに、今作った粘土を玉にして投げつけると、床が抜けて下に穴が現れた。
「そして、魔法製作に使う掘削、作製、平滑、強化」
床を掘り、掘り出した土で壺のような形を作り、表面を滑らかにし、強化をかけて固める。拳でコンコンと叩いて硬くなったことを示す。
出来上がったそれを、さっき掘った穴に入れ、土で埋めてしまう。
「採掘」
埋めた床から壺が掘り出される。
「鉱石とかを採掘する時に使う魔法だよ」
コリーが興味深そうに感心している。
「最後に復旧」
今まで作った泥も粘土も落とし穴も壺も、何事もなかったかのように元の床に戻る。
「これが中級までの土魔法。組み合わせることで土でいろんな物が作れるよ。魔法建築は上級土魔法だから適性が高くないと出来ないけど、一つ一つ組み合わせて作れば手間と時間はかかるけど建物だって作れるはず。バズとベルもここまでは出来るようになるんだよ」
わあっ!! と二人が声を上げる。
「土を耕すのにも使えるかな?」
「いろいろ作れるの楽しそう!」
みんなもワイワイとはしゃぐ。
「他に攻撃用の魔法もあるけど、ここじゃ危ないから、また今度ね」
みんなドキドキを隠せない顔をしている。
「続いて光魔法。まずは灯。次はちょっと眩しいから目を細めて見てね。いくよ、輝き」
部屋の中がピカーッと照らされる。
「目眩ましに使う魔法だね。それから清浄、浄化」
部屋の中の埃がキレイになり、空気も清浄になったような気がする。
「浄化は、ばい菌とかもやっつけるけど、アンデッド系の魔物にも効く魔法だよ。ジェフ、ちょっと頑張って腕立て伏せしてくれる?」
とお願いして二十回ほど頑張ってくれたところで、
「回復」
「おお、パンパンだった腕が!」
「これは疲れやスタミナを回復する魔法」
あとは、癒しは怪我をした時しか見せれないなあ、と言うと、
「私、包丁でちょっと指を切っちゃったの!」
とユニが人差し指を出す。
「癒し」
光が指に吸い込まれ、切り傷がきれいに治る。
「怪我したらすぐ言わなきゃダメだよ。治すからね」
もっと大きい怪我なら中級の更なる癒しの力よもあるからと言うとコクコクと頷いた。
今くらいの小さな切り傷なら聖域の効果で程なく治っただろうけど、怪我や病気は遠慮せずに自己申告してもらいたい。
「あとは、毒や麻痺なんかの状態異常を治す治癒、自然回復力を上げる聖なる癒しっていうのもあるけど、今は見せれないか」
それからこれも攻撃されないと実感出来ないと思うけど、と前置きして、
「盾」
一瞬光った透明な壁が私の前に出る。
「殴ってみてもいいか?」
ジェフが言うのでお願いすると、ガンッとジェフの拳は私の前で弾かれた。ジェフの手が赤くなっている。
「癒し、大丈夫?」
「おお! もう治った!」
心配するほどでもなかったようで、おちゃらけて見せるのでみんなが笑った。
そして近くのジェフごと、
「障壁」
光のドームが二人を囲い、すぐ消える。
「これも見えないけど、私たちの周りをぐるっと覆っているよ」
マークに頼み、棚にあった木のお皿を投げつけてもらうけど、障壁に弾かれて跳ね返る。
おお! とみんなが響めく中、マークはきちんとお皿を拾い片付けてくれていた。
「マークもマリーも、このくらい出来るようになるよ。魔力をいっぱい籠めれば大きさや強さも上げられる。過信は禁物だけどね」
二人はやる気と期待に満ちた輝く笑顔で、
「怪我したら言って下さいね」
「ジェフは怪我が多いからな。俺がいつも見ててやるからな!」
マークの言葉にみんながまた笑う。
「光魔法にも他に攻撃魔法があるけどまた今度。あとは闇魔法だね。闇」
部屋が薄暗がりに包まれる。みんな動揺したけど、闇はすぐに晴れた。
「逃げる隙を作りたい時とかに、こちらの姿を見にくくしたりに使えるね。あとこれも、潜む」
私の気配が薄れたことで、一瞬みんなが私を見失った。
「気配をちょっとだけ隠したの。気配を隠している相手を見つける捜すって魔法もあるよ。ティナ、いたずらに使っちゃダメだよ」
ちぇっとティナが舌打ちし、またみんなで笑った。
「それから、罠を仕掛ける罠や、仕掛けられた罠を解除する罠解除、状態異常をおこさせる毒、麻痺、睡眠、魅惑。闇魔法は戦いの補助や探索に便利な魔法が多いんだ。冒険者が迷宮に入る時とかに重宝する魔法だね」
「冒険者!」「迷宮!」
ベルとティナの瞳がキラリと光る。
「他にも、モンスターからアイテムを奪える奪取、薄い壁や障害物の向こうを覗き見出来る盗視、暗いところでも良く見える暗視、周囲の気配を察知出来る感知、どれも索敵や探索、戦闘に役立つ魔法だよ。攻撃魔法もあるしね」
「うわあっ! 冒険者、なりたい!」
「お宝発見!」
ティナとベルが色めき立つ。
「大きくなったら何になりたいか、考えるのは良いことだし楽しいね。魔法は今ここで暮らしていくのにもとても役立つものだけど、みんなの将来を広げてくれるものでもあるから。あとは闇魔法が上達すると状態異常にかかりにくくなるっていう属性特性もあるし。どお? みんなもワクワクしない? 魔法の練習楽しくなるよね?」
みんながワーッと喜び、騒ぎ出す。
キティが近付いてきてコッソリ教えてくれる。
「強くなったらいろんなどうぶつさんに会いにいってあそびたいの。やみまほうでできるかな?」
笑顔で頭を撫でながら、
「出来るよ。臆病な動物にそーっと近付いて観察する時とかにきっと便利だね」
と教えてあげると、
「わあ、そしたら鳥さんもにげちゃわないね。お歌うたってるとこ見てられるね!」
喜ぶキティが可愛くて、さらに頭を撫でた。
「ピノは? ピノはなにができう?!」
「使って見せてはあげられないけど、教えてあげることは出来るから説明するね。風魔法は昨日ルーシーたちが見せてくれた気持ち良い風を吹かせる微風、もっと強い、軽いものなら吹き飛ばせるくらいの風よ、風を使って乾かす魔法、乾燥。それから風の刃、これは木を切ったり、草を刈ったりするのに便利そうだよね。あとは光魔法でもあった守りの魔法、風の盾、空気をきれいにする風の清浄。攻撃魔法には全体攻撃が出来る魔法があるよ。守りも攻撃も出来るから強くなるね」
「うん! ピノつおくなる!」
キュッと小さい拳を握ると、
「モモのことまもってあげうからね」
と内緒話で伝えてくれた。
「うん、よろしくね」
私も内緒話で答える。かわいい。
「火魔法は攻撃に特化したものが多いんだ。火を点ける火よ、もっと強い火で燃え上がらせる炎よ、暖かい風を出す熱気が生活魔法にあるけど、あとは攻撃魔法ばかり。他の属性の攻撃魔法より威力が強いから扱いに注意して」
ジェフの目を見ながら言うと、真剣な顔でわかったと答え、隣でコリーも頷いた。
「水魔法はいつも使ってもらってる水よ、火魔法の熱気の逆で涼しい風が出せる冷気、水洗いが出来る洗浄、夏に重宝しそうだよね。それから回復系の魔法もあるよ。水の癒しって言う、祈りを捧げるタイプの回復魔法だね。体内から癒す魔法だから、怪我にも病気にも効果がある。光魔法の回復程、即効性がない代わりに弱った体にも効くのはありがたいよね。攻撃魔法には全体攻撃が出来る魔法があるから、攻撃と回復、両方出来るってすごいよね」
とアンとルーを見る。アンは、
「祈りを捧げて癒すなんて素敵です!」
と喜んでいるし、
「お洗濯が楽そう! 私が洗ってユニが乾かせばいい!」
「ホントだ! そうしよう!」
とユニとルーがはしゃいでいる。
大発明だ! と小躍りまでしている。
「そういう風に、魔法は組み合わせ次第でいろんなことが出来るし、すごく便利です。ランクが上がれば攻撃魔法もより強くなります。
……だから、悪い心で使おうと思えばいろんな悪いことも出来ちゃいます」
はしゃいでいたみんなが静まり返り注目する。
「一生懸命訓練して強くなるのは何のためか忘れないでね。強い人ってどういう人か、わかるよね?」
みんなを見渡すと、真面目な顔で考えている風だ。
「心根の腐った人間が強い力だけを手に入れると、ろくなことになりません。だからみんな、魔力や体を鍛えるのと同時に強い心も手に入れて下さい。
……悪い心に流されるのはすごく簡単なの。それに抗える強い心と感謝の気持ちを忘れずに、これからも頑張っていこうね」
「はい!!!」
決意の籠もったしっかりした顔付きで答えが返る。
「じゃあ、今日はここまで。みんなにも魔法を使ってもらって、今日は休みましょう。明日は午前中は家の仕事を少しして、お昼頃に狼さんの様子を見に行ってこようと思うから。またお手伝いよろしくね」
今日は全員、魔法が使えそうなので、小さい順にやっていくことにした。
ピノには、
「木の上で松ぼっくりがユラユラ揺れる風だよ」
とイメージを伝えて微風を使ってもらう。
「うん! かぜで木がゆれてー、まつぼっくいがゆらゆらちてくださぁい」
手に魔力が集まってきたようなので「そよかぜ」と教えると、ピノも、
「そよかぜ」
と真似する。ふわふわーっと柔らかい風が吹く。
「モモ、できたあ」
とても嬉しそうな笑顔でピノの目が閉じていく。
「うん、上手だよ、ピノ。おやすみなさい。また明日」
癒しの力を使いながらそう言うと、「おやすみぃ……」と眠りについた。
キティには闇を使ってもらう。
「暗いのこわいよ……」
「そうだなあ。キティのところにモグラさんが遊びに来てくれた時、お日様が眩しかったら穴から出られないでしょ? だから、ちょっとだけ暗くしてあげてください。真っ暗じゃなくて大丈夫だから」
「こなひき小屋くらい?」
「うん、そのイメージでやってみて」
粉挽き小屋の暗さがどんなもんか知らないけど、本人がイメージしやすいならいいだろう。
「まぶしくないように……こなひき小屋くらいくらくなれ……」
「闇だよ」
「うん、……やみ」
辺りがぼんやり暗くなる。誰の顔かはなんとなくわかるくらい。
「えへへ、できたあ……」
「うん、上手。イメージばっちりだね」
おやすみなさいと眠りに落ちる。
粉挽き小屋には灯りが無いから昼でも薄暗いんだよ、と次の番のティナが教えてくれた。なるほど。
さて、そのティナはと言うと、
「任せて! イメージ出来てる! クローゼットに隠れた時くらい暗くなれ!」
魔力を上手に集めると、
「闇!」
部屋の中がぐっと暗くなる。
「おお! 成功! すごいね、ティナ」
次の瞬間には、また明るくなって、ティナはすでに寝入っていた。
「はは、豪快。おやすみ、ティナ」
ベルは土魔法だ。
「落とし穴がいいなあ」
と言うけど、初級魔法なのでまだちょっと無理だね。
「初めてだから泥からにしよう。だんだんとね」
と言うと素直に聞き分けてくれて、
「ドロドロー、誰かが足を引っ掛けて転んじゃうくらいドロドロー」
という変な呪文みたいなイメージをして、
「泥」
と唱える。見事に三十cm角くらいの範囲に泥が出来た。
「やったー……、転ばないように直しておいて……ね」
「うん、わかった。大丈夫だよ。おやすみ、ベル」
そんな言葉を残して眠っていった。
ユニとルーは、是非ともやってみたいと桶と手拭いを持ち出し、
「きれいになぁれ! 洗浄」
「ふかふかに乾いて! 乾燥」
をやってのけた。
「すごいね。五枚も出来たよ。最後の方はだいぶ制御が上手くなってたし!」
と褒めると、
「十四人分出来るようになる」と二人して目標を立てて眠った。
年長のみんなも、新しい魔法を使ってみたいと、輝き、洗浄、乾燥、穴の魔法に挑戦し、成功させて眠りについたが、火魔法の炎よはちょっと危ないので、ジェフとコリーには熱気にしてもらった。
今日はいろいろあって疲れたし、私も魔力を使って眠ろう。
結構たくさんの魔法を使ったつもりだったが、創造や畑以外の魔法はMPの消費がそれ程でもないようで、まだ五千数百も残っていた。
気持ちの折り合いもついたことだし、有難く加護の恩恵を受けさせていただこう。
外に出て、一応火の確認もし、三m四方のサイズの畑を四枚と肥料を多めに作らせてもらった。
農作業は明日の午前中にみんなとしよう。
入り口を閉め居間に戻り、精霊様に感謝の祈りを捧げてから、聖域を使って私も眠りについた。




