第三十話 かあちゃんは寄り添いたい
今日も午前中いっぱいは、みんなが頑張って採取してくれたので随分とたくさんの食料が集められた。
これは片付けるのも大変だと気合いを入れたのだが、みんなも手伝ってくれたので思いのほか手早く荷物を下ろすことが出来た。
荷車や道具も物置に片付け、洗面所で手と顔を洗おうとして気付いた。
「あーっ、私、今日水汲みしてない!」
焦る私に、
「大丈夫。私の魔力も増えましたし、ルーも水を出せるようになったので足りてますよ」
ふふふっと笑うアンの言葉に安堵した。
居間に向かうとすでに夕食を運び込み始めていて、小さい子たちはスプーンやフォークを並べたりとせっせとお手伝いしている。
「座って、座って。お疲れさまでした」
みんなに促されて席に着く。
今日の夕食はトマト料理にしたようだ。
あの畑から収穫したものだろう。
アンにこっそり、畑の件はどう伝わっているのか聞いてみると、
「そのまま話しましたよ。ももちゃんが魔法で畑を作ってくれたと。ももちゃんに加護を下さった精霊様が力を与えてくれて、こんなに素晴らしい作物が出来たのだから、いつも精霊様に感謝の心を持ちながら暮らしましょうって。
みんな、精霊様ありがとう、モモありがとうってとても喜んでいました。収穫のお手伝いも進んでやってくれて助かりましたし、みんな嬉しそうでしたよ」
うん、素直だね。考え過ぎたり、嘘を交えないストレートな説明だ。
そっか、取り繕おうとしないで、ただ素直に伝えれば良かったのか。
思えば私は今更ながら、常識外れな自分が呆れられてしまうのでは、とか、大き過ぎる力は恐れられ受け入れられないのでは、などというくだらない考えに囚われていたのだろう。
『出る杭は打たれる』ことに恐怖を感じる、日本人にありがちな間違った常識に絡め捕られていたんだ。
戸惑ったり、怖がったりじゃなく、ただありがとうで良かったのに。
朝、わかったと思っていたのに、まだ何か勘違いしていたのかもしれない。
夕食も並べ終わり、みんなも席に着いた。
「みんな、今日も一日ありがとう。帰りが遅くなっちゃって心配かけてごめんなさい。森でもいろいろあって、お話ししたいこともあるけど、それは食後のお茶の時にゆっくり話すので、まずは美味しそうなご飯を楽しみましょう。ユニ、ルー、今日もありがとう。
みんなも、作ってくれたユニとルー、今日一日それぞれ頑張ってくれた仲間、美味しい食料を分けてくれた森と大地、そして私たちを守り、力を与えて下さった精霊様に感謝の気持ちを込めて言いましょう。――いただきます」
すると、みんな目を閉じ、祈りを籠めるように「いただきます」と続いた。
今日のメニューは畑で採れたてのトマトを使ったトマトスープと塩トマト。デザートにヨーグルトが付いている。
トマトスープはドングリ茸の出汁にザク切りのトマトをたっぷり入れたもので、大豆の水煮も入っている。
あっさりとしているが、トマトの旨味が濃く、しっかりした味になっている。大豆も入っているので食べ応えがある。
ああ、疲れた体に染み渡る。
塩トマトも、トマト自体の味が力強いので、少しの塩をふっただけですごく美味しい。塩がトマトの甘みを引き立てていて、フルーツみたいだ。
みんなも美味しい、美味しいと夢中で食べてる。
自分で収穫した野菜はまた格別だしね。
「トマトを上手に使ってくれたね。今日のご飯もとっても美味しい! ユニ、ルー、ありがとう」
と言うと、ユニとルーも嬉しそうだ。
「いっぱい食べてね」
「デザートも美味しいよ」
なんで少しニヤニヤしてるんだろう?
食べて、食べてと勧められるがまま、スープも塩トマトもパクパクと食べ切ってしまった。
ユニとルーおすすめのデザートのヨーグルトを一口食べると、鼻に抜ける甘い良い香りがする。
あれ、この匂い知ってる。
……まさか、シナモン?
「え? ユニ、ルー、この香り、これ! どうしたの?!」
二人は見つめ合い、ふふふっと笑うと、イェーイ! と手を合わせる。
「やっぱりモモは気が付いてくれた。いい匂いでしょ? ほんのちょっぴりだけ木の皮の粉をかけてみたの」
「風邪をひいた時とかにお薬になる木の皮なんだよ」
と教えてくれる。
シナモン……というか桂皮には、解熱、鎮痛作用があるからだろう。
「これどうしたの? どこにあったの?」
興奮して尋ねる私に、
「今日もおサルさんが来て、トマトのお礼にってくれたんだよ!」
キティが嬉しそうに答えてくれた。
「今日も遠くからこちらを見ていたので、トマトをあげたらいつものように帰ったんですが、しばらくして戻ってきて、これを置いていったんです。この匂いは熱がある時に飲む薬の匂いだったんで、お礼に大事なお薬分けてくれたのかなぁって話してたんです」
とマリーが補足してくれた。
「おサルさんがくれたんだお!」
ピノも楽しそうに言う。
席を立ち、戻ってきたアンが、
「お薬で飲むのはもう少し辛い匂いがするんですけど、これは甘い香りがするので、食事に使えないかユニとルーと相談して、ヨーグルトに削った粉を少しだけかけてみたんですよ」
クルッと巻いた木の棒のようなものを手渡してくれる。
この形、この香り……、
ああ! やっぱりシナモン!
香辛料が一つ増えた! 嬉しい!
「私のアイデアなんだよ? どう?」
ルーが前のめりに聞いてくる。
隣でなぜかユニもドキドキした顔でじっと見つめてる。
「うん! すっごく美味しいよ。香りもいいし、この木の皮は血の流れをサラサラにしてくれるから、夜ポカポカして眠れるんだよ。体にもいいから大成功だよ! ただ、お薬だから食べ過ぎは良くないけどね」
このくらいの量ならちょうどいいよ、と教えてあげると、
「やったー!」
「大成功!」
と二人は大いに喜んだ。
その様子を微笑ましく見つめながらみんなで、
「おサルさんはお薬になるのをわかってて林から取ってきてくれたのかなあ?」
「良く知ってるよね」
「頭良いんだね」
「優しいな」
と口々に話した。
「明日も来るかなあ」
「もおなかよしだからくるお」
とキティとピノも、明日も会えることを期待して嬉しそうだ。
あのおサル、着々とみんなと仲良くなってるよね。毎日一匹だけでやって来ては、何かしら食べ物を貰っているようだけど、群れにいないのかな?
初日にいたずらされ放題だった時はやんちゃな問題児だと懸念してたけど、子供たちにはいたずらしてこないようだし、心配する必要は無いのかもしれない。
何よりみんなおサルが来るのを楽しみにしてるようだしね。ありがとうも言えるし、お礼を持って来るなんて、実は良い子だったみたい。
夕食を食べ終わったのでお茶にする。
ちょっと悲惨な話しをしなきゃならないので気が重いが、アンを見習って素直にきちんと話すことにする。
「今日、森でね。午前中って約束したのに昼になっても狼さんが来なくて、心配になって探しに行ったの……」
そうして、狼の巣穴を見つけた時の状況を、その時の思いを隠すことなく話して聞かせた。
弱りきった狼たちの痛々しい惨状を話す時、小さい二人は泣いてしまうかもと思ったのだが、意外に冷静な反応で、しかし真剣な表情で聞いていた。
アンの方がこういう話しに弱いのか、顔色は青を通り越して白い程になっていて、倒れてしまわないか心配になるくらいだった。
お嫁さんの怪我の治療は上手くいったこと。
しかし狼たちは毒に侵されているようだったので、回復や浄化の魔法を駆使して、なんとかギリギリで助けることが出来たこと。
けれど、回復魔法では怪我は治せても、病気や弱った体は治せないので、丸一日はゆっくり寝て体を癒やさないといけないこと。
最後に、未だ弱りきっているだろう狼たちの容体が気になるので、明日、もう一度森に行きたいことを伝えた。
「冬の準備が最優先だって、みんなにもいろいろと我慢させてるのに……、ワガママを言うけど行かせて下さい」
頭を下げると、
「それは違うよ」とティナが言う。
「冬の準備は大切だけど、一番は仲間を守ることだよ」
「そうだよ。守ってあげないと弱い子は死んじゃうんだから」
ティナとベルの言葉だ。
「弱いと死んじゃうんだよ」
「だからつおくなるよ」
キティとピノまでそんなことを言う。
「俺たちは弱いから、そんな光景が目の前にあっても、我慢するしか無かったんだ……」
ジェフの言葉で理解してしまった。
「私は救えなかった命をいくつも見てきました。もうあんなのは嫌なんです。精霊様が私たちを守って下さるのなら、私たちも誰かを守らなければ」
アンの瞳には涙がいっぱいに溜まっていた。
ああ、この子たちの強さは、優しさは、過酷な生活と辛過ぎる経験の元にあるんだ。
この世界は弱い者に厳し過ぎる。それに抗いたくて、私は立ち上がったんじゃないか。
そんな私に、精霊様は奇跡を、力を、与えてくれたんじゃないか。
私は守るためにこの力を使うことを躊躇する必要なんか無い。
救えるものが目の前にあるのなら、遠慮なく救おう。
「うん、わかった。これは私たちの決まりにしよう。誰かを守りたい気持ちを我慢しないこと」
弱いものを守ることが出来るのに我慢するなんて馬鹿げている。
私もみんなも、あの村で痛い程感じていたことだ。
私たちは強くなろう。
「忘れないで、みんな。自分のことしか考えてない人より、守るものがある人の方が強くなれる。そして、月の精霊様は守る心を持つ人の味方だよ」
「……強くなります。誰も泣かないで済むように」
そう言うアンの瞳から涙が零れた。
私は何も言わずアンを抱きしめ、頭を撫で続けた。
「そういうことだから、さっさと片付けて魔法の練習しようぜ。強くなるんだからな!」
ジェフが空気を変えてくれる。
みんなも「はい!」と力強く答えた。
ごちそうさまの挨拶をして片付けを始める。
子供たちの強さをまた垣間見た。
みんなが夕食の片付けをしてくれている中、
「アン、干し野菜片付けるの手伝ってくれる?」
とアンを連れ外に出る。
一昨日作ったコロ付きの干し台を押しながら、畑に目を向け、アンが足を止める。
「ねえ、アン。頑張り過ぎてない?」
「ふふ、ももちゃんにも同じこと言っていいです?」
顔を見合わせ二人で苦笑する。
全ての干し台を物置に運び入れて二人きりで話す。
「アン、森でね。子供たちだけでこれから生きてかなきゃってなった時、私、なんとかしなきゃって一人で慌てて、追い詰められて、無理矢理笑ってた。
そんな時、アンに、笑顔が好きだから、一緒に頑張るから、ただ笑ってくれればいいからって言われて、肩の力が抜けたの。アンのおかげだよ。
今は心から笑えるし、みんなが一緒に考えてくれるからいろんなことが出来るようになった。精霊様が見守って、助けてくれてることにも気付けた」
アンの手を取り、目を真っ直ぐ見て続ける。
「ねえ、アン一人に頑張らせ過ぎてない? 肩に力入ってない? 私が頑張らなきゃって背負い過ぎてない?」
「わ、私……私は……だって、頑張らないと……」
またアンの瞳に涙が溜まっていく。
アンの背中をポンポンと叩きながら笑顔で言う。
「今は頑張らないといけない時だもんね。わかるよ。私も毎日、あちこち出歩いちゃってて、アンが小さい子たちの面倒見てくれてるのに甘えちゃってた。すごく助かってるよ。
でも、アンにも心から笑ってて欲しい。力み過ぎてると本当の力が出せないってアンに教えてもらったんだよ」
ううう……と小さく呻きながら、アンは涙をポロポロ溢す。
「我慢しないで。泣くのも、笑うのも、怒るのも。私を、みんなを頼って。もっとワガママ言って。どんなアンでも私は大好きだよ。私のかわいい娘だよ」
ひとしきり、涙を流し続けるアンの背中をポンポンしていた。
アンは涙をキュッと拭くと、
「ももちゃん。ふふ、森にいた時のももちゃんは、すぐにわたわたしててかわいかったですよ」
泣き止んだアンは、赤い目のままクスクス笑い、手をバタバタさせたり、頭を抱え込んだりと、私の真似をして見せる。
「えー、私そんなだった? もお!」
と口を尖らせて見せると、その顔もかわいいとコロコロ笑う。私も一緒に笑った。
ふうっと一つ、小さなため息をつき、
「笑顔が一番、ですね」
「笑顔が一番、だよ」
やっとアンから強張りが取れた。
「みんな待ってるかな? 行こうか」
はい! と元気な返事をし、
「あ、一つワガママ言います。落ち着いたら作って欲しいものがあるんです」
「ん、なになに?」
「祭壇を。小さくていいんで、精霊様に感謝を捧げられる」
「そうだね。ありがとう。落ち着いたら作ってみるよ」
「お願いします!」
えへへ、と嬉しそうにアンが笑う。
行きましょう、と手を引かれて居間へ向かう。
もっと、一人一人と話しをしなきゃダメだな。
目の前のことに気を取られ過ぎて、子供たち一人一人と向き合って話す時間を取れていなかったことを反省した。
これからはもっともっと、みんなと話したり、関わっていきたいと強く思った。
『日本人ならでは』を『日本人にありがちな』に修正しました。




