第二十九話 かあちゃんはめちゃくちゃ頑張る
残酷な描写があります。
苦手な方はご注意下さい。
何が起きたのかわからないので、周囲に気を配りつつ、少しずつ洞窟へと近付いていく。
みんなの目にも洞窟の様子が窺える程近付くと、子供たちは駆け出そうとした。
「ダメ!!」
制止された子供たちは不満そうだが、弱っているとはいえ狼の巣穴に不用意に近付けさせる訳にはいかない。
――『危険』と何かが警鐘を鳴らしているのだ。
「なんで?! モモ、急がないと!」
「ジェフ、死にたいの?」
冷静に言ったつもりが冷酷な声が出てしまった。
みんながビクッとなって動きを止める。
「な……何を……?」
「あそこは危険。近づいちゃダメ」
狼の様子を思い出し仮説を立てる。
「理由も原因もわからないけど……、黒い狼は怪我と出血によって弱っている様子だった。でも、他の狼は怪我をした様子はなく口から泡を吹いて倒れていた」
ジリジリと焦る気持ちを押さえつけ、一つずつ説明する私と真剣に耳を傾ける子供たち。
「あの大きな狼が泡を吹いて倒れる程の何かがあそこに充満しているかもしれない。……毒か、菌か、呪いの類か。みんなが近付いたら同じようになるかもしれない。ううん、体が小さい分すぐに……」
みんな顔を蒼白にして尻込むが、
「でも、急がなきゃ! 狼さんたちが!」
コリーは撫でさせてもらった分、感情移入が大きいようだ。
「うん。だから、私が一人で行ってくる。みんなはここに……」
「モモ!!」
ジェフが大声を上げるが、
「聞いて。私はSランクの闇属性のおかげで状態異常耐性がすごく高いの。でも、みんなは無防備過ぎる。連れて行けない。ここで待つか、狼を諦めるか。他に選べる道は無いよ。私は出来れば狼たちを助けたい。だから、ここで待っていて欲しい。それが守れないなら行けない。時間が無いの。すぐに決めて」
…………。
「俺だって、俺たちだって、狼を助けたい。でも、そんなところにモモ一人で行かせるなんて……」
苦い顔をする子供たちに、
「信じて。狼たちを助けて必ず元気に戻ってくる」
ニコッと笑って、優しく力強く声をかける。
「モモ、笑ってる……」
「大丈夫なのか……?」
コクンと頷き、急ぎ簡素な穴を掘った。地下室を作り、みんなに入ってもらう。
「待っていて。すぐ戻ってくるからね」
マークに明かりをを灯してもらい、入り口をしっかり塞ぐ。
よし。これで安心して助けに行ける。
あの黒い狼が怪我をしたというお嫁さんなのか、それとも別の群れの敵なのか。
洞窟の手前で自分の障壁を強化してかけ直す。
混沌の支援で状態異常耐性をさらに上げる。
気配を探り、弱った狼たち以外に敵性のものがいないか確認する。
大丈夫だ。
意を決して中へ踏み込む。
奥には瀕死の狼たちが倒れている。ギリギリみんなまだ生きているが、一刻の猶予も無さそうだ。
焦るな。パニクるな。冷静になれ。
とにかく出来る限りのことをしていかなければ。
「領域回復」
取り敢えず、少しでも体力を回復させる。毒性のものなら解毒しなきゃ。
「領域治癒」
癒しの力も使って自然回復力も上げつつ、
「清浄、浄化」
洞窟の中を浄化する。
少しは楽になったのか、狼たちの意識が戻り出し、そこかしこから呻き声が聞こえてくる。
「読心」
『モモ……なのか……? 彼女を……我の番を……家族を、助けてくれ……』
白銀の狼は弱りきった体で視線を黒い狼に向ける。
「あの黒い狼がお嫁さんでいいのね?」
『ああ……頼む。我は……』
今は思念を使うのも辛そうだ。
「ここは聖域なりて」
これで浄化も回復も進むはずだ。
「大丈夫。休んで」
ニッコリと微笑みかけると狼にも少し安心感が生まれたようで、
『ありがとう、モモ……頼む』
少しだけ落ち着いた様子が見えた。
黒い狼に近付くと、彼女も意識が戻っていて、ほんの少しくらいは楽になった風ではあるが、強い痛みに必死に耐え、怯えていた。
『あなたは何……? 夫が言っていた人の子?』
逸る気持ちを抑えて、穏やかに答える。
「そうだよ。私はモモ。白い狼さんに頼まれて、あなたを治しに来たの。怖がらなくて大丈夫。ちょっとだけ見せてね」
出血の多い後ろ足は喰い千切られたように腿から先が無くなっていた。
――酷い傷だ。
他に怪我は無さそうだが、大出血の上に、毒か何かのせいか、衰弱しきっている。
まずはこの足をなんとかしなきゃ。
体の欠損を治すとなるとS級の回復魔法を使うべきだろう。
足が元通りに戻ることを、力強く大地を蹴り、走り回れる姿を、狼たちの幸せな暮らしを思い浮かべ、祈り、魔力を練り上げる。
他の狼たちからも黒い狼の回復を祈り、願う思考が流れ込んできた。みんなの想いも込めて魔法を発動する。
「壮大なる癒しの力よ!」
眩いばかりの光が洞窟を満たし、収縮され、渦を巻いて黒い狼を包み込む。
欠損した足の部分が特に強く輝きを放つ。
だんだんと光が小さくなり、静かに消えてゆくと、そこには、
――失った後ろ足も完全に復元された黒い狼の姿があった。
驚き、戸惑った表情で、よろよろと立ち上がり、失くしたはずの後ろ足の感覚を確かめている。
「もう大丈夫? 痛いところは無い?」
ハッとしてこちらを向き、もう一度、同じ言葉で尋ねてきた。
『あなたは……、何……?』
「ふふ、言ったでしょ。私はモモ。ただのかあちゃんだよ」
『ハ、ハハ……。言ったであろう。モモは不思議な子供なのだよ』
大分回復してきたのか、だがまだ覚束ない足取りで白い狼が近付いてきた。予想を上回る結果だったのだろう。戸惑いを隠しきれないながらも嬉しそうだ。
『モモ、ありがとう。我も、我の群れ、家族たちも、おかげで助かった。感謝してもしきれぬ』
「なんとか間に合って良かったよ。まだ無理して動いちゃダメだよ。大いなる癒しの力よ」
輝く光が白い狼へと吸い込まれていく。
「どう? 少しは楽になる?」
基本、ヒール系の魔法は怪我を治すもので、体力の回復にはなっても病気を消し去ったりは出来ない。
病気を治すには原因を無くした上で自身の治癒能力を上げたり、癒しの力を使ったりしてゆっくりと回復を待つしか無いんだ。
ヒールで体力を回復出来ても、弱った体はすぐには治らない。だから、無理はしないで横になってと伝える。
『うむ、言う通りにしよう』
白い狼は黒い狼を促し、二匹で床に横たわった。
周りを見回すと、他の狼たちの呼吸も落ち着いてきていて、白い狼に習い体を横たえ休んでいる。
私も絶対に助けたいという思いに無我夢中で気持ちを張り詰め続けていたが、なんとかヤマは乗り切れたようで力が抜けた。糸が切れたようにその場にへたり込む。
まだ、これで終わりじゃない。
もう少し頑張れ自分!
「何があったのかだけ聞いておきたいんだけど、横になったままでいいから教えてくれる?」
『我の番は、狩りの時に熊の爪にやられて後ろ足を怪我してしまい動けなかった。一昨日モモに出会い、治してもらえるかもしれぬと喜んでいたのだが、爪の傷は思うよりもずっと重かったようだ。昨晩あたりから少しずつ腐り始め異臭を放つようになってきたのだ。
今朝になると、どんどん腐った傷が広がっていき、間もなく片足の殆どが毒に侵されていった。それはあまりにも早かった。このままでは体中に回ってしまうと思い、我は番の足を喰い千切る決断をした。毒と思われるその部分を切り離せば命は助けられると考えてしまった……。浅はかであった』
それが今朝の出来事だと狼は語る。
『喰い千切り、吐き出した足の肉は、すでにそれ自体が強い毒となっていたようで、口に入れてしまった我が最初に倒れ、心配して集まり、彼女を介抱していた仲間たちも次々に倒れていった。もうダメだと意識をなくしかけた時にお主が現れたのだ』
なるほど、黒い狼の傷口に細菌かウィルスの類が入り、増殖し、感染症を起こしていたのだろう。
腐り始めてからすぐに伝染しなかったなら空気感染では無さそうだ。人喰いバクテリアのような嫌気性の菌の特異種の仲間なのかもしれない。となると、喰い千切った肉を吐き出したことにより飛沫が飛び散り、周りの狼にも感染したのだろうか? 獣だから傷口を舐めて治そうとして感染したのかな?
わずか半日でこうなるとはかなり毒性と繁殖力が強い危険なものだと思われるが、聖域の浄化作用は対象を害するものなら、敵性の細菌、ウイルスにも有効なはずだから、一日ここで休んでいれば死滅するだろう。
聖域の浄化は抗生物質より優秀だ。
「ありがとう。だいたいわかったと思う。これから丸一日、浄化作用のある結界に守られたこの洞窟から出ないで過ごせば、体に入ったその毒は魔法の力でなくなるはずだから大丈夫だよ。ただ、食べ物や水をどうしようか。備えはある?」
『言う通りにしよう。食べ物は、我ら狼は数日食べずとも問題ないのだが、水は……な。川に行けぬとなると困ったな』
「川があるの? 近い?」
『ここより西に川が流れておる。川からも近いのでここを群れの住み処としたのだ』
「わかった。汲んでくるよ。少し待ってて」
私は洞窟の一角の地面に土魔法で大きな水桶を作り、洞窟から出ると、自分にかなり強めに魔力を込めた治癒と清浄、浄化をかけておいた。状態異常耐性が高いとはいえ、菌が相手なら勝手が違う。自分に障壁をかけていたし、傷口に触れたりはしていないが念のためだ。
西に向かって少し歩くと、確かに近くに川が流れていた。
他の獣の反応は無い。
あまり時間が無いので、近くの木を木材にして荷車を作り出し、積めるだけの六個の水瓶を作った。
全てに水を汲み、荷車に積んで洞窟へ戻る。
狼十二匹のための馬鹿デカい水桶に水を満たすことが出来た。
狼たちは小さい私の働きぶりにびっくりしながらも、とても感謝してくれた。
「これでお水は大丈夫として、みんなはお芋は食べられる?」
『好んでは食べぬが、腹が減れば食すこともある。獲物は常に一定ではないからな』
また「ちょっと待っててね」と言い、洞窟を出てみんなの待つ穴ぐらへと戻る。
穴ぐらで何も出来ずにヤキモキした気持ちで待っていたみんなはかなり心配していて、
「モモ、大丈夫か?!」
「遅かったよ! どうなった?!」
と詰め寄られた。
時間が無いので詳しい説明は後で、と前置きして、
「取り敢えず、狼さんたちは助かったよ。ただ、すごく衰弱しているから一日はあの洞窟から出られないの。食べるものが無いから焼き芋を持っていってあげようと思って」
と伝える。
残った四十個程の焼き芋は腰カゴに入れて持ってきていた。狼の体からすれば微々たる量だが、無いよりはマシだろう。
ジェフたちは自分たちも行くと言ったが、洞窟にはまだ毒が残っているかもしれないからと、私が持っていくことを了承してもらう。
急ぎ洞窟に戻り、
「ごめんね。日暮れが近いから私たちはもう帰らないといけないの。これ少ないけどお腹の足しにして。一日はここから出ないでゆっくり体を休めてね。あと、あの荷車と水瓶は持って帰れないからここに置かせて」
と焼き芋を土で作った大皿にドサドサと出し、慌ただしく別れの挨拶を済ます。
「また来るからね」
と手を振り、足早に洞窟を後にする。
穴ぐらに戻るとジェフたちが待っていた。
「ごめんね。待っていてくれてありがとう。早くしないと日暮れまでに帰れないから、歩きながら話そう」
と広場を目指し南へ進む。
狼のお嫁さんの足の怪我の状態が非常に悪く、腐り出してしまってバイ菌が毒になってしまったこと。
このままでは死んでしまうと思った白い狼が、足を切り落とす決断をしたが、落としたその足から毒が広がってしまい、群れの全員が倒れ、死にそうになっていたこと。
中々ショッキングな内容だが、わかりやすく説明すると、みんな青い顔をしつつも状況は理解してくれた。
「だから、魔法で回復と浄化をしたんだけど、毒が消えて体が回復するまで一日はあそこでじっと寝ててもらわないといけなかったの。お水とご飯代わりの焼き芋を用意してきたから遅くなっちゃったけど、もう大丈夫だと思う」
「でも、心配だな……」
「うん、明日も来ようよ」
「さっきは明日は家で、って言ってたけどさ」
「そうだね。きちんと治ったか確認した方がいいと思うよ」
「明日も、もう一度森へ来ようぜ」
みんなもそう言ってくれるし、私も実際心配してたので頷いた。
「そうだね。お留守番のみんなにもちゃんと説明して、明日もう一度森へ来よう」
広場に着くと、ネコ車やステップ、余った木箱は地下室にしまう。石焼き鍋とナイフもまた使えるのでしまっておいた。
今日は芋掘りをしていないので、空いている中くらいの荷車には、持ってきたネコ車と腰カゴを載せる。三台の荷車に布をかけロープで縛り準備が出来た。
「日は大分傾いてきてるけど、夕焼けまではまだありそうだし、なんとか暗くなる前に戻れそうだね。じゃあ、気を付けて帰ろう」
私たちは荷車を引いて森を出る。
寄り道も休憩もせずに急いで帰ったので、夕焼けが赤から紫へと変わる頃には家へと帰り着くことが出来た。
「ただいま。遅くなってごめんね」
「良かった!! 何かあったのかと心配してました!」
心配して外に出て帰りを待っていてくれたらしいアンの声に、みんなもぞろぞろと出てきて無事の帰りを喜んでくれた。
今日は本当にいろいろあった。
話すことがいっぱいある。
とにかく今は荷物を下ろし、ユニとルーが作ってくれてる夕食をみんなで食べよう。
脱力したい気持ちに鞭打って、家の中へと荷物を運び入れることにした。




