第二十八話 かあちゃんは狼に会いに行く
残酷な描写があります。
苦手な方はご注意下さい。
朝が来た。
来てしまった。
起きたくない。
どうなっているのか見るのが怖い。
でも今日は森へ行く約束の日なので、仕方なくノロノロと起き出した。
入り口を開く前に大きく深呼吸して、黎明の広場へと一歩踏み出した。
ああ、キレイだなぁ。
緑の蔓葉が一面に生い茂る畑。
だんだんと昇り始めた朝日に照らされ、キラキラと輝く真っ赤なトマト。
ぷくぷくと実を膨らませた鈴なりの枝豆も可愛らしい。
――素晴らしく美しい景色なのに、なぜこんなに気持ちが晴れないんだろう。なんと言うかコワイ。ズルをしたのが見つかってしまったような。自然に逆らってしまったような。自分の力を持て余してしまうような。
――今までだって、さんざんズルしてきたよな。本来ならば手間暇掛けて作り出すものを魔法を使って一瞬で手に入れてきた。当たり前のようにお手軽に。
これが天に与えられた特別な力、精霊が大きな力と言っていたもの。今、初めて自分が与えられた力を認識した気がする。子供たちのため、生き抜くためと考えないようにしていたのかな?
もっと、この大きな力に感謝しなければいけなかった。私は確かにこの力に救われている。今を乗り切るためには必要な力だ。
――だから、感謝して、この大きな力に溺れないようにしよう。
精霊様、ありがとうございます。おかげで子供たちとこの世界で生きていけそうです。いただいたこの大きな力を大切に使わせていただきます。驕らず誰かの笑顔のために。これからもよろしくお願いします。
我知らず一人跪き、朝陽を浴び祈りを捧げていた。
どれくらいそうしていただろう。
気配を感じ、顔を上げると、隣にアンが跪き同じように祈っている。
年長のみんなも起きてきていて、入り口に立ち、呆然とこの光景を見つめていた。
大騒ぎになってもおかしくない状況だ。何と説明したらいいものかと口籠もっていると、隣のアンが祈りを終え顔を上げた。
「ももちゃんが祈っている姿を見てわかりました。とても大きな力が私たちを守って下さっているって。全ては精霊様の御加護のおかげなんですね?」
なんでこの子はこんなに何でもわかってしまうんだろう。
「うん。とても大きな力で助けて下さっていると思う。だから、これからもありがとうの気持ちを忘れないで頑張っていこうって誓ってたの」
みんなも何か感じるものがあったのか、口々に「……ありがとうございます」と感謝を捧げていた。
それからみんなで大地の恵みのトマトを朝食にいただいた。とても瑞々しく、ずっしりとした、味の濃い力強いトマト。
「いただきます、と言う理由がわかった気がします」
とアンが言っていた。
「他の子たちが起きてきたらびっくりするだろうけど、アンにお願いしても大丈夫?」
と申し訳ない気持ちで言うと、
「任せて下さい。トマトの収穫もやっておきますね」
と快く返事してくれた。
みんなも神妙な顔をしてたけど、美味しいトマトのおかげでだんだんといつもの調子を取り戻してきた。
「今日は狼さんと約束したから森へ行く予定だけど、みんな大丈夫? 怖かったらお留守番でもいいんだよ」
「モモ一人でなんて行かせねーぞ」
「そうだよ。助け合って頑張っていくんでしょ?」
「あの大きい狼は優しいから怖くないよ」
「水臭いこと言うな!」
「一緒に行くよ」
みんなから頼り甲斐のある答えをもらってしまった。
「そうだね。今日も一日頑張ろう。よろしくね!」
おう! はい! と言い合い、出発の準備をする。
メインは狼のお嫁さんの治療だけど、荷車を引いて行き、余裕があったらまた食材を確保しよう。お芋は育てられそうだけど、果物は集めておいた方がいい。
今日も土ウサギを起動して、
「それじゃあ、いってきます。みんなのことよろしくね」
「はい、いってらっしゃい。狼さんにもよろしく」
とアンに見送られて森を目指す。
今日は真っ直ぐ森へ向かうので、道すがら話しをしながら歩く。
「来年になったらバズに畑をやってもらいたいと思ってるけど、この冬の食料として麦も増やせるなら助かるよね。精霊様の力をお借りして作らせてもらいたいと思うんだけど……、みんなはどう思う?」
「僕はありがたくそうさせてもらっていいと思う。今は道具も無いし、僕たちの力だけじゃ食べる分の畑はまだまだ無理だ。……でも、時間がかかっても僕は畑を広げて、いつかは麦を農業で収穫出来るようにしてみせるよ! だから、それまでは力を貸してもらおうよ。僕たちが自分たちの力で生きていけるようになるまでは……」
バズの決意の籠もった意見を聞き、みんなもそれがいいと思うと賛同してくれた。
「畑を作る、肥料を作る、成長を助けてくれる力は貸して下さるけど、肥料を混ぜたり、種を蒔いたり、収穫したりは人の手でやらなきやいけないの。だから少し大変だと思うけど力を貸してくれる?」
と問うと、もちろん! と答えが返ってくる。
そうしてみんなで相談して、小麦と大麦、大豆と芋は育てたいよね。他にも育てられる野菜が見つかったらいいなあ。小麦は多めで! などと話し合った。帰ったら他のみんなの意見も聞いて考えていくことにする。
「野菜や果物も保存するために干したいし、畑のことも考えたり試したりしたいから、明日からしばらくは家でいろいろやりたいと思うんだけど」
「そうだな。集め過ぎてもダメにしちゃったらな」
「うん。そういう仕事もみんなでやろう」
「食べ物以外の準備も必要だし」
「畑の目途が立つなら、やるべきことも変わるしね」
「いつも留守番ばかりの子たちもちょっとかわいそうだしね」
いろいろと話し合っているうちに森に着いた。でこぼこ道を抜け広場へとやってくる。
狼はまだ来ていなかった。
「狼さんが来るまで、また食料を集めてよう」
誰からともなく言い出し、前回同様マークとバズは白菜モドキを採りに行き、ジェフとルーシーとコリーは果実を集めることになった。
地下室から箱とステップを出してきて、腰カゴを忘れたことに気付く。
「私は腰カゴや木箱を作りながら狼さんを待ってるから、採取よろしくね」
役割分担して動き出す。
まずは蔓を剥がして集めてきて、腰カゴを六個作った。ブナを木材にして木箱も追加で二十個増やした。森専用のネコ車を一台作っておき、これは帰る時には地下室へ置いておくことにする。
それから、かまどと石焼き鍋を作り、薪や小石を集めておいた。川原の石じゃなくても上手く出来るかわからないけど、お昼に石焼き芋を食べれるようにしたいと思ったんだ。
もし狼もお芋が食べれるなら、食料不足の足しになるかもしれないからごちそうしよう。
さっそく作ったばかりのネコ車を押してお芋を掘りにいく。
狼の群れがどのくらいいるのかわからないので、五十個程のお芋を掘った。
広場に戻り、水が出せないので手で土を落としてお芋をきれいにしていると、一回目の収穫を終えたジェフたちが帰ってきた。
「あれ? 芋採ってたんだ?」
「お昼に焼き芋をね。狼さんたちも食べれるといいんだけど」
「狼って肉を食べるんじゃないの?」
「お腹が空いてたら食べるのかも」
コリーにかまどに火を点けてもらうようにお願いすると、緊張した面持ちで真剣に魔力を集めていた。
あんまり力み過ぎても上手くいかないよ、とアドバイスすると、一つ息を吐いてリラックスしてから魔法を使う。
手の平に小さな火の玉が出て薪に燃え移らせる。初めてなのにちゃんと火を点けられた。
「すごいね、コリー。魔力枯渇も大丈夫そうだね」
「モモに言われてリラックスして良かったみたい。イメージも火の玉が薪に燃え移るところまでちゃんと出来たんだ!」
と嬉しそうに胸を張る。
ジェフがコリーの頭をグリグリと撫で、「さすが俺の弟だ!」なんて言ってる。
そんな様子をルーシーがニコニコして見てる。
この平和な一場面も加護のおかげなのかな?
マークたちもまだ戻らないし、狼の気配も無いので、三人はもう一度森へ入っていった。
私は火の番をしつつ、ジェフたちが採ってきてくれたものを木箱に詰めて荷車に積んでいる。
その中に栗もあった。栗も一緒に石焼きしてみたらどうだろう?
そのまま入れると爆ぜるので、土魔法でナイフを作り出し、栗の皮に切れ目を入れていく。
そんなことをしていたら、石がいい感じに熱せられてきたので、お芋と栗を石焼き鍋に入れた。
ジェフたちは持ってきたネコ車と作ったネコ車を交互に使い、どんどん食料を採ってきてくれる。
私は火加減を気にしつつ、それを箱へと分別していく。
リンゴン、柿、イチジク、アケビ。干したりして日持ちさせられる果物を中心に集めてもらっている。
お芋が香ばしいいい匂いを出し始めた頃、マークたちは小さい荷車いっぱいに白菜モドキを積んで広場に戻ってきた。ジェフたちも腰カゴにベリーをいっぱい摘んで帰ってきた。
「ベリーの茂みまで行ったの?」
「うん。でも狼さんいなかったよ」
「どうしたんだろう。何かあったのかな?」
午前中に来るって約束したのに、もうそろそろお昼になる。少し心配になってきた。
もう少しだけ待ってみようと、その間にお昼にすることにした。
じっくり焼いた焼き芋は蜜が滲み出る程、甘くホクホクとろとろに仕上がっていた。焼き栗もお芋と一緒に焼いたことにより、お芋の蜜が絡まって思った程焦げたりしておらず、上手い具合に出来ていた。
少し冷ました栗をナイフで入れた切れ目を押し開くように割ると、渋皮までツルンときれいに剥くことが出来た。まだホカホカの栗を口に入れると、甘く香ばしくとても美味しい。
みんな夢中になって栗を割っては口に入れていた。夢中で食べてる時って無言になるよね。
お芋と栗を堪能してお腹いっぱいになってもまだ狼は現れない。
「どうしようか?」
「気になるよね?」
「探してみる?」
日暮れまでに帰ることを考えると、森にいられるのはせいぜいあと二時間が限度だ。
私たちは少しだけ探してみて、見つからなかったら今日は帰ると方針を決めて、森の北へ向かって歩いてみることにした。
感知強化の魔法と念のため障壁も張ってベリーの茂みより北へと踏み入る。
あの狼程の魔力なら少し離れていてもわかりそうな筈なのに全く感知しない。
狼たちはあの朝、北へと帰っていったし、ベリーの茂みで遭ったときも北からやって来ていたので、彼らの巣は北の方で合っていると思うんだけど。
しばらく歩くと、周囲の森が広葉樹の森から針葉樹の森へと様変わりしてきた。
大分北へ入ってきてしまっている。狼以外の獣に出くわすかもしれない。
この辺りが限界か?
みんなで一度止まり、休憩しつつ、より丁寧に詳しく感知を使ってみる。移動しながらよりも集中出来る分、感知の精度も上がるんだ。
あの狼の大きな魔力は見つからなかったが、かなり弱々しい魔力がいくつか集まっている場所がある。
「狼さんたちかはわからないけど、何かがいるみたい。少しだけ近付いて確認してみよう」
こちらの姿を見えなくする不可視と、気配を消す潜伏を使い、慎重に慎重を重ねて、その魔力の気配に向けて近付いていく。
前方にある岩陰の洞窟の中にいるようだ。ちょっと遠いけど見てみよう。
遠見、盗視、遠視、暗視を重ね掛けし、さらに身体強化も目に集中させる。
遠く暗闇の中の様子が頭の中にクローズアップされ、最初はぼんやりと、だんだんはっきりと見えてくる。
私がそこに見たもの。
それは悲惨な光景だった。
十匹程のフォレストウルフとあの白銀の狼が、口の端から泡を吹き倒れている。
ヒクヒクと痙攣しているから、まだ命はあるようだが一刻を争うだろう。
そして、そんな狼たちを見つめる一匹の黒い狼。
その狼の後ろ足の一本は、血塗れで足先を無くしていた。
出血のせいか、その黒い狼の命も弱々しく、魔力もだんだん小さくなっていく。
状況がわからない。
争いがあったのだろうか。
でも、もう時間が無い。
助けられるとしたら今だけだ。
私はみんなに洞窟の中の状況を説明する。
みんな眉根に皺を寄せ、助けて欲しいと懇願する。
私たちは危険を感じつつも、その洞窟に向かって歩き出した。




