第二十六話 かあちゃんは麦を手に入れる
今朝もぐっすり眠れてすっきりした目覚めだ。
外に出てみると、ちょうど日が昇り出すところだった。
今日の予定は麦探しで森ほど遠出にはならないけど、やることはいっぱいあるのでジェフたちを起こし、早めに行動することにした。
「おはよう、みんな。調子はどう?」
探索組六人でこっそり起き出し、朝食の果物を食べながら確認する。
みんなも体調も良く、すっきり目覚められたようだ。
「今日は麦を探しに行くけど、まず林に行って橋にする木を切り出すよ。それから川に行って葦を刈って、橋を作り、いよいよ麦とご対面だね。川向こうの安全の確認をしたら麦を刈る。力仕事が多いけど頑張ろうね」
みんな麦がよほど楽しみなのか気合が入ってる。荷車と鎌、水筒を用意してさっそく出かけよう。
今日もアンがウサギを持って見送りしてくれた。
「いってきます。今日もみんなのことよろしくね」
「いってらっしゃい。こちらは任せて下さい。気をつけて」
六人で岩山を降り、南側をぐるっと廻って林へ向かう。
ここで杉の丸太を手に入れたいのだが、イメージとしては直径十五cm、長さ三m程の丸太を二十本くらい並べて、幅三mくらいの橋を作りたい。
ただ、丸太のままだと、上を荷車で通る時支障が出そうなのでどうするかが問題だ。
ジェフたちと相談した結果、上から土魔法で補強してしまえば、という意見が出た。
土魔法で橋を作ることも考えたのだが、水に濡れても強度を問題なく保てるか不安だったので、その案を採用することにした。
土台に丸太があれば表面が壊れたとしても、そこだけ直せばいいということになった。
一本の杉から三本の丸太を切り出すとしても、七本の杉の木を伐ることになる。一箇所に固まるよりも、まばらに間引くようにした方が林の日当たりも良くなり、次世代の成長にもいいだろう。
手頃な杉の木を間をあけて探してもらう。
私は決まった木を創造で三本の丸太と木材へと作り変えていく。
丸太一本はかなり重いので、子供だけの私たちにはキツい作業だが、私とジェフは身体強化が使えるし、マークとバズも魔力の扱いが上手くなってきたので、部分的に補助としてなら魔力を使える。なんとか大きい荷車に丸太と木材を積み込むことが出来た。
そうそう、どの木を伐ろうか選別している時に、ルーシーが見つけたものがある。
ハート型の葉を付けた蔓植物。
ルーシーが、
「モモ、これってサツマイモ?」
と聞いてくれたのだが、少し様子が違う。木を這う蔓を辿っていくと地面に繋がっているのだけど、
「……これは山芋かもしれない」
なかなかの発見だ。
蔓の根元を手で掘ってみると、地中に立派な芋が出来ている。
これを折らないように手で掘るとなると、気をつけながら二mも掘り下げなければいけないので、かなり大変な作業になるのだが、
「バズ、泥を使って掘り出してみない?」
「やってみるよ!」
早速、覚えた魔法の使い処があってバズは嬉しそうだ。
山芋を傷つけないように周囲の地面を泥に変えるイメージで、とアドバイスしつつ見守る。
「泥」
バズの手から淡い茶色の光が放たれ、山芋の周りの土が柔らかい泥になった。
バズが蔓を引き上げると百五十cmくらいありそうな見事な芋が出てきた。
「おお、簡単に抜けたぞ」
「山芋は栄養もあるからね。ルーシーお手柄だよ。バズも上手く魔法を使えたね。二人ともありがとう」
バズもルーシーもニコニコと嬉しそうだ。
「なあモモ。昨日よりもずっと楽に魔法が使えたけどなんで?」
「昨日は私が強化をかけた床だったから多少の抵抗があるんだよ。誰かの作った魔法建築物を他人に簡単に壊されちゃったら困るでしょ? 今日は林の地面だし、芋を掘るって目的がちゃんとわかってるからイメージもしやすかったんだと思う。魔法はイメージの力が重要だからね」
「なるほど、イメージか……」
とバズが呟いていた。
バズは器用だから上手いこと魔力を集めるんだけど、イメージがなかなか出来なくて手間取っていたからね。コツが掴めたなら、これから成長も早いだろう。
現に、今の泥ではほとんどMPを消費せず成功させていたし。
ルーシーも、
「イメージか。私も風を感じてイメージを固めれば上手くいくかな?」
と何かを掴んだ様子に見えた。
木材と山芋を載せた荷車を引き、いよいよ川を目指す。
思った通り、イチイの木が目印となって目的の場所はすぐに見つけられた。
「さて、じゃあ葦刈りから始めようか。鎌の切れ味がいいから怪我には充分注意してね」
六人で一列に並び、自分の目の前の葦を刈りながら前へ進んでいく。すぐに川が見えるようになった。
その作業を数回繰り返すことで川の畔に小さな広場が出来上がる。
刈り取った葦はそのまま積むと嵩張るので、一m×二mくらいの大きな布袋に作り変えて荷車に積み込む。
それから、刈り取った後の地面も株が残っているので、土魔法で掘り返し株を除けてきれいに均した。
中腰だったり、重いものを運んだりとかなり疲れたので、癒しの力を使いつつ休憩にする。
水を飲みながら、
「橋を架けたらまた向こう岸の葦刈りだけど大丈夫?」
「麦のためだし頑張るよ」
「身体強化が使えるとぜんぜん楽だぜ?」
「うん。僕も補助があるだけでも随分違うと思う」
「そうだな。まだ頑張れるぞ」
「オレも魔法の訓練頑張ろう。羨ましいや」
と話しをする。
あの、諦めきった顔をしていた子たちが、今、生きる気力に漲っている。本当に嬉しい。
私がニコニコとみんなの様子を見ていると、みんなもニコニコと笑顔を返してくれる。それだけで私は回復しちゃう。笑顔が一番だね。
「さて、みんなもやる気だし、橋を架けようか」
まずは土魔法で両岸の土手を五十cm程盛り上げて固める。ここからが一番大変なところ。
六人係りでこちら側で丸太を立てて、向こう岸に向けて倒すことで丸太を渡す。
二十本の丸太がまばらに渡った状態で、私は気をつけながら丸太の上を歩いて向こう岸に渡り、ジェフと両端を持ってきれいに二十本並べることに成功した。
「ここからは魔法を使うから、みんな休んでいていいよ」
と言ったのだが、
「気をつけて渡るから、俺らもそっち側に行くよ」
「モモが橋を作ってる間にそっち側の葦刈りしちゃうよ」
と言ってくれる。
なんて働き者たち!
早く麦が見たい気持ちもあるんだろうけどありがたい。
「ありがとう。お願いするね。気をつけて渡ってね」
そうしてみんなが葦刈りをしてくれてる中、いよいよ橋の建設を始める。
まずは丸太橋の上を土でコーティングして平らにするように。これによって丸太も固定される。
横から落ちないように欄干も付けよう。
重い荷車が通っても大丈夫なように、特に強度に気をつけて、橋の本体部分を土魔法で作っていく。
出来上がった橋を通り渡ってみる。
水平だし、強度も大丈夫そうだな。
元の岸に戻ったところでスロープを作る。今のままだと、地面から六十五cm橋が高い位置にあるので、草原に向かってなだらかな傾斜になるように五m程橋を延ばし、欄干も延ばす。表面を平らに、強度にも気をつけて。
こちら側からは荷車も通れるようになった。
もう一度向こう岸に渡り、私も葦刈りに参加する。先に広場が出来ないとスロープが作れない。
「おお!」「うわあ!」「やったあ!」
葦が刈られ、視界が開けたことにより、麦野原が目に入った。
サワサワと風にたなびき、キラキラと日の光を反射する麦の穂。
ああ、きれいだ……。
最初に声を上げた後、みんなも黙り込んでいる。美しさに声も出ないのだろう。
しばらくその景色を眺めていると、
「麦を……、近くで見てきてもいいかな……?」
バズが口を開いた。
「ちょっとだけ待って」
私は感知強化を使い念入りに周囲の安全を確認した。
「麦の周辺は安全みたいだけど、声を掛けたらすぐ戻れるくらい近くにいてね。何か反応があったら呼ぶから」
行ってきていいよ、と言うと、みんな、うわあーっ! と駆けだした。
念願の麦だもんね。
私は感知に気を回しつつ、残りの葦を刈り、地面を均し、こちら側のスロープも作り終えた。
刈った葦はやはり大きい袋にしておいた。
麦野原の中ではしゃぐ子供たちの元へと私も向かう。嬉しそうに麦を調べていたバズが私に気付いた。
「モモ! 大麦が多めだけど小麦もあるよ!」
いつも温和な雰囲気のバズが大きな声で伝えてくれる。
嬉しそうだな。きっと彼の頭の中で幸せな未来が形づくられているんだろう。
大きな夢を持つって良いね。
「うん! やったね!」
私も大声で答える。
ひとしきりみんなで思い切りはしゃいで喜びあった。
みんなも落ち着きを取り戻してきたので、この後の相談をする。
「この麦は藁ごと持ち帰るの? 種用に麦粒だけ採って持ち帰るの?」
「すぐに畑に取り掛かれないから、藁ごと持ち帰って急いで干して乾燥させた方がいい。今年の秋のうちに蒔けたら嬉しいけど、来年の春蒔きか秋蒔きになるかもしれないでしょう?」
バズが冷静に考えて教えてくれる。
「うん。そうだね。私、畑に詳しくないから教えて」
「来年の春蒔きで種麦を増やして、秋には大きい畑を作れるといいなあ……って感じの見通しかな? そんなに上手くはいかないだろうけどね」
夢に向かって瞳がキラキラしている。
「畑に関係する土魔法もあるんだけど……。伝説級って言われるような魔法だから……、調べてみるね。上手く使えれば少しは畑が出来るかもしれない」
「ホントに? 僕もいつか使えるようになりたいなあ」
S級魔法なので無理だとは思ったけど、無粋なことは言わない。魔法なんて無くてもバズの力できっと畑を作り上げてくれると思えたから。
みんなで荷車を取りに戻る。
「あっ、橋が出来てる!」
「おお! すごい!」
うん、みんな麦に夢中で見てなかったよね。
「頑丈に作ったつもりだけど、荷車が通っても大丈夫か気を付けながら渡ろうね」
試しに、と、大きい荷車(木材が載ってる)で少しずつそっと渡ってみる。
軋んだりもしないし、表面にひびが入ったりもしていない。大丈夫そうだ。
「大丈夫みたい。他の荷車も運ぼう」
みんなが荷車を引いて渡ってくる間に、さっき作った大袋も積んでおく。
麦野原の近くに荷車を止め、刈り入れを始めるんだけど、
「まずは小麦だけ選んで刈るから、モモは少し休んでいていいよ。大麦を刈る時には手伝って」
と言われてしまった。確かに私は戦力外だもんね。素人は下手に手を出さず、みんなの働くところをじっくり見させてもらおう。
みんな手際が良いな。村でもああやって働いていたんだろう。刈った麦をまとめて、藁を使ってくるくるっと束にしていく。
「みんなぁ、ここを教えてくれた鳥さんたちのご飯でもあるんだから、全部採っちゃダメだよぉ。刈り過ぎないように注意してねーっ!」
「はーい!」「わかったよー!」
それでも小さい荷車には小麦の束がいっぱい積み込まれた。
「向こう側には手を付けてないから大丈夫だよ。この辺りは大麦だけになったと思うから、モモも手伝って。今度は大麦を刈ろう」
それからは私も参加して刈り始めた。
大変だけどなかなか楽しい。麦の束をまとめるのは、私は大分下手くそだったので、刈る方に専念した。
中くらいの荷車には大麦がたくさん積み込まれた。
野原は三分の一くらい禿げちゃったけど、鳥さんたちの分は残してあるので許してもらおう。
大収穫の荷車も重くないような軽い足取りで帰路につく。
日は高く昇り、少し傾き出している。もうとっくにお昼を過ぎてしまった。
「今日はお昼抜きになっちゃったね」
「村にいた時は一日一回か二回しか飯は無かったからな」
「うん。大丈夫だよ」
そうか。バカのせいで、その一回の食事も満足に食べられなかったんだもんね。
こんな辛い話しをしていてもみんな明るい。もうあの地獄に戻らなくていいと笑って話している。
ひもじい思いをさせないように、頑張らなきゃなあ。




