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第二十三話 かあちゃんはピンチを乗り越える


「え、じゃあ、これだけ摘んじゃってからにしようよ」



 コリーは目の前に広がるベリーの茂みに目を奪われていて、私の焦った雰囲気には気が付いていない。


 気持ちはわかるが、既に余裕が無い状況が差し迫っている。


「……狼の巣に近づいちゃったみたい。もう、気付かれてる。慌てないで、でも急いで戻るよ」


 コリーの顔が一気に蒼白する。


「わ、わかった……」


 急いでここを離れようと二人で駆け出すが、後方から近づいてくる大きな魔力はスピードを増して追い掛けてくる。


 感知の魔法は無くとも、コリーにもその大きな魔力はプレッシャーとして感じられたようで、額に冷や汗を浮かべながらも懸命に走っている。


 しかし、迫り来る圧に耐えかねたのか、縮こまった体が足を縺れさせ転んでしまった。


「コリー!」


 急ぎ駆け寄り確認すると、転んだ時に木の根に強かに打ちつけられたようで、膝は擦り剥けただけでなく全体に腫れ上がっている。


 骨折しているかもしれない。

 癒し(ヒール)では治せない?

 上級の癒し(ヒール)を……、


 と思っている間に、それは私たちからも見える位置にまで近寄っていた。



 ――あの時見た美しい獣。白銀の狼だ。



「ヒィッ……!」


 コリーが短い悲鳴を上げる。


 私は狼と向き合い、障壁(バリア)に更に魔力を流し防御を固めた。コリーの怪我を癒してあげたいが気を抜けない状況だ。


 狼はこちらを観察するかのようにジッと見つめてくる。


 すぐに襲い掛かってくる様子はないが、逃げ切ることは難しいだろう。諦めてくれるまで障壁(バリア)の中で耐え続けるしかない。


 私はコリーを庇うように位置取り、狼と対峙する。


 一瞬、驚いたかのように狼の目が見開かれ、瞳を閉じた。

 敵意と言うより警告のような圧力が少しだけ緩んだ気がする。何を思っているのだろう。


読心(マインドリーディング)


 低く重厚な声のイメージが頭の中へ流れてくる。


『この者の方がより小さく見えるのだが、我からあの者を守ろうと考えているのであろうか……?』


「そうだよ。私は小さくてもかあちゃんだからね。子供を守るのは当たり前だ!」


 思わず返事してしまった。


『……!』


 狼は驚いた様子で目を開け、こちらを見据える。


『我の心がわかるのか……? 人の子よ。……なるほど、小さき体に反して大きな魔力を抱えておる』


 狼の存在感にビビりつつも、


「……お願いします。見逃して?」


 意を決して口に出すが、フフンと鼻で笑われてしまった。


『お主らは我を畏れ、この森を出たものと思っておったが、何故ここにいる。戻ったのか?』


「あなた方のテリトリーで生活することはしません。私たちはここを出て、別の場所に居を構えました。でも、これから来る冬を乗り切るためには食料が必要で、今日は木の実を集めに来ました。今後はもう近づきません! お願いします……!」


『ふむ、お主がその小さき体で群れを率いておるのか。群れを守るには食料は必要だな。

 …………ここに留まり我らに害なす気が無いのなら、その願い受け入れよう。小さき者よ』


「あ、ありがとうございます! すぐにこの場を離れますので、まずはこの子の怪我を治させて下さい。このままでは歩くこともできません」


 狼は更に驚いた様子で、


『癒しの力を使えるのか。使ってみるが良い』


 と伝えてきた。私は狼から意識を逸らさないままコリーに近寄り、すぐに治してあげるからね、と魔法を発動させた。


大いなる癒しの力よ(ハイヒール)


 輝く光がコリーの膝へと纏い付き、吸い込まれ、その輝きを消すと、傷も腫れも消えていた。


「痛かったね。もう大丈夫。立てる? 歩ける?」


 微笑みながら優しくそう言うと、少しだけ安心出来たのか、コクンと頷きそっと立ち上がる。


「モモ、あの大きな狼と話していたの?」


「うん。すぐに立ち去れば許してくれるって」


 そして狼に向き直り、


「ありがとうございます。もう歩けそうなので私たちは去ります」


 と頭を下げた。


『待て』


 が、狼に止められてしまった。

 気が変わっちゃった? やばい。


『その前にしばし話そうぞ。襲いはせぬ。そこへ腰を下ろせ』


 仕方がない。機嫌を損ねないように言われた通りにする。


「狼さんがお話しがあるみたい。少し座って」


 機嫌を損ねないように、と小声で囁く。


『心配せずとも大丈夫だ。我らは子供を襲わない。若いものたちはどうしようもなく腹が減っておったら衝動を抑えられない時もあるが、我らもお主と同じく、仲間を、家族を大事にし、守り、子供をみんなで育て、団結して生きておるのだ。小さきものは愛情を持ち守るものであって、食料とはみなさない』


 先程とは変わって、随分と優しげな雰囲気を出している。


 それから少しお互いのことを話しあった。


 狼たちの暮らし、私たちが子供だけでこの地に飛ばされたこと、狼たちを恐れ近寄らないのでこの辺りにはあまり他の生き物は出ないことなど。


 だんだんと打ち解けて、警戒心もお互い薄くなり、大分仲良くなれたように思う。


「ねえ、狼さん。その……毛皮に触ってもいい?」


『ふふ、お主は豪気だな。我が恐くないのか?』


「最初は恐かったけど、優しくて愛情深いってわかったから、もう恐くないよ」


『良いだろう。我もお主から悪意は感じないからな』


 近寄り、フカフカの毛皮をそっと撫でる。


 うわあ、思った通りモフモフだ。

 背中に顔を埋め、毛並みを優しく撫でる。モフモフ。


『お主は不思議な子だな。触れる手から癒し、慈しむ気が流れ込んでくるぞ。うん、良い気分だ。もっと撫でると良い』


 狼さんにも癒しの力が効くのかな? お許しを貰ったので思う存分モフる。モフモフモフ。


「モモ、大丈夫? 危なくないの?」


 コリーが心配そうに、そして羨ましそうにしている。私の声しか聞こえてないからね。


 狼さんと目が合うと『良いぞ』と言ってくれたのでコリーも触らせて貰おう。


「優しい狼さんだから大丈夫。触っていいって。コリーもそっと撫でてごらん?」


 恐る恐る近寄り、手を伸ばしたコリーは、ふわっと背中を撫でると、


「うわあ、ふわふわだ、あったかい」


 と笑顔になる。ピトッと狼にくっついて幸せそうだ。


『あの子らもお主の群れであろう。あんなに小さくとも戦士なのだな。主らを守ろうと我に挑むようだぞ。ふふっ』


 振り向くと、私たちを探しに来たジェフたちが、狼と戯れているのを襲われていると思ったのか、震える足でこちらへ近づいて来ていた。

 手には拾ったと思われる木の棒を握っているが、その手もブルブルと震えている。


 青ざめた顔で、


「モ、モモとコリーを……離せ」


 と言ってのけた。


「ジェフ、心配させてごめんね。ありがとう。大丈夫。仲良くなれたの。この狼さんは優しいから安心して」


 笑顔で背中を撫でて見せると、ジェフの手から棒がカランと落ちる。呆けたように力が抜けて、


「ほ、本当か? 危なくないのか?」

「……良かった」


 とみんな崩れ落ちる。

 ルーシーは泣き出してしまった。


「モ、モモたちが、襲われてると、思って……、こ、恐かった、けど、助けなきゃって……」


 ぐずぐずと泣きじゃくる。


『勇敢で優しい良い子供たちだな。群れを守るために勇気が出せる立派な戦士だ』


 狼が微笑ましそうに、嬉しそうに言う。


「狼さんがみんなを褒めてくれたよ。勇敢で優しい立派な戦士だって」


 そう教えると、ジェフたちはまだ震えが止まらないまま二カッと笑った。ルーシーもやっと泣き止んだ。


『よし、我はお主らを認めよう。気に入った。主らがこの森に食料を求めて来る時は守ってやろう。安心してこれからも来ると良い』


「うわあ、ありがとう。この森は実りが豊かだから、これからも来れるとすごく助かるの!」


 そう言って、首の廻りをモフモフすると、狼は気持ち良さそうに目を細めた。


 みんなにも狼が森での採取を許してくれたこと、守ってくれることを伝えると、やっと心から安心出来たようで、


「ありがとうございます」

「よろしくお願いします」


 と感謝を述べ、挨拶した。




 お許しも出たので採取の続きを、とみんなでベリーや山菜、野草を摘んでいく。

 狼はその姿をただゆっくりと眺めていた。


 日も高くなったので、そろそろお昼にしてその後は森を出ることを告げる。


 お昼は採りたての果物やベリーだ。


 狼は私たちが食事する様子をジッと見ていたが、ふいに私の頭の中に語りかけてきた。


『モモ、と言ったか?』


「うん、そうだよ。私はモモ」


『モモに一つ頼みがあるのだが……モモは癒しの力を持っておるな?』


「うん。誰か具合の悪い子がいるの?」


『我の(つがい)が、先日の狩りで怪我をしてな。動けずにいるのだ。モモに癒して貰えるか?』


「多分……、大丈夫だと思う。見てみないとわからないけど。その子に会わせて。どこにいるの?」


 狼のお嫁さんは群れの巣にいるらしい。でも、いきなり私たちを巣に連れて行くのは群れの他の狼たちを刺激し、殺気立つと危ないので、先に話しを通しておくから、後日、また来て欲しいと言われた。


 みんなにも伝えて相談する。みんなからも助けられるなら助けてあげたいと請われた。


「わかったよ。でも、怪我しているならあまり遅くならない方がいいよね。明後日の午前中にまた来るよ。その時ならいいかな?」


『うむ。了承した。では頼む』



 そうして私たちは荷車の用意をして森を後にすることにした。


『興味深い道具を使うのだな。小さき者でもたくさんの食料を運べるか。実に良く出来ておる』


 小さい荷車には白菜モドキがギッシリ積まれている。中くらいの荷車も、茎葉も土も付いたままのサツマイモがたっぷりと載せられていた。二時間程でよくこんなに集められたと思う。

 さらに果物、木の実、野草などが、種類も量も盛り沢山に採取出来たので、木箱十個に詰めて大きい荷車に載せられた。

 帰り道で見つけられればドングリ茸とトマトも持ち帰りたいと思っているので空箱二個も積んでおく。


 森の道はでこぼこだから、荷崩れしないように布を掛け、ロープで縛っておいた方がいいな。


「藤やアケビ、カズラの蔓を集めてくれる? 布を掛けて縄で括りたいの」


 すぐにみんなして頑張ってくれたので、結構な量を集められた。藤の蔓は固くへばり付いていたので狼も手伝ってくれた。


 蔓の繊維を材料に長いロープを十二本、繊維が粗いため麻袋にするジュートのようなゴワゴワした大きな布を十二枚作れた。


『ほお! 面白き力を使うのだな!』


「うふふ、便利でしょう? 材料があればいろいろ作れるんだよ」


 そうして荷車に布を掛け、ロープで括る。

 大きい荷車にはまだ場所に余裕があったのでネコ車と腰カゴも載せれた。腰カゴにはベリーがたっぷり入っている。

 それでもまだ空いた隙間には余りのロープや布を詰めて、荷がぐらぐらしないように出来た。

 これで帰り道も大分楽になるだろう。


 余った木箱とステップは、次に来た時にまた使うので地下室にしまっておくことにした。

 塞いでいた入り口を土魔法で開くと、


『このような所に……!』


 と狼が驚いていた。道具をしまい、また入り口を閉じた。



「今日はいろいろお話し出来て楽しかったよ」


『我もだ。お主はなかなか興味深い』


「じゃあ、明後日、また来るからね」


『うむ、頼むぞ』


 狼に見送られて、手を振りながら私たちは広場を出発した。




 途中、ドングリ茸のあった辺りを探してみると、近くにまだ生えている所を見つけたので採取する。


 ドングリ茸は重用するので常備したいな。

 ドングリの木と呼ばれる、コナラやクヌギと思われる木の細めのものを見つけ、一m程の丸太にして数本持ち帰る。もしかしたらほだ木栽培が出来るかもしれない。

 大きい荷車の隙間に何とか詰め込むことが出来た。




 それから無事森を抜けることが出来たところで、「ホォーーーッ」と大きくため息を吐いたジェフたちに呼び止められた。


「ああ、緊張した……。さて、モモ、何がどうなったのか、ちゃんと説明して貰うぞ?!」


「……え?!」


 ジェフたちは納得したように見せていたけど、実際何があったのかわかっちゃいなかった訳で、森を出るまでずっと気を張っていたらしい。


 改めて狼と森の奥で遭遇し、逃げたが追いつかれ、話しをし、その後打ち解け、森での採取の許可を得るまでを話した。


「じゃあ、本当にこの森の狼は味方なんだ……」


 みんなここに来てやっと嘘みたいな話しを信じられたようだ。ずっと緊張させてたなんて悪いことをしてしまった。


「狼さんのお嫁さんを治してあげたら、もっと信頼を得られるだろうしね」




 こうして、やっと心労なく、私たちは草原を帰路につく。


 途中で素早くトマトも採取し、ジャッカルに見つかる前に退散した。



 最後の難関である上り坂も、途中に休憩出来る平らな場所を土魔法で作ることで少し楽に登れるように出来たし、身体強化を使えるようになったジェフのおかげで無事登り終え、私たちは家へと帰り着いたのだった。



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