第十五話 かあちゃんは朝食を作る
長い夜が明け、朝がやってきた。
覚えたての感知強化も使い警戒していたが、夜行性のモンスターの気配はなかった。
林の方ではフクロウやムササビのような夜行性の小動物の気配はあったが、拠点周りの安全は確認出来たようでホッとした。
入り口を塞いでいた壁を消すと既に太陽が昇り出していて、明るく暖かな日差しが降り注ぐ。
そのうち、子供たちも起き出すだろう。
「さて、とっておきの朝ごはんでも作りましょ!」
調理器具を運び出し、鍋に水を張り、かまどに火を……ジェフが起きないと点けれないか。
仕方がないので下拵えと準備だけ済ませておこう。
かまどに薪と小石をセットしてオガクズを用意する。これがあった方が火が点きやすい。
鍋の中にはお芋を一口大に切ったものと、すっかりふやけた大豆を入れておく。それから昨日少し干したドングリ茸もスライスして入れる。
後から入れる食材として昨晩作ったとっておきの豆乳、豆腐。調味料は味噌。それからトマトとアサツキも切っておく。ウフフ。
今朝はお芋とお豆とトマトの豆乳味噌汁だよ。しかもお豆腐まで入ってる。ああ、楽しみ。
山ブドウを潰して果汁を搾り、水で割った果実水も作った。朝から贅沢! でも、新居で最初の朝だし、いいよね。
後はジェフ待ちだけど、さすがに昨日は疲れたのか子供たちはまだ起きてこない。起こしてもいいんだけど今日はもう少し寝かせてあげよう。
そこで、未だ不明のS級魔法を試してみることにした。
私と親和性が高いように感じる土魔法からいってみよう。
最初の『起動』だけど、何を起動するのかピンと来ないので後回しにした。
いきなり?! と言わないで。かあちゃんは出来ることからコツコツと派なんだ。
まずは大地の恵み。
大地が恵んでくれるものってなんだろう。作物とかかな? ということで調理場の端っこで一応障壁を張った中で試してみよう。
「大地よ。その慈しみを以て、我らにお恵みをお与えください」
なんてそれっぽい台詞を言ってみる。
もちろんふざけてないよ。大真面目だよ。
恵み溢れて美味しい作物が実ることをイメージして、敬虔な信徒のように胸の前で手を組み、地の精霊に祈るように魔力を練り上げていく。
すると、かまどから掻き出して調理場の端に作った穴に溜めておいた消し炭や灰が、ボウッと淡い茶色の光を放ち出す。さらに着火用にと用意していたオガクズも同じように光り出したので、その穴に入れてみた。
それらが周りの土と反応するように光を一瞬強くして、思わず目を瞑ってしまう。
MPを消費した感覚があったので、魔法は発動されたのだろう。
目を開けると穴の中には土くれのようなものが出来ていた。
「……なんだ? これ?」
ふかふかした土にしか見えないもの。灰とおが屑から作ったと考えれば、
「……肥料か!」
うん。S級魔法とはいえ、いきなり作物は現れないよね。ぶち抜けユニークスキル様でもあるまいし。なんか納得してしまった。
あと、今ので分かったこと。
思っていた結果とは違ってたけど、イメージと呪文、祈りに籠められたものが結果に準じていれば強引に発動出来るね。
これは加護がサポートしてくれたみたい。ホントいつもありがとう加護。
次の大地の癒し。
大地が癒してくれるってことは植物に依るヒーリング効果? マイナスイオンとかそういうやつかな? 徹夜して疲れた体にはありがたい。
先程のように、
「大地よ。その慈しみを以て、癒しをお与えください」
と、癒しの力が降り注ぐイメージをして、跪き、元気にしてくださいと祈りを捧げる。
魔力が消費され、目の前の地面にボウッと輝く薄茶色の光が降り注いだ。
癒やされたのは私ではなく地面だったようだ。
イメージの力が足りなかったからか、十五cm角くらいの極々小さい範囲の土が、濃い茶色の肥沃な土へと変化していた。まるで畑のようだ。折り紙サイズだけど。
なるほど、土壌改良の魔法だったらしい。
せっかくなので、さっき切ったアサツキの今朝は使わない球根の部分を分球して植えてみることにした。さっき出来た肥料も土に混ぜておこう。
分球した球根は先っちょがちょっと出る感じに等間隔で九個植えられた。
「ふふっ。まあ、これもいいか。すくすく育ってくれればアサツキの葉っぱ部分がいつでも使えるし」
周りの土から染み込むように水を与えながらそう呟いた。
そうなると大地の導きはなんだろう。
大地が導いてくれるんだから道が分かったりするのかな? とか考えていたけど、この流れからすると違うね。きっと植物の育て方とかそっち方面の導きだと思われる。なので、
「大地よ。その慈しみを以て、子らをお導きください」
と、アサツキがすくすくと元気に成長していく様をイメージするとともに、大きくなってね、と祈りを捧げた。
すくすくと成長しました。
あっという間に。
葉が、茎が、三十cm程も伸び、秋だというのに薄紫色のボンボンのような花まで咲かせました。
うん。すごい力を手に入れたぞ。
畑のサイズが極小だからかMPは殆ど消費されていない。各魔法十くらいかな? 畑を大きくしたらどのくらいMPが必要になるのかはわからないけど、小さめなら畑、いけるんじゃない?
昨晩、後回しにしようと決めたばかりだというのに光明を見出してしまいました。
大きな喜びと、それ以上に大きな驚きで、かあちゃんポカンです。
「おはよう、モモ。何ボーッとしてんだ? まだ眠いのか?」
ジェフの声にハッとして我に返る。
「おはよう、ジェフ。うん。昨日寝れてないから、ちょっとね」
みんな起き出したようで、一気に騒がしくなる。
「朝ごはんの用意してたんだ。今朝はごちそうだよ。さっそくだけど、かまどに火をお願い!」
「おお! 任せとけ!」
とジェフが火を熾してくれる。
水が沸き、具に火が通るまで、みんなとおはようの挨拶を交わしつつ、昨晩のタライを片付けたり、干し野菜を表に出したりする。
ドングリ茸を使った分が少し空いたので、清浄で清潔にした手拭いを敷き、山ブドウも並べた。
果物もこうしてドライフルーツにすれば長持ちする。
そろそろお芋たちも煮えた頃合いなので仕上げにかかる。
トマトを入れて豆乳も入れる。火を弱くし、沸騰させないように気をつけながら鍋を混ぜる。
ルーシーたちも小さい子のお世話が終わってやってきた。
「何作ってるの? うーん。いい匂い」
「お手伝いしますよ」
アンはさっそく水を作り出してくれていた。
「ありがとう。沸騰させないように、焦げ付かないように、ゆっくりとかき混ぜていてくれる?」
アンにかき混ぜてもらっている間に、豆腐を入れ、温まったら味噌をスープで溶いたものを入れる。軽くかき混ぜたら火から下ろす。
アサツキを散らして出来上がりだ。
マリーは嗅いだことのない味噌の匂いにちょっと心配気な顔をしていた。一見、泥水みたいなものを入れたんだし当然かもしれない。
配膳はみんな手伝ってくれる。
コップに果実水を入れ配る係、スープをボウルに注ぐ係、それをそーっと溢さないようにテーブルまで運ぶ係。小さい子たちもスプーンを並べてくれてる。
みんなで席に着くと、私の言葉を待っている。
「みんな、おはよう。さあ、今日からいよいよ新しい生活が始まります。最初の朝なので特別にごちそうを作りました。かあちゃん特製豆のスープと果実水だよ。おいしく食べて今日も元気に頑張りましょう。いただきます」
「いただきます」
「豆のスープかぁ……」
「やったぁ! 果実水!」
「……なんか変な匂いがする」
みんな、なんやかや言ってスープに手が伸びない。私が率先して食べてみせる。
「……んふう。ああ、美味しい」
ほお、とため息をついてしまう。頬が緩む。味噌だ。この味、やっぱり最高。
豆乳を入れてコクが出ているし、お芋が溶けてとろみもついているので、味噌汁と言うより味噌シチューかな?
トマトの甘みと酸味ですっきりとした味わいになっている。ドングリ茸の出汁は少し干したことでより濃縮されている。コロコロと入った豆を噛む食感も楽しい。
そして豆腐。
噛まなくとも崩れるこの感触。豆の味の濃い豆腐と豆乳の香りが相まって美味しさを広げている。
アサツキの辛味もいい。
ああ、夢中で食べてしまう。
私がガツガツと食べ進める様子にみんなもスプーンを手に取る。おそるおそる口に入れると、
「うまい!」
「美味しい!」
「こんな美味しいスープ初めてです!!」
みんなも手が止まらなくなる。
味噌は独特の風味と匂いがあるので気になる人は多いだろうが、食べれば絶対美味しいのだ。
正義だ。
みんな、おかわりもしてお腹いっぱい食べた。
コクのあるシチューの後に飲む果実水は甘酸っぱく、口の中を爽やかにしてくれる。
「ごちそうさまでした」
みんな大満足で食事を終えた。
食休みしながら話す。
うーん。贅沢言っちゃいけないとわかってはいるけどお茶も欲しいね。
「ももちゃんはお料理が上手ですねぇ」
「私、豆のスープはあんまりおいしくないと思ってたんだけど、今日のスープは人生で一番美味しかったよ!」
「な! うまかったよ。……変な匂いとか言って、ごめん」
「あの中に入っていたふわふわは何ですか?」
「トマト! トマトのスープうまいね!」
「また作って!」
あちらこちらから感想が止まらない。食べ終えたばかりだというのに、次のおねだりまで出ている。
一人一人に、ありがとう、良かった、それはね……、と答えていき、ひとまず落ち着きを取り戻した。
「今日は、午前中はみんなといっぱい話す予定です。自分はどんなことが出来るか、これからやりたいことは何か。好きなもの、嫌いなもの。みんなのこと、いろいろ教えてください。魔法のことも話そうね。練習の仕方や使い方。それから、欲しいもの、あると便利なものとかも教えて欲しい。
これからここでみんなで楽しく暮らしていくために、どうしたらいいかみんなで話し合おう」
うんうん頷きながら「よし!」「はーい!」と良い返事が返ってくる。
ひとまず、朝食の後片付けをしてから、広場に集まって話しをすることにした。




