第十三話 かあちゃんはからかわれる
ざっと北の林を確認したので南の林も確認しておく。こちらには大きな反応は無いので小動物がいるだけだと思うが一応だ。
少し林へ入ったところで甘い香りが漂ってきた。
日の降り注ぐ林の浅い部分には、濃い青紫色をした大きな実がぎっしりと集まった見事な房を鈴なりに付けた山ブドウの木が至る処に生えていた。
黄色から赤へと葉の色を変えつつあるブドウ畑とも呼べそうなその光景は美しく、ごちそうを見つけた私たちの心は弾んだ。
その時、小さな魔力の反応が俊敏な動きでササッと近付いてきて、私たちの頭上の山ブドウを立派な房ごともぎ取っていった。
次の瞬間には既に数メートル離れたブドウの木の上へ移動を済ませていたので、その素早さに反応が遅れた。
警戒を強め、身体強化でこちらの素早さも上げ障壁を張る。
その木の上にいたのはこちらを煽るように枝を揺すり、キャッキャッキーッと鳴き声を上げる一匹のサルだった。
心なしかバカにされている気がする。
いや、バカにしているんだろう。
クルリと後ろを向き、顔だけこちらを振り返ると見事な『おしりペンペン』を決めてきた。
そして、キキキッと笑い声のようなものを残して枝から枝へと飛び移り去って行った。
「……」
あっけにとられたのち、むかっ腹が立ったが、もうそこには何もいない。
どっと疲れたような虚しさを感じる。
私たちは無言で手近の摘みやすいブドウを採取し(頭上のものと比べると実の付き具合が疎らなものだが)、そそくさとその場を後にした。
「お前らじゃあ、こんな立派な房には手が出せないだろ? ヤーイ、ヤーイ!」
と言われていたような気がして、どうにも居たたまれなかったのだ……。
「お猿が頭がいいって本当なんだね……」
「……なんかイラッとしたぜ」
二人も同じように感じていたらしい。
まあ、ごちそうは手に入ったのだからと気を取り直して散策を続けることにした。
一通り南の林の安全も確認出来たので、林を出て岩山へ帰ることにする。
この林も元いた森のように実り豊かだった。
リンゴや白菜モドキ、お芋などが欲しいので森にはまた出かけるつもりではあるが、イノシシに気を付ければここでもいろいろと食料を集めることは出来そうで良かった。
そして、さらなる嬉しい発見があったのだ。
林を抜けた草原との境の辺りで、
「あっ、ツルマメだ!」
ルーシーが声を上げた。
ツルマメと聞き、私はいんげん豆かな? と喜んだのだが、
「これ、おもしれーな。ツルマメに似てるけど、ツルじゃなくて枝みたいになってるぞ」
「本当だ。豆も大きいし黒くなくて茶色だね」
ジェフの言葉に、鞘を摘み、中から豆を取り出しながらルーシーも言う。
――それは、まさしく大豆だった。
私が踊り上がらんばかりに喜び勇んだので、二人は面食らったかのように、
「なんだ、モモはツルマメがそんなに好きなのか?」
「豆のスープは栄養あるもんね。私も好きだよ。味はともかくとして」
などと言っていたが、私は豆を採るのに夢中になっていた。
だって大豆だよ? 万能食材だよ?
味噌に醤油に豆乳、豆腐、油だってとれるかもしれない。貴重なタンパク源だし、豊かな食生活の夢が広がる。
「そんなに好きなら俺たちも頑張って採るよ」
「あははっ、モモったらすごいはしゃいでる」
これがはしゃがずに居られようか、という瞬間だった。
「痛っ!!」
おでこ目掛けてピンポイントに豆をぶつけられた。
「いてっ!」
「痛いっ!」
勢いよくたくさんの豆が飛んでくる。節分の鬼役かのように大豆を当てられ、思わず投げてくる方向に盾を張る。
カッカッカッカッカッ!
豆の雨が防がれたので顔を上げると、そこにいたのは……サルだった。
豆が盾に防がれ跳ね返るのを見て、一瞬驚いたような顔をするが、
「キッキー! ウーキッキッ!」
と捨て台詞を残すように言うと、またもやおしりペンペンをして林の中へと消えていった。
「なんなんだよ。あいつは……」
まったくジェフの言うとおりだ。
からかうのが楽しいのか、やたらと絡んできやがる。
またもやイラッとさせられたが、今はそれどころではない。
至福の戦利品を集め、私たちは意気揚々と岩山へ帰って行くのだった。
◇
帰る前に一つやっておきたいことがある。
林の端にある杉の木を一本、創造で木材へと変える。ブドウ畑まで行き蔓を少し拝借してきた。
木材と蔓を材料にしてタライを三つ作り出す。
さらにオガクズを作り、タライに入れた。ジェフとルーシーにも一つずつ持ってもらう。
それから木材で薪を作り、蔓でまとめて私の木箱の上に括り付けた。これは重いので私だけにしておいた。創造のおかげで乾燥とか関係なく、即、木材や薪が作れるのはホントありがたい。
杉の木一本分の木材はまだまだ余っていたけれど、今は持ち帰れないのでその場に積んでおいた。
持ち帰れば家の方で木製品を作る作業が出来るので、今度取りに来よう。
これでようやく岩山に帰れる。
ジェフとルーシーに重いタライを持たせてしまったので斜面を登るのが大変そうだったけど、頑張ってくれたので予定通り二時間程で広場へと戻って来れた。
「おかえりなさーい」
「大丈夫だった?」
みんなが出迎えてくれる。私たちも、
「ただいまー」
「うう、大変だったぁ」
「ただいま、何も問題なかった?」
と答える。
留守中のメンバーには特に何ごともなく、広場を駆け回ったりして元気に遊んでいたようだ。ホント子供ってパワーあるよね。
私たちの方はいろいろあり過ぎたので、荷物を下ろし、夕食の用意をしながら話しをする。
イノシシのこと、山ブドウのこと、サルのこと、そしてツルマメのこと。
みんなビックリしたり、喜んだり、笑ったりと忙しく表情を変えながら、いちいち反応を返してくれる。
夕食はドングリ茸のスープに摘んできた野草や森から持ってきたお芋も入れて煮込んだものだ。
昨日もやった作業なので年長組が手伝ってくれる。
キノコからいいお出汁が出るのですごく美味しそうだ。
後は煮込むだけになったところでちょうど一通り話し終わったので、みんなに任せて私は別の作業に取りかかる。
家の中に入り、大部屋の隅に土魔法で穴を掘る。
直径一m深さ三十cm程の小さいものだ。
その穴にさっき作ったオガクズを敷き詰める。オガクズの中に朝掘ってきた土の付いたままのお芋を入れる。上までオガクズを被せ、土魔法で蓋をした。
こうして貯蔵しておけば三カ月くらいは保つのだ。とはいえ今ある分は程なく食べてしまうだろうから、まだ何度も森へ行かなければならないだろう。
白菜モドキとドングリ茸の残りは、外の日当たりの良いところに土魔法で網目状にした天板とそれを乗せる台を作り、その上に清浄をかけてきれいにし並べて乾かしておく。
お日様の力で旨みの凝縮された干し野菜にしてもらうのだ。生野菜はこうして水分を抜けば日持ちするようになる。
大豆と山ブドウは、取り敢えず土魔法で容器を作り、その中に入れておく。何を作ろうかワクワクするな。
他に集めた果実や木の実、野草は棚へしまった。
それから急いで川原に向かい、土魔法で大きな瓶を作ると川で水を汲み、身体強化を使ってもなお、えっちらおっちら運び上げた。
広場に着くと、スープは既に出来上がっていたようで私の帰りを待っていたらしい。
「ただいま。ごめんねー、お待たせ」
私が水瓶を下ろしたりとゴソゴソしている間に年長組主導で食事の準備を進めてくれていて、テーブルの上には湯気の立ったスープが並べられ、みんなきちんと席に着いていた。
「うわあ、すっかり用意出来てる! すごい! ありがとう」
私も席に着き、誇らし気なみんなの顔を見回すと自然と笑顔になる。
「今日はみんな本当によく頑張ってくれました。おかげで無事こうして岩山までやってこれました。ありがとう。
これからここで私たちの生活が始まります。不便も多いと思うけど、みんなで力を合わせて一つ一つ解決して楽しく暮らしていこうね。
では、いただきます!」
「いただきます!!!」
さてさて、子供たちに煮込みから味付け、仕上げを任せたスープのお味は……?
「美味しーい!」
「やったー!」
子供たちは私の反応をドキドキして窺っていたらしく、私からの高評価を確認して安心したのか、満足そうに、嬉しそうに声を上げて、それからやっと食べ始めた。
ドングリ茸は肉厚で噛むとキノコの旨味たっぷりの汁がジュワァッと口の中に溢れ出る。優しい味ながら濃い旨みのキノコ出汁がしっかり流れ出したスープは、程良い塩加減でホッとする美味しさだ。一緒に煮込まれた野草やお芋にも味が染み込んでそれぞれの美味しさを更に引き出している。
「本当に美味しいよ。ほっこりするねぇ」
年長組のみんなは私が絶賛するので照れたようにしている。
「ドングリ茸美味しいでしょ?」
「私、大好き!」
「今日のスープはまた特にうめー気がするな」
口々にそんなことを言いながら、みんなも喜んで食べ進んでいる。
私たちは今日あったいろいろ過ぎる程の出来事や、山の上からの景色のこと、新しい家のこと、楽しい話しをいっぱいしながら食事の時間を過ごした。
夕食後、日が暮れてしまう前に外の調理場の片付けをし、調理道具や食器などは部屋の棚へとしまう。
空いた鍋に大豆を入れ水を張っておく。明日の朝には大豆が水で戻されて豆のスープが作れるだろう。
外で干していた野菜も土網ごと夜間は部屋の中に入れておく。
夜露や朝露に湿らせないためだ。
また明日、日が昇ったら外へ出してお日様に当てよう。
それから私は土魔法でやっとこを作った。
実は川原から帰った時、スープを作った後の熾火の中に拾ってきた石を潜らせておいたのだ。
熱くなった石を川から運んできた水瓶にポイポイと入れていく。お風呂程とはいかないけれど、少しは温めることが出来た。
日がすっかり沈む頃、かまどの片付けも済んだので、水瓶を持って部屋へ入り、全員がいることを確認して入り口を閉ざした。
部屋には灯を点けているので暗くなってしまうことはない。
私たちは森に現れてから丸三日、顔も洗えずにいた。水はアンが魔法で出してくれる貴重なものなので、飲み水と料理にのみ使っていたからだ。
清浄の魔法を使えば服や体を清潔にすることは出来るが、やはりたまには水を使ってさっぱりしたいもので。
そして、ここには川がある!
秋である今、日中の日が高い内なら、かなり水は冷たいだろうが水浴びもギリギリ出来るかもしれない。
でも今日はそんな時間作れなかったし、ならばせっかくだから温めた水で体を拭きたいと考えた。
このために私はえっちらおっちら水瓶を抱えて山登りしたのだ。
大変な思いをさせてジェフとルーシーにタライを運んでもらったのもこのため。
一応、大部屋に仕切りになる壁を二枚立て、タライを三つ置く。
手拭いが無いので、昼間トマトを運ぶのに作った葦袋を創造で布に変える。麻のようなゴワゴワした布なので吸水性や肌触りは良くないが、贅沢言ってられないしね。
水瓶の中の温めた水をそれぞれのタライに分け、女の子チーム二カ所、男の子チーム一カ所に分かれて久々に体を拭くことが出来た。
着替えが無いので洗濯は出来ないが、三日分の疲れを拭えたような気がした。
タオルや着替えの服、布団とか欲しいな。寒くなる前に防寒の準備もしなきゃいけないし。
林の木を使って繊維とか作れるのかな? ああ、昼間、羊っぽい動物も見たっけ。ハサミも無いし、毛刈りはムリか……。
食料、布、荷車も作らなきゃ……。
考えるべきこと、やるべきこと、作りたいものは山程ある。本格的な冬が来る前に済ませなければいけないことも多いので時間はあまり無いが焦っても上手くいかないだろうし。一つ一つクリアしていくしかない。
取り敢えず今は寝る準備をしなくちゃと、壁を戻し、水の入ったタライは隅へ片付け、手拭いは絞って干しておく。
みんなさっぱりして日中の疲れがどっと出てきたようだ。ピノなどはもう船を漕いでいる。
アンにはもう一頑張り、寝る前に水を作ってもらった。
もう眠らせてあげよう。
今日は本当にみんな頑張って歩いてくれたから。
「みんな、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
◇
ただし、私はまだ眠ることは出来ない。
森同様、夜行性の動物やモンスターがいるかもしれないからだ。
魔力感知で外の様子を警戒し続けなければならない。しんどくなってもスヤスヤと眠るかわいい子供たちの寝顔を見れば疲れも眠気もぶっ飛ぶしね。
今日は結構いろいろな魔法を使ったけど、消費したMPを確認すると三千四百くらいだった。
零からの創造さえしなければ、あれこれやっても意外ともつものらしい。
どうせ眠れないのだから、これからやることや欲しいものなどを考えて頭の中を整理しよう。
すぐ手をつけられること、今はまだやれないこと、早急に考えなければいけないこと、ゆっくり考えてもいいこと、すぐ用意するべきもの、追々将来的には欲しいもの、と考えて優先順位をつけていく。
幸いなことに創造の力があるので、やれることもいろいろあるだろう。
住むところは取り敢えず出来た。
落ち着いたらもっといろいろ手を入れたい。
食べ物と水は毎日の分は事足りる。
冬に備えて食料を集めたり保存食を用意しないといけない。
それを踏まえて、森へ行くために荷車が欲しい。落ち着いたら穀物や香辛料、調味料を手に入れたい。更に言うなら畑で栽培できるようになりたい。
衣類が足りない。
これも冬に備えて用意したいが材料をどうするか。まずは周辺を探索してみることからだな。
自分に出来ること、みんなが出来ることを確認する。その上で役割分担を決めたり、魔法も教えてあげよう。
狩りや釣りが出来るようになる。戦闘が出来るようになる。これは徐々にだなぁ。体力作りや魔法の鍛錬から少しずつだ。
取り敢えず思い付いたのはこんな感じだった。
すぐやれること、優先順位から考えると、
一、自分に出来ることを確認する
二、みんなの出来ることやステータスを確認する
三、荷車を作る(木材などの素材を運ぶ)
四、森へ行き食料を確保する(数回)
保存食を作る
五、周辺を探索し冬支度に使えそうなものを探す
(行動出来る範囲を見極める)
これらが先にやらなければいけないこと。
後は材料が集まったら必要なものを作る。
余裕があったら、みんなに魔法を教えて力をつけて貰う。
うん。いろいろは落ち着いてからでいいと思う。ていうか、衣食の冬支度が終わらないと手を出せないよね。
危なっかしいな。
またあれもこれも自分がやらなきゃって焦って、一人で空回りしそうになっていたんだと気付く。
大分、頭の中がすっきりした。
明日からの方針は決まった。
まずはみんなときちんと話すこと。
これが一番大切なことなのにね。
急拵えの部屋と眠る子供たちの顔を見回す。
「ここから、始めるんだ」
よし、頑張ろう。




