第十話 かあちゃんは子供たちのために戦う
本日二話更新します。
こちらは一話目です。
森と草原の境の木陰で一度目の休憩を取ることにした。
水分を摂り、子供たちの調子を確認するためだ。
誰もケガも無く、疲れを見せるどころか広く続く草原が風でサワサワとなびく様子にはしゃぐ元気すらあった。
私の方が三歳の体で魔力感知を使いつつの行軍に気疲れしているくらいだ。
身体強化の補助があるとは言え、ずっと閉じ込められていて敷地から外に出たこともなかったので、二回目の人生ではこんな距離を歩いたことなどなかったのだ。村の中を走り回っていた子供たちの方が元気なのも当然だろう。
十五分程の休憩の後、少し太陽に向かう方角、東寄りに進路を変え、草原を進んでいく。
このまま、また三十分程歩けば川に出るはずだ。
目印の無い草原を進むより歩き易いと考えた。
ただ、水場には動物が水を飲みにやってくると思うので、私の警戒は高めていないといけない。
時折、小さい魔力の反応があるので目をこらすと、草むらがガサガサと揺れウサギが顔を出したりする。穴の中からヒョコッと顔を出す大型ネズミのようなものもいて、かわいい仕草に癒やされる。
遠くには、あれは羊? やたらとモコモコに膨れ上がった生き物が数匹の群れで草を食んでいる。空にはかわいい声で鳴く鳥や、高空には小動物を狙っているのか大型の鳥も飛んでいた。
気をつけて見れば、虫やトカゲなども草むらに隠れている。
草原には生き物が溢れていた。
みんなキラキラした目でそれらを眺めながら、ウキウキと歩き続ける。
目新しいものがいっぱいで疲れも感じずいられるようで良かったが、ヘビや肉食獣には注意していなければ。
気を抜かないように歩き続けていくと前方でチカチカと何かが光った。
背の高いバズに確認してもらおう。
「あっちの方で何か光ったんだけど、バズならなんか見えない?」
「え、あっち? んーと……! 川だ! 川が見える!」
バズにひょいっと持ち上げられて私にも見えた。
「ホントだ。見えた! みんな、もう少しで川だよー!」
「わあっ」と喜びの声が上がる。
そして間もなく川へと辿り着いた。
川幅のある川で、こちら側は草生しているが対岸は川原になっている。
このまま川を遡るルートを取るので向こう岸には行かないが、川に近づき覗いてみると小さな魚が泳いでいた。
キラキラ光の反射する川面を見ながら、ここでも少しの休憩を取る。出発してから一時間半くらいだろうか。ほぼ予定通りに進めている。
川原側には鳥や小動物たちが水を求めて集まっていた。その様子を見ているのも楽しい。腰を下ろした草むらの青臭い匂いも心地良い。
ふと、この匂いに覚えがある気がして、草をかき分けてみると、強い青い匂いのする五十cm程の高さの植物。細い枝には手の平に乗るくらいの小振りな赤い丸い実が付いている。これは……!
「トマトだ! すごい! やったー!」
私の声にみんなも反応し、こちらを見るが、みんなトマトは見たことが無かったようだ。
匂いも見た目もトマトだけど、毒が無いとは限らない。実をむしり、半分に割り、中の様子を見ると、見知ったゼリー状のものの中に小さい種。ほんの少しだけ指で触ってみるが、痺れたり、ヒリヒリしたりといった刺激は無い。いざとなったら治癒の魔法で状態異常回復出来るのだからと意を決して少しだけ舐めてみる。
即、息が苦しくなったり、お腹が痛むということも無い。
普通に食べてみる。
大丈夫そう! というか、味が濃くて水分をたっぷり含んだとても美味しいトマトだ。甘味も酸味もある。
これは料理の幅が広がる。ありがたい。
その時、突き刺さる視線を感じ見回すと、みんなから「自分も食べたいオーラ」が出まくっている。
「一人で食べてごめん! でも、毒があったら困るから、まだ食べないで。三十分くらい様子を見て、私になんとも無かったら多分大丈夫だから。摘んでおいて次の休憩の時に食べようね」
即効性の毒は無くてもお腹を壊す場合もあるので大事をとった。
みんな羨ましそうにじとーっと見ていたが、しぶしぶ納得してくれて「後で食べるぞ!」とトマトを集め出した。
おてんばのベルとティナは集めるのに夢中になりすぎ、みんなから少し離れてしまったらしい。
十m程離れた茂みから「痛い!」という声が上がり、びっくりして振り返る。
ティナは大きな声で泣き出していた。
ギュッと瞑った目からポロポロと涙を溢し、痛い、痛いと叫ぶティナと、隣でオロオロするベル。
辺りにモンスターや肉食獣の反応は無い。とにかく大慌てで二人の元へ向かった。
「癒し」
光がティナを包み込むと痛みは治まってきたようで泣き止んだ。
ティナとベルに何があったのかを聞く。モンスターが出たのか、虫やヘビに咬まれたのか、と焦ったのだが、
「この小っちゃい細長いトマトを見つけたの」
「摘んでたら周りの草が当たって顔が痒くて、目をゴシゴシしたらすんごい痛くなっちゃったの……ううう……」
彼女たちが見つけたものはトマトじゃなくて赤唐辛子だった。これを触った手で目を擦れば泣くほど痛いのもわかる。かわいそうだけど大事でなくて良かった。
「毒なの? このトマトは毒があるの?」
駆け寄って来たみんなも心配している。
「これはトウガラシって言ってスッゴーく辛ーいの。お料理に少しだけ使うと美味しくなるんだけど、このまま食べたら辛すぎて泣いちゃうくらい。
これを手で触ると手に辛いのが付いちゃうからね。ティナはその手で目を擦ったから、目がスッゴく痛くなっちゃったの。みんなも気をつけてね。でも、毒じゃないから安心して」
植物図鑑にも毒は無いけど刺激のある植物として各種香辛料が載っていた。ティナの犠牲のおかげでまたまた良い物を手に入れられた。
私は川縁に生える葦のような植物から創造を使ってズタ袋のような物を大小いくつか作り出した。
大きい物にはみんなが集めたトマトを入れてもらい、小さな袋にはトウガラシを摘んで入れた。
トウガラシは危ないので私の木箱にしまった。
それから、ベルとティナと川で入念に手を洗った。
◇
さて、そろそろ出発しようかと思った時、
――ザザザザザ! バタバタバタ!
対岸で寛いでいた鳥たちが一斉に羽ばたき飛び去った。私の魔力感知も反応した。
川原の向こうの深い草むらの中に体勢を低くして近付いて来るものがいる。急いで子供たちを集め障壁で覆う。
息を潜めて注視していると、草むらから黒い鼻面が出てきた。犬型の肉食獣だ。
鳥たちの素早い反応により、集まっていた小動物たちも既に逃げ果せていた。
お腹を空かせているのだろう。ジャッカルのような動物の群れは、目当ての獲物に逃げられこちらに的を変えたようだ。
「ウーーーーー……」
低い唸り声が響く。
緊張が走る。
子供たちは皆、静まり返っている。
だが、彼我の間には川がある。
川に入り、こちらへ渡って来ようか逡巡しているように見えた。
こちらが弱い食料ではなくて、強い敵だと思わせなければ。
「光の矢」
光の矢が先頭のジャッカルの鼻先を掠める。
次々に光の矢をジャッカルの足元目掛け連射して威嚇した。
そして、腕を伸ばし、手の平を上に向けて、魔力をたっぷり込めた大きな光の球を頭上に掲げた。
この派手な光の球にびびって逃げ出してくれ!
「キャインッ」
鼻に浅い傷を負った先頭のジャッカルが一声鳴くと、ジャッカルたちはこちらの思惑通り逃げ出し、去っていった。
光の球の魔力を霧散させて、ホッと一つため息つく。攻撃魔法を使ったのは初めてだったのだ。
緊張が解け、ヘナヘナとその場に頽れた。
わあっっっと歓声が上がる。
「モモ、スゲーな! 獣を追っ払っちまった!」
「すげー」
「もう、やべーと思ったよ」
「すごかったね」
「またモモに守られちゃったよ」
「モモ、大丈夫?」
「モモちゃん、立てますか?」
ガヤガヤと怖かったぁ、良かったぁと声が響く。
私は笑顔でみんなを安心させようとしたが、頬が強ばってうまく笑えなかった。それどころか、みんなの無事を確認し安心から涙がポロリと溢れてしまった。
「ももちゃんだって怖かったよね。ごめんなさい。ありがとう」
みんなが口々にありがとう、カッコよかったよー、と声をかけてくれる。
子供たちの優しい声に支えられる。私はまた、みんなから温かいパワーをもらった。力が湧いてくる。やっと笑顔を作ることが出来る。
「かあちゃんがみんなを守るよ! 安心して! いつも一緒、みーんな元気、笑顔が一番!」
そう言ってニカッと笑って見せた。
みんなもニコニコとお日様のような笑顔を見せてくれる。「オーッ!」と腕を振り上げたりしながら。
「さて、じゃあ上流へと出発しよう!!」
ジャッカルは追い払えたけど、私は少しでも早くこの場を離れたくて、そそくさと出発した。
空元気を出すためにみんなで
「いつも一緒!」
「みーんな元気!」
「笑顔が一番!」
と声を合わせながら上流を目指す。
震える足で次の一歩を踏み出すために。
リズムをとるように、歌うように……。




