第百二十二話 かあちゃんは冷蔵庫が欲しい
夕食には、早速出来立てのソーセージを食べてみることになった。
燻製室の片付けをしている時から、みんなの期待の眼差しをひしひしと感じていたので当然の結果だろう。
ルーがお昼に野菜スープをたっぷり仕込んでくれてあったので、スープとパンとソーセージが今日のメニュー。
いくつかは失敗して割れてしまったりするかと思っていたのに、皮が破れてしまったものは無かった。少しばかり形が歪なのはご愛嬌。
残念ながらプリッとという食感は無いのだけど、ハーブと胡椒の利いたソーセージは子供たちにも非常に好評を博した。
「うんめー!」
「おいしいね!」
「ピノこれ、だぁい好き!」
「うわあ、これも初めての食べ物だね」
「こんなに柔らかいのに保存食なの?」
「挽き肉なのにハンバーグとは全然違うね」
「……入れるハーブや燻製のチップを変えればいろんな味が作れるかも」
うーん、みんなの感想もグレードアップしてる?
ただ美味しいだけじゃなくて、分析したり、発展させようと考えてる。なんとも頼もしい。
今回作ったソーセージは保存を目的としてるのでちょっぴり塩気が強い気もするけど、野菜と一緒に炒めたり、スープに使う時には味付けの塩分を控えればいいし、パンに挟むなら生野菜と一緒に食べればいいだろう。
塩気の調整や、ルーも気付いていたように入れるもので風味を変えるなどして、もっと美味しく出来るかもしれない。
まだまだ大量の肉があるから、バリエーションも増やして、どんどん保存用に加工していかなきゃいけないなあ。
大変だけど楽しみでもある。
明日も頑張らなきゃ、とまさに考えていた時、
「モモ、明日はパン焼きしないと。パンがもう無いよ」
ルーに声を掛けられる。
「あー、そうだね。明日はパン焼きもしなきゃだよね……」
やることがいっぱいあって、どうしようかと悩む前に、
「畑の収穫はモモの魔法で出来るから、僕らも明日は保存食作りを手伝うよ」
バズがそう言ってくれた。
「ありがとう! 助かる! みんなで手分けすればパン焼きもソーセージ作りも両方出来るね。明日は午前中、私とルーはパン焼きするから、他のみんなに今日と同じ感じでソーセージと干し肉を作ってもらえると嬉しい。午後は燻製して、私は大豆の収穫をして、畑の片付けまで出来ちゃえば明後日から麦を作れるけど、欲張り過ぎかな?」
「ううん、午後一で収穫しちゃえば、片付けだけなら充分終わらせられる。明後日は小麦の種蒔き出来るね」
「燻製や干し肉作りも大分慣れたから、そっちは任せて!」
「オイラたちも手伝うから」
「おうも畑の片付け頑張る!」
「くうも!」
みんながいろいろ出来るようになっているので、冬支度がとても捗る。
こうやって方向を決めるだけで、各自が自分のやるべき仕事を考えて、役割分担がどんどん決まっていく。
いつの間にか、私は口出しするのではなく、やりたいことを口に出してお願いするだけで良くなっている。
明日の午後は、畑を片付ける者、干し肉を乾燥する者、燻製をする者、と仕事が振り分けられ、私は大豆の収穫が終わったら、物作りをするなり、好きに動いて良いと言われた。
ただし、MPの管理にはよくよく気を付けるようにと念を押されたけど。
今日も私抜きでも上手いこと回せたので、みんなで出来ることはみんなでやるから、私には私がやるべきことをやって欲しいということだ。
それぞれが言われたことをやるという姿勢から、自分のやれることを見つけて考えて動くという方向に変わってきていた。先を見据えることが出来るようになっている。
本当に毎日成長していく子供たちが眩しい。
私は一人で踏ん張らなくていいんだ。
みんなに任せられることは任せて、私のやるべきことを考えよう。
冬に必要なのは食糧だけじゃない。
夕食の後、いろいろと片付けたり、明日のパン種の用意も済ませて、みんなは訓練の時間となった。
ちなみに今回のパン種からは以前に仕込んだパン酵母が使われている。パン種作りも私の創造の魔法から手が離れた。こうやって一つ一つ、みんなの手で出来ることが増えていき、一つ一つ私の手から離れていく。少し寂しい気もするけど、でもやっぱり誇らしい。
かあちゃん冥利に尽きます!
今日の訓練は牛の親子が上の穴倉へ住処を移しているので、広間を使っている。
居間にはスバルたちがいるからね。
今はいいけど、子猫たちが動き回るようになったら、ストーブのある居間は危ないかもしれないな。小さい子猫たちにはベビーゲート状の柵なんてすり抜けられる。
これもまた考えなくては。
私は子供たちの訓練の様子を少しだけ確認すると、資材倉庫に向かった。
今日は昼寝をさせてもらったおかげで、まだ四千程もMPが残っている。その使い途と、みんなに許された明日の午後の時間を何に使うか考えてみる。
冬の備蓄としての木材は、ポチくんたちが手伝ってくれたおかげで充分に用意されている。
みんなの部屋も出来上がって、扉も粗方付け終えているので、大きく木材を消費する作業はもうあまりないと思う。道具や小物を作ったり、家具を増やすことがあっても、冬場の燃料として使う分には有り余る程の木材が倉庫に積み上げられている。
冬の寒さが予想以上で、ストーブをもう一台増やすことになったとしても問題なさそう。部屋の寒さ対策は滞りないと言っていいだろう。
服や靴などはもっと増やしたいが、部屋作りで綿を随分使ってしまったので、繊維素材が少し心許ない。リネンや綿はまた採取しに行かなければいけないな。
雨の後で拾ってきた、汚れて染みが付いてしまった綿ならいっぱいあるので、染め物をやるのもいいだろう。
あ、それからゴム!
衣類を増やすにもゴムは準備しておいた方がいいし、もっと寒くなる前に湯たんぽも用意しておきたい。
冬用の暖かなブーツや、外仕事用の長靴もあった方が良い。
今すぐ必要な訳じゃないけど、せっかく革もたくさん手に入っているのだから、防具やカバンなんかを作ってもいいかもしれない。
こうして考えると、素材もいろいろ集まっている。
冬の時間はたっぷりあるのだから、勉強したり、訓練したり、手仕事のように物作りしたり、やれることもたくさんありそうだ。
そのためにも、近いうちに、繊維素材や鉱石なんかを集めに出掛けよう。肉の加工や畑仕事との折り合いを考えて予定を立てなきゃ。
材料が集まったら衣類を増やせるように、デザインを考えたりもしておいた方がいいかな。
となると、私がやるべきことは……。
まずはゴムを作ること。
続いて染色、デザイン。
材料が揃ったら衣類や靴作り。
それから、冬用の教材作りも余裕があったら考えよう。あ、裁縫や刺繍や編み物なんかの道具も用意しておかなくちゃ。
作る物はまだいろいろとあるけれど、冬が来る前に大急ぎでやっておかなければいけなかったことは、粗方片付いている気がする。
明日は樹液の採取をさせてもらって、ゴム作りから始めるとして、今日MPを使って作っておきたいものってあったかな……?
見通しが立ったことで、幾分余裕の出来た私の頭に閃いた物。
――そうだ、冷蔵庫!
猪肉は一部を残して加工してしまおうと思っているけど、他にもヘビ肉も百kgくらいある。スモークチキンのようにすることも出来るだろうけど、冷蔵……可能なら冷凍保存出来ればありがたい。
スバルたちの食事には塩をきかせた保存食は良くないと思う。ポチくんたちのようにモンスターだから大丈夫って言うかもしれないけど、私たちにとっても猪肉もヘビ肉も冷凍保存が出来れば使い勝手が格段に上がるし、野菜も茹でて冷凍しておけたら嬉しい。
牛のお母さんがミルクを分けてくれるなら冷蔵庫で保管したいし、冷蔵庫があればプリンやゼリーも作れる。
うー、欲しい!
欲しいぞ、冷凍冷蔵庫!
食材を冷凍するのは創造の温度変化でいけると思う。要はその冷凍状態を保てる部屋を作ればいいんだ。
あまり大き過ぎない保存部屋に棚を作って、最上段に氷を入れておけば冷蔵庫は作れると思う。
冷凍庫はもっと氷の量を増やせばいいのでは?
――試してみなければ始まらない!
女子部屋と食料倉庫の間の通路。
間取りとしては、おうとくうの部屋の反対側に当たる部分の壁を掘って、さらに通路を延ばす。食料倉庫の裏になる部分に小さな小部屋を二つ作る。二m立方くらいの納戸のような部屋だ。壁から十cm程間隔を空けて、もう一枚壁を作ることで二重壁にする。少しでも室温を安定させることが出来るんじゃないかと思ってやってみた。
それから鉄鉱石を持ってきて、壁と天井を鉄張りにする。
左右と奥の三面の壁には土魔法で棚を作り、一番上の段は水槽のようにする。ここに水を出してもらい、創造の温度変化で氷に変えれば、冷気は下に下りるので、取り敢えず冷蔵庫にはなるはず。
冷凍庫の方は様子を見て氷の量を増やして試していこう。
入り口以外の三面に棚を作ったことで、人が一人か二人、入るのがやっとのような狭さになってしまったけど、部屋を冷やすためには狭いくらいでちょうど良いと思う。
扉はどうしようか。
土魔法で閉じてしまえば密閉性は良いけれど、それだとユニやルーが食材を取り出す度に、私かバズかベルを呼ばないといけなくて使いづらいだろう。
熱効率は落ちるかもしれないけど、木製の扉を付けよう。
私が木材を運び出していると、広間で訓練中だった男の子たちがサッと手伝ってくれた。
蝶番で開閉が出来る扉を付けて、ノブに連動してフック状の鍵も掛けられるようにした。
ノブを回すとL字型のフックが上げ下げ出来て、横の壁の突起に引っかかるだけのものだが、うっかり開いちゃって中の温度が上がってしまうようなことが無ければいいのでこれで充分。
「今度は何の部屋を作ったんだ?」
「倉庫?」
「小っちゃいから物置じゃない?」
木材を運んでくれた男の子たちが、口々に意見を述べている。
広間の女の子たちも気になるようで、こちらをチラチラ見ていて訓練に集中出来ていないようだ。
「アン、ルー。水を出すMPの余裕はある?」
「まだ大丈夫です」
「私も」
二人を呼んで、最上段の水槽に水を満たしてもらった。
「創造・氷」
それを魔法で凍らせると、だんだんと上から冷気が下りてくる。
「うわっ、何? 寒い!」
「ほんと、部屋が寒くなってきました」
水を出してくれたので部屋の中にいた二人には、室温の変化が如実にわかったようだ。
「こうやって氷の冷気で部屋の中を冷たく維持出来ないか、試しに作ってみたんだ。寒いところではばい菌があまり増えないから、この部屋がずっと寒さを維持出来れば、雪の中に埋めた時みたいに食べ物を保存出来るんだよ」
みんなにはいまいちピンと来ないみたいで、アンとルーも、
「そうなんですか」
「へえー」
なんて空返事しながら、急いで部屋から飛び出してきた。もう中は大分寒くなってきてるみたい。
明日の朝まで、この部屋の温度が維持出来るか。
どのくらいで氷が溶けてしまうのか。
検証してみたいところだけど、どうやったらいいかな……?
「……二人とも、まだ水を出せる?」
「うーん、私は今と同じ量はもう無理。少しなら出せるけど」
水よで水を出してくれたルーは大分MPを使ってしまったらしい。
「私は水の壁で出したので、まだ大丈夫ですよ」
冷蔵庫の部屋には、ルーに鍋一杯分の水を出してもらったものを、二段目の棚に一つだけ置いてみた。どのくらい冷水を維持出来るか時間をおいて飲み比べていこう。
アンには、冷凍庫の部屋の三段目の棚にも水槽を作ってみて、それにまた水を満たしてもらい、さらに創造で氷に変える。
間の二段目の棚には、ヘビ肉を一kgくらいに切った塊、五百gくらいに切り分けたもの、百gくらいに小分けにしたもの、さらにスライスしたものを、それぞれ「創造・冷凍」で瞬間冷却して並べて置いてみる。
これが明日どうなっているか楽しみだ。
溶けちゃってたら、料理に使えばいいんだし、失敗だったら氷の量を増やしたりしてみよう。
MPもいい感じにギリギリまで使えたし、今日の実験はこれでおしまい。
冷蔵庫と冷凍庫の鍵がちゃんと掛かっていることを確認すると、集中が切れたので訓練を終わりにしたみんなとともにスバルにおやすみの挨拶をして、各自部屋に戻って休むことにした。
私たちも部屋に戻り、みんなでベッドに潜り込む。キティたちの気持ち良さそうな寝息を確認したら、私も聖域をかけて眠りに就く。
あんなに昼寝しちゃったけど、魔力枯渇を起こせばちゃんと眠れる。
微睡みながら、ちょっと便利だな、なんて思ってしまった。




