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第百二十一話 かあちゃんは牛の住処を用意する

 

 新しい家族が増えたことで、すっかり歓迎ムードではしゃいでいたみんなを、現実に引き戻したのはジェフの何気ない一言だった。


「家族も増えたんだから、兄貴として今まで以上に頑張らなきゃだな!」


 これはみんなの庇護欲を刺激したようで、途端に自分のやるべき事へとみんなを突き動かした。


 みんながいそいそと動き出す中、バズからは私が寝こけていた間の報告があった。


「大豆の種蒔きは問題なく四面分終わってるよ。その後、野菜畑の方も手入れしておいたけど、虫も付いてなかったし、向こうもあんまり手間はかからないで育てられそうだね」


 虫が付かないのか……。

 これも聖域がかかってるからかな? 私たちを害するものは入れないもんね。

 聖域が優秀過ぎる!


「ありがとう。畑は私が成長の魔法をかければ今日の仕事終了だね」


 ルーたちからも、立派な仕事ぶりが告げられる。


「モモが用意してくれたかたまり肉は、この前くらいの大きさに切り分けて全部漬け込んだよ」


「薄切り肉も今日切った分は全部干し肉にしたぞ」


「燻製の方は、まだ火を落としてないけど、そろそろいいんじゃないかな?」


「地下の片付けも済んでるよ」


 うーん、みんなも優秀過ぎる! 素晴らしい!

 私が呑気に昼寝してる間にすっかり仕事が片付いちゃってる。


 ちょっと心苦しい気持ちになって、思わずごめんと言いかけたけど、こういう時は謝るんじゃなくて、感謝して褒めなきゃだよね。


「ありがとう! みんなが頑張ってくれたから、ゆっくり休めてMPも回復したよ。いつも思ってるけど、手際が良くってびっくりしちゃう。すごいね! みんなこんなにしっかり出来るんだから、私もちゃんとみんなを頼って、一人で突っ走らないようにしなきゃだよね」


「そうだぞ!」

「俺らに任せろって」

「私たちだって出来るんだからね!」


 みんなの誇らし気な笑顔に囲まれて、優しさと成長をひしひしと感じ、幸せを噛み締めた。



 その後は、畑に成長の魔法をかけに行くんだけど、元気になったなら家の中でじっとしてるのも辛いだろうからと、牛親子にも一緒に来てもらって、ついでに周辺を案内することにした。


 スバルも誘ったんだけど、ちょうど子猫が目を覚ましてしまったので、猫たちにはまた今度案内することにした。



 外に出てみると、陽は西の空に傾いてきていた。


 魔法をかけたら、案内がてら温泉に行くのにちょうど良い時間だな。


 燻製室の火を落としてもらうようにルーたちにお願いして、牛たちを連れて畑に向かう。


 四面の畑を見渡す。

 今は種蒔きをした状態なので、茶色い土が広がっているばかりだ。


「ここが畑。私たちが食べるために植物を育てている場所だよ。ここでたくさんの食べ物を作って、冬の間もお腹を空かせないで暮らせるように、今のうちに家の中に貯めておくの。寒くなると周辺の食べ物が減っちゃうでしょ? そのために準備しておかなきゃいけないの。だから、ここの植物は食べちゃダメ。わかってくれるかな?」


「食べ物を作るとはどういうことかしら……? 私たちは草を求めて暖かい方へと移動しながら暮らしていましたけど、寒くなると食べ物が減るというのはわかります。……あなたたち、ここの草や葉っぱは絶対食べちゃダメよ」


 母牛が仔牛たちに言い聞かせると、


「はーい! じゃあ、どこの葉っぱなら食べていいの?」

「みんながくれるやつだけ? お外の草は食べられないの?」


 素直で無邪気な答えが返ってくる。


「これから案内するけど、ここの下にある草原の草なら食べていいし、この山の上の方の斜面の草も食べていいよ。……食べられる草があるかな? 探してみようね。でも、このおうちの周りの広場の草は食べないって約束してね」


「わかった!」

「うん、約束!」


 それから、大豆の畑の前に跪き、魔法をかけて成長させる。


「……大地よ。その慈しみをもって、子らをお導きください」


 柔らかく温かな光が四面の畑を包み込み、ただの茶色い土だった畑からニョキニョキと小さな芽が顔を出すと、みるみるうちに成長し、葉が茂り、花が咲き、少しずつ青い実が生っていく様子は、畑というものがよくわからない牛たちにも衝撃的だったようだ。


「こ、これは……すごい……ですね」

「すっごい! 葉っぱいっぱい!」

「あっという間に葉っぱが出来た!」


「今日は豆を作ってるんだけど、麦も育てるし、向こうの畑では野菜を育ててる。あっちの木が並んでる所も、その奥の畑も、薬になる植物を育ててるから、この畑のところには入らないようにしてね」


 目をパチクリさせている母牛も、興奮気味の仔牛たちも、コクコクと頷いたので、そのまま調理場の方へ向かう。


「この台に並んでるものも、冬用に食べ物を長持ちさせるために干しているものだから、食べちゃダメだよ」


 干し台についても教えながら広場へと進んで行く。燻製室の火を落としていたルーたちも合流した。


「ここの広場は普段は遊び場にしてるんだけど、魔法の訓練をする時にも使うから。訓練中は危ないから離れていてね」


 魔法の流れ弾に当たったりしたら危険だからね。


 それから、広場の端の方から斜面に出て、家の上にあたる場所まで上がっていく。


「ここから上の斜面の草は食べてもいいよ。食べられる草がありそう? あ、あと、この飛び出てるのは、家の中を暖めるストーブの煙突だから。この周りは熱が出て、火傷したらいけないから近付かないように気を付けて」


 周辺を見回っていた母牛は、煙突もしっかり確認すると、


「わかりました。熱いのは苦手なので近付かないとは思いますが、子供たちがいたずらしないように注意します」


 と真剣に答えてくれた。

 それから、おずおずとひどく恐縮した様子で口にする。


「あの……、出来れば私たちは外で暮らしたいのですが……。この辺りで草を食べて毎日を過ごしてもいいでしょうか……?」


「うん、自由にしてもらっていいよ。昼間だけ外にいて、夜は家の中で寝てもいいし。外の方が過ごしやすいなら、外に寝場所を作ってもいいよ。この岩山には肉食の獣はいないみたいだから、大丈夫だと思う。山を下りて出かけてもいいけど、川を遡った上流の林には肉食動物やモンスターも出るみたいだから、あっちの方は行かない方がいいね。岩山の裏側の林にも鹿や猪がいるから、あまり踏み入れると縄張りを荒らすことになったりするでしょ?」


「そうですね。ここは日当たりが良いから、もっと寒くなっても過ごしやすそうですし、ここに生えている草は量は少なめですけど食べられそうです。私たち親子だけなら充分ですから、この斜面で暮らしたいと思います」


 仔牛たちも気に入ったようで、楽しそうに草を食んだり、斜面を駆け回ったりしている。


 でも、「これ以上、あまりご迷惑はおかけ出来ませんから……」なんて水くさいことを母牛が言うので、


「そんな風に思っちゃダメ。外の方が気楽に暮らせるならそうしていいけど、遠慮しないで希望を言ってくれなきゃ。みんなで楽しく幸せに暮らしていきたいんだよ。一緒にいたいって思ってくれるなら、ちゃんと思っていることは口に出して伝えて。解り合うことが一緒に暮らすにはとても大切なことなの」


 と釘を刺しておく。出来るだけ窮屈な想いはしないで欲しい。


 さし当たって、近場の斜面の草むらには成長の魔法をかけてみる。秋が深まって痩せていた草が、夏の盛りのように青々と繁った。

 他の草むらには癒しの力を与える。ここら辺にも毎日癒しの力を与えていけば、当面の牛さんたちのごはんには困らないだろう。


「普段のごはんはこれで大丈夫? 寝床は? この辺りに雨風を凌げる(ねぐら)を用意しておこうか」


 岩肌が剥き出しになっている部分に穴を掘り、浅めの洞窟のようなちょっとした巣穴を作ってみる。


「まあ! すごいです! なんて快適そうな……、ありがとうございます!」


 ただの穴倉なのに、母牛はとても喜んでいる。寝床に藁を敷いたりしなくても良いかと聞いてみたけど、土の床がすごく気に入っているらしく、このままがいいらしい。


 水桶だけは用意して、アンに水を出してもらった。



 ……煙突の位置から考えると、ここは広間のさらに奥の上だよね。


 穴倉の奥からスロープの通路を掘って、家と繋がるようにしておこう。


 高低差はそれ程でもないけれど、緩やかなスロープにするために、ぐるっと弧を描いて広間の奥に繋がるように掘り下げる。猫たちの気配を探ることで、だいたいの深さを合わせることが出来たので、そこからは広間の方向に向かって平らに掘っていけば、広間の奥の壁から牛たちの穴倉へと通路を開通させることが出来た。


 一度上がり、牛たちも子供たちも一緒にスロープを通って広間に戻ってきた。


「これで上と繋がったから、外にいても中にいてもいいからね。でも、長雨の時や、冬になって寒さが辛いと感じたら、窮屈かもしれないけど家の中で過ごして欲しい。ここは多分、今まで暮らしていた南の森とは気候が違うから。仔牛たちもまだ小さいんだし、無理はしないで。だんだんと過ごしやすい暮らし方を見つけていこうね」


 こうしておけばいつでも様子を見に行けるから、私たちも安心だと言うと、母牛はすごく感謝して感動していた。


「モモちゃんはもしかして……、森の守り神様なのではありませんか!? そのすごい力を使った数々の奇跡や、畏れ多いほどの慈悲深さ……。お側にいさせていただける幸運に感謝します……!!」


 なんか変なスイッチ入っちゃった様子の母牛を宥めて、陽があるうちに温泉も案内しなくちゃ。


 私たちはお風呂セットを用意して、牛親子と一緒に岩山を下って川原に向かった。



 岩山と川原の間に広がる草原では、この辺の草も食べられると確認出来たので、こちらの方にも牛たちの行動範囲を広げられそうだ。


 あまり縛り付けたくはないけれど、家を離れてどこかへ行くときには、声を掛けてもらえるようにお願いしておいた。


 知らない間に急にいなくなっちゃったら寂しいし、心配するからね。



 一応、温泉も紹介してみたけど、お湯はやっぱり熱過ぎるらしい。


 川の水は流れがある分、沼よりも冷たくて、でも入れないことはないとのことだった。

 水浴びがしたい時には川に来れば良さそうだ、と喜んでいる。


 畑に虫が付かなかったことからも、家の上の斜面で暮らすなら聖域に守られているので、虫除けの泥もいらないと思う。


 体温を下げるために水浴びするというような話だったので、冬の間はそれほど必要ではないのだろうし、気温が上がる頃には水温も少しは上がるだろうから、川でも問題ないのかもしれないけど……。


 習慣となった水浴びはやっぱりしたいものなんだろうな。



 子供たちには先にお風呂に入ってもらって、私は牛親子と少し下流に向かって歩いた。


 水路のお湯は下流に行くほど冷まされて水温が下がる。大分ぬるま湯になった辺りで、蓋を外しては水温を確認してもらい、このくらいなら入れるという場所を見つけてもらう。


 プールの水温くらいだろうか。

 その辺りでOKが出たので、蓋を取り払い、幼児用プールのような底の浅い溜め池を作った。


 私的には、今の季節には寒いんじゃないの? と心配してしまうけど、牛たちにとっては、とても快適な水場らしい。


「重ね重ねありがとうございます!」

「やったー! 水浴び!」

「楽しーい!」


 うん、喜んでくれてるんならいいや。


「私もお風呂に入ってくるね。少し遊んだらみんなの方に来てね」


「はーい!」

「またあとでね!」


 仔牛たちのはしゃぎ声に見送られて、私も大急ぎでみんなの元に戻った。



 急拵えの割には寝床も水場も、牛たちに喜んでもらえる環境を用意出来たようで良かったな。


 そんな気持ちも合わさり、お風呂に浸かると一際大きくほおっと息が漏れた。



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