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第百二十話 かあちゃんはまた家族を増やす

 

「また話そうね」


 とその場は打ち切り、母猫を抱いて居間に戻る。


 先ほどまでの穏やかな雰囲気から一転して、固く強張ってしまっている母猫を抱いたまま、子猫たちの眠る傍に腰を下ろす。


 優しく背中を撫でて、少しでも緊張を解きほぐそうとしてみるが、母猫の体から力が抜けることはない。


「えっと……、私の話で困らせちゃったかな? 猫さんのしたいようにしていいんだよ。何か問題があるなら相談にのるよ?」


 返事は返ってこなくて、じっと固まったままの母猫を撫で続けても反応が無い。あまり問い詰めてもいけないかな、と話を変える気持ちで、


「ふふ……、ちびちゃんたち良く寝てる。可愛いね……」


 と呟くと、母猫はビクッとする。


『……え、えろうすんません。ウチ……、勝手して、ご迷惑おかけしてもうて……』


 震えながら謝りだした。


「え、何? 急に……?」


『……ウチ、知らんかったんや。牛の奥さんは契約の繋がりのある方やったんやね。狼の方々も、ここにおるおサルさんも、あの大きな鳥たちも、名を与えられた従魔やったし。ウチは……、なんも繋がりもあらへんのに、甘えてしもおて。子ぉらの面倒までかけてしもおて。ウチは……、何の役にも立てへんのに。……図々しいにも程があるわ。ほんまに申し訳ありませんでした』


 母猫は真っ直ぐに私を見つめ告げる。


『す、すぐにお暇せなあかんのんは重々承知しとります。……けど、どうか、子ぉらが自分で歩けるようになるまで、ここに置いてもらえへんでしょうか。ウチの食べるもんは自分でなんとかしますよって、どうかあと少しだけ、どうか……』


 え!? 何!? どういうこと!?


「え、えーと、迷惑じゃないよ? あの、急にどうしてそうなっちゃったのか、わかってあげられなくて、こっちこそごめんね」


 混乱する頭で、なんとか答えを紡ぐ。


「えーと、猫さんたちが来てくれて、うちの子たちもとっても喜んでいるし、私だって仲良くなれて、元気になってくれてすっごく嬉しいし。あの……、迷惑だったら最初から連れてこないし……。ああ、何て言ったらいいのかな? あー、猫さんたちが帰りたいって思わなくて、ここにいたいって思ってくれるなら、ここにいていいんだよ。謝ることなんて何も無いよ?」


『せ、せやけど……』


 懇願するように見つめていた瞳を伏せて、力無く言葉を続ける。


『……繋がりの無いウチらは、人間からしたらモンスターって言わはるんでしょ? モンスターゆうんは戦って駆除せなあかんもんで、一緒にいてええもんと違うのんやないんですか? 契約もなく、傍にはおられへんって……』


 ポチくんもだけど、この子も何かいろいろ知ってるんだな。最初っから念話で意思疎通が出来たあたりからしても、なんかすごいモンスターなのかもしれない。ポチくんもなんかすごそうだし。


 それになぜか関西弁だし……。

 まあ、念話だから私のイメージなのかもしれないけど……。


 モンスターと人間の関係っていうのを、ちゃんとわかってないのは私の方なんだろうな。

 それでも……。


「ええと……ね。一つ一つ考えてみよう。まず、ここには私たちしか人間がいないと思うから、一緒にいちゃダメなんて言う人はいないよ。だから、そこは心配しなくても大丈夫。みんな、猫さんが来てくれて喜んでいるよ。迷惑なんて誰も思ってないからね」


『そ、そうなん……?』


 にっこりと微笑むと、加護の力が働いたのか、やっと少し力が抜けて安心してもらえたようだ。


「それから、牛さんと契約したのは、話が通じないと困るから。契約すると意思疎通が出来るようになるからね。猫さんは最初から念話を使えたから、契約しなくても問題がなかっただけだよ。でも、猫さんが契約した方がいいと思うなら、受け入れてくれれば契約は出来るよ?」


 名前だって、勝手に付けて変に大きな力を手にしちゃったら、後で森に帰ってから困るかな? って思って付けなかったんだし。


『せやけど……、ウチと契約してくれはっても、ウチは何のお役にも立たれへん……』


「うーん、ヤスくんも最初、そんな風なこと言ってたな。役に立つから一緒にいるんじゃないんだよ。一緒にいることが嬉しくて、大好きになったから、ポチくんたちはお友だちになってくれたし、ヤスくんもおうとくうも家族になったの。私だって子供たちだって、出来ることも出来ないこともあるけど、一緒にいれば助け合えるし、一緒にいることが幸せなの。猫さんがここを気に入ってくれたなら、きっとみんな家族として受け入れてくれると思うよ?」


『家族……。一緒にいると幸せ……』


「……でも、猫さんは群れを作らないんでしょ? 群れの中で暮らすのは大変じゃない? お友だちでもいいんだよ。ポチくんたちみたいに、同じ群れじゃなくて別々に暮らしてても、仲良くしてくれるのは嬉しいよ?」


 しばらく無言でじっと何かを考えていた母猫が、不安そうに見上げてきた。


『ウチな……? 子ぉらがめっちゃ愛おしいんや。せやけど、ウチらの種族は、大きなって自分で狩りが出来るようになったら、すぐに独り立ちするん。一塊で集まっとったら、全滅するかもわからんやろ? せやから、バラバラで生きて、自分だけでも生き延びて、どこかで同族に会うたら子ぉを増やして種を残すんや。それが当たり前やから、家族とか群れとか良ぉわからんねん。……せやけど、ウチな。子ぉらが愛しいて、ホンマは一緒におりたいんや。自分が生き延びるために子ぉらを放り出して逃げるなんて出来へんかった。モモちゃんがウチらを守ってくれはって、助けてくれはって、ホンマに嬉しかった。ここの群れのみんなが優しいしてくれて、すごく安心出来た。一人じゃないって……』


 見開かれた瞳を潤ませて、体を震わせて、本当の気持ちを吐き出す。


『自分だけで頑張らなあかんのんは寂しい。この子らも、そのうちおらんようになる。また独りぼっちや。……もう、寂しいのは嫌や。……独りは嫌や。この子らにも、こんな思いさせたないんよ』


 微笑んで、コクリと頷くと、母猫は強張った表情をくしゃりと崩し、力が抜けたようになった。


『ええの……? ウチ、もう一人で頑張らんでもええのんかな……?』


「家族が……、群れの仲間が一緒にいてくれれば寂しくないし、困った時には助けてくれるし、助けてあげれる。近くにいれば守ってもらえるし、守ってあげれる。そうやってお互いに支えあえる。でも、一人でいる時のように自由には生きられなくなるよ。群れに入るなら、群れのルールに従わなければいけない。みんなが向こうに行くって言ってる時に、自分だけ勝手に違う方向に行ってしまったら、群れからはぐれてしまうし、そしたら何かあっても助け合えない。だから、自分がどうしたいか、ちゃんと教えて欲しい。口に出して、伝えて、願ってくれないと解り合えない。毎日、細かい部分でも、今までの暮らしと違って大変な思いをするかもしれない。それでも、ここにいたいって思ってくれる?」


『ウチ……、ここにいたい。ウチ……、一人で頑張るより、みんなと一緒に頑張りたい!』


 母猫の潤む青い瞳には、確かな決意が宿っていた。


「わかった。一緒に頑張ろうね。……博愛(ラヴィング)


 その時、


「あれ? モモの声がする」

「モモ? 起きたの?」

「大丈夫?」


 ガヤガヤとした喧騒が近付いてくる。畑仕事を終えたバズたちが戻ってきたようだ。


「休ませてくれてありがとう。起きてるよ。居間にいるよ」


 みんなに大事な話があるので、ルーたちにも集まって欲しいと呼んできてもらった。


「なあに? 大事な話って」


 燻製室の方にいたらしいルーたちも来てくれて、全員が居間に揃ったので、コホンと一つ咳払いをして、


「猫さんが、ここでみんなと一緒に暮らしたいんだって。家族として迎え入れてあげてもいいかな……?」


 おもむろに話し出すと、


「何だよ、良いに決まってる!」

「もう、何かと思ったよ。もちろんいいよ!」

「猫さん、ここにずっといてくれるの?」

「子猫たちも!?」

「やったー!」


 と、みんなが騒ぎ出す。

 目をパチクリさせて驚いている母猫に向き直る。


「あなたの名前は最初から決めてあったんだ。……スバル。あなたは今日からスバルだよ。受け取ってくれる?」


 ズルッと魔力が流れ出して、母猫の体が光を帯びる。


「スバル……。私はスバル。モモちゃん……、すごい大きな力が……」


「さあ、みんなに挨拶して。スバル」


 そう言えば、言葉が……、と呟きながら、私の膝からスルリと下りると、みんなの集まる中へと進んで行く。


 みんなの顔をぐるりと見回す。

 みんなニコニコの笑顔だ。


「スバルです。皆さんと一緒におりたいんです。どうか、よろしゅうお願いします。仲良ぉしたって下さい」


「わあーい!」

「スバルも喋れるようになったんだね!」

「家族だもん!」

「仲良くしようね」

「キティだよ。よろしくね!」

「ピノだよ! 仲良くしてね」

「ヤスだ。アニキって呼んでもいいんだぜ?」

「おうだよ」

「くうだよ」


 みんなに代わる代わる挨拶されて、揉みくちゃにされても嫌がった様子はなく、とても嬉しそうにしている。


「私もすっごい嬉しいけど、まだ病み上がりだからね! ほどほどにね!」


 興奮したみんなにも届くように、少し大きめに声を上げると、「あ、そっか」とみんなの手つきが優しくなる。


 嬉しそうに、尻尾を優雅に振りながら、スバルが戻ってきた。


「モモちゃん、ホンマおおきに。これからもよろしゅうお願いします」


「うん、こちらこそ! そうだ、子猫たちの名前は何にしようか?」


 焦ったように尻尾をピンと立たせたスバルが、慌てて私を止める。


「待って! 子ぉらはまだ小さぁて、モモちゃんの力を受け止めきれへんよ! 名前は大丈夫やから!」


「わ、わかった。もっと大きくなってから考えよう」


 私も慌ててコクコク頷いた。

 そういう縛りもあるんだ。やっぱり勝手に名前を付けちゃダメだね。気をつけよう。




「それから、牛さんたちも森に帰るよりもここにいたいんだって」


「やったー!」

「牛さんたちも?」

「嬉しい!」


 やっぱりみんな喜んで受け入れてくれるよね。

 みんなでゾロゾロと広間に向かったので、仔牛たちがビックリしてる。


「牛さん。猫さんたちもここで暮らすことになったよ。今日から家族になったの。スバルって名前になったんだ。牛さんたちのこともみんな歓迎してる。ねえ、あなたたちにも名前を付けていい?」


『家族……。そんな、畏れ多いことです。私たちは契約獣です。主様が……モモちゃんが呼びやすいように呼んでくださっていいのです。名を受けるなど出来ません』


 フルフルと怯えるように首を振り、


『お側にいることを許されただけで充分です』


 と頭を低くする。

 えええー……。


「うーん、なんか困らせちゃうみたいだから、今日は名付けはしないどくけど。そういう畏まった態度はダメ! 従うんじゃなくて仲良くしたいんだから、ね!」


 と念を押すと、


『ひな様にも言われてましたね。そうでした』


 とちょっと困ったように上目遣いでこちらを見てから、フウッと一つ深呼吸する。


『わかりました。モモちゃん、ここにいさせてくれてありがとう。これからもよろしくお願いします』


「うん、よろしくね!」


 仔牛たちもパアッと顔を輝かせて近寄ってきて、


『お母さん、ずっとここにいるの?』

『僕たちもここにいていいの?』


「もちろんだよ! そうだ、博愛(ラヴィング)


 名付けは断られちゃったけど、みんなとも意思疎通は出来た方がいいよね。



 それから、また今度は牛たちが代わる代わる挨拶を受けては揉みくちゃにされていた。


 子供たちよりどっしりと大きいのだから、牛たちは大丈夫だろうと止めはしなかった。


 仔牛たちも、急に言葉が通じるようになったことに最初は困惑していたけど、キティたちに「遊ぼー!」と誘われて嬉しそうにしていたからね。



 精霊様……。

 今日も我が家は幸せに満ち溢れています。

 ありがとうございます。




次の更新は二十七日(水)になります。


いつも応援ありがとうございます!


(≡з≡)/


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