第百十六話 かあちゃんは居候を増やす
ポチくんたちが戻ってきて、また新たな荷物を背負ってもらうと、私たちは再び歩き始めた。
密林地帯を抜けて、荷車を隠した場所までやってきた。
ポチくんたちは荷物を背負ったままで構わないと言うので、ここまで頑張って歩いてきた母牛と仔牛二頭をそれぞれ荷車に乗せて、背の空いている狼に引いてもらうことになった。ここからは多少スピードを上げることも出来そうだ。
子供たちも疲れてはいたけれど、いつもの森の地面の上でなら、先程までとは段違いに早く動ける。
一旦、森の広場で大麦やハーネス、残していった荷車を回収して、みんなで狼たちの巣へ向かう。
約束していたお酒も作らなければいけないので、道すがらサツマイモやリンゴン、少しのオレモンも採取しながら進んだ。
巣穴では戦利品の分け前を振り分けて荷車に移し替え、大麦、サツマイモ、リンゴン、オレモンを材料に、樽いっぱいのリンゴン酒も作った。
早く家に帰って牛や猫たちを休ませてあげたいのはやまやまだが、既にお昼はとうに過ぎた時間だ。
ここで昼食をとってから出発した方が良さそうだ。
リンゴン酒に使った残りのサツマイモは焼き芋にして、リンゴンも切り分ける。
調理の部分は魔法を使ってしまったのですぐに用意出来た。
牛たちには残った大麦をゆるい麦粥にして食べさせてみる。栄養価が高くお腹に優しいのでちょうど良いだろう。
母猫にもお乳の出が良くなるように少しだけ与えてみた。肉食の猫に穀物はあまり必要ないものだけど、弱っている上に授乳をしなければいけない状況なので、今は糖とエネルギーを必要としている。
これでまたお乳が出るようになってくれればいいのだけど。
ポチくんたちは早速、獲り立ての肉に齧り付いていたし、作り立てのリンゴン酒も楽しんでご機嫌な様子だった。
私たちも焼き芋とリンゴンでお腹を満たし、そろそろ出発しようとポチくんたちに挨拶する。
「今回もお世話になりました。ありがとう。今日はこれで帰るね。また一緒に狩りもしたいけど、遊びにも来てね」
「モモ、今日も良い狩りが出来た。モモのおかげで肉もたっぷり手に入れられた。なのに……、危ない目に合わせてしまうとは……。うう……、不覚……。我は必ずモモたちを守ると決めたのに……」
あらら、ポチくん泣き上戸?
「大丈夫だって。ちゃんと守ってくれたから、誰も怪我もしてないんだし。ポチくん、飲み過ぎ注意してね。また行こうね」
「夫がこのような様子ですみません。新しく友達になったあの子たちを見送りに、岩山まで荷車を引かせて下さい」
「あ、それから」と狼が鼻先で押してきた一つの容器を示し、
「私たちは皮は必要ありませんから、これもモモちゃんたちで使って下さい」
と水牛の皮を渡された。
せっかくだからもらっておこう。
わざわざ見送ってもらうのも申し訳ないと思ったけど、七、八百kgはありそうな母牛を荷車に乗せて引いていくのは私たちでは心許ない。ここからは歩いてもらわないといけないところだったので、母牛の体調を考慮するとひなちゃんの申し出はありがたかった。
狩り用の荷車はまたここに置かせてもらって、三台の荷車を引いて帰る。
一台には狩りの成果の肉や革を。一台には仔牛二頭を。もう一台には母牛を乗せて、ひなちゃんと二匹の狼が引いてくれる。
おうとくうには猫たちを運ぶという大切な仕事があるからね。
◇
徒歩で進む私たちに合わせてくれたので一時間ほどかかってしまったけど、おかげで母牛や猫たちにも負担を掛けずに家まで帰ってこれた。
「ひなちゃん、昨日も今日も本当にありがとう。すごく助かったよ。少し休んでいかない?」
「いえ、夫の様子も気になりますので今日はこれで帰ります。私たちこそ、車を引けて楽しかったし、いっぱい肉も手に入りました。何より、新しい友達が出来ましたしね。……早く元気におなりなさいね」
『はい、大変お世話になりました。ありがとうございました』
「いいのよ。感謝ならモモちゃんに捧げなさい。……あなたも、またね」
母牛と挨拶を交わし、最後に猫たちにもちらっと声を掛けると、子供たちに見送られてひなちゃんたちは帰っていった。
さて、とにもかくにも弱っている母牛と猫たちにゆっくり寛いでもらえる環境を整えないといけない。
……のだが、湿地帯を歩いたせいで全員ドロドロだ。このまま家の中に入るのは躊躇われるほどなので、マークとマリーと手分けして清浄をかけて回る。
今はやるべきことがあるのでお風呂は後回し。
取り敢えず、温かくして横になってもらった方が良いだろうと、ストーブを点けて居間に敷物を敷く。これでやっと落ち着いて話が出来る。
お水を飲んで一息入れてもらって、改めて自己紹介から始める。
「私はモモ、この群れのリーダー、お母さんをやってます。私たちはこの森に来てからまだ日が浅いので、いろいろわからないことも多いの。あなたたちのこともまだ知らないことばかりだから教えて下さい。普段どんなものを食べているかとか、どんな暮らしをしているのかとか。短い間でも一緒に暮らすなら、好きなこと、苦手なもの、知っておいた方がいいと思うから」
二匹のお母さんたちは、どう答えていいものか戸惑っているようだった。
「例えば、私たちは日が暮れたら家に入って、夜は眠るの。日が昇ったら起きて、外で植物を育てたり、たまには今日のように狩りに出たり、魚を捕ったりもする。食事は料理と言って火を通して加工しないと食べられないので、一応一日三回、朝、昼、夕方。植物も肉も食べるけど、あなたたちはどんなものを食べて、どんな風に一日を過ごしてる? 子供たちは?」
牛のお母さんから答えてもらおうと、そちらを向いて問いかけると、
『わ、私たちは……、夜は肉食の獣が活発になるので、あまり行動はしません。群れで集まって過ごします。日が昇ると動き出して、草を食べたり、水浴びをしたりします。木の葉も食べられます。肉は食べません。子供たちはまだ乳を飲んでいますが、柔らかい草や葉っぱなども食べ始めています。食べたら休んで、また食べて、なので草のある場所を転々として暮らします』
「水浴びは必ず毎日しなければいけないの?」
『暑いのが苦手なので、暑くなったら水に入って体を冷ますんです。それに泥を付けておけば虫も寄ってきませんから』
なるほど、暑いのは苦手か。
体力が回復するまでは栄養のあるものを食べさせてあげて、ある程度元気が出たら外の方が良さそうなのかな? この付近で草が食める場所を教えてあければいいのか。川はあるけど泥ではないから、回復したら元いた南の森に戻った方がいいのか。群れに戻れないと危険なのかな? その辺は良くなってから、また考えればいいか。
「今いるこの部屋は? 暑過ぎる?」
『……少し』
「そっか、出来れば体力が回復するまでは家の中で保護したかったんだけど、我慢させてもいけないからね。どこで過ごすのがいいか、あとで考えてみようね」
続いて猫にも話を聞きたいのだけど、
「調子はどう? 話しても大丈夫かな? 疲れてたらあとにするけど」
『話すんは平気や。動くのんはまだちょいキツいけどな』
ということなので、少し生態を教えてもらう。
『ウチらは逆やな。どっちかっちゅうたら夜に行動する方が多いわ。ウチはネズミや鳥なんかを狩って食べるから、夜の方が狩りやすいんや。ウチらの目ぇは夜でもよう見えるからな。泳ぐのも得意やから魚も捕るで。ウチらは群れを作らんから、狩りをして獲物を食べたら、あとは安全な木の上なんかで寝とるな。せやから昼間はだいたい木の上でお昼寝や。子ぉらは今はまだ寝てばっかりやな。腹が減ったら目ぇ覚まして、乳を飲んでまた寝とる。もう少し大きいなったら、肉も食べるようになって、やんちゃにもなるやろけど』
「またお乳が出るようになればいいんだけど……。それまではミルクを分けてもらってもいいかな?」
母牛に頼むと、
『助け合いましょう。私も助けられた身ですから。遠慮せずにね』
と快く引き受けてくれた。
『おおきに。よろしゅうお願いします。ほんま、ありがたいことやわ。ここはぬくうて、ええところやし。襲われる心配もせんでええなんて』
少し話し疲れたのか、ふうっと大きなため息を吐いた。
「猫さんにはこの部屋の温度は大丈夫なんだね。回復するまではここで休んでいてもらおう。最後にもう一つ。さっきのお粥を食べてもお腹痛くなったりしなかった?」
二匹ともに大丈夫だと答えてくれる。
「良かった。あれは栄養があるから。またあとでご飯を用意するけど、食べられないものがあったり、食べたら調子悪くなったりしたら、すぐに教えてね。じゃあ、ちょっと休んでいて」
私が話している間も、子供たちは狩りの獲物を片付けてくれてる。私も行って手伝わなきゃ。
立ち上がったところでふと気付く。
「また元気が出てきたら、家の中のことや周りのことも説明するけど、冬のために貯めてある食糧や家の外で育てている植物を、勝手に食べたりしないことだけは約束して下さい。食事はちゃんと用意するから、ここにいる間は私の言うことに従ってくれるかな?」
『もちろんや』
『ええ、私はモモちゃんの言うことに従います』
こうして、二家族の居候が増えた。
倉庫に向かうと、子供たちの手で粗方の荷物は既にしまわれていた。
肉の加工は明日からにするし、夕食にはまだ早い。
お風呂に入ってさっぱりしてきたいところだけど、子猫たちの世話もあるし、家を空けるのは心配だ。
「みんな、今日は家のお風呂でもいいかな?」
お湯の用意をお願いするアンやジェフたちも、他のみんなも賛成してくれた。
荷物や荷車を片付け終えたら、牛たちに広間に来てもらう。
「ここの方が居間よりは寒いんだけど、ここならどうかな? ここでも暑いようなら外に寝場所を用意するけど」
母牛は広間に横になると、
『土の床が気持ちいいです。ここなら大丈夫です』
と安らいだ顔をしている。
仔牛たちも母の傍で寛いでいる。
「それじゃあ、しばらくはここで休んでいてね」
牛たち用の水桶を作って、ルーに水を出してもらい、飼い葉桶には大量にあるサツマイモの葉を少しばかり入れてみた。
「食べられるようなら、ここに入れた草や葉っぱは食べていいからね」
母猫にも水を用意して、子猫たちがすやすや眠っているのを確認したのでお風呂に入ってこよう。
「私たちはお風呂……水浴びをしてくるけど、戻ったらご飯を作るから、お母さんも寝ててね」
母猫に一声掛けて、私たちはお風呂場へ向かった。
お風呂では、今日の狩りの話ももちろん出たけど、新しくやってきた動物たちの話に話題をかっ攫われていた。
おかげで大蛇に襲われた時の恐怖やなんかも払拭出来て助かったかも。
新しい環境にまだ慣れないだろうからと、気遣って距離をとってくれていたらしい子供たちも、本当は牛や猫と触れ合いたくて仕方ない。そこをぐっと堪えてくれているのがひしひしと伝わってくる。
「猫たちは弱っているからまだ出来るだけそっとして休ませてあげたいけど、お母さん牛はともかく仔牛たちは元気いっぱいだから、嫌がらない程度にかまってあげてね。夕食の時に紹介しあおうね」
と言うと大いに喜んでいた。
アンとルーには、またあとで水の癒しをお願いしたいし、子猫たちには布を使って授乳しなければいけないので、そのお手伝いもお願いすると、みんな嬉しそうに引き受けてくれた。
さっぱりして居間に戻ると、子猫たちは目を覚ましてしまっていたようで、まだお乳の出ない母猫のおっぱいにむしゃぶりついていた。
母猫は痛みに顔を歪めている。
慌てて母牛からミルクを分けてもらって、母猫から子猫たちを引っ剥がし、ルーシーたちにミルクを与えてもらう。
母猫の乳首はまた傷ついてしまっていて、すごく痛そうだ。よく我慢したな。
「ごめんね。痛かったね」
と癒しをかけて治すと、
『謝ることあらへんで。ウチの子ぉらやもん。こんなんヘーキや。……乳が出えへんのは悲しいけどな』
と寂しそうな顔をした。
「……そうだね。早くまたお乳が出るように、いっぱい食べて、ちゃんと休んで、元気になろうね! 大丈夫、すぐ良くなるよ」
優しく背中を撫でてあげると、目を細めてゴロゴロと喉を鳴らす。
それにしても、しばらく大変だぞ、これは。
子猫が目を覚ますたびに、授乳しなければいけないんだ。今晩は寝不足覚悟しなきゃだな。
赤ちゃんのお世話は大変だけど、ちょっぴり懐かしくて嬉しくもあった。




