第百十五話 かあちゃんはまた母子を保護する
少し解体の描写があります。
苦手な方はご注意下さい。
最初、五、六個の青い星が点々と並んで、どこかで見たような形を描いているかのように見えた。
だんだん目が慣れてくると、それが二つの大きな光と、その周りに小さな二つ並びの光が三つあるのだということに気付く。
あの光が私に語りかけてきたのだろうか?
気配はほぼ無く、微かな魔力だけを感じる。
「あなたは誰……? 姿を見せて」
『……もう、動かれへんのんや』
灯を出して、上の方まで浮かして照らしてみると、そこにいたのは一匹の大型の猫と寄り添う三匹の子猫たちだった。
「え!? 怪我をしてるの? 降りてこれないの?」
どうしよう! 登っていくべきか?
『……もう、何日も食べてへん。水も飲んどらん。……乳も出んようになってもうた。……ウチら、限界やねん。頼むわ……、助け、たって……』
本当に限界だったのだろう。
それだけ告げると意識を失ったのか、三匹の子猫ともども樹上からふらっと落下してきた。
慌てて手を広げて、なんとか受け止める。
痩せ細っているけれど、落下の加速度で増した衝撃が、両腕にズシッとのし掛かる。咄嗟に身体強化を使うことでどうにか堪えて受け止めることが出来た。
子猫たちは母猫にしがみついていてくれて助かった。バラバラに落ちてきてたら多分対応出来なかった。
もう枯れてしまったお乳にむしゃぶりついていたのだろう。母猫の乳首は赤く剥けて爛れてしまっている。
とにかく、癒しと回復、聖なる癒しをかけて、傷と疲れを和らげる。
そのまま四匹の猫を抱えて、みんなのいる結界へとひた走った。
◇
結界ではアンが母牛に水の癒しをかけてあげていた。その甲斐あってか、先程よりもまた少し母牛に力が戻ってきたようだ。
「お母さん、弱ってるのに申し訳ないけど、お乳ってまだ出る?」
『は、はい。子供たちが乳離れしていませんので』
「ごめんね、少しだけ分けてもらえないかな!?」
ハアハア息を切らしながら話す緊迫した私の様子と、腕の中の子猫たちを見て、母牛はすぐに了承してくれた。土の器を作ると、そこに少し乳を搾らせてもらう。
搾った乳は、清浄と浄化で清潔にした布に吸わせて、母猫の口の中に押し込む。
癒しと回復が効いてきた母猫は、先程ぼんやりとだが意識を取り戻していた。
なんとかちゅうちゅうと牛の乳を吸うことが出来ている。
子猫たちにも乳を浸した布を口に宛がうと、弱々しく吸い付きだす。
「良かった……! まだみんな吸い付く力が残ってた……!」
アンとルーには猫たちにも水の癒しを使ってもらって、自己回復力も底上げする。
少しずつだけど乳を吸うことが出来たこともあって、母猫の意識もはっきりとしてきた。
『おおきに……。奥さんもえろうすんまへん。大事なお乳……分けてもろて……』
ちらりとこちらに視線を向けて感謝の念話を伝えると、糸が切れたように力が抜け、すうすう寝息を立て始めた。
今度は気絶ではなくて、眠ってしまっただけのようだ。なんとか持ち堪えられたんだろう。
ひとまず、ホッとする。
温めてあげた方が良いだろうと、猫たちはおうとくうの羽毛の中に埋もれさせてもらった。
快く引き受けてくれたおうとくうから、
「これ、何?」
「犬と違うよね?」
と問われる。
「多分、猫? だと思うけど……。痩せてるけどちょっと大きいかな?」
体長は八十cmくらいあるだろうか。中型犬ほどの大きさをしている。
母猫は黄色っぽい体色をしていて、頭と背中には虎のような縞々があり、胴体と手足にはヒョウの模様がある。腹は白く、耳の後は黒い。長い尻尾が力無く垂れている。
子猫たちは母猫よりも毛足が長くフワフワしていて、黄白色の子と灰色の子が二匹だ。まだ模様ははっきりしていない。
そのまま子供たちに牛親子とのいきさつを話したり、猫たちに出会った経緯を説明していると、食事を終えたポチくんたちも合流した。
「……また瀕死の親子が増えちゃったよ」
ふんっ、という鼻息一つとともに、ポチくんに苦笑されてしまった。
口に出さずとも「まったくモモは……」という台詞が聞こえてきそうな顔をしていた。
今日の狩りはここまでにしたいとお願いすると、時間は短いが充分過ぎるほどの獲物を手に入れられたので、狼たちからの反論は無かった。
子供たちも、弱った牛や猫を連れてもう一狩りなんて言い出すはずもなく、早く家に帰って休ませてあげようと言ってくれた。
重い荷物を背負って歩くことは、ポチくんたちにはへっちゃらだと了解を得られたので、先程集めていた蔓を使って狼たちの体に解体した肉の容器を括りつけて固定する。
一つ一つがかなり重たいので、子供たちも身体強化を使って一生懸命手伝ってくれた。
帰り道は気配を隠さずに歩くことで、ポチくんたちとともにいれば襲い掛かってくるようなものもなく、母牛のペースに合わせてゆっくりと歩いていく。
途中、猪を狩った場所の近くに結界を張って安全地帯を作り、私たちは休憩することにした。
母牛の体力がまだ回復していないこともあるが、ポチくんたちが大荷物を抱えたままでは猪を解体してもこれ以上運べないので、ポチくんたちには一度巣穴に戻り荷物を下ろしてきて、また合流して運んでもらうことにした。
女の子たちとピノ、ヤスくん、牛の親子と猫の親子は私とともにここに残り、荷下ろしの手伝いをするために年長の男の子たちをおうとくうが乗せて行くことで、私たちのペースに合わせることなく、大急ぎで巣穴まで往復してきてくれるということだ。
おうとくうには男の子を二人ずつ乗せてもらうことになるので、少し頑張ってもらわないといけないのだが、
「全然へーき!」
「大丈夫だよー!」
と意気揚々と出発していった。
ポチくんたちを待っている間には、すぐに運び出せるように猪や蛇の解体を進めておく。
ポチくんたちは蛇はいらないとのことだった。食べられなくはないが、牛や猪の方が好みらしい。
私たちが蛇と猪を一匹もらい、猪二匹をポチくんたちの取り分とすることになった。
それから、皮は全て私たちがもらっていいということだ。代わりに内臓はポチくんたちに譲ろう。
猪の埋めてある周囲も結界で囲ってしまって安全確保する。解体に集中しても外からの不意討ちを防げるようにして、みんなで黙祷を捧げてから、猪を解凍して取り出しては解体していく。
皮は全て鞣し革にしてしまったし、肉も私たちのもらう分は血抜きもされたブロック肉になっている。
ポチくんたちの分は半身の枝肉の状態だけど、牛の解体の時と比べればまだ耐えられる作業だった。頭部や内臓なんかは即、容器にしまっちゃったからね。
フレッシュなお食事シーンを観賞しながらの解体にはどうしても慣れない。
二mほどの猪一匹から百kg以上の肉が取れた。
またせっせとベーコンや干し肉に加工しなくちゃいけないな。
蛇の方も皮を鞣して、内臓や骨を取り除き、肉の部分を処理してブロック肉にしていく。
大蛇の姿を再び目にした子供たちは、まだ恐れが残っていて少し怯えていたし、気味悪そうにしている子もいたけど、蛇の肉は鶏肉に近い味だと聞くので私はとても期待している。
こちらも百kgほどの肉を確保出来た。
これだけあれば大分冬の備蓄も増やせる。
やっておかなければいけない作業は片付いたので、みんなのところに戻り、猫や牛たちの様子を気にかけたりしながらポチくんたちの帰りを待つ。
今の待ち時間の間に、マリーは癒しをものにしていて、時折、母牛や猫たちに癒しや回復をかけては辛さを取り除いてあげている。
外傷は既に癒えているので、根本的な治療にはならない気休め程度の効果だが、それでも痛みやしんどさが緩和されるというのは精神的に非常に助けとなる。
マリーの手からキラキラと注がれる魔力の光を、みんなでゆったりと眺めていると、母猫が目を覚ました。
一瞬、今の状況を飲み込めず狼狽した様子を見せたが、眠っている子猫たちを確認し、牛親子の姿を見ると思い出してきたようだ。
「起き上がれる? お水飲める?」
土皿に水を出してもらって差し出すと、ヨロヨロと起き上がり、ピチャピチャと水を飲み始めた。
ふうっ、と呼吸を落ち着けると、周囲を見回し、私に向き直る。
「ほんまに助けてくれはったんやね。ダメ元でも言うてみるもんやな。おおきに……ありがとうな。……ウチら、生き延びたんや、ね」
「うん、なんとか生き延びてくれたね。良かったよ。まだ無理しないで、休んで」
ぶるっと震える母猫に「抱いてもいい?」と問うと、コクンと頷いたので膝の上に抱き上げる。寒くないようにして体を擦ってあげると、ホッとしたように目を細め、「あったかいわぁ……」と喉を鳴らす。
子供たちも弱った母猫を刺激しないように、騒いだりせずに優しく見守ってくれている。その穏やかな空間に安心したのか、母猫はポツリ、ポツリと身の上を話し始めた。
「……ウチな、昼間は大概木の上で暮らしとるんよ。木登りは得意やからな。せやけど、蛇の縄張りに入ってもうて……。あいつらは水場と木を行き来しとるから、出くわさんように木の高い所へ逃げてジッと隠れとったんやけど……よう、降りられんようになってもうてん」
普段なら結構高いところからでも上手いこと飛び降りて、着地するのもお手の物なのだそうだが、生憎この猫は妊娠していた。
もう随分大きくなったお腹を抱えて無事に飛び降りられる自信も無く、仕方なく木の上で虫や木の実なんかで飢えと渇きを凌いでいたところ、産気付いてしまったのだそうだ。
なんとか木の上での出産は乗り切ったのだが、生まれたての子猫を三匹も抱えていては尚更身動きが出来なくなってしまった。
周囲の木の実も採り尽くしてしまい、虫も減り、空腹と疲労からお乳も出なくなってしまった。
「もうな……、もうあかんと思っとった時に明るい光が見えてん。あれは癒しの光やろ? 光の後にはあんたが立っとった。狼や牛に囲まれてな。……あの後、あんたがウチらのおる木に近付いて来た時、あんたが癒しの力を使うたんやとすぐにわかったわ。モンスター相手に癒しの力を使うとるなんて、えらいお人好しなんやなあて思て、せやったらウチの子ぉらも助けたってくれへんかなあて、最後の力ぁ振り絞って声掛けてみたんよ……」
本来、単独行動をしていて群れを作らないこの猫にとって、他者の力を頼るという行為は無謀な賭けとも言えるものだったらしい。
相手を間違えれば、子猫ともども美味しくいただかれてしまうだけなのだから。
「なんとなくやな……。母親の勘ってやつや。あんたには守る星がついとるって思えたんよ。……ほんま、ありがとうな」
……守る星、か。
「私も……、あなたを最初に見つけた時、青い星が話し掛けてきたのかと思ったんだよ。こう、四つの星が四角く並んで、一つの星がちょっと外れたところに光っていて……」
ああ……、すばるだ。
すばるに似てたんだ……。
強い輝きではないけれど、滲むようにボンヤリと青白く光る美しいあの星団。優しい、温かい雰囲気を醸し出していて、私は好きだった。
秋になると南の空に見つけられるすばる……プレアデス星団は、牡牛座の近くにあった。なんだかこの子にぴったりだな。
プレアデスは月の女神アルテミスに仕えていたと言うし、なんだか妙に縁を感じてしまう。
「なんか不思議な縁で出会えたのかもね。あなたの体が元気を取り戻して子猫たちと暮らせるようになるまでは、私たちの家で安心して過ごすといいよ。みんなもいいよね……?」
「うん!」
「もちろん!」
「早く元気になってね」
私たちが騒がしくなったことで、子猫たちも目を覚ましたようだ。
母牛にまた少しミルクを分けてもらって、布に浸して吸い付かせると、さっきよりも元気良くちゅうちゅうと吸っていた。
そんな子猫たちの様子に安心出来たのか、母猫もお皿に分けてもらったミルクを立ち上がって飲む力を取り戻した。
……いや、取り戻したのは生きる気力かもしれない。
子猫の世話をしてくれている子供たちや、ミルクを分けてくれた牛たちにも、「おおきに」、「ありがとう」と感謝を伝えている母猫を見て、私たちもやっと安心することが出来た。




