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第百十三話 かあちゃんは沼地で狩りをする

狩りの描写があります。

苦手な方はご注意下さい。

 

 恐怖というよりも混乱の強かった頭の中を少し落ち着けてから、みんなの話を聞いて起こったことを把握する。



 しゃくり上げながら話すキティと、いまだ震えの治まらないヤスくんによると、外に向けて周辺から近付いてくる気配に集中していたため、中にいて木の上でジッと気配を消して隠れていた蛇に気が付くのが遅れてしまったらしい。


 蛇が一人突出していた私を襲おうと動きを見せたことで、やっと気が付いて声を上げたんだ。



 ポチくんたちはあの時、一度に三匹も仕留められた喜びから猪の方に気が向いていて、傍で待機していたひなちゃんだけが反応出来たのだそうだ。


 だけど、あの蛇は牙に毒を持つため、一瞬怯んでしまって動きが鈍ったらしい。


 初撃の噛み付き毒攻撃は障壁で防げたが、その後すぐ私を締め上げたので、とにかく攫われないようにしなければと飛び出したところに私が落ちてきた。蛇を仕留めるよりも私を逃がすことを優先して離脱してくれた。



 私が落ちたのはマークの輝き(シャイン)のおかげだ。


 猪の狩りが終わったところだったのに、魔法の待機状態を解かずにいてくれたので、咄嗟に打てたのだ。


 先に緊張を解いてしまった私の不覚だな。



 私の確保がされたことを見て、蛇の首を切り落としたのはピノだった。


「モモが……、食べられちゃうと思って……。助けてって精霊様にお願いしたの……。やっつけなきゃって……。が、がんばった……!」


 顔をクシャクシャにして泣きながらも、勇敢な行動について教えてくれた。



「この辺りは蛇が出ることはわかっておったのに……。まさか、この数の差でも木の上から襲ってくるとは……。我の怠慢だ。危険に晒してしまい申し訳なかった……」


 ポチくんがひどく落ち込んでいて平謝りしてるけど、ポチくんが悪い訳じゃない。


 いや、でも、確かにあんなにデカイ蛇だとは聞いてなかったけど。


「戦闘が終わって、すぐ気を抜いちゃった私の不注意でもあるから。障壁に守られたし、毒耐性もあるけど、あのまま締め付けられていたら危なかった。みんなの機転のおかげで助かったよ。ありがとう」



 いきなりの襲撃にみんなをかなり怖がらせてしまった。でも、命を奪って生きるものは、命を奪われることもあるのだと身に染みた。


 生き抜くためには、狩りの最中に気を抜くことは以ての外だ。


 ガチガチに気を張らず、しかし常に気を抜かず。

 狩りが命のやり取りであるということを忘れず、気を引き締めていかなければ。


 今回、襲われたのが自分だったので、まだ落ち着いていられるが、これが目の前で子供たちが襲われたのだとしたら、とてもこんな冷静に反省などしていられなかっただろう。


 狩りを、森を、甘く見てはいけない。

 なめては、慣れてはいけない。

 己を戒めて、深く心に刻もう。




 まだ恐怖に囚われている子供たちにはもう少し休憩してもらって、私は獲物の処理を行う。


 解体するのはまた後程とするにしても、冷やして隠しておかなければいけない。


 ポチくんたちといる時には姿を見せない山犬の類も、この場を離れてしまえば血の臭いに誘われてやってきて荒らされてしまう。


 前回よりは小ぶりとはいえ、一匹二mはありそうな猪が三匹だ。それぞれ埋まるように穴を掘り、その穴に水を満たしてもらいたいのだが。


 アンとルーは出来るだろうか。


 私の視線の意図を察したアンが立ち上がり、少しふらつきながらもこちらへ歩いてくる。


「アン……、大丈夫? 初めての狩りで怖い想いさせちゃってごめんね」


「恐ろしかったですけど……。みんな無事です。良かった。……水ですね」


 震える手で猪の入った穴に水を満たしてくれる。

 ルーもアンの様子に気付き、やって来てくれた。


「私もこの前、襲われたでしょ? すごく怖かったけど……。油断したり、動けなくなったりしたら、そこには死があるってあれで経験したから。でも、モモが襲われた時は、自分の時より怖かった……。狩りって怖いね」


 穴に水を満たしながら、ぽつぽつとルーが呟く。


「……ええ、怖いです。命を奪うことも奪われることも。仲間を失うことも。でも、こうしていただいた命で生を紡いでいくんです。大切に、真剣に向き合いましょう」


 真摯な眼差しでそんな会話を交わしながら二人が溜めてくれた水を、私は創造の温度変化を使って氷に変えていく。土魔法で上を塞ぎ、しっかりと強化もかけてマッピングもしておく。


 同様に大蛇も氷漬けにして地中へ埋めた。



 さて、この後はどうしようか。

 もう狩りには参加出来ない子もいるかもしれない。


「……みんな、話し合い出来る? この後も狩りを続けられる?」


 おそるおそる声をかけてみると、男の子たちは、まだ少し青い顔をしてはいるがキリッと顔を上げた。


 女の子たちと、直接その手で蛇を仕留めたピノはどうだろう。


「……ピノは、モモを守ったんだから、こ、怖くなんか……ない! ピノは強くなる。みんなを守る……!」


 震える手をギュッと握り、凜とした真っ直ぐな瞳で見つめてくるピノ。


「うん……、ピノありがとう。ピノのおかげで私は助けられたよ」


 いつも小さなピノの勇気に後押しされる。

 ピノは強い。


「私も強くなる」


 ルーシーが立ち上がると、


「俺もだ……!」

「オレだって!」


 みんなが自分も……! と立ち上がった。

 みんな強い子たちだ。


 キティも、もう泣いていない。自分の足で立っている。


「私も……、私に出来ること、頑張る!」


 そんなみんなに笑顔を向けて、


「みんな、立ち上がれただけでも充分強いよ。無理はしなくていいんだからね。しんどくなっちゃった時に休むのは、体も心も一緒だから。次の狩りはお休みしてもいいよ。ポチくんたちにお願いしてもいいし」


 それでも俯く子はいなかった。みんな真っ直ぐに前を見つめている。


 様子を見ながらもう一狩りしてみることにしよう。


「猪を狩った時の連携は見事だったよ。反省点は安全を確認出来るまで気を抜かないことだね。マークは出来てたのに、私は気を抜いちゃってた。私も気を付ける」


 軽く反省会をして、ポチくんたちの元に向かう。落ち込んでいたポチくんも立ち直っていた。


「二度とモモたちを危険に晒すことの無いように気を引き締める! 次は我らが活躍してみせよう!」


 逆に興奮してしまい鼻息の荒いポチくんに、


「よろしくね。私たちも頑張るから」


 と声をかけて背中を撫でると、昂ぶりも少しは鎮まってくれたみたい。



 改めて、私も気を落ち着けて感知を巡らす。

 大騒ぎしたので、この付近には何もいなくなっている。


 もっと感知の範囲を広げていくと、湿地帯の方で群れの気配を感じる。


「ポチくん、沼地の方に群れがいるみたいだけど。あっちはさらに動きにくそうだよね。私たちでやれるかな?」


「沼にいる群れならば牛だろうな。我らで取り囲んで一番デカイやつを一頭仕留められれば充分な肉が取れる。足場が悪いのが厄介だから、取り囲んだところでその一頭の周りに罠を張ることが出来れば狩りやすくなるだろう。それでどうだ?」


 沼地では火魔法も使い勝手が悪いだろうし、いつもの作戦は使えないだろう。足場が悪くて逃げ遅れたり、巻き込まれたりしたら邪魔にしかならないので、今回は罠でのアシストのみということで他の子たちには見学してもらうことにする。



 湿地帯に足を踏み入れると、思った以上に泥に足をとられて歩き辛い。ぐちゃぐちゃと物音も立ってしまう。やっぱり沼地での狩りは私たちには厳しい。もっと狩りに慣れるまでは、狩り場は選んだ方がいいな。


 ある程度近付いたところでポチくんたちは散開していく。


 遠見(ビュー)で確認すると、牛と言っても私の知る牛とは違い、大きな水牛のような動物だった。


 その中でも一際体の大きなものが一頭と、それよりは小柄な牛が二十頭以上いる。

 大きな牛が雄牛でボスなんだろう。たくさんの雌牛を連れて群れを成しているんだと思う。中には仔牛を伴っているものもいる。


 ボスの体長は三mくらいある。肩までの高さも二mくらいありそうな巨体をしている。ポチくんよりも大きいかもしれない。黒々とした体色に一m程の長い尾が付いている。

 あの立派な角だって二m近くありそうだ。あれで突き上げられたら狼たちでも吹っ飛ぶんじゃないだろうか。


 ポチくんたちはあれを狙うつもりなのかな。


 少し小柄とはいえ、雌牛たちだってそれに準じた体格をしている。あれらが追い込まれて逃げ出したら、と考えると、手を出さないにしても近くにいることすら危険だ。見学どころの話じゃない。


 子供たちには少し離れた位置で結界(ドーム)を張って、その中で待機していてもらう。


 せっかく勇気を出して立ち上がってくれたのに待機は拍子抜けかもしれないけど、沼地の狩りは分が悪いし、あれには手も足も出ない。


 今回はポチくんたちにお願いして、みんなにはまた次の狩りで頑張ってもらおう。



 罠を張らなければいけない私とバズ、ベル、ティナは、高い位置から見た方が罠を仕掛けやすいということで、私はひなちゃんに、バズがおうに、ベルとティナがくうの背に乗せてもらっている。

 いざという時には騎乗のまま逃げてもらった方が早いし。


 おうとくうには罠を仕掛けたら他の子たちの元へすぐに逃げ込んでもらうようにお願いしてある。もし、上手く罠に掛からず暴れ牛が逃げ惑ったとしたら、傍にいるのはとてつもなく危険だ。


 潜伏(ハイダー)不可視(インビジブル)をかけて姿を隠し、狼たちの後ろから少しずつ近付いて包囲を縮めていく。


 いつでも飛び出せる位置まで近付き、ポチくんの合図で襲い掛かろうと狼たちが身構えている。


 だが、水牛の群れの様子が何かおかしい。

 こちらに気付かれた雰囲気ではないのだけど、すでにボスである雄牛が興奮しているのが見てとれる。


 怒りの形相で鼻息も荒く睨み付ける視線の先には、同じ群れの雌牛がいる。雌牛の後ろには二頭の仔牛が隠れているようだ。


 ブモォーッ!


 雄叫びのような声を上げると、ボスは雌牛目掛けて突進した。角どころか頭ごと、雌牛の横っ腹にぶち当たった。


 ドンッと倒された雌牛は、それでもヨロヨロと立ち上がり、後ろに控える仔牛二頭を庇っているようだ。



 雄牛の意識がすっかり雌牛と仔牛に向いていることを好機として、ポチくんたちが一斉に襲い掛かった。


 ぐるぐると周囲を回り、さらに輪を縮めるようにして雄牛を囲い込んでいく。


 ひなちゃんから「今です!」と声を掛けられ、私たち四人は事前に打ち合わせた通りに雄牛の前後左右にそれぞれ罠を設置する。

 直後、三人を乗せたままおうとくうはみんなの元へ駆け出した。


 私とひなちゃんは少しだけ距離をとり、ポチくんたちの戦いの様子を見ている。


 雌牛に対して怒り狂っていた雄牛は反応が遅れ、あっという間にポチくんたちに取り囲まれ、追い詰められていた。


 他の雌牛たちは散り散りになって逃げ果せたようだが、体当たりを喰らっていた雌牛と二頭の仔牛たちは少し離れた場所で動けず震えている。


 追い詰められた雄牛は、それでもどこかに活路を見出そうと必死だが、前方からのポチくんのプレッシャーに堪えきれず数歩後退った。

 そこに落とし穴があるとも知らずに。


 ズサーッ!


 不意打ちを喰らって後肢から穴に嵌まった雄牛は、体勢を崩し横倒しになって腹を見せた。


 その瞬間に私は他の罠を解除する。


 弱点を露呈した雄牛にポチくんたちは一斉に襲い掛かり、柔らかな腹に、喉笛に、牙を立てて喰い千切る。血飛沫と泥が舞い散る。


 しばらくの死闘の後、一際甲高く響く断末魔の声を最期に、雄牛は動かなくなった。



「ウォオオーーン!!」



 勝ち鬨の声を上げるポチくんの背後には、いまだ身動き出来ないままの雌牛が、背後に仔牛を庇いながらも諦めのような色を瞳に浮かべて伏していた。



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