第百十二話 かあちゃんは緊迫する
狩りの描写があります。
苦手な方はご注意ください。
今日はポチくんたちと狩りに出掛ける。
いつもより少しだけ早起きしたみんなと、昨日に引き続きグラノーラとヨーグルトで朝食をとる。
これはひなちゃんがすごく気に入ってくれた。ヨーグルトが口にあったようだ。
体の大きな狼たちにはあまり腹の足しにはならなかっただろうけど、これから狩りに出掛ければ、上手くすれば新鮮な肉にたらふくありつける。
前回の狩りが大成功した実績から、期待は大きく膨らんでいるようだ。
子供たちは緊張した面持ちだが、狼たちのフカフカの毛皮に抱き付いたりして落ち着きを取り戻そうとしている。
今日は昼の狩りだし、全員で出掛けるので、戦闘向きではないヤスくんとおうとくうは一緒に行くか残っていてもらうか悩んだのだが、
「オイラも行くよ!」
「みんなのかっこいいとこ見たい!」
「一緒がいい!」
お留守番しててもいいんだよ、という提案はあっさり却下されてしまった。
ヤスくんはキティと一緒に、気配を探って周辺の警戒をしてくれると言うし、二羽はいざとなったら逃げ足が速い。興奮して騒がないでさえいてくれれば問題ないだろうと同行が決まった。
狩り用の荷車二台と小さい荷車三台をポチくん、ひなちゃん、まだ荷車を引いてなかった三匹の狼が引き、おうとくうのハーネスと大麦を載せて、各自水筒を持てば準備完了。
ポチくんたちやおうとくうの背に乗せてもらい、いざ森へ!
◇
風を切る心地良さに、みんなの緊張も解れた頃。
森の広場へは三十分と掛からずに到着した。
安定の速さだ。
そこで一旦、三台の小さい荷車は置いておいて、ハーネスと麦は地下室へしまう。
「荷車を引きながら狩りに向かったら、相手に気付かれちゃうんじゃない?」
私たちの作戦は先制攻撃が要となる。
事前に罠を仕掛けておいて、そこに誘い込むことで勝率が上がる。
荷車を引いていては機動も悪くなるし、ギシギシと音を鳴らしていては隠密行動がとれない。
「ふむ、南の狩り場は足元が悪い地形も多くなるからな。車を引いて行けるのは途中までだな」
なるほど。狩り場の手前に置いておいて、そこから先は前回同様の作戦、気配を探りつつ進み、気付かれないように近寄り、罠を張り、追い込んで仕留めるということか。
「わかった。それじゃあ、今回もポチくんたちに頼る狩りになるけど、よろしくお願いします。みんな、慌てないで落ち着いて、深追いや無茶はしないでね。まだ二回目の狩りだし、初めての子たちもいるんだから、自分の出来ることだけをすればいいから」
真剣な顔で頷く子供たちと最終確認として打ち合わせをし、みんなも狼たちに「お願いします!」と声を揃えると、それを合図に私たちは広場の南方向へと出発した。
狩り場の手前まではポチくんたちに乗せてもらって移動した。ここから先は荷車は入りにくくなるという辺りで木陰に荷車を隠す。
この先は神経を研ぎ澄ませて進まなければいけない。
狼たちと子供たちに障壁や回復、聖なる癒し、潜伏をかけて回りつつ、
「足元が悪い場所での狩りだから注意してね」
などと声を掛けていく。最後に自分にも捜索と感知強化もかけてから、ポチくんに向き直り一つ頷く。
「よし、それでは狩りの時間だ。いざとなったら我らが守る故に、固くならず、だが気は抜かずにな。さて、楽しもうぞ!」
ポチくんたちに案内されて、木々の間を進んで行くと、だんだんと植生が変わってくる。
大きな葉が鬱蒼と生い茂る木が増えてきて、蔓性の植物が目立つようになってきた。
下草も丈の長いものが多くなり、足元が見えにくく歩きにくい。
確かにここには車は入れないだろう。
こちら側に足を踏み入れるのは初めてだが、同じ森とは思えないほど景色が変わってきている。
ジャングルとまでは言わないが、密林の雰囲気が醸されている。
頭上から濃い緑の長く大きな葉が垂れ下がってきて視界を遮られたり、下草の中を這う蔓草に足を取られそうになったりと、慣れない地形に手間取りながらの一歩一歩が神経をすり減らし、足を重くさせる。空気も湿り気を帯びてきて、それがさらに疲労を促す。
そんな中、感知を使い続けている私も、さすがに息が上がってきた。
「モモ、ここから先はさらに足元が悪くなるぞ。みな大丈夫か? 行けるか?」
ついつい足元に集中しそうになる意識を、必死に感知に回し続けていたので、私は子供たちの様子を確認することを疎かにしてしまっていた。
……みんな疲れた顔をしている。
「……ごめん。ちょっと休憩させて。みんなもごめんね」
「気を張り過ぎではないか? 夜の狩りのように闇に紛れて密かに狩ることは難しいであろうが、その分こちらも獲物を視認しやすいのだ。その時々で臨機応変に動けるようにならなくては上手くいくものもいかなくなる。気疲れしていては体も動くまい。我らがいるのだ。もっと力を抜け。ボスがそれでは群れは機能せぬぞ」
本当に……。
ポチくんの言う通りだ。
全く違う場所に迷い込んでしまったかのようで、無闇に焦燥感に駆られ、無駄に緊張していたかもしれない。
改めて、もう一度みんなに回復をかけて回って、水筒の水で一息つくと少し落ち着くことが出来た。
顔を上げて周囲を見ると、色鮮やかな花が咲いていたり、見たことのない不思議な木の実が生っていることに気が付く。
冬が近いというのに緑豊かで極彩色に溢れたこの森は、見慣れない景色に怯えているのがもったいない程に興味深く美しい。
「なんか、ワクワクする景色だね…!」
笑顔でみんなに語り掛けると、子供たちも顔を上げ周囲に目が向く。
「ホントだ……」
「きれい」
「珍しい木の実があるね!」
私が張り詰めていたせいで、みんなも余裕をなくしてしまっていたんだろう。
回復で疲れがとれたこともあって、やっといつもの調子を取り戻した様子だ。
私ももっと余裕を持って行動しなければと反省する。私の視野が狭くなっていたら、子供たちを危険に曝してしまうことになる。
ポチくんたちがいてくれるんだから、もっと肩の力を抜こう。
「ポチくん、ありがとう」
「ふっ、いつものモモに戻ったな。もう大丈夫だな」
どうやら全部お見通しだね。ごめんなさい。
ポチくんがこの先は……、と言っていた方角に目を向けると、そちらは湿地帯のような様相を呈していた。
樹木は少し減って視界は開けるけど、さらに歩き辛くなるであろうことは、火を見るより明らかだ。
休憩をとりながら、気を落ち着けて感知をしてみると、こちらの密林にも標的となりそうな大型の生き物がいることに気付く。
よっぽどテンパっていたんだな。
何のために必死で感知していたんだか。
「ポチくん、ちょっと遠いけど、向こうの木立の中に何かいる」
私が告げると、ポチくんもそちらに集中して確認した。
「ふむ、木の根元を漁っているところを見ると、猪やもしれぬ」
遠見、盗視、遠視を重ねがけして窺うと、キノコを漁っている猪の姿を視認出来た。
「うん、猪だね。この間狩ったやつよりは小ぶりだけど、……三匹」
「それでは、まずはそいつらから狩るとするか」
ニヤリと獰猛な笑みを見せるポチくん。
獲物が見つかったことで、みんなのやる気も再び高まり、休憩は終了となる。
気付かれないように、そっと少しずつ、その林に近付いていく。
ポチくんたちが近付き過ぎると殺気に中てられて見つかってしまうかもしれないので、私たちが先行することにした。
風魔法で匂いを後方に散らしながら、子供たちにも視える位置まで近付いた。潜伏を使っているので、こちらの気配にはまだ気付かれていないようだ。
ひなちゃんは影に隠れて私たちの傍に居てくれてる。
「作戦を始めよう。バズは右、ベルは手前の猪の後方に二mの落とし穴を設置しよう。ティナは奥の猪の後ろに同じく二mの痺れ罠を。設置すると魔力で気付かれると思う。ジェフは右、コリーは手前の猪の前に火の球を打って威嚇して。そうすれば後ろへ逃げ出して罠にかかるはず。奥の猪には私が砂の球を打つ。上手く罠の方向に誘導出来なくて襲い掛かってきそうだったら、マークの輝きで目眩ましして足止めして。キティとヤスくんは周辺の警戒をよろしく。別の動物が近寄ってくるようなら教えてね。アンとルーは炎が広がるようなら消してね。マリーはおうとくうの傍に」
一人一人の目を見つめながら指示を出していくと、みんな大きく頷いた。
「私たちに出来ることをしよう。逃がしてしまっても次に生かせるから気にしないで。後はポチくんたちに任せよう。タイミングが大事だから、合わせていくよ。魔力とイメージを固めて……」
みんなの準備が整ったことを確認する。
「まずは、バズ、ベル、ティナが。設置の瞬間にジェフとコリーもね」
……三、……二、……一。
私が指でカウントをとり、標的を指し示すのを合図に三人の罠の魔法がそれぞれ発動する。
「落とし穴」
「落とし穴!」
「罠!」
続けて私の「砂の球」の詠唱に合わせて、
「火の球」
「火の球!」
ジェフとコリーも間髪入れずに魔法を放つ。
驚いた猪たちが攻撃魔法を避けようと踵を返して後方へと逃げ出せば、その足は罠を踏み抜いて、二匹は穴に落ち、一匹は痺れて身動きが出来なくなる。
私は即座に前に出て、麻痺の魔法を飛ばし、拘束してから罠を解除する。
アンとルーの水魔法が炎を消すのも同時だった。
「ポチくん!」
声を張り上げると、草陰から三匹の狼が飛び出し、それぞれが猪の喉笛に牙を立てる。他の狼たちも集まって、少しの後、猪たちは沈黙した。
久々だったけど、今回の狩りはパーフェクトだったのではないだろうか。
「やったね! みんな、すごい!」
喜び勇んでみんなの方を振り返ったその時、
「モモ!!」
「かあちゃん!!」
キティとヤスくんが悲鳴のような緊迫した声を上げた。
「シャーーッ!」
背後に息の漏れるような音を聞いたと思った瞬間、
ガキンッ!
何かが私の障壁に当たり、跳ね返された。
慌てて振り返ると、木の上から這い出し、空中で鎌首をもたげる大蛇が目の前にいる。
噛み付きの一撃を弾かれたことに苛立ちを見せながらも、しかしすぐに攻撃を変えて、図太く長い胴体を巻き付け、私を締め上げようとしてきた。
障壁はなんとか堪えているが、ミシミシと嫌な音が鳴っており、いつまで耐えられるものかわからない。
ダメージは無いがあまりのことに何も出来ずにいると、そのまま素早く私ごと木の中へ逃げ込もうとしたのだろう。体が空中に持ち上げられた。
「輝き!」
目眩ましを強かに顔面に受けて、怯んだことで巻き付いた蛇の体が弛む。ズルリと私は落下した。
下に待ち受けていたひなちゃんに受け止められて離脱する。
「風の刃!」
いきなりの閃光に混乱していた蛇の頭部がドサリと落ち、続いて力の抜けた胴体部分がさらに大きな音を地面に響かせて、全容を明らかにした。
デカイ……。
十mはあろうかという巨体は、大人の胴回りよりもずっと太い。
一連の出来事があまりにも瞬時に起こったので、私は呆けてしまって頭が追いつかなかった。




