第百九話 かあちゃんはゴムを手に入れる
私は今、杜仲の林の前に立っている。
持参した物は鉄鉱石にバケツ。
「ごめんね。ちょっと穴をあけさせてもらうね。樹液を分けて欲しいの」
一言断ってから、作業を始める。
杜仲の中でも、最初に植えた木はすでに直径三十cmくらいに育っている。
その木の幹に斜め上方向に五cm程の深さで、直径二cmくらいの穴をあけてみると、白い乳液のような樹液が垂れてきた。
このままでは採取しにくいので鉄鉱石でパイプを作り、その穴に差し込んでバケツの中に樹液が流れ出るようにする。
しばらく眺めていると、だんだんと樹液が溜まってきた。
けれど、パイプを刺した木の穴の隙間からも垂れてきてしまってる。これでは効率が悪い。せっかく分けてくれてる樹液を無駄にしたくないし。
バケツに少し溜まった樹液を天然ゴムに変えてみよう。
まずは素材としての天然ゴム。
弾力のあるゴムの塊をイメージしてみる。
この樹液をゴムに変えるには、たぶん何らかの混ぜ物が必要なんだと思うんだけど、何を混ぜればいいのかはわからない。その辺をスキル先生にお願いしつつ、
「創造・天然ゴム」
と魔法を使うと、樹液が弾力のあるシリコンのようなゴムの塊に姿を変えた。
もちろんMPは八百四十五かかってしまうが、これは仕方ない。樹液がいっぱい集まったら、まとめて天然ゴムに変えることで消費MPを抑えることにしよう。
今作ったゴムから一部を使って、木にあけた穴にちょうど嵌まるゴム栓を作る。ゴム栓の真ん中には一cmくらいの穴があいているもの。
「創造・ゴム栓」
出来上がったゴム栓の穴にピッタリ嵌まる、内径一cmの鉄パイプを作り直し差し込む。ゴムの弾力のおかげで隙間は空かない。
ゴム栓を木の穴に差し込むことで、穴から樹液を無駄に垂れ流すことなく採取することが出来るようになった。
同じゴム栓をあと六個作り出し、直径が二十cm以上に育っている最初に植えた杜仲の木に、同様に穴をあけさせてもらって設置する。バケツ代わりの器を土魔法で作り出して、それぞれの木の下に置く。
木が弱ってしまわないようにと、癒しの力を与えながら採取をさせてもらうと、それに応えるかのように、どんどん樹液を出してくれる。
「ありがとうね」
感謝の言葉を掛けながら、幹をそっと撫でて様子を見守る。
しばらくすると、土の容器に樹液が溜まってくるので、それをバケツにあけて集める。
一時間程でバケツにたっぷりの樹液が集められた。
枝を分けてもらい、穴を塞ぐ栓を作り出し、ゴム栓と交換していく。
今日は加工を試してみるのに必要な樹液があればいい。あけっ放しにしていてはだらだら流れ出てきてしまうので木がかわいそうだ。
感謝の気持ちを籠めて栓をしていく。
「いっぱい樹液を分けてくれてありがとう。またもらいに来ると思うけど、今日はこれで充分だから。今度また、分けてちょうだいね」
あけてしまった穴から傷まないように癒しをかけつつ話し掛けると、「いいよ」「どういたしまして」という感じに枝を揺らしてくれる。
土の容器とゴム栓はまた使えるので、資材倉庫に片付けておこう。
片手に道具と、もう片手に樹液の入ったバケツを持って、私も手を振り返し、家に戻る。
通りすがら、畑仕事に精を出しているバズたちにも労いの言葉を掛けた。
調理場で一人頑張ってくれていたルーの様子を窺うと、
「もう出来上がるよ。大丈夫」
と笑顔で答えてくれた。
ちょっと味見させてもらうと、甘味の強いもの、薄味だけど出汁の染みたもの、唐辛子を効かせたものと、味を変えて数種類作ってくれてある。どれもとても美味しい。
「美味しいよ! さすがルー!」
「えへへ、よかった」
佃煮をしまうための蓋付きの容器をいくつか作り出し預ける。
「資材倉庫で作業してるからね」
「うん、頑張ってね」
資材倉庫では、手に入れた樹液から天然ゴムを作ることから始める。
今回作ってみたいのは、靴に使うゴム底、湯たんぽのパッキン、風呂の栓、そして衣類などに使う伸縮性の高いゴムひも。
靴底とゴムひもでは、強度や伸縮性、弾力などが違うだろう。それらは多分、混ぜ物の分量とか加工工程に違いがあるんだと思う。
用途を思い浮かべて、靴底に使う硬いもの、ゴムひもに使う柔らかくて伸縮性の高いもの、その中間くらいの弾力のあるパッキンやゴム栓用のものと、三種類の天然ゴムを作ってみた。
触ってみると、感触がそれぞれ全く違う。
この硬いゴムなら、靴底にすれば滑らないし、石や木の枝などを踏んでも痛くないだろう。硬いとは言えゴムなので、少しの弾力もある。歩く時の衝撃も吸収してくれそうだし、良い靴が作れそうだ。
中間のゴムは弾力があって、ゴム栓として使うのにちょうど良さそう。ギュッと嵌めれば水が漏ることも無さそうだけど、抜く時のために指を掛ける部分を作らなきゃいけないな。それにこのゴムからならボールも作れるかもしれない。
ゴムひも用の伸縮性のあるゴムから、試しに太めの輪ゴムを作ってみた。良く伸びる。でも、パンツのゴムにするにはちょっとキツそう。細いゴムを束ね合わせて平ゴムを作る必要がありそうだ。太さを変えれば強さも変わるから、いろいろな用途に使えるだろう。
早速いろいろ作ってみたい衝動に駆られるが、天然ゴムの創造に随分MPを使ってしまった。三分の二くらい使っちゃってる。
ここで無茶すると、またみんなに心配をかけてしまうし、まだ麦の収穫もしなきゃいけないんだから、物作りは寝る前だな。
さすがに呑気な私でも学習したよ。
今はここまで。
それに、さっきの様子だと、畑の方もそろそろ終わる頃だろう。
「モモ? こっちは出来たよ。畑のみんなも片付け始めてる」
ルーが呼びに来てくれた。
噂をすれば……、だね。
「はーい、ありがと。私もちょうど終わりにしたとこ。麦の収集しちゃおうね。その後は久々に温泉に行こう!」
葦袋を持って畑に向かい、収集の魔法でいつものように麦の実と藁に分けて、それぞれ畑用の物置や倉庫に運び込んでいく。
地下の保管庫の麦袋がまた増えて嬉しそうな子供たちに、
「お疲れさま。今日は温泉に行こうね」
と声を掛けると、うわぁーい!! と喜んで、超特急で片付けを終わらせていた。
◇
昨日、マークと丁寧に掃除したおかげで、温泉はいつも通りキレイなお湯を湛えて湯気を上げていたし、川の水量も今日はもう落ち着いていたので、安心してゆっくりお風呂を楽しめた。
お風呂の中では、やっとモモから話が聞けると、女の子たちから昨晩の染色したキレイな布について問い詰められたが、あれは魔法でも何でもない。元々の植物の色素で布を染めただけなので、カラクリなんて無い。
強いて言えば、色を定着させるために酢酸銅で媒染したくらいだ。田舎暮らしの避けられないお付き合いで参加させられたワークショップでの経験が役に立った。
薬草園のおかげで想定外にいろんな色に染められたのはラッキーだった。
「いろんな色の糸や布が用意出来そうだから、服のバリエーションも増やせそうだね。刺繍やパッチワークも出来るかもしれない。ベッドカバーやクッションカバーを作ったりすれば、お部屋も可愛くなるね」
「刺繍?」
「パッチワーク?」
「どんな物ですか?」
また新たな情報に食い付かれてしまった。
「手芸……お裁縫の種類だよ。冬になったらみんなでやるのも楽しそうだね」
「やるやる!」
「教えて下さいね」
「楽しみだね」
可愛い服やお部屋の飾りに、あのカラフルな布が使えるらしいと、女の子たちはみんな嬉しそうにしている。
もっと詳しく知りたいとせっつかれたけど、ここでは説明しきれない。のぼせてしまう。
また、家に帰ってから落ち着いて話そうと宥めて、今は許してもらった。
◇
夕食には、昼の野菜スープとルーが作ってくれた芋づるの煮物。味の濃い物は取っておいて、出汁をきかせた薄味のやつをおかずにした。
ちょうど蕗の煮物みたいな感じ。
芋の葉もステーキの残りのニンニク醤油で炒め物にし、肉は昼にガッツリ食べたので、夕食は野菜中心のメニューとなった。
それでも、もちろん文句を言う子なんているはずもなく、いまだふわふわの焼き立てパンとともに美味しく夕食を楽しんだ。
夕食の後片付けと干し台の片付けを先に済ませてから、お茶請けのクッキーも出して食後のティータイムにする。
お腹いっぱいでも甘い物は別腹とは良く言ったもので、サクサクのおからクッキーも大好評だった。
お茶を楽しみながら、昨晩の六枚のハンカチと筆記用具を用意して刺繍やパッチワークの説明をする。
「糸を染めて色を付けたもので、布の上に絵を描くように刺していくのが刺繍」
わら半紙にクロスステッチで描く模様や、サテンステッチやバックステッチなどの刺し方を描いて見せる。
「ワンポイントで入れても可愛いし、全面に刺繍する大作に挑戦する時間だってきっとあるよ。色の糸が作れるとこういうことが出来るの」
「へえー!」
「すごーい!」
と感嘆の声が上がる。主にユニたちから。
「パッチワークって言うのは、カラフルな布を縫い合わせて模様を作る方法。ベッドカバーやクッションカバーなんかにはこっちの方がいいかもね」
これもまた、市松模様や三角形の組み合わせでの図柄を描いて見せる。
「これは服を作った時のハギレとかを使うんだよ。少しの余り布を組み合わせてつないでカラフルな大きな布にするんだ」
「なるほど……」
「可愛いし無駄にならなくていいね!」
と感心される。
「どっちも時間の掛かるものだから、少しずつ進めて、何日も掛けて作るんだよ。興味のある子には教えるから、冬になったら挑戦してみようね」
うんうん、とはしゃぐ女の子たちを横目に、
「女子ばっかりいいなあ」
「モモ、トレーニングの仕方も教えてよね」
……男の子たちは手芸やおしゃれには興味ないもんね。
「うん、魔法の訓練も随分上手くなったから、これからは体作りにも力を入れていこうね」
取り敢えず各自でも出来るように、お茶の時間の後、魔法の訓練の前に柔軟だけやり方を教えた。
軽く体をほぐしてから、日課の訓練に移るみんなと別れて、私は資材倉庫に行く。
いよいよ靴を作ってみよう。
考えているのは足首までのブーツタイプ。
雪が降ったら長靴のようなものも必要になるかもしれないけど、今日は普段履きで森も安全に歩けるものを作りたい。
型紙も無いし、立体裁断、立体縫製の知識も革細工の経験も無いので、とにかく詳細にイメージすることを心がける。
チャッカブーツのような紐で結ぶショートブーツを思い浮かべる。
シーローの革でつま先部分と胴部分が作られ、革紐で結ぶものだ。中敷きには猪のスウェード革を入れてクッション性を持たせ、靴底には先程の天然ゴムを使う。
材料も用意されているし、デザイン画もある。
サイズは私の足に合わせて、履き心地、歩きやすさをイメージする。日本で履いていた靴の見た目を、手触りを、重さを、靴裏の凹凸にいたるまで出来るだけ細かく記憶をたぐり寄せて、
「創造・ショートブーツ」
シーローの革の黒っぽい色をした足首までのブーツが出来上がった。
そっと足を入れてみる。
シーローの革は柔らかく鞣されていて、足首に当たる部分もつま先も痛くない。
足裏には柔らかなスウェードが触れて、優しい感触が伝わる。
足首の紐をキュッと絞めれば、程良くフィットして歩きやすそう。
両足に履くと、倉庫の中を歩いてみる。
ゴム底はしっかり床を噛んで滑らないし、弾力が一歩一歩を軽くしてくれる。
日本の靴とは少し違うけど、今まで履いていた袋を被せたような靴とは比べものにならない。
これぞ本当の靴だ。
底には多少の厚みを持たせているので、履いたことのない子供たちは少し戸惑うかもしれないけど、すぐに慣れるだろう。
何より安全に森を歩けることが一番良い。
この靴なら、何か踏んでしまっても足が痛むこともないだろう。
ゴムの量は靴底にする分を多めに作っておいたので、みんなの分の靴も揃えられるはず。
早速、子供たちを一人ずつ呼んで、みんなの足のサイズに合わせてブーツを作ってあげた。
「どう? みんな歩ける? 痛いところはない?」
最初フラフラと重心が取りにくそうだったけど、歩いているうちに慣れてきて、
「なんか、歩きやすい?」
「うん! すごい!」
「足がちゃんと包まれてる!」
創造のサイズ合わせは完璧で、足が痛むこともなく、歩くに順ってその履き心地に感動していた。
靴下もあった方がいいかな。
靴下を履いた方が靴擦れもしないだろうし、靴の中には多少の遊びがあるので、厚手の靴下でなければキツいこともないだろう。
資材倉庫に戻った私は、今ブーツを作るのに使用した足のサイズに合わせて綿でみんなの靴下を三足ずつ作り、みんなのマークも入れた。
靴下があれば、部屋の中で靴を脱いでいることにもあまり違和感がないかもしれない。今度の靴はゴツいからね。寛ぐ時には脱いでいた方がゆっくり出来る。
その辺の説明もしながら靴下を配り、部屋で寛ぐ時や寝る時には靴を脱ぐことを勧める。
みんな靴下も気に入ってくれたようで良かった。
今までの袋のような靴に比べたら、こっちの方が大分履き心地が良いもんね。
みんなの訓練も済んで、今日も一日が終わる。
キティ、ピノ、ヤスくんとベッドに入り、目を閉じる。間もなく、隣からはスウスウと安らかな寝息が聞こえてきた。
聖域で魔力を使いきり、微睡む頭で考える。
近いうちにこの靴を履いて……、
みんなで遠出してみようかな……?




