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第百八話 かあちゃんはステーキを味わう

 

 今日はパンを焼こうと思っているので、ユニ、ルーと早起きして準備している。


 パン生地はもちろんのこと、昨日、今日で使った豆乳の搾りかす、おからが随分集まっているので、おからクッキーも作ろうとクッキー生地も練っている。


 みんな大好きピザの準備も。

 今日はいつものベーコンとトマトソースのピザの他に、昨日燻製にしたマスのフィレとほうれん草のピザも作ってみるつもり。


 それにしても、パン焼きの朝はピザが定番となってしまっていいのだろうか。


 いや、悪くは無いけど飽きないのかな?

 今のところ、乳製品は大豆頼りなのでヘルシーだし、成長期を栄養失調で過ごしてきた子供たちには、体を作るためにもエネルギーも栄養素もたくさん摂って欲しい。今の時点では肥満が問題になる状況ではないので良しとしようか。



 ジェフとコリーにも起きてもらって、パン焼き窯に火を入れれば、窯が温まるまでは少し時間が出来る。


 パン生地のガス抜きやピザ生地の用意はユニとルーに任せて、私は畑に向かうことにした。


 毎朝の日課がまた一つ増えたから。

 私は植物に癒しの力を与えながら挨拶して回る。


 昨日種を蒔いた野菜畑には、チラホラ可愛らしい双葉が顔を出し始めている。思っていた以上に成長が早いな。


 畑と肥料が特別だからというのもあるだろうけど。通常なら二、三カ月以上はかかる収穫までの期間をどのくらい短縮出来るのか楽しみだ。


「おはよう、今日もいい天気だよ。みんな元気に育ってね」


 癒しの力を与えると、フルフルッと葉を揺らしてほんの少し伸びをして見せてくれたように感じた。


「ふふっ、ありがと。楽しみにしてるね」


 成長の魔法をかけた芋畑は緑が生い茂っている。これも収穫しなければいけないけど、パンの方が落ち着いてからにしよう。


 それから薬草園にも回って、一頻り話し掛けながら癒していく。


「みんなのおかげでキレイな布が作れそうなんだ。ありがとうね」

「あとで樹液を分けてもらってもいいかな? 大きくなってくれて嬉しいよ」


 薬草や杜仲たちにもサワサワと葉擦れの音で返事をもらって、「またあとでね」と調理場に戻る。



 みんなも起き出してきていて、窯の温度も充分上がったようだ。


「ピザの準備出来てるよ」


「もう窯に入れてもいいよね?」


「うん、鉄板の出し入れには気を付けてね」


 せっかく二人で作ってくれたのだから、今日は焼き上げまでやってみてもらおう。


 お皿やフォークを並べて、みんなも席に着く。


「出来たよー!」


 二人が焼き立てのピザを運んで来る。

 こんがりと焼き上がったピザに、トロリととろけるチーズ。


「うわあ、美味しそう!」


 食前の挨拶をして、一切れずつ取り分けて口に運ぶ。


 パリッと、ふわっと、トロッと。

 絶妙な焼き加減だ。


「うーん! 上出来! もうピザは二人に任せられるね!」


 イエーイ! とハイタッチすると、ユニとルーもいそいそとピザに手を伸ばす。


 みんなにも喜ばれて、褒められて、嬉しそう。



 楽しい朝食の時間を過ごすと、みんなは畑に刈り入れに、私とルーは片付けしてパン焼きに。


 今日はパンは三回、九十個焼くだけなので、二人だけで合間に他の仕事を挟みながら上手く回せるか挑戦だ。


 まずは一回目のパンを形成して鉄板に並べ窯に入れる。焼き上がるまでには二十分から三十分かかるので、その間に干し台を出したりの朝の仕事を済ます。番重やスノコ、油紙なども用意していると、一回目のパンが焼き上がる。


 窯から出してスノコに移し、二回目のパンを窯に入れる。


 今度はパンの後に焼くクッキーの準備をしていく。

 型抜きは楽しいけど手間が掛かってしまうので、今日は絞り出しクッキーにする。絞り袋と口金を作っておいたので、ルーと二人で空いた鉄板にちょいちょいとクッキー生地を絞り出して並べていく。

 四枚の鉄板に用意が出来た。


 三回目のパンが窯に入れられると、クッキーの後に作る予定の大麦のグラノーラの準備をする。

 大麦は籾を取っておく。グラノーラに入れる木の実やドライフルーツを刻んでいく。こちらもたっぷり用意出来た。


「二人でも充分出来るもんだね」


「ね。パン焼きの手順にも大分慣れたし。これなら大丈夫そう」


 すでにパン九十個は焼き上がり、今は一回目のクッキーが窯に入っている。

 クッキーも二回焼く予定だけど、これは十五分程で焼き上がると思う。空いた鉄板には大麦が広げてあるし、順調、順調。


「お昼と夕食にも使えるように、スープも仕込んじゃおうか」


 パン焼き窯には大きな鍋は入らないので、鉄板サイズの耐熱平底土鍋を二つ作り出して、水を張って、ほぐした干し肉とカブ、人参、芋、玉ねぎとドングリ茸も入れて用意しておく。


 その間にも二回目のクッキーも焼き上がり、今は大麦がから焼きされている。

 手早く空いているスノコにクッキーも移されていく。


「はあ……、手際良いねえ」


 思わずルーを褒めると、


「あはは、モモの真似してるだけだよ」


 と朗らかに返された。


 でも、ルーはいちいち指示を出さなくても私のやることを見て、さっと必要なものを出してくれたり、やるべき作業に気付いてやってくれたりと、本当に優秀なんだよ。


 こういうのも料理の勘が良いって言うのかな?


 二十分程から焼きした大麦に刻んでおいたナッツやドライフルーツを混ぜ、液糖と油を絡ませたら、また窯に入れる。


「こうして作っておけば、豆乳やヨーグルトをかけるだけで食べられるから、忙しい朝なんかに楽なんだよ」


「早く食べてみたいなあ。明日の朝はこれにしようね!」


 グラノーラも二回焼いて、仕込んでおいたスープの土鍋を窯に入れれば、やっと少し手が空く。

 ちょっとゆっくり出来るかな。


「休憩にして、クッキーの味見しちゃおうか」


 鉄板を洗う手を止めてまで振り向いて、「やったー!」と喜ぶルー。パン焼き係の特権だよね。



 お湯は沸かせないのでお茶じゃなくて水だけど、クッキーをサクサク齧りながら話をする。


「ああ……、これも美味しい。クッキーだっけ?」


「そうだよ。作り方わかった?」


「だいたいは……。でも、量とかが覚えるの大変で……」


「あー、それはね。読み書きが出来るようになれば、メモを取ることが出来るから。いろんな料理のレシピ……作り方を書いておけるよ。そしたら、作りたい時に見返せるから」


「そっか! 頑張って字を覚えなきゃ!」


 ……そうなると、計量カップやスプーン、秤なんかも用意した方がいいんだろうな。レシピを作るなら、目分量でこれくらい、じゃ通じないよね。

 ……スキル先生に頑張ってもらえば出来るかな?


「ねえねえ、モモ。お昼はスープの他に何を作るの?」


 ぼんやり考えていると、ルーに声を掛けられた。

 期待の目をしてるね。


「あー、お肉がまだ残ってるから、窯で焼いてステーキかな?」


「うわあ、やったー! お肉!」


 甘いものも大好きだけど、やっぱりお肉の魅力は別物なのか、ルーのテンションがぐんっと上がる。


「スープが煮えたら、お肉を焼いてお昼だね。クッキーはまた、おやつにしよう。食べ過ぎるとお肉が入らなくなっちゃうよ」


「うん! またみんなで食べよう。その方が楽しいもんね」


 美味しいものは独り占めするよりも分け合った方が楽しいと思える。良い子たちです!



 休憩は終わりにして、出来上がったクッキーやグラノーラを片付ける。


 スープが煮えるまでには、まだもう少しかかりそうなので、芋の収穫の準備をしてしまおう。


 午後は物作りをする予定だけど、その前に収穫を済ませてしまわないとね。


 収穫した芋を保管するための穴を拡張して、そこにオガクズを敷き詰めておく。

 今回は大量の芋が収穫されるので、しまう場所も大きく用意しておかなくては。


 午後一でやるとして、ルーにも手伝ってもらわないとやり切れないかも。芋の部分はもちろん、葉はおひたしや炒め物にしても美味しいし、茎は煮物やきんぴらに出来る。


 皮を剥いて干しておけば保存も出来るし。

 干し台も増やした方がいいかな。


 干し芋づる用の大きな干し台を増やしたり、それをしまうために干し台用の物置も広くしたりと作業を進めていればスープも出来上がる。


 私が作業している間に、ルーにはシーローのロースを切り分けて、フォークを数カ所に刺してから塩コショウで下味を付けておいてもらってある。


 それを鉄板に並べて窯に入れて焼けばいいだけだ。畑のみんなにも声を掛けてお昼にしよう。



 ちょうど肉が焼き上がる頃、畑からみんなも戻ってきた。


 肉の焼けた鉄板を取り出し、ニンニク醤油のソースを回しかけると、ジュワアーッという音とともに食欲をそそるニンニクの香りと、焦げた醤油の香ばしい匂いが広がる。


「うわーっ!」

「やっべー!」

「急げ!」


 みんな大慌てで手を洗いに走る。


 ステーキは一人一枚ずつだけど、ナイフとフォークでの食べ方は未経験だろうから、包丁で食べやすく切ってそれぞれの皿に盛り付ける。


 野菜のスープと焼き立てパンも用意してテーブルに並べる。



 急いで洗面所から帰ってきたみんなと席に着いて、待ち切れなくともきちんと食前の挨拶はしてから食べ始める。


「……いただきます」


「いただきます!!」


 分厚いステーキを頬張っては歓声を上げ、焼き立てパンを齧っては笑顔を見せる。喉に詰まらせそうになると、スープを飲んで流し込む。


 ニンニクと醤油のソースはシーローにとても合っていて、噛み締めると溢れ出る肉汁と混ざり合い、口いっぱいに肉の旨味が広がる。


 くーっ、これは美味しい!


 厚切りのステーキはシーローの旨さを余すところなく引き出していた。良いお肉はただ焼いただけが最高の調理方法かも。


 もう少し残っているシーローは焼き肉で食べるのがいいかもしれないな。


 とにかくこんなに美味しいステーキは初めて食べた。柔らかく、肉汁たっぷり。しっかりと肉の味を感じられる。脂身はこってりしているのにくどくなく、上品ささえ兼ね備えているようだ。


 昼からステーキという豪華な食事を堪能して、今日も至って順調だというバズからの報告も受け、幸せなお昼の時間を過ごす。


 満腹なお腹が落ち着いたら、午後もまた元気いっぱいに頑張れそうだ。



 畑に行く前に、みんなでパンの片付けを手伝ってくれたので、昼食の後片付けを済ますとすぐに芋の収穫に取り掛かれた。


 まずは収集(コレクト)の魔法で、荷車の上に芋、葉、茎と分けて集める。この魔法のおかげで収穫がとても楽になった。


 次に創造(クリエイト)で茎の部分から薄皮を取り除く。


 この皮剥きの作業は、大量の茎を手作業で剥いてたら、日が暮れても終わらないだろうと思える程に大変なのだが、スキル先生のおかげで一瞬で終わってしまう。

 今日もありがとうございます!


 皮の剥けた芋づるは、新しく作った干し台に干せるだけ広げて干して、残りは水にさらしておく。

 葉は取り敢えず食料倉庫にしまう。葉も大量にあるから、せっせと使っていかないと。


 芋は午前中に作った保管用の穴のオガクズの中に埋めていく。これがまた大変だ。三百本くらいある芋をルーと二人、一時間程かかってやっと片付けられた。

 まだ前に収穫した芋も残っているので、これだけあれば一冬は保つだろう。



「ルー、ありがとう。一人だったらすごく大変だったよ……」


「どういたしまして。水にさらしてある茎はどうするの?」


「皮を剥いちゃったからね。煮物にしちゃおうと思う。濃いめに味付けすれば数日は保つから」


「わかった。それは私がやっておくよ。モモは何か作る予定があるんでしょ?」


 そうだなあ。

 ルーに任せてしまっても大丈夫だろう。


「ありがとう、お願いするね。杜仲の加工をしてみたかったんだ」


「お茶を作るの?」


「冬が来る前に少し枝払いもした方がいいかもしれないから、お茶はその時に作ろうと思う。今日は樹液を加工してみようと思って。ゴムって言う素材を作ってみたいんだ」



 芋づるの調理をルーに頼んで、私は薬草園へと向かった。



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