第百七話 かあちゃんは草木染めを試す
一通り、周辺の確認を終えて帰宅すると、種蒔きはすでに終わったのか、畑には作業をしている子供たちの姿は見えなかった。
思ったよりお風呂掃除に手間取ったので遅くなっちゃったかな?
調理場に回り、燻製室の前の三人に声を掛ける。
「ただいま-。周辺の安全の確認終わったよ」
「おかえりなさい」
「何ともなかった?」
「お疲れさまー」
ユニ、ルー、コリーの三人はお茶を飲みながら仲良さそうに火の番をしてくれていた。
「種蒔きが終わって、みんなは中で一休みしてるよ」
「私たちにも差し入れしてくれたの」
「ここは三人で見れるから、キティとピノには午後は畑に回ってもらったよ」
苦笑いしているユニからは、
「二人にしちゃおうと思って、私も畑に行こうとしたんだけど、二人っきりは無理! ってルーに引き止められちゃった」
と耳打ちされる。
それでも随分と親密度が上がっているようだ。ニヤつきを抑えて、こっそりユニと親指を立て合う。
「燻製室の火もそろそろ落としていいと思うよ。このまま煙が落ち着くまで置いておこうか。残った熾火はかまどの方に戻してしまってもいいかな」
「モモたちも疲れたでしょ? 中で休憩してきなよ。それはオレらでやっておくから」
「ありがとう。そうさせてもらおうかな。……あ、ユニ。布のことでちょっと聞きたいことがあるんだけど、一緒に来てくれないかな?」
「……! いいよ、いいよ。じゃあ、ここは二人に任せるね」
ユニも含めてぞろぞろと家の中へ引き上げて行く。入り口のところで振り返ると、ちょっぴり頬を染めた二人が呆然と立ち尽くしているのが見えた。
ユニとニヤリと目配せしあう。
居間に入ると、バズたちがお茶を飲んで寛いでいるところだった。
「あ、モモ。おかえり、お疲れさま」
「みんなもお疲れさま。どこも大きな被害はなさそうだよ」
あちらこちらの様子を報告して、お風呂だけは汚れがあったことと、川の水量がまだ増えているので、今日はもう一日家のお風呂を使って、温泉は明日からにしたいとお願いする。
「大丈夫、今日はあんまり魔法使ってないからな」
「私もです。任せてください」
アンとジェフも快く了承してくれた。
布のことで……、とユニを呼び出してしまった手前、何か話さなきゃなあ、とこじつけを考える。
みんなにも聞いてもらいながら、草木染めについて相談してみる。
「植物を使っていろんな色に布を染める方法があるんだけど、村でもやってた?」
出会った時に着ていた服は、私も含めてみんな薄汚れた茶色系の服ばかりだったので、色染めという風習はあるのか疑問に思っていたんだ。
屋敷の使用人たちはそれでも、草色やベージュ、茶などの衣服を着けていたので、染め自体はあるはずなんだけど。
「どうなんでしょう? 子供の服は大きい子からのお下がりの服を繕っては、ずーっと着回しているので。キレイな色の服を着ているのって見たことないです」
「どうせ汚れるからだろ? 洗っても落ちないし」
「畑や野山の土や草で、勝手に染まってくんじゃない?」
「キレイな服なんて領主様の家族とかが着るものだよ。村には無いよ?」
男の子たちは端から興味の無い話題ということで何も知らないし、女の子たちもお洒落に興味を持つ余裕なんて無かったから、気にしたことが無かったと言う。
かろうじてユニが知っていたのが、
「いろんな色に染めるっていうか、木の皮や根、草なんかの煮出し汁で布を煮て、虫が付きにくくしたり、汚れを目立たなくするために茶色や草色に染めることはしていたよ」
使う材料やなんかで多少の色味の違いは出せたらしいけど、長く使ううちにどれも似たような茶色になっていくんだって。
やり方まではわからないと言うことなので、これも私のうろ覚えの知識で試してみるしかないのかな。
今の生成り一色に比べれば、茶色や草色が増えるだけでも少しはバリエーションに富むだろうし。確かに白は汚れが目立つしね。
「まあ、また試してみるよ。いろいろ出来たら面白いなって思っただけだから」
休憩を終わりにして、種蒔きの終わった畑に魔法をかけに行く。
麦畑と芋畑二面ずつに成長の魔法をかけて、野菜畑には癒しの力を与えた。
「癒しの力でどのくらい育つのかわからないけど、毎日続けて様子を見ていこう。元気に育ってくれるといいね」
その後は夕食作りだけど、さすがに四日目の夜ともなれば、パンは固くなってしまっている。
「一度に百二十個だと多いってことか。明日はパン焼きをしようかな。九十個に抑えて、ルーと二人で熟せるか試してみよう」
「二人で出来れば三日ごとにパン焼きしても、他の仕事に響かないもんね」
「炭はかまどの方に移しておいたよ。煙はまだ少し上がってる」
いつの間にか背後にいたルーとコリーから声を掛けられてビクッとしてしまう。
「うわっ? ありがとう。そうだ、コリーもう少し手伝ってもらってもいいかな?」
固くなったパンはおろして、ユニとコリーに乾燥してもらってパン粉として保存することにした。前にマークに教えてもらった石灰の乾燥剤も入れて密閉しておけば、しばらく保たせることが出来るだろう。
「明日パン焼きするとして、今日の夕食はパンが無いから……、そうだ! お好み焼きにしようかな」
また聞いたことのない料理だと喜ぶユニとルーとともに、材料を集めて調理場へ向かう。キャベツは無いので白菜モドキで代用してしまおう。
お好み焼きといえば、何より大事なのはソース!
ソース作りから始めよう。
ケチャップを作った時のように、湯むきしたトマトを潰して、各種ハーブを酢に漬けたもの、玉ねぎ、生姜、リンゴンの摺りおろしも入れて、ワイン、液糖、塩、胡椒、醤油と、干し肉や干しドングリ茸の戻し汁も加えて煮詰めていく。
ぐつぐつ、ぐつぐつ、汁気が減ってとろみがついてくるまでじっくり煮詰める。
その間に白菜モドキを大量に千切りにして、猪のバラ肉を薄切りに。小麦粉は卵と混ぜて、水で弛めに溶いておく。
出汁取りに使った戻した肉などは細かく刻んでスープにしてしまおう。
鍋に大量に出来上がったソースは、熟成させた方がいいのだろうけど、そこは創造を使ってお願いしてしまおう。たくさんの食材から出た旨味が混ざり合い、スパイスやハーブの香るソースに、
「創造・熟成」
と魔法を使うことで、深みとコクがアップされて、美味しいソースが出来上がった。
これも冷めたら壺に分けて、調味料棚に仲間入りしてもらう。
「お好み焼きは焼くだけだから、先に燻製室を片付けようか」
手の空いている畑組のみんなにも手伝ってもらって、さっさとやってしまおう。
煙突からの煙はとっくに収まっているので、覗き窓を開けて中の様子を窺う。
燻製の良い香りが漂う。
誰かのお腹がぐうと音を立てた。
「中の温度も下がってきてるし、開けても大丈夫そうだね」
入り口も開けて、中の温められた空気を吐き出させ、入れるくらいには温度が下がっているのを確認して魚を運び出していく。
夏になったら魔法で冷ましてもらわないと、中々入れないだろうな。
「これは今日は食べてみないの?」
コリーが期待の目で見つめてくるけど、
「少し馴染ませてからの方が美味しいんだよ。明日食べてみようね」
そう答えたらひどくがっかりされてしまった。もちろん、みんなも試食を楽しみにしていたようで肩を落とした。
「……丸干しのニジマスを少しずつ分けて、夕食に試食してみようか」
私は甘いだろうか。
でも手伝ってくれてる全員が喜び飛び跳ねているんだよ。
「ここの片付けは私たちでしますから!」
「ももちゃんは夕食作って下さい!」
マリーとアンが申し出てくれて、マークや他のみんなもうんうんと頷く。
「わかった。じゃあ、お願いします」
数匹のニジマスを分けてもらって、私とユニとルーは調理場へ。
鉄板を温めている間にニジマスを毟ってほぐし、全員に行き渡るように分けた。
溶いた小麦粉にたっぷりの白菜モドキを加えてザックリ混ぜ、油を引いた鉄板に丸く流していく。
上に薄切り肉を並べて、焼き目がついたところで土魔法で作った蓋を被せて蒸し焼きにする。
しばらくして蓋を取ると、ふんわり膨らんだお好み焼きの生地が並ぶ。
やはり土魔法で作ったコテ二枚で、それらを次々にひっくり返していく。
「うわ、すごい!」
「モモ、カッコいい!」
「やらせて、やらせて」とユニとルーに請われてコテを渡し、後ろから手を添えて一枚ずつひっくり返してみせると、それだけで二人はコツを掴んでしまう。
最初の二、三枚は多少無惨な結果になっていたが、四枚目辺りからはキレイにくるんっと返せるようになっていた。
最初に返した辺りはすでに焼けているようなので、もう一度返してお皿にのせていく。
ソースを塗ったら豚玉の出来上がり。かつお節や青のりは無いけどね。
そうだ! マヨネーズ!
細く絞って格子状に飾ることは出来ないけど、お皿の端に添えておく。口金と絞り袋を作っておけば良かったな。
燻製室の片付けや、干し台の片付けまで終わらせてくれたみんなも運ぶのを手伝ってくれて、テーブルにはお好み焼き、スープ、ニジマスの燻製が並ぶ。
ソースの香りが鼻をくすぐる。
「今日も一日、お疲れさまでした。周辺にも雨による大きな被害は見受けられなかったし、本当に良かったです。今日の夕食はお好み焼きっていう料理なんだけど、上にかかったソースの味が濃いから、先にニジマスを味見してみてね。お好み焼きにはマヨネーズもつけると美味しいよ。
では、仲間と森と大地と精霊様に感謝して、いただきます」
「いただきます!」
祭壇に向かって感謝を捧げて、みんなでニジマスから手をつける。
「うっわー、いい匂い!」
「思ったほど硬くないんだ」
「今はまだ出来たてだからね。吊しておくともっと硬くなっちゃうけど、炙って食べればまた少し柔らかくなるよ」
マスのフィレは、見た目スモークサーモンというより鮭トバに近い感じに仕上がっていたけど、丸ごと燻製にしたニジマスの身は思いの外柔らかく、良い塩梅に塩気がついていて、とても美味しく出来ていた。
低めの温度を保ってくれて、ゆっくりじっくり燻製したのが良かったかも。リンゴンのチップの爽やかな香りも良く合ってる。
続いてお好み焼きに手が動く。
外はカリッと焼けていて、中の生地はふわっふわ。濃いめの味のソースが絡んで、噛むと白菜モドキのシャキシャキ感も残っている。マヨネーズをちょんとつけると、ソースが少しマイルドになってこれもまた美味しい。猪肉の力強い旨味は味の濃いソースにも負けていなくて……。
これは、トンカツもいけるな……!
みんなからも「美味しい、美味しい」と喜びの声を聞けて大満足。
「パンが固くなっちゃってたからお好み焼きにしたんだけど、明日パン焼きしてもいいかな? ルーと二人で回せるかやってみたいんだ」
「二人でやるの? 明日は刈り入れだから助かるけど、もし手が足りなかったら言ってよね」
楽しい夕食の後は、家風呂に入って寛いで、ストーブで暖められた部屋で訓練もする。
私とルーはパン種の用意を済ませてから合流した。
とは言っても、私は訓練ではないけど。
ストーブの天板の上に、一人用のような小さめの土鍋を六つ並べてお湯を沸かす。
その中に薬草園から分けてもらったアカネの根、ウコン、たで藍っぽい薬草の葉、もう一種類の傷薬の薬草の根を細かく刻んでそれぞれ煮詰めてみる。たで藍は発酵させてから使うはずなので、創造で発酵を促したものを使っている。
それから野草の中にあったヨモギっぽい草も。最後の鍋にはピノに分けてもらったドングリを煮てみた。
今日は畑の魔法で大きくMPを使ってしまったので、いろいろと物作りするには余裕があまりない。そこで夕方ちょっと話した染色の実験をしてみることにしたんだ。
煮出す時にはあまり沸騰させずにじっくり煮た方がいいのでストーブはちょうど良い。
煮出してる間は時々かき混ぜるくらいで手が空くので、みんなの訓練の様子を眺めながら、これから作る予定の靴や服なんかのラフを描いたりして過ごした。
そんな風に煮出し続けていると、それぞれの鍋には良い感じに色水が出来てきた。
染液なのでカラフルというよりは、どれも茶色っぽかったり、黒っぽかったりで地味な色合いをしている。でも、それぞれ違った色が出ていて期待が持てそう。
そうなると私の中の何かに火が着く。
今日拾ってきた、ぬかるみに落ちてしまったので汚れシミの出来てしまっている綿花からハンカチのような布を六枚作り出し、清浄で汚れを落とす。
それでもくすんだ感じは残るかな。
その布に、豆乳を浸して揉み込んでおく。
銅鉱石と酢を用意して媒染液を作る。これも六個の容器に分けておく。
出来上がった染液は一度布巾で漉してから再びストーブにかけて、そこにハンカチを入れてムラにならないように菜箸でかき混ぜながら二十分ほど煮る。
終わったら水洗いして良く絞り、絞ったハンカチを今度は媒染液に二十分ほど浸ける。そうすると、あの黒っぽい液で染めたのが嘘のように、それぞれキレイな発色を見せてくれる。良い感じだ。
もう一度水洗いして絞ったら、染液で再び二十分ほど、一回目と同じ要領で煮て染める。
もっと濃くしたかったら、媒染と染めを繰り返すんだけど、今回はここまで。
最後にまた水洗いして絞った六枚のハンカチを干してみる。
ピンクがかった赤、鮮やかな黄色、青、紫、明るい緑、オレンジっぽい茶色。
予想を超えていろんな色に染められた。
どれも柔らかな明るい色合いで、並ぶと可愛らしい。
乾いたらもう少し薄くなってしまうだろうけど、ナチュラルな色味は主張が強くなく気に入った。
満足して、さて片付けをしようと振り返ると、訓練を終えたみんながあんぐりと口をあけてこちらを見つめている。
「……ふわあ、か、可愛い!」
ルーシーの一言を皮切りに女子が押し寄せる。
こうなったら、ガールズトークが止まらないだろう。
そっとその輪から抜け出し、使った器材を片付けていく。ふと、男子たちに目を向けると、女子の勢いに圧倒されてさらにポカンとして固まっていた。
「お疲れさま。もう休んで。また明日ね、おやすみなさい」
「お、おう。おやすみモモ」
男の子たちは一足先に部屋へ引き上げていく。
片付けを終えてもはしゃぎ続けている女の子たちにパンパンと手を叩いて声を掛ける。
「はい、はい! 染めについてのお話しは、また改めて明日ゆっくりしよう。明日はパン焼きで早起きするから、今日はそろそろ寝るよ」
興奮冷めやらぬルーシーに、風魔法で温かい空気を拡散してもらって、各自、自分の部屋に向かう。
ちびっ子部屋でもキティから、
「あんなキレイな布で服とか作ってくれるの?」
とキラキラした瞳で尋ねられた。
ピノとヤスくんは疲れて、即眠ってしまっているのに。
「うん、冬になったらいろいろ作ろうね。だから、冬を安心して過ごすためにも、もう少し頑張って準備もしなくちゃね。おやすみなさい」
頭を撫でながら優しく語りかけると、キティの目もとろんとしてくる。
「うん、わかった。明日も頑張ろうっと。冬が楽しみだなぁ。おやすみなさーい」
女の子たちはどうしてるだろう。
興奮して眠れないかな。
それよりも冬に想いを馳せて、良い夢を見てくれてるといいな。
なんて思いながら、聖域をかけて私も眠りに就いた。




