第百四話 かあちゃんは喜んでもらえて嬉しい
私とマリーがお風呂作りに勤しんでいる間に、部屋作りの方も順調に進んでいた。
ユニとルーの部屋はとっくに終わって、男子部屋に取り掛かっているようだ。見に行くと、コリーの部屋、バズの部屋も終わっていて、今はマークの部屋を作っている。
「お待たせー。おかげ様で今日は家でお風呂に入れそうだよ。お湯を作るのにアンやジェフたちの力を借りることになるけど」
「え? もう出来たの?」
「早っ!」
「わーい、今日はお風呂に入れるんだ」
マークの部屋にはクルミ材の大きなL字型の机が入っていて、ちょっぴり出来る男の部屋っぽい。
「落ち着いた良い感じだね」
「うん、この机なら並んで座ることも出来るから、誰かに教えながら一緒に勉強することも出来そうだ。予想以上に良い部屋になった」
マークも嬉しそうに、この部屋を使っている自分に想いを馳せている。
「コリーやジェフはシンプルな部屋を希望してたけど、女の子たちの部屋やバズやマークの部屋を見ると物足りなくない?」
「オレは取り敢えずはあの部屋が気に入ってるよ、大丈夫!」
「何か足したくなったら、いつでも言ってね」
そして次はジェフの部屋。ロフトの上に畳を引っ張り上げるのには苦労したけど、その他は極めて簡素。ロフトの下にはクローゼットと棚が一つずつ。少しだけ寛げるスペースとして畳とラグが敷いてあるけど、ロフト以外の場所はがらんどうだ。部屋作りもあっという間に済んでしまう。
最後の仕上げとしてロフトにはしごを固定しながら、
「本当にこれでいいの?」
と確認すると、
「最高!」
と返ってきた。
「これだけ広ければ、ここで素振りしたりしても目一杯使える。俺の理想通りだよ!」
本人はいたく気に入っているご様子。
ならば問題ない。
でも、ちょっとだけ何か足してあげたい気分になってしまったので、土魔法で壁の高いところにコの字型の棒を取り付けて、さらに鉄アレイならぬ土アレイも作ってみた。
「剣を振るために足腰を鍛えるならスクワットや走り込みがいいだろうけど、これは腕力を鍛えるのに使える道具だよ。ここにぶら下がって、腕の力で体を持ち上げるの。こっちのアレイは握ったまま腕を動かせば重さが付加になるし、足にのせて腹筋の助けにもなるよ」
ちょっとやってみせるとみんな驚いてる。
「……モモ、すごい物考えつくなあ。これすっげーいいじゃん!」
「自力を鍛えるんだから、身体強化無しでやれるように頑張ってね。でも無理してやると逆に体を痛めるから程々に。毎日少しずつ回数を増やしていくのが一番だよ」
みんなからすると、非常に斬新なトレーニング方法だったようで、代わる代わる新しい道具を試してみては驚いている。
「モモ! オレにも体の鍛え方教えて! オレはジェフたちよりも小っこいから、体を鍛えたいんだよ!」
それならと、シンプルだったコリーの部屋に行き、土壁にボルダリングのような突起をいくつも作ってみせる。
「コリーは体が軽いから、腕力や握力、足腰を鍛えれば、この壁を登れるようになると思うよ」
毎日ここにぶら下がるだけでも違うから、とアドバイスする。おまけの土アレイも。
「うわ、ありがとう! モモ!」
「勉強教えるから、俺にもコレ使わせてくれ!」
「僕もアレイ作ってみよう……」
マークやバズも食い付いている。
男子たちの冬は、楽しく過ごせそうだな。
ちびっ子部屋は三人部屋なので運び込む家具も多いけど、みんなも作業に慣れてきていて次々に配置されていく。
敷物や布団、遊具まで置かれて、はしごも付け終われば完成。
「うわあ、すごーくいいお部屋」
「楽しそう! ここピノの部屋!」
キティとピノは大はしゃぎだし、ヤスくんも早速ロフトの上を駆け回っている。
「いいなあ、このお部屋」
「コリーの部屋の壁も良かったけど……」
最後に残されてしまったベルとティナが羨ましそうな声を漏らす。
「二人の部屋はすっごいよ! みんなも驚くよ! 行こうか」
残されていたベルとティナの家具を運んで部屋へと向かう。
二人の家具は決して多くない。クローゼットと机とイスが二つずつと棚が三つ。それだけだ。
ただし、畳とラグが大量に用意されているけど。
扉を開けると、殆どの子たちは絶句した。
ジェフだけがかろうじて「何だコレ……」と呟いただけ。
そして、当のベルとティナは、
「すっごーい!! やったー!! 秘密基地!!」
と見事にハモって見せてくれた。
たくさんの畳と敷物が上と下に次々と敷き詰められて、申し訳程度の家具が配置され、はしごが掛けられる。
「もう上に登ってもいい?」
「やってみていい?」
以前の二人なら、何も聞かずにあっという間に飛び出していただろうに。この子たちも成長しているんだなあ、などとホロリと来ながら、
「いいよ! 遊んでごらん!」
と許可を出す。
即座にはしごをよじ登り、トンネルを通り抜けて滑り台を滑り降りて戻ってきた。
「楽しーい!」
「嬉しい! モモ、ありがとう!」
今度はキティとピノとヤスくんも誘って、みんなで上に登っていった。こういう幼稚園とか見たことあるなあ、なんて眺めていたら、
「モモも早く!」
「みんなも、来て来て! やってみて!」
誘われてしまった。
大きな子たちだってまだ子供。こんなのを見たら、そりゃあワクワクするでしょう。ちょっと照れながらも順番にはしごを登り、トンネルの中を這って通ったり、滑り台を試したりと楽しそうにしていた。
「この部屋を作っておいて無茶するなとは言えないけど、もしも怪我したり、どこか壊れたりした時はすぐに教えてね」
「ハーイ!!」
良いお返事もハモってる。仲良しだねぇ。
これで全ての部屋を作り終えた。
「身長が違うから、イスの高さが合わない子もいると思うんだ。クッションとかで調整してね」
みんなにも各自の部屋で最終チェックをしてもらう。
アンの部屋に置くクッションやイスにのせるクッションを多めに作り足して各部屋を回っていく。
みんな、不足があるどころか大満足なようで、自分のお部屋を楽しんでいた。
ルーシーはドレッサーの前で髪を結び直していたし、マリーは机に向かってニコニコしている。
アンはクッションを渡すと嬉しそうにポフポフしていたし、ユニとルーは二人並んで丸テーブルで冬になったら何を作ろうか話している。
ベルとティナはもちろん遊び倒していたよ。
コリーは早速、土アレイを使ってみていて、バズは土間に立ち作業机をそっと撫でている。
「この辺に棚とかも作る?」
土間の壁を指差すと、
「土魔法でしょ? 練習して自分で作れるようになるよ!」
と嬉しそうに壁を見つめていた。
マークも机に向かって何やら楽しそうに考え事をしている。ジェフは懸垂棒にぶら下がっていた。
みんな満喫しているなあ。
最後に自分の部屋に入ると、キティは猫のぬいぐるみで、ピノは積み木で遊んでいるところだった。
ヤスくんはロフトの上から声を掛けてきた。
「かあちゃん、ありがとな。こんな楽しい部屋を作ってくれたし、ストーブってやつはあったかいし、毎日ごはんは美味しいし。オイラ、ここの家族になれて良かった」
「私も。ヤスくんも、子供たちも、おうとくうも。みんなのかあちゃんになれて嬉しいよ。みんなと家族で良かった。ありがとう」
「キティもみんな大好き!」
「ピノも! ありがとう!」
夕方までは各自、自分の部屋でゆっくり過ごして、私は途中から居間に移動し夕食用のシチューを煮込んだ。
ストーブの上でコトコトと幸せそうな音を立てるシチューの白い湯気を見つめながら、みんなの笑顔を思い出してクスリとしてしまう。
「あ、おやつ……、忘れてた」
おやつも忘れちゃうほど喜んでくれたんだな、と思うと、またさらに嬉しさがこみ上げる。
残りのパイもあと僅かだし、夕食のデザートに付けてあげよう。
「ごはんだよー!」
声を掛けてまわると、やっと部屋からみんなも顔を出した。
美味しいシチューを楽しみながら、部屋の感想や明日のことなんかを話して、夕げの時間が優しく過ぎていく。
ひとしきりみんなからのありがとうの大合唱を受けた後、
「明日は晴れたら種蒔きだし、畑に魔法を使うから物作りは出来ないと思う。今、欲しい物が見つかった子はいる?」
と聞くと、みんな今は大丈夫! と答えてくれた。
「晴れたら魚の燻製もやっちゃいたいし。私は雨の後の川や周辺の様子も確認しておきたいんだよね。明日は三手に分かれて行動かな?」
「了解! 畑は任せて!」
「燻製も気になるけど、川の様子はオレも確認したい。桟橋、無事かな?」
「なら、燻製は私たちが」
即座にバズ、コリー、ルーから声が上がる。
別行動することになっても、頼れる仲間がいて任せられる。嬉しいことだ。
「晴れたら……だから、まだわからないけど、その時はみんな、よろしくお願いします!」
……となると、残すはお風呂の相談だな。
「お風呂に水を溜めて、火魔法で温めてお湯にするのを試して見たいんだけど、お願いしていい?」
「家で風呂って、そうやるのか」
「やってみましょう!」
でも、デザートのパイと食後のお茶も楽しんでからね。
ジェフ、コリー、アン、ルーと連れ立って、まずは男湯に向かい、お風呂の様子を見てもらう。
「この大きな浴槽に水よで水を溜めるのは厳しいでしょ? アンに前に話した水の壁で水を出す方法、試してみてくれないかな?」
「やってみますね。……水の壁」
アンが浴槽の上に水の障壁を作り出す。攻撃魔法の中の防御の魔法だけど、実体化した後に魔法を解除すると、バシャンッ! と水は下へ落ちる。
「おーっ、良い感じ。これなら早く溜められそう。アンのMPはどんな?」
「壁の魔法を厚めに出しただけですから、MP五ってところです。これは良いですね!」
どうやら思惑通りに攻撃魔法を生活に使えそう。
「これならいけます!」
「やったね! 大成功!」
と二人でハイタッチする。
「私はまだ壁の魔法使えないからな……。練習頑張る!」
ルーがちょっぴり残念そうだけど。
また練習しようね。
「あとは、この水を温めるんだけど、火の球を発動する時のイメージを、攻撃じゃなくて、火の球が水の中に落ちて熱を与えるって感じでやってみて欲しいんだ。出来そう?」
「おっし、やってみるぞ!」
「オレも頑張るよ」
二人がちょっと大きめの火の球を作り出し、水へと落とすと、ジュッと音を立てて球は消滅した。
「うまい、うまい。浴槽には傷も付いてないし、水温もちょっと上がってる。今のでMPは?」
「MP三ってところだな。もう少し熱の部分に魔力を籠めてみるか?」
それでお願いしてみると、さっきよりもいい感じに温められてきた。
「すごいね。二人とも魔力操作がすごく上手くなったね」
「精霊様が力を貸してくれるからな。自分の魔力に頼りきらなくても、きちんと伝えれば応えてくれる」
「オレも、モモの勉強会の後の訓練では、力まないで上手く操れるようになったんだ」
「みんなすごいね……。えらいね! じゃあ、今の感じでアンには水を出してもらって、ジェフたちは湯温を確かめながら温めていってくれる?」
打てば響くように成長していくみんなが眩しいや。
アンの水張りは数回繰り返すことで呆気なく終わったので、女湯の水も溜めてもらうために場所を移した。
女湯の方が大きいのでMPを心配したんだけど、
「壁の範囲を広ければ大丈夫です」
と難なく壁を操っていた。こちらも数回で溜め終わる。
「両方のお風呂に水を溜めても、MP百も使ってませんね。大丈夫です!」
「私も使えるようになれば手分けして出来るから、もっと楽になるよ」
一番の問題だと思っていたのにあっさりクリアしてしまった。うちの子たち本当にすごい!
「そうだ。これも試してみたかったんだ。創造・温水四十二度」
溜めてくれた水を創造で温度変化させてお湯にしてみる。水から湯気が上がってきた。手を浸けてみると、熱めのお風呂のちょうど良い温度になっている。
「やった、これも成功! 女湯は私が熱めに温めて、ルーの水よで温度を調節してもらえばいいね。男湯の方はジェフたちに任せれば大丈夫だし」
二人の様子を見に、男湯に戻る。
こちらも良い湯加減になっている。
「一人MP五十くらい使うかな?」
「うん、オレもそんな感じ」
「女湯の方は私が温度変化出来たから。これで家風呂も使えるね。四人ともありがとう。みんなも呼んで、早速入ろう!」
こうして私たちは、さらなるお風呂を手に入れた。
雨が続いても、雪に鎖されても恐くない。
温泉の風情はないけど、これで冬を乗り切れる!
◇
湯煙の中、いつものようにキャイキャイとはしゃぐ女の子たちを眺めながら、熱めのお風呂をじんわりと楽しむ。
他の子たちの入っているお風呂には、ルーが水を足してくれて、もう少しぬるめになっている。
元気のなかったおうとくうも、お風呂に入れると聞いたら大喜びして、いきなり元気を取り戻したし。良かった、良かった。
今日も良い一日だったなあ……。
お風呂から上がり、日課の訓練も終えて、今日は各自、自分の部屋で寝てみることになった。
散々物作りをした私も今夜はMP切れで、興奮冷めやらないキティ、ピノ、ヤスくんとともに既にベッドに入っている。
残り僅かだったMPは、お風呂の排水を試している時にシャワーを設置することで使ってしまった。
しばらくして、はしゃぎ疲れたキティたちが眠ったことを確認して聖域をかける。
魔力枯渇でボンヤリする頭で、今日の出来事を思い返しながら眠りに就く。
「……あれ? もしかして私、氷も作れるんじゃない?」
すごい事に気が付いたというのに魔力枯渇には抗えず、あっさり意識を手放してしまった。




