第百一話 かあちゃんは希望を叶えたい
今日も雨。
畑仕事は出来そうにない。
入り口の扉を少しだけ開けて外を確認してみると、昨日よりは雨足が弱まっているように見えた。
それでも、すぐに止みそうには感じられなかったけど。
居間はしんと静かだが暖かい。
ストーブの炎はとっくに熾火になっているのに、一晩中部屋を暖めてくれていた。火を絶やさないように薪を足す。
まだ、子供たちは温もりと穏やかな眠りに包まれている。
今日は何をして過ごそうか。
天板の上に土瓶をのせて、お湯を沸かしながら、一人考えていた。
昨日、新しく作ったものもあるし、あれを見せながらみんなの部屋の構想を聞いて、ワイワイ楽しく過ごしていれば、一日なんてあっという間かもしれない。
たまにはそんな風にのんびり過ごすのも良いものだ。
薪に火が燃え移り、揺らめき出した炎がチロチロと目に映る。贅沢な時間。
今日くらいは子供たちもゆっくり眠らせてあげよう。
◇
いつもより少しお寝坊なみんなが一人、また一人と起き出したのは、いい匂いに誘われたからだろう。もうそろそろ起きてもいい頃合いかな、と思っていたのでちょうど良い。
先ほどやっと私は、明け方からずっと続けていた、お茶を飲みながらぼんやり炎火を見つめることをやめて朝食作りに動き出した。
ストーブの上で調理をすると、美味しい匂いがすぐに部屋の中を充たしてしまう。
今日の朝食は葱と油揚げの味噌汁と干物に卵焼き。天板で炙られている干物が爆発的に美味しい匂いをまき散らしている。
そしてパン。……なぜにパン。このメニューで?
毎日こんなこと言ってるなあ。
「うわあ……、いい匂い」
「……魚の匂いがする」
「おはよう、モモ。朝ごはん?」
「おはよう、昨日作ってくれた干物だよ」
優しい朝の時間。寝惚け眼のみんなを見てると、ほんわかするなあ。
「……ももちゃん! あ、あれ……!」
寝起きのアンがふいに叫び声を上げた。
驚いて振り向くとポロポロと涙を溢している。
指差す先には……。
「アン、随分待たせちゃってごめんね。やっと作れたよ」
「ああ、精霊様……」
即座に祈りを捧げ出したアンに続き、みんなも新たに設置された祭壇の前に跪く。
誰が言い出した訳でもないのに、揃って朝食の前に礼拝が始められた。
何をお祈りしているのだろう。
みんな随分時間をかけて、じっくりと精霊様とお話ししているようだ。
でも、気持ちは良くわかる。こう、話しかける先があると、日々の報告だとか感謝、悩みなんかを語りかけやすい。
そうして、胸の内を聞いてもらうことで、心が軽くなったりするものね。
精霊様は何も答えてはくれないけれど、祭壇に向かうとすぐ傍に寄り添ってくれている気持ちになる。
教会が心の拠り所になるって、今ならなんかわかるなあ。前世では宗教っていうと、ちょっと身構えてしまう私だったけど。人々にとって教会や宗教って、本当はもっと身近なものなのだろう。
普段の何気ない思いや感謝を、自由にいつでも精霊様に報告するためには、祭壇って必要なものだったんだな。遅くなっちゃったけど作れて良かった。
図らずも、昨日魔法教室で話したばかりの『いつも精霊様を感じて、感謝の気持ちで』という教えの一助にもなれそう。
その後、遅めの朝食をみんなで食べたんだけど、いただきますの挨拶もみんな自然と祭壇に向かって言っていたよ。
◇
「今日はお部屋作りに一日あてようか。畑仕事もお休みだし。昨日の夜作った物もあるから、それも見てもらって一人ずつ希望を聞いていくよ」
みんなもそれぞれ考えていることもあるだろう。聞き取りをしつつ、アドバイスが必要なら口添えしていこう。
作った物も置いてあるし、なんならその場で必要なものを作り出すことも出来るからと、資材倉庫に場所を移した。
わら半紙と木炭鉛筆も用意して準備OK。
さあ、ご注文を伺いましょう。
昨晩作った物に関しては、狙い通り順当にみんなが興味を惹かれてくれた。
女の子たちはドレッサーに、ちびっ子たちは遊具に、男の子たちは木剣に。
「やっぱりモモはすごいね。何でも作れる魔法もすごいけど、こういうアイデアが閃くところがすごい……。僕もいつかは自由な発想で、みんなの役に立つ道具が作れるようになりたいよ」
魔法製作の基本を覚えたばかりのバズが新しい夢を語ってくれた。
やりたいことはいろいろ見つけて、何でもトライしていって欲しい。何にでもチャレンジしてみることで、子供の可能性は広がるんだから。
「バズは村でも木工をやったりしてたんだもんね。今は畑に掛かりっきりで、自分のしたいことを試す時間が足りないだろうけど、冬になったら時間がたっぷり出来るから。バズの作品にも期待してる」
「そうだね……! これから自分がしたいことを考えてみる! 部屋のこともね」
だんだんとみんなの役割が決まってきて、今はそれぞれの得意分野を任せることで上手く回っているけど。それに限定されないで、他のみんなにももっと自由にやりたいことをやってもらえるようにしたいな。
「みんなも冬になったらやりたいことも考えてみてね。冬だけじゃなくて、もっと先、いつかはこんなこと出来るようになりたいなとか、大きくなったら何がしたいかとかも。みんなのやってみたいことには、出来る限り応援したいから」
子供たちの頬が紅潮して、瞳がキラキラと輝く。
未来への夢、そのワクワクが伝わってくる。
「私は冬になったら、縫い物や編み物して過ごすんだ」
「ユニは上手なんだよ。私も教えてもらうの」
「布や糸、毛糸も用意しようね」
早速、ユニとルーが教えてくれた。前にも言ってたもんね。どんなもの作るのか楽しみだな。
マリーを筆頭に、勉強に興味を持ってくれている子も大勢いる。読み書き計算は身につけておいて損はない。
教材や、知育玩具のようなものも用意してあげれば、冬の間に遊びの中で楽しんで覚えていけるかな?
「俺は勉強は……。強くなる方がいいな。冒険者になりたい!」
「ジェフが将来、冒険者になった時、読み書きが出来ないと依頼書も読めないし、契約の書類も書けないよ。簡単な計算くらい出来ないと報酬の計算にも困るし。将来、何を目指すにしても読み書き計算は役に立つんだよ」
「そうかあ……。そう言われるとそうだな! じゃあ俺も勉強も……少しは頑張るよ」
まあ、少しでも興味を持ってくれれば、今はそれでいいや。
「オレは鍛冶仕事もちょっとやってみたいんだ。でも、他にも面白そうなこと見つかるかもしれないし……。今はわかんないや!」
「そうだねコリー。いろんなこといっぱいやってみよう。大人になるまでには、まだまだ時間はたくさんあるし」
鍛冶……は私には教えられない。いつかは見聞を広めるために、外の世界へ旅立たせることも考えておいた方がいいんだろうな。
ずっと、この森に囲まれた小さな楽園で暮らしていく訳にもいかないんだろう。子供はいつかは巣立つ日が来るから、それまでに出来るだけ私にしてあげられることをして、自分の道を進む力を付けさせてあげなきゃ。
でも今はまだ、その地盤となる安心出来る場所を作ってあげることから。愛されていること、守られていること、帰ってくる場所があること。それを心に刻むから、勇気を出して飛び立てるんだと思うもの。
ゆっくりでいいからね。
急いで大人にならないで。
今は一緒に幸せの記憶をいっぱい作っていこう。
いっぱい遊んで、いっぱい学ぼう。いっぱい失敗するのも良いものだし。
「ちょっと脱線しちゃったけど、お部屋作りだったね。一人ずつ希望を聞くから、順番に相談していこう」
みんなボンヤリとながらも思い思いの希望を持っていて、それを聞きながら大まかなレイアウトなどを決めていく。
「俺は部屋でも鍛錬したいから広いまんまでいいんだ。ベッドとか棚とか、必要最小限でいい。部屋を広く空けときたい」
ジェフのご注文は鍛錬出来る部屋。
懸垂棒とか、鉄アレイとか作っちゃうか? とも思ったけど、細かな小物は後回しで。
「じゃあ、見本の部屋にあったロフト……上に登ってそこで寝るようにしたらどうかな? その下にクローゼットや棚を置けば下は広く使えるでしょ?」
机も置こうね、とわら半紙に描いてみせると、
「おっ! これいいな!」
と喜んでもらえた。
「使ってみて、使い勝手が悪かったり、他にも欲しいものが出て来たら、その都度直していくことも出来るからね。みんなもそんな感じで、後からも変えられるから、自分のお部屋作ってみよう」
マークは見本部屋にあった書き物机よりも大きな机をご所望だ。冬の間は勉強をメインにしていきたいとのこと。
「俺は一応、字も読めるし、簡単な計算なら出来るから。他の子にも教えてあげられると思うんだ。そのためにも、自分ももっとちゃんと勉強していかないとだろ?」
部屋の奥にL字型の机を配置したレイアウトを描いてみせると、とても気に入ってくれた。
「僕は自分の部屋でも物作りの練習がしたいんだけど、壁か床を掘っても大丈夫? あと作業机が欲しいかな」
バズの部屋は、奥の一角を土間にして作業机を置く感じで決まった。
コリーは今のところ特に欲しいものはないと言うので、二人で考えて半分を敷物を敷いた寛げるスペースに、半分は鍛錬も出来る空いたスペースにする感じでまとまった。
ルーシーは敷物の上にテーブルとソファを置いて、奥にはドレッサーもある女の子らしい可愛い部屋に、アンは奥の一面にクローゼットや棚や机を整然と並べた機能性の高い部屋を希望した。
マリーはやはり、勉強をたくさんしたい願望が強いので、広く使える机と、棚を多めに配置することになった。その分、寛げるスペースが狭くなってしまったけど、本人は満足そうにしているので良いと思う。
ユニとルーの部屋は二部屋分なので、ゆったりとした雰囲気になりそう。二人で並んで座れる机、二人で並んで眠れるベッド。ラグの上には丸テーブルも置いて、ここでは二人で縫い物をしたりするのだそうだ。過ごしやすそうな良い部屋だね。
ベルとティナは、とにかく秘密基地風にとの強い希望で、寝る場所はロフトの上だし、空中トンネルや、ロフトから下りる滑り台などのある、かなり楽しい部屋になりそうだ。勉強机も私の要望で置くことにしたけどね。
ちびっ子部屋は、前に私が考えた構想を基本にして。ただし、各自の机を置くのはやめにした。ソファとテーブルでも置こうかと考えていた部分にジャングルジム付き滑り台やおもちゃ箱を置くことになったので、それらが大分場所を取ってしまったし、勉強も一人ずつ机に向かうよりも集まってワイワイやる方が楽しいと思うので、みんなで座れるちゃぶ台のようなテーブルですることにしたんだ。自分専用学習机は、一人部屋で過ごせるようになったら作ってあげる約束をしてある。それから、ヤスくんの希望で部屋の周囲にキャットウォークのようにロフトが付くことになった。何が出来るという程の広さは無いが、部屋をぐるっと取り囲むそこはヤスくんの遊び場。ちびっ子たちも這い回って遊ぶのかもしれない。
それぞれ個性的な良いお部屋になりそうで嬉しいね。
当初は個室は寝るだけくらいの気持ちだったけど、長い冬を寛いで、あるいは鍛錬や勉強などで有意義に、各自が楽しく過ごせる場所に出来そう。
家具に使う木材の色味の好みなんかも確認して、あとは私が頑張って作るばかりとなった。
みんなも出来上がりを楽しみにしてるから、MPと相談して、今日中に出来るところまで頑張って作ってみよう。
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