外伝SS 太陽の少年
百話記念に外伝を投稿させていただきました。
本編からは蛇足となるお話しですが
よろしかったらお付き合い下さい。
ここは、プレシード王国の王都プレシード。
深い堀と高い城壁に守られた王国最大の都市。
中央には気高くも剛健な王城がそびえ立ち、王城から東西南北の城門へと石畳の敷かれた大通りが延びている。
それぞれの大通りの間を、幾筋かの放射状の通りと幾重にも広がる環状の通りが繋ぎ、その中をさらに網目のように路地が這っている。
大通りには貴族や大商人たちの豪奢な馬車が行き交い、たくさんの露店や建物が軒を並べる王城前広場は人々の明るい喧噪に包まれていた。
精強な衛兵たちに守護された治安の良いこの街には、約二万人もの人々が暮らしている。
人が集まるところには商人が集まる。
この王都には王国各地から商人たちが様々な品を携えてやってくる。美味い食べ物や美しい織物、便利な魔道具。そんな商人たちが、また人々の生活を賑やかにしていく。
物は人を呼び、そうして街はさらに栄えていく。
「美しく、良い街だ。民も幸せそうに暮らしている。父上の王国は素晴らしい国だな」
華やいだ街や明るい顔で暮らす人々を王城から見渡している時間はとても楽しいものだ。
僕は、アレックス=カペラ=プレシード。
小難しいことを考えたりしてるが、まだ三歳。
このプレシード王国の第一王子だ。
サラサラの金髪をおかっぱにし、宝石のような碧い瞳の愛くるしい顔立ち。
アニメや漫画に出てくる王子様そのものという容姿には、自分でも出来過ぎだとびっくりした。
――そう、僕は前世の、
――異世界の記憶を持っている。
◇
前世の僕はこことは別の世界で生きていたが、信号待ちの交差点にトラックが突っ込むという不幸な事故に巻き込まれ、たった十七歳で死んでしまった。
その時、天の意思とやらにこの異世界へと転生させてもらうことになり、太陽の加護という、なんか立派な加護ももらったんだけど……。
あの日、事故に巻き込まれ亡くなった人は僕以外にも何人かいて、みんな天の意思に呼ばれて、一緒に白い空間にいた。
最初は僕も含めてただ呆然としていた。
妖精みたいな人たちがふいに現れ、これから異世界に転生するとか、特別な力、スキルをもらえるとかもらえないとかって話が出ると、誰からともなく騒ぎ始めた。
急な展開にパニックを起こすのはわかる。
でも、転生の話が出た時には、確かにみんなは嬉しそうにしてたんだ。
僕には転生なんてどうでもよかった。
家族や友達のことを思うと正直辛い。でも時は巻き戻せず、生き返ることが出来ないなら、受け入れるしか無いんだろうと諦めの気持ちで項垂れていた。
そんな時にみんなが嬉しそうにしているのを見たら、悪いことでもないのかな? なんて少しだけ思えたりもしたのに……。
その後、急速にみんなは揉め出した。事故を起こしてしまった運転手もこの場に来ていたからだ。
そりゃあ、怒りたくもなるだろう。
最初は自分の不幸を嘆き、怒りをぶつけていた。
それは僕にも理解出来た。
僕だってまだ死にたくなんてなかった。
でも何かが違ってきた。
ただ怒っているという感じじゃなくなった。
真っ青になって震えて蹲る運転手を標的に、ニヤニヤと喜色を混じえた顔で責め立てている人たちを見て、僕は吐きそうに気分が悪くなった。これでは無意味な数の暴力だ。
自分の生活を壊されてしまった辛さよりも、この風景を見ている気持ち悪さや憤りが勝った。
中学の時の友達が、高校でいじめを受けておかしくなってしまったことが頭に浮かぶ。
理不尽に押し向けられる敵意の目に、繰り返される意味のない暴力に。
彼は疲れ果ててしまい、何も相談してくれることも無く、自らその人生を終わらせようとしてしまった。
それを後から知らされた時の、どうしようもなく虚しい嫌な感情が、無力さが、悲しみが。今、再び溢れ出る。
とにかく、今すぐに、この場で起こっていることを止めさせたかった。見ていたくなかった。あの日の無力な自分が思い出されることが嫌だった。
その場は転生者の中の一人のおばさんが、なんやかや収めてくれたけど、やっぱり僕は無力だった。
いくら言葉を尽くしても、僕には助けることも、諍いを止めることも出来ない。もし、あの時頼られていたとしても、きっと僕には何も出来なかったのだろうなとわかってしまった。自分がくだらない人間に感じられた。
スキルという特別な力を一つもらえることになった時、僕は理不尽を強いられたり、無意味な暴力に苦しむ人を助けられる力を欲した。
どうせ生まれ変わるなら、もうこんな無力な思いをしないでいい世界がいい。
くだらない争いなんて、もう見たくない。
くだらない自分なんて、もう知りたくない。
正義感なんかじゃない。
自分の心を守るために必要な力だった。
なのになぜかそれを賞賛されて、太陽の加護なんてのももらっちゃって、次に気が付いた時、僕は王子としてこの世界に生まれていた。
◇
太陽の加護には人の上に立てるような力があるらしい。僕が王家に生まれたのは多分そのおかげだ。
そして、僕の欲したスキルは『統治』。
僕が人の上に立った時、僕の下につく者が心豊かに、穏やかに、幸せに暮らせる力。
この力でなら、今度こそ僕は誰かを救えるかもしれない。
そのためなら努力は惜しまない。
精霊の話では、この力の真価を発揮するには本人の努力や心持ちが重要らしいから。
――僕は鍛える。心を体を。
今の僕に出来ることは少ないけど、だからこそ、僕は出来る限りみんなの話を聞くことにしている。
何かあった時に相談しやすいように。
何かあった時に手を差し伸べられるように。
僕はまだ小さいから、無邪気さを装って話し掛ければ、割と簡単に城の使用人たちや出入りの商人、城で働く市民たちからも話を聞けた。
最初は、いわゆる忖度だったと思う。
「困ってることや変な噂があったら聞かせて。僕が解決するから!」
そんな風に声をかけたら、王子様が英雄ごっこでもしてると思ったのか、どうせ解決はしないだろうけど仕方ないからノリに付き合いましょうって感じでみんないろいろ教えてくれた。
それを僕が吟味して、気になるものは父王や宰相、騎士団長なんかに相談すると、なぜかみんな、
「聡明な可愛い息子の頼みだからな」
「ええ、若君の頼みでしたら」
なんて感じで、解決に力を貸してくれる。
これもスキルの力なのかな?
問題のあるところには調査が入り、必要な計画や改革、支援が進んでいく。ちらほら解決しだした案件も出始めた。
――良かった。僕はもう無力じゃない。
◇
そんなある日、吟遊詩人が不敬な歌を詠んでいるという噂を耳にした。内容が内容なだけに大っぴらに奏でて廻ることはしないので、誰が詠んだのかもわからない。それなのに城下町では、その噂で持ちきりなのだと言う。
ある地方の強欲領主の横暴が行き過ぎ、神の怒りに触れ裁きの光がその地に落ちる。神の光は村の小さな子供たちを攫っていってしまった、とかいう話。
おとぎ話のような嘘みたいな話だけど、僕の中のスキルが警告を告げているような気がした。
おとぎ話で済めばいいけれど、こんな話に民が興味を惹かれていること自体がまずい。国や貴族に対する鬱憤が溜まっているのなら、それもまた問題だ。小さなきっかけが民を煽動し、反旗の芽になる前に、根本を正さなければならない。だから、いつものようにみんなに相談し、調査を進めてもらった。
ところがしばらくすると、それが実際に起きた事変であることがわかった。その現場であるザイルという村が見つかり、度重なる領主の悪事が次々に露見された。領民の被害は甚大で、かなりの着服が明らかになったという。間もなく廃村となってもおかしくない、本当にギリギリの状態だったそうだ。
我が父王、ヴァンガード=リゲル=プレシードは、己が民を苦しめる不正を許すような方ではない。まして廃村ともなれば、国の財産を食い潰したと同義だ。国に民に仕えるはずの領主による謀叛とも言える。
領主アシドは極刑、領地没収。
妻レンダと子息セルは平民に身を落とし、開拓地へと送られた。
領地は国の直轄地となり、新しく国から派遣された執務官の元、瀕死の憂き目に遭っていた領民たちもなんとか生きる力を取り戻し、少しずつ村の暮らしは改善されていると言う。
だが、件の消えたという子供たちが戻ってくることはなかった。
強い光に視界を奪われ、光が収まった後にはすでに子供たちの姿は消えていたというのは事実らしいのだけど。その時、村で何が起きていたのか、詳細は曖昧なままで僕には報告が上がってこない。
本当に神様に攫われたのだろうか。
一番の謎だけは解き明かされていない。
その子たちは今、どこでどうしているのだろう。
神の御許に連れ去られしまったのか。
どこかで幸せに暮らしていてくれることを祈るしかない。
ギリギリではあるが僕の力で救われた人々がいるという結果を得られて、僕は誇らしかった。
こんな悲劇が繰り返されることが無いように、僕はもっと力をつけていかなくちゃって思うんだ。
前世のあの時のような、やるせない思いはもう味わいたくないから。
僕は精一杯、第二の人生を歩んでいこう。
王子として、民を救う決意を胸に……。
いつも応援ありがとうございます。
記念SSとしては、ちょっと盛り上がりに欠ける……
そんな稚拙なお話しで申し訳ない。
本編の続きは通常通り、明日の更新となります。
これからもモモと作者を見守ってやって下さい。
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