第九十九話 かあちゃんの魔法教室・水
「これ、私が作ったんだよ!」
「僕も作れるようになったんだ」
みんなが作業している地下室に戻り、自分たちの作った食器をお披露目しているベルとバズ。
「すごいな!」
「上手く出来てるね!」
みんなから褒められて笑顔を振りまいている。
「コリー、干物作りは上手くいってる?」
「乾かし過ぎちゃいけないっていう加減が難しくってね。最初は大分手間取ってたから時間かかっちゃってるけど、もう慣れてきたからコツを掴んだよ。ここからはペースを上げれると思う」
「焦らなくて大丈夫だからね。水属性の勉強会と干物作りが終わったら、おやつにしようか。もう一息頑張ってね」
「よっし! みんな頑張ろー!」
「やったー!」「はーい!」とみんなも元気よく返事した。おやつパワーは効果てき面。
◇
アン、ルーと三人で居間に移動して、テーブルで向かい合った。
「では、これから勉強会を始めます。と言っても室内で攻撃魔法は使えないので、水属性の魔法に関する講義から始めたいと思います」
「はい、お願いします」
「わー、モモ先生かっこいい」
「へへ、堅苦しいのは冗談。でも少し真面目なお勉強の話もあるからね。わからないことは質問してね。あっと、その前に二人のステータスを確認させて」
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アン レベル1 人間 女 十歳
HP31/31 MP220/240 水
攻E 守F 早E 魔C 賢D 器E
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ルー レベル5 人間 女 九歳
HP53/53 MP223/243 水
攻E 守E 早E 魔C 賢E 器C
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二人ともMPは順調に増えているし、魔法系のステータスは軒並み上がってきている。魔法リストの項目も増えているが、室内で新たに覚えられる魔法というと水の癒しくらいだ。
「二人とも中級魔法まで使えるようになってるね。レイン系の全体攻撃魔法も覚えられるけど、それはまた外の訓練用広場でやろうね。今日は水の癒しについて勉強しよう」
「回復の魔法ですね!」
アンが興奮気味に喜んでいる。
一番使えるようになりたがっていた魔法だもんね。
「そうだね。水魔法で回復するってどういうことだと思う?」
二人に少し考えてみてもらう。
話し合って出た答えが、
「魔法の水を作り出す……ですか?」
「お薬みたいな水で治すんだと思う」
というものだった。
「本にはね、『水に癒しの力を与えて、体の中から治癒を促す』って書いてあった。だから二人の考え方もあながち間違いではないんだと思う」
それから、二人にも光属性の勉強会で話した怪我や病気の仕組みについて説明していく。これから癒しの魔法を使うことと、料理に携わるルーにはぜひとも理解しておいて欲しい内容だからだ。
「……そういう訳で、体に害を為す悪いバイ菌を光の精霊様の聖なる力をお借りして滅し、傷付いた体を活性化させて傷を治すのが光魔法の癒しの仕組み。ちょっと難しいけど、理解出来たかな?」
「精霊様のお力を貸していただいてるなんて……」
「バ、バイ菌って怖いんだね……。気を付けないと……」
それぞれ少し違う意味かもしれないけれど、二人とも涙ぐんで理解を示してくれた。
「水を司る水の精霊様は、アンとルーに水を生み出したり、水を操れる魔法を使わせてくれる。水の冷たさで涼しくする冷気や水でキレイに洗う洗浄。上級になると氷も作れるようになるんだよ」
ここからが本題。水を操ることで体を癒す仕組みについて理解してもらわなければ、水の癒しの効果は十全と発揮出来ない。
世間では光魔法の癒しと比べて効果が弱いと、あまり地位を得られていないらしい水の癒しだけど、それはイメージ不足によるところが大きいと思う。
「考えてくれた二人のイメージだと、魔法薬のようなものを浴びせたり、飲ませたりする雰囲気になっちゃうでしょ? でも、体の中から癒すっていうのは、外から作用する光魔法の癒しとは違って、体の中に元からある水に作用して、さっき話した体が自らバイ菌をやっつけようとする力や、元気になろうとする力を増幅させるってことだと思うんだ」
使って感じてみてもらえればわかりやすいんだろうけど、私には水魔法は使えないからな……。
せめて……。
「回復」
光魔法の回復で体が活性化して、スタミナや体力が回復するのを感じてもらう。
「ああ、元気が出てきます」
「うん、いっぱい考えて疲れてた頭がすっきり」
「これは光の精霊様の力だけど、体の中からこの効果を与え続けられたら怪我や病気にも効くと思わない? 光の癒しは外から与える魔法だし、即効性があるから外傷……怪我に効果がある。最上級の壮大なる癒しにもなると、部位欠損も治せる。MPもいっぱい使うけどね。でも、そんなにすごい魔法なのに病気は治せない。バイ菌を除去して痛みを和らげることは出来るけど、弱った体を元のように元気に戻すには、ひたすらゆっくり体を休めて自分の力で少しずつ回復していくのを待つしかないんだ」
「そうなんだ……」
「そんなにすごい力でも万能ではないのですね……」
俯く二人に、「でも……」と話し続ける。
「水魔法の水の癒しだと、その自分で回復する力を助けられる。光魔法のように一瞬で治してしまう派手さが無いから、あまり知られてないみたいだけど、きちんと理解して最大限の力を発揮出来れば、ただ回復を待つよりもずっと早く癒すことが出来ると思うんだ。それでもやっぱりすぐに治してあげることは出来ないけどね」
「それでも……! それは素晴らしいことなのでは!?」
「私もそう思う。病気でじっと寝てるのって辛いよね。少しでも早く元気になりたいって思うよね。そんな苦しんでいる人にただ寝てなさいとしか言えないのも辛い。それを少しでも助けられるなんて素晴らしいことだよ」
二人はパアッと笑顔になり、それはまるで花が咲いたかのようだった。
「すごい! すごい! そんな魔法を使えるようになるんだ!」
「ああ、嬉しいです。精霊様ありがとうございます……」
感動とともにやる気漲る二人。そんな二人に辛い宣告をしなければ。
「……すぐにでも練習を始めたいだろうけど、最大限の力を引き出すためにも、もう少しお勉強を続けたいんだ。体の中の水について、だね。もう長いこと難しい話を続けた後だから、嫌になっちゃわない?」
「なんでですか? そこが大切なところなんですよね? 嫌なんかじゃありません。ぜひ教えて下さい!」
「さっきのモモの魔法もだけど、今の話で疲れなんてぶっ飛んじゃったよ! 教えて!」
すごいなあ。向上心なのか、自分の可能性への期待なのか。
「勉強、難しいけど楽しいよ!」
「ええ、私の知らないことがいっぱいあって。ももちゃんは何でも知っていてすごいです!」
そうか、学ぶことに飢えていたみんなには難しい勉強も楽しく、知識を得ることは嬉しいことなんだ。
私もやらされてる勉強ではなく、欲している勉強であってくれることが喜ばしい。
良い子たちだ。良い生徒だ。
先生も頑張りましょう!
「では、続いて授業を進めていきます。水についてだよ。飲む水、川や湖の水、空から降ってくる雨。そういった水らしい水の他にも、私たちの周りは水で溢れています。他に何があるかな?」
「水……と言えるのかわからないですけど、果物とか? 喉が渇いたら食べますし」
「おしっことかじゃないの?」
「はい、二人とも正解! 他にも木や草の中にも、大地にも、動物や私たちの体の中にも、水はたくさん入ってます。木や草は大地から水を吸って自らの中に取り込んでいる。水は植物が成長するのに必要なものってことはわかるよね。動物もそう。食べ物は少しでも我慢出来ても、水が無いと生きていけない。水は全ての生き物にとって無くてはならないものです。そんな水の精霊様の力を分けていただいている二人はとってもすごいです!」
嬉しそうにはにかむ二人に話し続ける。
「畑の作物が成長するのにも水が必要だし、春先の木の枝を切ったりすると、切り口からポタポタ溢れるほど水が出てくる。春先の木々はこれから若葉を出して生い茂るために体に水をたっぷり蓄えているからね。そうして出来る作物や果実の中にも水がたっぷり入ってる。さっきの話にも出てきたけど、その水分を乾燥させることで保存食を作るよね。果物や野菜、ドングリ茸にだって水がいっぱい含まれているってこと。干し肉や干物を作るように、肉や魚にも水分が含まれている。私たちの体にも」
二人の前でグー、パーと手を開いたり、閉じたり動かして見せる。
「私たちの体には、目にしたことがあるものだけでも、血や汗、涙、唾やおしっこなんかの水があるでしょ? 干し肉と同じように体そのもの、肉の中にも水分がたっぷり入ってる。私たちの体の半分以上は水で出来ています」
「えー!?」
「ホントですか?」
「そうなんだよ。でも汗やおしっこで水分は出ていっちゃうから、水を飲んで補給しなくちゃね。水分が足りなくなると花が萎れて枯れちゃうように、動物も萎れて生きていけないんだよ。そんな風に私たちの体中にある水に水の癒しで力を与えたら、そりゃあ元気が出ると思わない?」
「はあーっ」と目をまん丸くしながらコクコクと頷くルー。
「なるほど……」と目を瞑って考えるアン。
「もう一度、本の文言を言うと『水に癒しの力を与えて、体の中から治癒を促す』。体中に溢れる水分に癒しの力を与えれば、自らが持つ回復力が増強されて、健康な体へと促される」
「ホントだ……」
「仕組みは理解出来ました!」
本当に素直に何でも飲み込んでくれる。ありがたい。
「仕組みをわかってくれたなら、あとはやり方だよね。魔法を使うには魔力を集めて、イメージを籠めて、呪文で発動する。イメージを籠めるっていうのは精霊様に今自分のやりたいこと、やろうとしてることを伝えるってことなんだ。
その魔法を使うために必要となる魔力を集めて、ギュッと練り固める。球の魔法でもそうだよね。そこに思い付く限り詳細にイメージをのせる。癒しの魔法なら、体を蝕むバイ菌に勝つ力を。弱った体が癒えるための力を。病気や怪我により傷付いた箇所があるなら、そこが修復されて治ることを。苦しんでいる目の前の人の痛みを和らげ、不安を和らげ、また健康を取り戻して元気に生活出来る未来を。そういうイメージを精霊様に伝えて、集めた魔力にお力を貸していただく。
そして発動のきっかけとなる呪文、水の癒し。水の持つ自然の力。全てを清め、全てに生きる力を与える。そういう力を貸していただく」
はああ……。二人は大きなため息を吐き、身震いした。
「水の力ってすごいんだ……。わかっているようで、わかってなかった」
「本当です。そして、そんな力を貸していただけることに感謝します」
「アン、頑張ろうね」
「ええ、ルー、頑張りましょう!」
二人は決意も新たに、そこからは黙々とイメージをすることに没頭し、中級魔法に必要な魔力を集めることに精進した。
「いくよ……、水の癒し!」
「精霊様、お力をお貸し下さい……。水の癒し」
最後にはお互いに魔法をかけ合うことに成功し、水の精霊様の力で体が活性化することを体感出来た。
それによって、イメージをより強固なものにすることも出来たようだった。
「二人とも良く頑張ったね。おめでとう」
二人の瞳は感動に潤んでいる。
「……モモ、出来たよ」
「出来ました……!」
しばし、三人で抱き合い、喜び合う。
ギュッと抱きしめた二人の体をそっと放すと、
「それでは、今日の勉強会はこれで終わりにします。さあ、みんなも待ちかねているおやつにしよう! 少し肌寒くなってきたし、ストーブを点けてお湯を沸かそうね」
ちょっぴり泣きそうだったのに、再び輝くような笑顔が花開いた。




