第九十八話 かあちゃんの魔法教室・土
雨のせいか、いつもより少し肌寒く感じる。
入り口の扉はしっかり作ってあるので壊れる心配は無いと思うが、細かくカタカタと音を鳴らす度に、みんなの心に不安が広がっていくようだった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ヤスくんたちが教えてくれたおかげで外の片付けも出来たし。冬の予行演習だと思って家の中でも楽しく過ごそう!」
一抹の不安を払拭するように、笑顔で明るく語りかける。
洞窟状の家なので窓も無く、外の様子を確認することも出来ないけど、今は逆にそれで良かったのかもしれない。
他のことに集中していれば、一時でも恐さを忘れられるだろう。
「干物作りからやっちゃおうか。おうとくうは休んでいてね」
気圧のせいなのか、いまだ怠そうなおうとくうには回復と癒しの力を使い、そっと撫でてあげる。
こんな日はゆっくりしててもらおう。
みんなでゾロゾロと地下室へ向かう。ここなら扉の軋む音も聞こえない。
干物用にする部屋に、開きを干すための棚をいくつか作っていく。
三段作りの棚板は乾燥しやすいようにメッシュ状になっていて、一段ずつ傾斜をつけてある。開きを一枚ずつ立て掛けるように並べることが出来る。
開きを塩水に漬けた容器を持ってきて、二枚取り出し手拭いで水気を拭き取り、その棚に並べて見せる。
「こうやって一枚ずつ広げて並べてね。並べ終わった棚から乾燥をかけていってもらうんだけど、この開きは炙ってこのまま食べるものだから、カチカチに乾くほど乾燥させなくていいの。コリー、ちょっと熱気を使ってみてくれる?」
見本となるように、並べた開きに熱気をかけてもらい、一夜干しよりは乾いた状態になるくらいまで水分を飛ばしてもらった。
「これは塩漬けほどには塩気を効かせてないし、水分も飛ばしきっていないから、吊し干しにした魚ほどは日持ちしないけど、炙って食べると美味しいよ! これくらいの乾燥を目安にしてみんなで作ってみてね。コリー、ここは任せちゃってもいいかな?」
「うん! 楽しみだ、早く食べてみたいな! みんな頑張ろうね」
「それじゃあ、バズとベルは土魔法の勉強会しようか」
二人はピクンと反応して、明るい顔を見せた。
「広間でやろう。じゃあコリー、後はよろしくね。何かあったら呼んでね」
「はーい。バズ、ベル頑張って」
私たち三人は広間に来ると土の床に座った。
「今日はもう、勉強どころじゃないかと思ったよ」
「まさか。どうせ外に出られないんだもん。これはこれで勉強する時間がいっぱい取れていいよね」
ニカッと笑ってみせると、
「ははは、モモは腹括ると図太……前向きだよね」
と笑い出した。
「はいはい、かあちゃんは図太いんだよー。みんな一緒なら何にも恐くないもん。さーて、土魔法で物作り、やってみる?」
「わーっ! 私も何か作れるようになるの?」
嬉しいー! と叫ぶベルにもいつもの調子が戻ってきたみたいで良かった。
「始める前にステータスを確認させてね」
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バズ レベル5 人間 男 十二歳
HP70/70 MP242/242 土
攻D 守D 早E 魔C 賢D 器C
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ベル レベル5 人間 女 八歳
HP53/53 MP243/243 土
攻E 守E 早E 魔C 賢F 器E
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やっぱりバズはすごい。ステータスだけ見れば、駆け出し冒険者を軽く凌いでいるだろう。それもそうだよね。畑では大人顔負けの働きぶりで、みんなの指導者として率いてくれている。
そのバズに付いて畑を回してくれているんだから、ベルだって八歳にして大人並みのステータスを持っていても当然だ。
魔法も中級まで解放されているので、一つ一つ順を踏めば魔法製作出来る技量を身に付けられる。
「いいね! 物作りに使う魔法、掘削、作成、復旧、平滑、強化を使えるようになれば、その組み合わせで二人にもいろんなものが作れるよ。二人とも泥、粘土、穴、落とし穴までは使えたよね。復習しながら勉強していこう」
やはりこの二人も、リストの文字の羅列の多さに驚いていたが、自分たちにも物作りが出来る力がついてきているという実感はまだ湧かないらしく、緊張気味に頷いてみせた。
「まず、泥で自分の前の床をぬかるみに変えて、その泥から粘土で粘土を作ってみよう」
毎晩の練習で魔力操作も上手くなっているので、私の魔法が施された床にも、練習を始めた当初のように手こずったりせず、程々の魔力消費で泥と粘土を行使してみせた。
「粘土だけど、それを自分の手で捏ねて形作れば、いろいろなものを作れるよね。丸くまとめてお団子にしてみよう」
私も並んで同じ作業をしながら話を続ける。
「さて、ここで考えてみて欲しいんだけど、目の前の硬い床がぬかるみになって粘土に変わったのはどうしてだと思う?」
キョトンとした二人は、
「……魔法を使ったから」
「そうイメージしたからか?」
と答える。
「うん。イメージして魔法を使えば結果が生じる。当たり前のようだけど、いきなり火を出したり、水が現れたりって本当なら不思議なことだよね。そしてそれは自分の持つ属性に左右される。一回目の勉強会ではみんなにここを理解してもらうことから始めているんだ。
二人は土属性を持っている。それは土の精霊様の力を貸してもらえるってことなんだよ。火属性の子は火の精霊様の力を借りて火が点けられる。水属性の子は水の精霊様の力を借りて水を出したり操作出来る。土属性の私たちは土の精霊様の力を借りることで、大地に関連するものをイメージの力と魔力で操作することが出来る。
土を柔らかい泥にしたいとイメージして魔力を籠めると、土の精霊様が力を貸してくれて泥に変えてくれる。泥を粘土に、粘土をお団子に。これも手で捏ねることなく作ることが出来る。
その最たるものが畑の魔法だよね。イメージと大量の魔力と精霊様のお力で、元々岩だらけだった場所の土が肥沃な畑へと姿を変える。私が魔法を使ったから、イメージしたからってだけじゃなくて、そこには精霊様のお力が加わっている。わかるかな?」
「わかるよ。精霊様が助けて下さってる」
「精霊様のおかげで麦があっという間に育って、美味しいごはんになる!」
うんうんと頷きを返して、
「あれだけの奇跡を目の当たりにすると、精霊様のお力をはっきりと感じられるけど、いきなり目の前に泥が出来ることだって奇跡でしょ? そこには精霊様のお力が携わっている。目には見えないけど、そこに精霊様はいて私たちを助けてくれる」
続けた私の言葉に、二人もうんうんと頷き返す。
「私たちに力を貸してくれる土の精霊様は、大地に関連した事柄に長けているよね。そして、そのお力の一部を分け与えて下さる。土を変化させることで物を作ったり、石や岩を作り出して攻撃したり、大地に連なる植物に関わる力をいただける。属性特性に植物補正があるよね。あれだけじゃなくて、高い適性を持つと使えるようになる上級の土魔法には、木魔法っていうのもあるんだよ。森の中などで樹木に力を借りて攻撃する魔法。相応の魔力を渡すことで樹木を操作し、攻撃してもらうことが出来るようになるんだ。
そんな風に土の精霊様は、土、鉱石、植物など大地に関わる力を私たちに貸して下さって、私たちは魔法を使うことが出来る。精霊様にお願いするためにはより詳しいイメージをすることが大切なんだよ。
長い話になっちゃったけど、理解出来たかな? 難しい?」
「いや、良くわかったよ」
「私にも精霊様は力を貸してくれてるんだ……」
「そうだね。いつも私たちのことを見守ってくれて、力を貸して下さる。精霊様に感謝して魔法を使っていこうね」
そこで先ほど作ったお団子を取り出す。
「作成」と呪文を唱えて、お団子をリンゴンの形に変えてみせる。
「自分の手で捏ねて作らなくても、イメージすることでこんな風に作れるよ。でも、このままじゃ粘土のままだから力を入れると……」
指に力を入れて押すと、プニッと指がくい込んでリンゴンに穴があく。
「これでは道具として使えないので強化が必要になる。強化」
今度は力を入れて握り潰そうとしてもリンゴンはビクともしない。
「平滑」
さらに魔法を使って、リンゴンの表面を滑らかにツルツルに仕上げてみせる。
「どんな形にしたいのか、何に使うのか。手触りは? 強度は? そういうことを全部、こと細かにイメージすることで精霊様に伝えて、相応の魔力を使うことで物を作り出す。これが魔法製作だよ」
「僕にも……出来るのかな」
「私にも……?」
「畑に穴を掘る時や、狩りで落とし穴を作った時、大きさや深さなんかをイメージして作ったでしょ? あれと同じだよ。魔法製作の場合は大きな物を作ったり、うんと強くしたかったり、すごく細かい細工を施したかったりすると、その分イメージをより詳細にしたり、魔力を多く必要とする。そのイメージや必要な魔力を用意出来るようになれば、いろいろ作れるよ。上級魔法の魔法製作師や魔法建築士のように、いっぺんに複雑なものを作り出すことは出来なくても、一つ一つのパーツを作って組み合わせることで仕上げることは出来る。二人とも魔力操作も上手くなってるし、充分な魔力量もあるんだからね。まずは作成からやってみよう」
お手本としてお皿を一枚作り出すと、それを見ながら粘土をお皿に変えるイメージをしてもらう。
「呪文は作成だよ」
「……作成」
「作成!」
二人とも良く見てイメージすることで、上手にお皿を作り出した。
「次は見本は無いけど、イメージの力でいつもスープを飲むときに使ってるボウルを作ってみよう」
次はカップ、次はスプーンと、だんだんと複雑な形のものにしていく。二人もちゃんとついてこれている。
次のステップだな。
「このままだと土のザラザラした感じが残ってるし、柔らかいから使えないよね。今度は平滑と強化もかけてみよう。これは中級の魔法だから作成よりもたくさんの魔力を練り固めて発動させないといけない。今までよりも、もっとたくさんの魔力を集めること、見た目だけじゃなくて触り心地なんかもイメージに加えないといけないことで少し難しいかもしれないけど、平滑から練習してみよう」
イメージには五感をフルに使うことが重要だ。
見た目はもちろん、触れた感触や使う時に出る音、物によっては匂いや味。他にも、それをどう使うのか、どんな効果があるのか、その時の気持ちや光景、目的。思いつくことをイメージにのせるほど、そのイメージに近いものを作り出すことが出来る。
最初は上手く発動させることも出来なかった二人も、私の作ったリンゴンやお皿に触れてみたり、使うところを想像したりとイメージを補填していき、その出来上がりに見合った魔力量を籠めることにも慣れてくると、平滑も使えるようになっていた。
同様に少しずつ強化もものにしていく。
何度も何度も繰り返し、回数を重ねるごとに上手くなっていく。
それが嬉しいのだろう。二人は飽きることも、集中を切らすことも無く、黙々と作り続けていった。
「大分慣れてきた。食器くらいならもう作れるよ!」
「見て! これ、私の作ったカップ。ちゃんと使えるように出来た!」
「二人とも優秀! こうやって練習を繰り返していけば、もっと複雑なものも作れるようになるよ。ゆっくり、毎日少しずつでいいから、頑張ろうね」
「はい!!」
最後に復旧を教えて、失敗作を土に戻すことも覚えたら、基本の勉強は終了だ。
「今日は粘土から作ったけど、次回はワンステップ上げて、土から直に作れるようになろう」
広場の奥の壁に向かい、「掘削」と魔法で穴を掘って中の土を顕わにする。
「私の強化のかかっていない土からなら、直接でもさほど難しくないはずだから。次回は掘削も覚えよう。掘削は魔法建築でも使うものだよ。この家も掘って作ったものだし、外の広場のように地面を均すにも掘削で削って、作成で平らにし、平滑で表面を加工して、強化で固める。この組み合わせを繰り返すことで、床、壁、天井と作っていけば、家だって建てられるようになる」
「森でモモが穴を掘って秘密基地作ったよね。あんなのを私も作れるようになる?」
「そうなるように頑張って練習していこうね。今日はここまで。続きはまた次回に。ここは元通りに戻しちゃうけど、成功した食器は持っていこうね」
自分たちが作り上げた食器を大事そうに抱える二人。すごく嬉しそうだ。
壁にあけた穴や、粘土を作った床を元に戻して、強化をかけ直し、土属性の勉強会も無事終了した。




