第九十七話 かあちゃんは雨に慌てる
午前中は充実した勉強会が行えたと思う。
そろそろ昼食の用意に取り掛かろうと、勉強会という名のかくれんぼをおしまいにすると、
「はーい、ごはん作るの手伝うー!」
「私もー!」
ティナとキティが手を上げてくれた。
「ありがとう。お昼は何にしようかな。何か食べたいものある?」
「うーんとね、ドーナツ!」
「アップルパイは?」
……甘いものばかりじゃん。
「残念だけど、甘いものの食べ過ぎはダメなんだよ。朝もパンプキンパイ食べたし。アップルパイは食べるならおやつだね」
「やっぱりダメか、だよねー」
「食べたいもの言ってみただけだから」
二人は思ったほど残念そうでもなく明るく笑っている。ちゃんとわかってくれてはいるんだね。
昨日、今日と甘いものやお肉をガッツリ食べちゃっているから、野菜をいっぱい摂りたいところだ。
野菜を大量に食べるなら、やっぱり具だくさんの汁物にしよう。
そうだ! 久しぶりに豚汁なんてどうだろう。
「お昼は野菜たっぷりのスープにするよ。手伝ってくれる?」
「はーい!」といいお返事をもらったけど、二人はまだ包丁を使ったこと無いよね。
何を手伝ってもらおうかな……。
考えつつ食料倉庫へ向かう。
人参、玉ねぎ、サツマイモ。カブにカボチャも入れよう。ドングリ茸に猪バラ肉。そしてお味噌。
豆腐も入れたいな。木綿でもいいけど、焼き豆腐って作れるかな?
大豆から創造を使って豆腐を作る際に、焼き豆腐をイメージして作ってみたら、ちゃんと作れた。
これって油揚げや厚揚げも作れるってことだよね!
嬉しい気持ちにホクホクとしてると、視界の端に一つの容器が目に入る。
「あ、おから! パン作るのに豆乳やバター作った時のだ」
慌てて臭いを嗅いで確認する。腐った臭いはしない。口に入れてみても酸っぱい味はしないし、変な汁も出ていない。
これはまだセーフだよね。
この確認方法は世のかあちゃんの秘技、伝家の宝刀。いける、いける。
それでも一応、火は通しておいた方がいいので炒り煮にしよう。
おからと調味料とパンもワゴンに載せて、調理場へ戻る前に少し資材倉庫に寄り道する。
大麦の収穫でまた少し増えた麦藁の穂先の部分を使ってタワシを作る。二人に野菜洗いをお願いしよう。
調理場へ戻ると、まずは野菜の下拵えからだ。
タライに水を張って、そこで二人に野菜を洗ってもらう。
「このタワシで水の中でこうやって擦ると、ほら、キレイになるでしょ? お水が冷たいけど大丈夫?」
「わあ、キレイになる」
「楽しそう! やるやる!」
その間に私は肉を切ったり、玉ねぎを切ったりしておく。
「全部キレイになったよー」
「簡単に洗えたー」
ありがとう、と感謝しながら、赤くなった二人の手を交互にゴシゴシ擦ったり、息を吹き掛けて暖めてあげる。
二人はなんだかモジモジしてた。
「えへへ、あったかい」
「モモ……かあちゃん、ありがと」
胸がポッと温かくなる。
かあちゃんって呼ばれちゃった……嬉しい。
なぜか、料理中に三人で照れてしまった。
「次は皮を剥くのをお願いしていい?」
「皮を剥くの?」
「私、包丁使ったこと無い」
ジャーン!
取り出したのは土魔法で作ったピーラー。
「これを野菜に当てて、シューッと引けばこの通り」
シュルシュルと一筋、簡単に皮が剥けた。
やってみて、と二人に手渡すと、
「わあ、出来るよ」
「おもしろーい!」
「人参とお芋をお願いね。力を入れ過ぎて怪我しないように気を付けてね」
私も助かるけど、二人もお手伝いの幅が広がって嬉しそうに頑張ってる。
その間に二人が洗ってくれたカブやカボチャ、ドングリ茸も切っていく。
そろそろかまどに火を入れてもらおう。興が乗っているところを悪いけど、手を止めてコリーを呼んできてもらった。
「コリー来てくれたよ!」
「早く続きの皮剥きしよー」
戻るとすぐにいそいそとお手伝いを再開してる。
楽しそうにお手伝いしてくれるのは嬉しいね。
私は野菜を切るのを中断して、火を点けてくれるコリーと午後の予定を話す。
「畑は午前中で片付きそう?」
「うん、もう殆ど終わってる。あと少しだよ」
「良かった。それなら午後は干物作りが出来そうだね。この間、塩水に漬けておいた開きを乾燥させたいんだ。燻製の方はもう少し漬けておくんだけど」
「オレ、開きって作ったこと無いから楽しみだ! やり方教えてね」
嬉しそうにコリーは畑に戻っていった。魚のことになるとやる気がすごいね。
豚汁は野菜を大量に入れて作るから、一番大きな寸胴を使おう。この量だと時間がかかる。さっさと取り掛からなきゃ。
皮が剥けた人参とお芋も急いで小さく切って、鍋に油を引いてカブの茎葉以外の野菜を炒める。野菜に油が馴染んだら肉も入れて、色が変わって脂が出てくるまでじっくり炒める。
野菜と肉が炒め合わされたら、ドングリ茸も入れて、水を注いで、灰汁を取りながらお芋やカブが柔らかくなるまで煮込んでいく。
煮ている間におからも炒り煮しよう。
ティナとキティに剥いてもらった野菜の皮を小さめに刻んで具にする。緑の色味も欲しいから、カブの葉も入れよう。それを油で炒めて火が通ったらおからも入れる。酒と醤油と液糖で味付けして、肉や野菜やドングリ茸から出汁の出ている豚汁の汁を少しもらって入れる。水分が飛ぶまで炒め煮にすれば出来上がり。
豚汁の具材も大分煮えてきたので、焼き豆腐とカブの茎葉も入れよう。
ティナとキティには、ボウルでお味噌を汁で溶いてもらっている。それも入れたら味が染みるまでもう少し煮ていく。
「二人ともいっぱいお手伝いありがとう。助かっちゃった。後はパンを切るくらいだから、畑のみんなにお昼だよーって声を掛けてきてくれる?」
「わかったー!」
駆けていく二人を見送って、豚汁をかき混ぜながら午後の勉強会のことを考える。
土魔法についてはいつも使っている魔法だから教えられる、でも水や火や風の属性については魔法書の受け売りになってしまう。
しかも、攻撃魔法がメインになるんだよね。広場での訓練になるだろうけど、私自身が攻撃魔法については先送りにしてしまっていて検証していない。爆撃や嵐を制御出来るようにしてからじゃないと教えられない。
ちょっと今日はそこまでは厳しいな。
壁や支援を覚えてもらうくらいになるかな。
「モモ? 難しい顔してる?」
「みんなももうすぐ来るよ?」
「ごめん、ごめん。考えごとしてた。私もちゃんと魔法の練習しなきゃなあって。料理は出来てるから、パンを切って食器とかの用意をしよう」
「いっぱい遊んだからお腹ペコペコ」
「ね!」
二人には勉強じゃなくて遊びという認識か。
そうだね、午後も難しく考えないで楽しくやることにしよう。
畑の片付けを予定通り午前中で終わらせて戻ってきたみんなとお昼にする。
昨日に比べると大分ヘルシーなメニューだけど、バラ肉の脂が染み出している豚汁はしっかりコクがあるし、たくさんの野菜から出た出汁が深い味わいを醸し出している。
野菜をたっぷり摂れる上に食べ応えもある豚汁は、みんなも気に入ってくれたみたいだ。やっぱり肉が入っていると喜び方が違う。
おからも素朴な味で、噛む度に染み込んだ出汁がじゅわっと口に広がる。
ああ、このメニューでなぜにパン。
米……。米が欲しいよ。
ついついそんな贅沢なことを考えてしまう。
味噌と醤油が手に入っただけでも、この上無い幸せだというのにね。
さすがにぶっ倒れてまで米を作り出そうとは思わない。田んぼ作りはバズでも管轄外だろうし。
「畑の片付けが終わったから、僕たちも午後は魔法の勉強が出来るんだよね?」
嬉しそうにバズが言うと、畑仕事をしていたみんなも目を輝かせる。
「そうだよ、順番にね。午後はこの前塩水に漬けておいた魚の干物作りもしたいから、火と風の属性のみんなには干物の乾燥からやってもらいたいんだ。その間に土と水の勉強会を順番にやろう。手の空く子は干物作りを手伝ってね」
大喜びの子供たちを尻目に、おうとくう、それにヤスくんが力の入らない声を掛けてきた。
「かあちゃん……、ちょっといいか?」
「ううう……」
「やなかんじ……」
「なに? どうしたの? どこか調子悪いの?」
「……鼻がぷしぷしするの」
「……体が重いの」
え? 風邪でも引いたのかな?
「大丈夫? 具合悪い? ヤスくんも?」
いつも元気な二羽が怠そうにしている。どうしよう。
「オイラも毛皮がベタッとする。……たぶん、もうすぐ雨が来るよ」
え? 雨?
「雨が降る時は毛皮が重くなって、ちょっと元気が出ない。穴ぐらとかに隠れて通り過ぎるまでじっとしてるんだ」
「雨が降るの? もうすぐ? わかるんだ……」
病気じゃないなら良かったと安心したけど、ここに来て初めての雨だ。どのくらい降るんだろう。湖や川は大丈夫かな。
「もうすぐ来るよ。急いで外のものをしまって、家の中でじっとしてた方がいい」
「すぐって今日なの?」
「もう、すぐだよ。ごはん食べたら片付けないと」
それって台風みたいな雨なのかな? 長く続くのかな? どうしよう。
「モモ、落ち着いて。大雨が降るのかもしれないけど、畑はちょうど片付けたところだし。急いでごはん食べて、干し台や道具をしまおう。どのくらい降るのかわからないから、やれることをやるしかない」
バズが冷静に諭してくれる。
「そ、そうだね。ありがとう。急いで食べちゃおう。みんなも片付けるの手伝って。慌てて怪我したりしないようにね」
さっさと食事を終わらせて、調理場を片付けたり、干し台をしまったりする。干し台をしまっている部屋には扉を付けてないので、一時的に土魔法で塞いでしまった。
水瓶や農具もしまっていると、
「春の大雨の時は、農作物をやられちゃって大変だったんだ……。家や道が崩れちゃったところもあった。……ここは、大丈夫だよね?」
冷静だったはずのバズが不安そうに怯えた声を出す。
そうだった。この子たちは雨の怖さを経験してるんだった。私がしっかりしないと。
「大丈夫! 心配だったら、家の周りを強化しておくよ。中にいれば何も恐くないからね。食べ物もあるし、アンやルーが水も出してくれる。もし、畑や広場が崩れちゃっても、またみんなで作ればいいんだから」
優しく微笑みながらそう言うことで、みんなにも安心感が生まれる。
「そうだね」
「大丈夫だよ」
「精霊様も守ってくれるよね」
「うん、大丈夫! さあ、片付け終わったらおうちの中に入ろう」
空は見る間に厚い灰色の雲に覆われていく。
遠くの景色が霞んで見える。あの辺りはもう降り出しているのだろう。
陽の光も遮られて、辺りが薄暗くなってきた。
みんなを家の中に避難させて、念のため、家の周囲には強化をかけ直しておく。もしも土砂崩れなどが起きたとしても、中は潰されないようにしておいた。
「あ、杜仲の木たち……。大丈夫かな……」
植物の生命力を信じるしかないが、一応声を掛けに行く。
「……わかる? もうすぐ雨が降るらしいの。みんな、頑張って持ち堪えてね。雨が止むまで来れないけど、どうか元気でいてね……」
杜仲と薬草たちに、少しでも多く生命力を蓄えていられるように、声を掛けながら多めの魔力で癒しの力を与えていく。
風が強くなってきた。
頬に一滴の雨粒がポツリと当たり空を見上げる。
すでに灰色というより黒い雲が視界いっぱいに広がっていた。不安を煽るような色だ。
重苦しい圧迫感を持つ黒雲は、その重さを解き放つかのように大粒の雨を降らせ始めた。
――羊さんたちも、ポチくんたちも、どうか何事もありませんように……。
私も足早に家へと戻り、全員が家の中にいることを確認すると、扉を閉めて閂を下ろした。
いつも応援ありがとうございます。
皆様に支えられて、
このお話で通算百話目となりました。
本編第百話まではあと三話ありますが、
ここまで頑張れたのはひとえに
皆様のおかげだと感謝しております!
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誤字報告もとても助かってます。
ぜひとも皆様のお力添えを、
これからもよろしくお願いいたします!
(≡з≡)/




