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プロローグ1

 



「暑う……」



 夕方になっても暑さは全く衰えず額からも首筋からも汗がツツーッと流れ続ける。


 あまりの暑さにボーッとする頭で、その時私はうつむいて考え事をしていた。



「……ひぃ!!」



 誰かの息をのむような悲鳴に顔を上げた時……



 ――その暴威はもう目の前に迫っていた。



 猛暑日のとある街での出来事だった。


 暴走トラックはブレーキ音ひとつ無く、帰宅時間でごった返す信号待ちの人集りに突っ込んだのだった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 私、岸 桃子 四十五歳はバツイチ二人の子持ち。


 子供たちが小学生の頃、夫はキャバ嬢と愛の逃避行を決め込んだ。


 ろくに働かないダメ亭主のおかげでカツカツの生活の中で貯めた虎の子の貯金まで持ち逃げされていた。厳しい状況に追い打ちをかけるが如く夫は見知らぬ借金まで残してくれていた。


 私はそれまで以上に稼がなきゃいけなくなり、今までの昼の栄養士の仕事の他に深夜のパン工場のパートを増やした。


 元々、頼りにも当てにもならない父親ではあったが、いなくなってしまうというのは子供たちにとって、やはり寂しいものがあったと思う。


 詳しいことは教えなかったが、なんとなくはわかってしまっていたのだろう。口さがないご近所さんの噂話とか聞こえてきてしまうこともあっただろうし。私だってかなり傷つくことも言われた。幼い子供たちの心はさらに傷つけられたと思う。


 だからこそ出来るだけ子供たちには寂しい思いをさせたくなかった。毎日、おはようとおやすみ、いってらっしゃいとおかえりなさい、いただきますとごちそうさまは必ず言えるようにしたかった。


 パートをあがると、子供たちが起き出す前に帰宅して朝食を作り、子供たちを起こして学校へ送り出す。前の晩に回しておいた洗濯物を干し、パパッと掃除などをして出勤する。夕方、買い物をして家に帰り、夕食を作っていると、学校から帰宅したあと遊びに出かけていた子供たちも帰ってくる。


 みんなでご飯を食べる、宿題をみる、その日にあったことを話す、そんな時間が些細だけれど温かい幸せな時間だった。子供たちがお風呂に入り眠りについた後、私も洗濯機を回し、お風呂に入り少しだけ睡眠をとる。


 そんな毎日の繰り返し。


 ――あれから十年。ひたすら必死に過ごしてきた。


 二年前にやっと離婚が成立し、晴れてバツイチとなれた。その頃には借金もなんとか返し終わっていた。


 二人の子供も二十二歳と二十歳となり、今年の春から就職も決まり社会人になった。


 子供たちの学費がかからなくなったので深夜のパートは先日退職した。



 ……辛いことも多かったけど、子供たちも大人になってホッと一安心。



 急に肩の荷が下りた気持ちだけど、がむしゃらだった分、いざ、これから好きなことしていいと言われても、何をしたらいいか思いつかない。


 焦らなくてもいいか。これからはゆっくりのんびり暮らしていこう。その内やりたいことも出てくるでしょうと思っていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「あの子たちも可愛いところあるよねぇ!」



 昨晩の出来事を思い出すと、ついニヤニヤと口元が緩んでしまう。



「かあちゃんもたまにはこれでゆっくり遊んできな。自分のために全部使っていいよ」



 新社会人の少ない給料から少しずつ貯めたお金を二人で出し合い十万円のお小遣いをくれたんだ!


 優しい子たちに育ってくれたようで本当に嬉しい。お金ももちろん嬉しいけど、その気持ちが人生最高のプレゼントだよ。


 今日は仕事が早めに終わったから、せっかくだから何を買う当ても、何に使う当てもなかったけど、久しぶりに賑わう街に繰り出してみた。


 それにしても今日は暑い。


 出歩く日間違えたかな、などと思いつつ人々でごった返す大きな駅を出ると、ロータリー近くのスペースで保護犬の里親募集のイベントをやっていた。


 ふと目を向けると、ふれあいサークルの中には人懐っこく愛想を振りまく数匹の犬たち。


 でも、少し離れたケージの中には居場所をなくした寂しい目をした犬たちも並んでいた。


 父親が帰らなくなった頃のあの子たちに似ているようで……。なんとなく目をそらせなかった。


 目はそちらを気にしつつも人波に流されて歩く。交差点まで進み、足を止めた私は、あまりの暑さにボーッとする頭で考える。



 あの子たち最近忙しそうで中々話しをする時間もなくて寂しいし、念願の犬でも飼ってみようかな? 生活も安定したし。



 ――そんなときだったんだ。


 なんの因果かその事故に巻き込まれてしまったのは。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 次の瞬間、私はただ白いだけの空間にいた。



 ああ、死んじゃったんだ……



 なぜだか、それは理解できた。


 けれど、私は自分が死んでしまった悲しみよりも、残してしまった二人の子供たちのことで頭がいっぱいだった。私までいきなり二人を放り出してしまうことになるなんて。



 ごめん……ごめん……急にいなくなってしまってごめん……



 あの時見た犬の瞳が脳裏に浮かぶ。


 また子供たちにダブって見えた。



 ごめん……ごめん……ごめんなさい……



 しばらくそんな考えが頭の中をぐるぐる回り続けていたから、私はその場所に自分の他にも人がいることにすぐに気付けなかった。



 誰かの怒鳴り声に我に返り、辺りを見回す。十人程の人たちがそこにはいて、何やら揉めている風だった。


 一際目をひいたのは


「天使……? というより妖精……?」


 その中にいた二人は、腰まであるストレートの長い金髪に、フワフワの白いワンピースのような衣装を付けていて、不思議な輝きを身にまとい、その背には二対四枚の透明な柔らかく輝く羽がついていた。


 そんな二人? に、一、二、三……五人の男女がパニック気味に詰め寄り声を荒立てている。


 少し離れた位置には、一人の男性が青い顔をして怯えたように蹲り、その人を庇うように一人の高校生か大学生くらいの男の子がみんなを落ち着かせようと、取り成そうとがんばっていた。



 優しくて強い子だな……。自分だっていっぱいいっぱいだろうに。



 その男の子を見ていたら、私も気持ちを落ち着けることができた。


 息子たちと彼がかぶって見えた。



 うん。うちの子たちだって優しい子に育ったんだ。きっと大丈夫。悲しい思いはさせてしまうけど、きっと、がんばって幸せに生きてくれる。かあちゃんもまだまだ見守っていたかったけど、あの子たちを信じられる。子育て、楽しかったなぁ。幸せな思い出いっぱいもらった。ありがとう。



 ごめんでいっぱいだった気持ちがありがとうに書き換えられた時、やっと、今の状況を受け入れることができるようになったんだと思う。


 だから私は気持ちを入れ替えて、その揉めている人たちへ一歩踏み出す。かあちゃんに遠慮なんて無いのだ。(もちろん自分のことは棚に上げる)


 かあちゃん(おばちゃん)モードだ。


「いつまでもパニック起こしてたってどうにもならないでしょう?! あなたたち、ちょっと落ち着きなさい!」


 腰に手を当て大きな声を出す。


 みんなが一瞬ビクッとなった。


 そこでニッコリ優しく微笑んで、


「私も今までパニックだったから、状況を把握できてないの。悪いけどなんで揉めているのか教えて」


 そう、かあちゃんとは常に誰に対しても怖くて優しい存在なのだ。(ただのマイペースとも言うが)


 あっけにとられたのか揉め事がやんだ。


 みんなをなだめようとがんばっていた彼がホッとした表情で話し出す。


「トラックが突っ込んできたのは覚えていますか? あの事故でここにいる八人が亡くなったらしいです。それで、信じられないかもしれませんが、ここにいる天使? さんたちが言うには、僕たちはこれから異世界に転生するらしいです」



 そこまではみんな、納得しているらしく、不機嫌な顔はそのままだけど、全員うんうんと頷いた。


 私としては異世界転生とかいうのをあっさり受け入れられちゃう方にびっくりだ。


 何を言ってんだ、とは思いつつもかあちゃんはめげない。相変わらず優しい微笑みのまま


「みんな、その……異世界転生? は受け入れているみたいだよね? ……問題なく? すごいね。私はよく分からないけど、こんな状況で前向きに考えられるんだ。しっかりしてるんだねぇ。えらいねぇ」


 不機嫌そうだった人たちも、ちょっとだけ力が抜けて表情が緩む。かあちゃんに褒められるのは、いくつになっても嬉しいものなのだ?


 ただし、中の一人の女の子がポツンと言った。


「問題なくぅー? は、ないけどねぇー」


 またみんなが少し不機嫌そうになる。


 少し離れたところに蹲っていた男性がビクッとなった。


 その時、鈴を転がすような声ってこれか! と納得しちゃうような綺麗な声が響く。


「ここからは私どもに説明させて下さい」


 妖精っぽい人たちが話し出した。



 ◇



「もう一度お願いします。どうか皆さん、落ち着いて考えて下さい。……あなたには自己紹介がまだでしたね。私たちは解説天使。突然の不幸により、あの事故で命を落としてしまった皆さんを、異世界ではありますが、転生させて第二の人生を全うしていただこうという天の意思により、皆さんへの説明を命じられた者です。……ここまでは、こちらの皆さんには全員にご納得、ご理解いただけております」


 理解……? か。


「ええと、生き返る……は、無理なんです? 異世界って言われても、私にはよく分からないんだけど……」


 私は??? なのにみんな理解しちゃってるの? さっきの子とは別の高校生らしい男の子が言うことには、


「おばちゃん、そういうもんなんだよ! トラック事故で異世界転生。生き返るのは無理。体は既に死んじゃってるからな。良くあることだぞ!」


「よ、良くあることなの?」


「あぁーうん。お母さんたちにはやっぱわかんないかぁー。ゲームとかぁ、ラノベとかアニメでは鉄板だよぉー」


「……僕らとかだと、なんか受け入れちゃったけど……親世代には無理もないのかな……?」


「そういうものですよ。剣と魔法のファンタジー世界への転生。みんな中高生の頃には少しは夢見たりするもんです」


 女子高生っぽい子、社会人に見える男性、OLさんっぽい若い女性が続く。


「ん……と、ド○クエとかF○みたいな?」


 中学生くらいの男の子が意外そうに聞いてくる。


「あ、ゲームとかするんだ?」


「私が中高生の頃からあるからね」


「おー、さすがスク○ニ! それそれ」


 スク○アとエ○ックスは別物だったけどね! とは言わないでおいた。


「多分ね。これから行くのは中世ヨーロッパ風の文明もイマイチな世界。で、そんなところで俺たちはこれから暮らしていかなきゃなんだよ? そんなの現代日本で生きてた俺ら転生者にはムリムリ! 【チート】特別な力でももらえなきゃ生けてけねぇって話し」


 してたんだけどさ……と、男の子は言い淀む。そこでまた、みんながさらに不機嫌そうな顔になる。


「待って、待って。また揉めちゃいそうな雰囲気。ちーと? 特別な力? 無いと困るの? それがもらえなくて揉めてるの?」


 ここでまた鈴の音のような声がなる。


「説明させていただきます。いきなりの異世界で、できるだけ不自由なく暮らしていただくため、天からそういった贈り物を用意させていただいております」


「ん? もらえるの? 良かったじゃない。そしたらみんな、そんな顔してないで『ありがとう』でしょう!」


「かあちゃん、ウゼェ」


 ちっ! 中坊は反抗期かい?


「いえ。実はそこで少し手違いが……」



 どうやら私はよく分からない異世界転生とかいうものをするらしいが、転生する前から問題アリアリみたいなんですけど。もう小説みたいな波瀾万丈は前世だけで充分です。


 ――これからはゆっくりのんびり暮らしたいんです! 







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