表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

9話

美樹と敦に起きた、大きな出来事。

その後の二人。

火事現場を離れた私たちは、課長の許可を得てそのまま直帰した。

脚に力が入らない私を気遣って、高橋くんはタクシーを呼んでくれた。

そして、土日の休みの間自分の部屋にいた方がいいと言う。

「1人でいると、考えなくてもいいことを考えちゃうから。美樹ちゃんは普段からそうだし、今日は尚更」

普段からのくだりは余計だけど、確かにそうかもしれない。

現に今だって、窓から入り込んで来る炎の映像が、繰り返し頭の中で流れてる。

火事現場の書店から、タクシーで高橋くんの部屋までは、40分くらい。

くっついて座って手をぎゅっと繋いだ。

でも、どこからかあのゴーっと言う音が聞こえる気がしてならない。

たぶん、怖い記憶が聞かせる音なんだろうけど…

目を瞑ってそれに耐えていると、彼が耳元でもう少しだから、と何回も言ってくれる。

左手を彼の手に、右手で腕を掴み肩に顔を埋めて。

繰り返される『もう少しだから』を聞いているうち、遠くから聞こえていた轟音は止んだ。

彼の部屋で、シャワーを浴びて着替えて、昼間の火事場の臭いを消した。

ゆったりしたTシャツとショートパンツに着替えて、ソファに座って水を飲んでいたら、いつの間にかうとうとしていたらしい。

目を開けたら、まだボディーソープの香りのする彼に、もたれていた。

「あ…ごめんね、私寝ちゃってた?」

「うん、ちょっとうとうとしてたみたいだね」

顔を起こして彼の目を見ていたら、思い出した。

「お礼を、言わなきゃいけなかったのに、忘れてた。」

「え?何のお礼?」

「助けてくれたお礼」

「お礼なんて…本当に何事も無くて良かった」

「もうひとつお礼があるんだ」

「ええ?もうないでしょ」

「私を、泣かせてくれたこと」

「泣かせたって…ああ、そうか」

「10歳の時、なんでだか分からないけど、こんな怪我したのに我慢して我慢して、泣かなかったの。今から考えると、子供なのになんで我慢したんだろうって思う」

「今日はた…敦が、受け止めてくれたから全部吐き出せたの」

「…いま、高橋って言いかけた?」

「あ、わかっちゃった?まだ慣れてないんだから見逃して~」

「…別に急がなくてもいいよ。結局言ってくれたし」

ちいちゃくふふ、と笑うと安心した声で彼が言う。

「笑ってくれて良かった。助けられて良かった。5歳の時は何も出来なかったけど…」

彼にお礼を伝えられてホッとした。

ホッとした途端、まぶたが重くなってきた。

「ねむい。もう寝よう」

「うん、明日は土曜日で休みだし、目覚ましかけないで寝よう」

すぐ隣にいてくれるから安心出来たけれど、それでも深く眠りに入ると、その夜は夢を見た。

今日の火事じゃなくて、子供の頃の火事。

走っても走っても追いかけて来る炎。

右腕になめるように襲いかかってくる所で、目が覚めた。

彼が私の顔を覗き込んでる。

「夢、見てたの。前の火事の夢」

「…そう。うなされてたから、気になって見てた」

「いつ止むのかな、これ」

「きっと止むよ、大丈夫」

それから、母のお腹に入るみたいに、彼の腕の中で丸まって眠った。

頭の上から規則正しい寝息が聞こえて、すーっと眠りに落ちた。



月曜日、会社に行くとみんなから労られ、課長からはもう少し休めばと言われ、正直こそばゆい。

結局、怪我はしていなかったのだから。

火事の時のことについては、私の精神的なダメージを察してくれたのか、そこまで詳しくは聞かれなかった。

そのかわり、また普通に営業の仕事に戻った私と高橋くんに、みんなからの遠回しな質問が飛んで来た。

「火事のとき、高橋くんすごく小山さんを、労ってあげたんだってねえ」

課長はやんわりと。

「二人とも、やけに仲いいなって思ってたんだよね」

前に一緒に仕事をしてた先輩は、オレ分かってるぜ的な。

最終的には、休み前の金曜日に高橋くんと二人で、岩田さんにご飯に誘われ、洗いざらい聞き出されることに。




「お疲れさまでした」

3人でビールで乾杯して笑い合う。

先週の金曜から1週間たったなんて、嘘みたいだ。

「美樹ちゃん、体調はもういいの」

「大丈夫です!ほら、ビールも飲んでるし」

岩田さんに向けてグラスを掲げ、笑って見せた。

正直、体調が悪い訳でもないのに、お酒はあんまり、だった。

それはまだ、1日おきくらいに火事の夢を見るから、なんだろうか。

「それにしても、まさかあの書店のビルで火事が起きるなんてね」

「そうですよね。出火元は飲食店みたいですけど」

確かに、あの時まさかあそこで火事なんて、考えもしなかった。

「高橋くん、よく美樹ちゃんのいるとこに駆けつけたね~」

岩田さんが、ほとほと感じ入ったように言う。

「書店の木村さんが言ってくれたんですよ。飲食店の真下が倉庫だって」

このことを、初めて彼に聞いた時は、本当に有り難かった。

私は腰が抜けてたし、敦が早く来てくれたお陰で助かったんだから。

「あ、そういえば。宮崎さん、営業に移るの止めたみたいだよ」

「え?そうなんですか。初耳…」

横の彼を見ると、びっくりしている。

彼にも言ってないんだ…

「なんだか、研修してみたけど、向いてないと思うので、って本人が言ったみたい」

助け出された後の、私を見る悲しげな目が思い出された。

宮崎さんなりに、気持ちの整理がついたのかな。





「ねえ、美樹ちゃんがお手洗い行ってる間に、聞いていい?」

「なんですか?」

「美樹ちゃん、ちょっと口数が少ない気がする。ほんとに大丈夫なの?高橋くんから見て、どう?」

「そうですね…まだ、1日置きくらいにうなされてて」

「あれっ…もう、二人は一緒なの?」

口を滑らせたからか、敦は思わず苦笑い。

「いや、土日だけのつもりが心配で引き止めてしまったので」

「そうだったんだ…」

「でも、少しずつ悪い夢は見なくなってるみたいですよ。仕事も出来てるし、ちょっとずつ、元に戻ると思います」

「高橋くんがいれば、ね」

「そうだったらいいなって思ってます…。まだ言ってないんですけど、もう一緒に住もうかって思っていて」

「は~高橋くん、そりゃ心配もあるだろうけど…とにかくみきちゃんが大好きなんだね」

「岩田さん、ストレート過ぎます。まあ、大好きですけど」

「高橋くんだって、ストレートじゃない。でも、良かった。美樹ちゃんにこんな素敵な彼が出来て安心したわ」




私がお手洗いから戻ると、岩田さんがニヤニヤしていた。

「岩田さん、何ニヤニヤしてるんですか。ねえ、何か言ったの?」

前半は岩田さんに、後半は彼に尋ねる。

「内緒だよ。ねえねえ、あの書店への転職話はどうするつもり?」

「あぁ…興味はあるし半分決めてたところもあるんですけど…少し、考え中です」

「書店自体は営業してるんだっけ?」

「一部閉めて、営業はしてましたよ」

実は昨日の木曜日、行って来たのだ。

買い付け担当の木村さんには、ものすごく心配されて「お誘いはまだ有効ですから」と、言ってくれた。

行きたい気持ちが大きいけれど、今は考えることがたくさんあって、決めかねていた。


じゃあ来週、と言って岩田さんと別れた。

当たり前のように、敦の部屋への最寄り駅で降りた。

このまま、一緒に住んでもいいかなあ…

前に言われたときは、すんなりそう思えなかったけど。

でも、今夜は…




















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ