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8話

美樹と敦に訪れた、急な出来事

金曜日の朝は、自分でもどんよりしてるなと感じてはいた。

それは、会社に着いてからも直らなくて。

おはようございますと挨拶した直後に、

「大丈夫ですか?今日1日終われば週末だから、パキッとした顔で行きましょう」

と、高橋くんに突っ込まれたのだ。

どうせ、パキッとしてない顔ですよ、と言いたい所だったけれど、我慢した。

こんな時の高橋くんの突っ込みは、ほぼ正論だったから。

宮崎さんが来て、

「今日はよろしくお願いします」と、挨拶してくれる。

体はこちらに向いているけれど、私の方を見てない。


客先を回って行くうち、だんだん宮崎さんも慣れて来たようだ。

ただ、何か指示を仰ぐ時に、私を見ないで高橋くんに聞いてくる。

気に入らないのは分かるけど、仕事中にそれはちょっとと、モヤモヤしてきた。

そして、例のお誘いを受けた大きな書店に入った。

納品を済ませ、商品のディスプレイの相談をし、担当の人と一緒にポップの内容を、考えることにした。

「紙やペンのストックってありますか?色々試しに書いてみたいので」

担当の木村さんに聞くと、同じフロアの奥の倉庫だと言う。

「私、分かりますから持って来ますね」

「すみません、じゃあお願いできますか」

「はい」

そのやりとりを聞いていた高橋くんが、

「小山さん、1人で大丈夫ですか」

と聞いてくれたけど、狭いところに大勢行ってもしようがない。

「私1人で大丈夫。他の準備をしてて」

急かされているわけでもないのに、私は小走りで倉庫に向かった。

遠くで、サイレンが聞こえる。

消防車…?



館内で、火災報知器の甲高い音が鳴り響いた。

「木村さん、火事ですか」

「そうみたいですけど…どこだろう。あっ」

内線を取り、何かやりとりしている。

ガチャンと受話器を置き、早口で

「高橋さん、この上の階の飲食店から出火したそうです。避難したほうがいいかもしれません」

「上ですか…上のどの辺です?」

「あっいけない」

「え、どうしました?」

「ちょうど倉庫の上辺り…」

「さっき、小山が行った倉庫ですか!?」

「そうです!見に行かないと!」

「僕、行きます。宮崎、木村さんと避難して!」




倉庫の中程の棚に、台紙やサインペン、蛍光ペンなんかのストックがあった。

ちょうど、窓の近くで明るくて助かった。

窓を背にして、色々と見ていると変な音が聞こえた。

低い、ゴーッと言うような…

これ、炎が広がる音に似てると思って、すぐに窓から1メーターほど離れた時。

広く空いた窓から、音をたててなめるような炎が、入り込んで来た。

信じられない物を見た恐怖で、ペタンとしりもちをついてしまい、動けない。

あっという間に入り込む炎が、大きくなって来る。

お尻をついたまま後ずさろうとするけれど、恐怖で腕が動かせない。

「誰か…助けて…敦…」

叫ぼうと思っても小さな声しか出なくて、目は涙でぐちゃぐちゃになってきた。

「みきっ!」

私の名を呼ぶ、聞きなれた声。

バタバタっと足音が近づいてきて、高橋くんにすぐさまかかえられた。

「みき!大丈夫!?」

「大丈夫…」

高橋くんにしがみつき、気づくとぶるぶると震えていた。

「さあ、避難しよう」

ほとんど抱え上げられたまま倉庫を出て、近くの避難用の階段を降りた。

外に出ると、避難した人たちの中に木村さんと宮崎さんがいた。

宮崎さんは、不安そうに私を見て、木村さんはさっと駆け寄って声を掛けてくれた。

「小山さん、大丈夫ですか。倉庫に火は廻ってたんですか」

私は頷くだけで口をきけず、高橋くんがかわりに状況を説明してくれた。

「倉庫の窓から炎が入り込んで来てました。ちょうど、取りに行ったものが窓の近くだったようで」

立ったままだった私は、思わずへたりこんだ。

その私を、高橋くんが膝をついて抱き締めてくれる。

高橋くんの首もとに顔を埋めて、声を出して泣いてしまった。

また炎に焼かれるのかと思った恐怖が、なかなか去ってくれなくて、

「こわかった…熱かった…」と、泣きながら何度も訴えた。

その度にうん、うん、と返事をしてくれて、頭や肩や腕を擦ってくれて。

「もう、大丈夫」

そう、高橋くんのやわらかい声が頭の上から降りて来る。

そうしてるうち、ようやく落ち着いてきた。



一時間ほどたち、ようやく1人で立てた。

高橋くんが、そっと肩を抱いてくれていたけれど。

「宮崎、先に帰社して課長に状況を伝えてくれる?」

「…はい。分かりました」

宮崎さんも呆然としていた。

けれどもう、私を見る目は挑戦的じゃなくなっていた。

振り返って私たちを見たとき、悲しげではあったけれど。

心の中で宮崎さんに話しかけた。

あなたの幼なじみを奪ってごめんなさい。

でも、もうこの人とは離れないから。
















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