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7話

敦との関係の変化で、美樹の気持ちも前向きに。

でも、後輩の女の子が。

翌週。

どんな顔をすればいいのか自分でもドキドキしたけれど、拍子抜けするほど高橋くんはいつもの高橋くんだった。

…仕事のときは。

お昼を食べるとき、外回りから戻るとき、事務仕事の休憩中、帰宅する電車の中、初めて訪れた彼の部屋…

仕事以外の時の高橋くんは、あっという間に私との距離を詰めて来た。

私がまだちょっと及び腰なことなど、全く意に介さずに。

とにかく笑顔。

ニコニコニコニコしていて、高橋くんの笑顔に弱い私には、もはや笑顔攻撃だ。

そして、距離が近い。

顔が近い。

この人、こんな距離感の人じゃなかったはず。

なのに、

「最初の頃は用心してたから。今は…近づきたいだけです」

恥ずかしげもなく言って来る。

帰りが一緒になったある日。

地下鉄のホームで何気なく手を繋いで来るから、回りに職場の人がいないか、キョロキョロしてしまった。

あんまり急に距離を詰められるのは、お姉さん心臓に悪いのよ。

お姉さんじゃないけど。

「こんなの、急でもなんでもない」

そんな風に、真顔で言わないで。

「ちょっと、誰が見てるか分からないホームで、これはまずいよ」

「誰も見やしないよ」

離すもんかと力を込めるから、ひやひやして電車の進行方向を見た。

その先に見えたのは、目を見開いて立っている高橋くんの後輩ちゃん、宮崎さんだった。

「…お疲れさまです。いまお帰りですか」

彼女が近づいて来たから、手を離そうとした。

彼女に気づいてるはずなのに、高橋くんは離してくれない。

「宮崎、今帰り?」

「はい。営業さんは今あんまり忙しくないんですか」

「そこそこかな。ね、小山さん」

「えっ?ああ、そうね。今週は残業するほどじゃないかな」

宮崎さんの様子や目を見て、分かってしまった。

彼女の目は、幼なじみで先輩の高橋くんが好きな目だ。

ちらちらと私に向けられるのは、ショックと挑戦的な気持ちが入り交じっている目。

電車が入って来て、

「じゃあ私、もっと先で乗ります」

と言って、彼女は走っていった。

電車に乗ってつり革につかまってから、高橋くんに尋ねた。

「ねえ、宮崎さんの気持ち、知ってたの?」

「…今見てて、分かったの?」

「分かるよ。私を見る目がこの間と違ったもの」

「ちっちゃな頃から、なついてくれてたから…ふざけて彼氏になってとか、言われたこともあったなあ。でも、あの子は僕にとっては幼なじみの美緒ちゃんでしかないんだ。期待させるのは嫌だから、彼女が高校生になったら、名字で呼ぶことにしたんだ」

「…私は、幼なじみのお兄さんを盗っちゃったってことになるのかな」

「美樹ちゃん…そんな、自虐な発言しないの。僕の彼女になっただけだから」

「…彼女なのか」

当たり前のように言うから、恥ずかしくてつい、ひねくれた口をきいてしまう。

「彼女じゃないの?」

困った顔をさせてしまって、すぐ後悔する。

「…彼女です。」

ふふ、と笑う顔を見て私の頬も緩む。

仕事を一緒にしだした頃は、もう少し表情が変わらない人だと、思っていたんだけど。

それは、外側の顔だったのかな。

「それより、いつの間にか美樹ちゃんになってるのよ。外では名字で呼んでって言ったのに」

「ごめん…でも、もう会社じゃないし、誰も聞いてないと思うけどなあ」

なし崩しとは、このことだ。

彼のペースに振り回されてる。





8月に入って宮崎さんの希望を受けて、営業での研修が始まった。

各営業ペアに同行して、外回りを経験するところから。

私と高橋くんに同行するのは、週の終わりの金曜日と言うことになった。

木曜日の帰り。

用事のある高橋くんと別れ、地下鉄の駅へ向かって歩いていると、後ろから声を掛けられた。

「…小山さん」

振り向くと、宮崎さんが立っていた。

デニムのギャザースカートに、明るいブルーのフレンチスリーブのシャツ。

Vネックの首もとには、ピンクの石のネックレス。

同じ石のピアスをしてロングヘアをまとめてる姿は、やっぱり清楚な雰囲気で。

高橋くんの彼女って言うなら、きっとこっちがぴったりなんだろうな、といつもの自虐ぐせがつい出てしまう。

鎖骨の辺りまであるケロイドを隠すため、しっかり襟がある自分のシャツに、なんとなく手をやった。

「いま、お帰りですか?1人ですか?」

「ええ、まあ、用事もないので。宮崎さんも?」

「はい、私もです。あ、明日は外回りよろしくお願いします」

「こちらこそ。どう、数日やってみて」

「慣れなくて戸惑いますけど、頑張っています。私、営業で高橋さんと一緒に働きたくて」

あ、なんかちょっと嫌な予感がする。

こんな時は、逃げた方がいいわ。

「ごめんね、私あっちの方で買い物があるから」

駅の反対方向へ歩き出そうとした時だった。

「待って。お願いがあるんです」

「お願い?」

立ち止まると、宮崎さんは私の真ん前に立った。

目が潤み、必死な口元が早口の言葉を紡ぐ。

「お願いします。高橋さんを…敦さんを取らないで下さい。」

ああ、言われちゃった。

やっぱり、そう思うよね。

大好きな『お兄ちゃん』なら。

「美緒って呼んでくれなくなってから、諦めようと思ったけど諦められなくて。同じ職場で一緒にいたらきっと、私のこと見てくれるって思ったんです」

どう言葉を掛ければいいか分からなくて、口をあいたまま固まってる私に、さらに畳み掛けて来た。

「そしたら、小山さんと…。小山さんは年上でしょう?他に釣り合った年の人がいるんじゃないですか。」

そんなこと言われたって…

高橋くんが望んでくれたから、そうなったのよ。

でも、そんな言い方、私には出来ないよ。

「あの…」

それでも何か言わなきゃと口を開いたら、聞きなれた声が聞こえた。

「あれ?美樹ちゃん、まだ駅に着いてなかったの?」

用事を済ませて来たらしい高橋くんが、立っていた。

宮崎さんは、高橋くんを見てかなり驚いたらしく、慌てた様子になって、

「私、失礼します。」

さっと行ってしまった。

「美樹ちゃん…固まってる。宮崎と何か話してたでしょう」

「え…」

「何かびっくりするようなこと、言われたって顔に書いてある」

「そんなこと、何も言われてないよ」

じっと見てくる高橋くんから、目を逸らせた。

高橋くんは、黙ったまま私の手を取りぎゅっと握った。

「ねえ、何度も言ってるでしょ。職場の近くでこれはダメだから」

何回も言い過ぎたのか、てんで聞いてなくて、

「今日、僕のとこでご飯食べようよ」

手を握ったまま、腕をぐっと引いて顔を近づけて言ってくる。

「…今日は帰る。もともと、そんな予定無かったし」

駅へ降りる階段は狭いので、手を離して先に降りた。

ホームに立つと、すかさず繋いで来た顔は何か言いたげだった。

「本当に帰るの?」

「…うん。週末じゃないし、1人でしたいこともあるし」

「…また何か、考え込んでる?」

「考え込んでなんか…」

高橋くんの部屋は、ついこの間初めて訪れたばかり。

居心地が良くて、好きだし行きたかったけど…

でも、今行ったらきっと、せっかく一緒にいるのに自分のことばかり考えてしまう。

私の頭の中は、さっきから宮崎さんの必死な顔と、『釣り合う』って言葉でいっぱいだった。

でも、多分それは高橋くんに見透かされてる…



最寄り駅で先に私が降りた。

軽く手を振ると、少し眉を寄せていたけれど、笑顔を向けてくれた。

…考え込んでないって言ったけど、めちゃめちゃ考え込んでる。

釣り合うって何?

何が問題なの?

五歳年上なこと、まだ腰が引けてること、大きなやけどの痕があること…

右側だけとは言え、鎖骨辺りまでケロイドになっていると、気になってないかつい考えてしまう。

綺麗な、肌のすべすべした娘の方が、いいんじゃないかってことが、頭に浮かんでしまう。

こんなこと、口に出したら怒られそうだけど。

もしかしたら、もしかしたらって気持ちは、そう簡単には消えないのだ…















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